上 下
70 / 71

『Katze』の行く末③

しおりを挟む
「休業……お休み、ですか……?」

 ほなみさんは休業の提案を聞いて、「そんな事考えた事なかった」とでも言うかのような表情を浮かべながら俺の顔を見つめていた。
 眉をひそめた事で、多少目つきの悪くなった目で見つめられる。鋭い眼光……とまではいかないが、ちょっとガラの悪くなったほなみさんもまた可愛らしいのだが――おいおい、そんなに可笑しな事を言ったか、俺は。

「そう、お休み。今のほなみさんは、肉体的にも精神的にも、とても疲弊してるようにみえるよ。そんな状態で良い判断なんてできないでしょ。ここは一度、休んでみるのも良いんじゃないかな」
「なるほど……」

 ほなみさんは顎に指を当て、考えるような仕草をする。やはり店の関わる事なので、即断即決とはいかないだろう。
 そんなほなみさんを見てか、横にいるサクラコがソワソワしだした。おい、どうした急に。また突飛な発言でもするつもりじゃないのか。

「サク――「ほなみちゃんっ!」」

 言葉を被せられてしまった。もう少し早めに言うべきだったか。うぅむ、サクラコは何を言うつもりなのだろうか。
 俺がまごまごしていると、サクラコは次の言葉をほなみさんの目をしっかりと見つめながら発した。

「お休みするなら、孝文の家に来るといいよ! クロエ達もいるし、お休みするのにピッタリだと思うよ!」

 ほなみさんはサクラコの突飛な発言を聞き目を丸くしたものの、テーブルのグラスを見つめながら顎に手を添え、少し考えこむような動作を取る。

「……なるほど、それは良いかもしれないな」

 俺はサクラコの発言を聞き、納得した。
 今ほなみさんは、住居一体型の店舗に住んでいる。ここでもし休暇を取ったとしても、結局店にいるから店の事を自然と考えてしまう。それでは肉体的には回復しても、精神的な部分は回復せず、もっと疲弊しかねない。
 そういった面から考えると休暇を取りつつ、店からも離れるのは良い選択と言えるだろう。

「……ぃます」
「えっ? ごめん、もう一回言ってもらえる?」

 ほなみさんがぽつりと何かを呟いたが、声が小さすぎて上手く聞き取れなかった。視線をテーブルに向けてしまっているのも聞こえなかった原因の一つだろう。
 俺が聞き返すと、ほなみさんはガバッと勢いよく顔を上げ俺に視線を合わせてきた。

「行きます! 行きたいです!」

 目を爛々らんらんと輝かせ、店中に響き渡るような大きな声でほなみさんは言う。
 キンキンと耳の奥を震わせるその声は、ワクワクが隠せないようなどこか嬉々としているように伺える。……耳痛いけど。咄嗟に耳を手で覆ってしまったじゃあないか。
 俺の横にいるサクラコも、すごいしかめっ面を浮かべながら耳に手を当て「きいぃぃぃいいぃぃ……」と声にならない声を出していた。

「お、おぉ……声でっか……」
「……はっ! す、すみません!声、大きすぎました……」

 俺とサクラコが耳に手を当てているのを見て、ようやく自分が大きな声を出したことを自覚したのだろう。ペコリと頭を下げ、肩をすくめて恥ずかしそうに顔を手で覆っていた。

「あはは……それじゃあ話を戻して――サクラコが勝手に言ったけど、それは俺も賛成なんだよ。休みを取って俺の家に来るのはどうだろうか。休みを取ってもこのお店に居続けるよりかはずっと精神的にも休まると思うんだけどさ」
「行きます行きたいですすぐに準備します」

 おぉぉ今回は声量は普通だったものの矢継ぎ早に話したぞ。……うん? 今、「すぐに準備します」って言ったか……?

「えぇと……ほなみさん、確認だけど……すぐに準備します、って言った? すぐに休業するつもりなの……?」
「えぇ、そうですけど?」

 うわっ、めっちゃ真顔じゃん。当たり前のこと言ってるだけですよ、とでも言ってるかのような表情こわっ。流石にほなみさんに惚れてる俺でも怖いわ。
 そんでもって俺の横に座るサクラコぉっ! お前はお前でめっちゃニコニコじゃねぇかよほなみさんとの対比が凄いわ。さっきみたいに「きいぃぃぃいいぃぃ……」みたいな声にならない声出し続けてて欲しかったわ。
 ……なんというか、ほなみさんとサクラコは変なところで気が合うんだろうな。まぁ、微笑ましいからいいか。

 俺は色々と聞きたいことはあったものの、当のほなみさんは休みをとって俺の家に行けるのを本当に嬉しがっているようなのでひとまず野暮なことは言わないことにした。



●あとがき
クロエ「孝文、言及するの諦めたわね」
烏骨ボス「諦めたであるな」
サクラコ「諦めたねぇ」
鷺ノ宮「……これ、私も言わなきゃな流れ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...