49 / 65
第二部。
夜の講義。
しおりを挟む
マグネシア高地より西、エウロパ亜大陸全土をほぼ支配下に置く帝国は、ただ帝国とだけ呼称される。
その歴史は古く、過去にはその発祥の地の名をもって呼ばれていたこともあった帝国。
しかし幾千万の人々が暮らすその地では、もはや発祥の地など一地方に過ぎない。
過去何度もの遷都がされたその帝都には、エウロパの大地に敷設されたすべての紅い街道が最終的にそこに到着するという。
ここ、エウロパに住むすべての人々の尊敬を一心に集める帝国皇室は、人々の心の拠り所ともなっていた。
帝国の民によって、古くはマグネシアの名で呼ばれていたここアルメルセデスは歴史こそ帝国と並び古い国家であるものの、現在の王室は帝国皇室の血を受け継いでいるいわば帝国とは兄弟のような国家として繁栄を重ねてきた。
過去、王室が絶えた時に帝国の皇子を王に迎え国家を存続させたアルメルセデス。
現在の貴族もその多くは帝国貴族にその血の由来を持つものが多い。
そんな中、古くからこの地、アルメルセデスの地を守り続けた貴族の血筋もまだ残ってはいる。
軍務を預かるスタンフォード侯爵家。
国境を守るガレリア辺境伯。
そして、古くからの巫女の血を残す、コレット伯爵家。
これらの古い家系は、旧王室の血を引く末裔として、未だアルメルセデス国内ではそれなりの地位を保っていた。
♢ ♢ ♢
「それでも、アルメルセデスは他の属国や属州、公国などとは違い、自主独立を保ってきたのです」
「それがこの地の特殊性に由来する、の、でしたわね」
「ええ。もうこのあたりの歴史は教えることも無くなってきましたね」
「ううん、タビィ。歴史はほんと好きよ。どんな物語よりもあなたの語ってくれる歴史のお話は興味深いもの」
「ありがとうございますシルフィーナ様。それでは次はここマグネシアがいかにしてアルメルセデスと成ったのか。この国の成り立ちを学びましょうか。次回は明後日の夜になりますね」
「そうね。明日の夜はいよいよ帝国皇太子の歓迎の宴ですもの。わたくし流石にお酒を頂いた後のお勉強は避けたいですわ」
「お酒の影響はキュアで消せますよ?」
「あは。タビイ。それではせっかくのほろ酔いの気分が味わえなくなってしまうわ。お酒を頂く意味も無くなってしまうもの」
「うーん。まぁ、それはそれで。少しかわいそうですかねぇ?」
「もう! 知らない!」
ぷんと横をむくシルフィーナの顔を下から覗き込むタビィ。
じーっと見つめられるとそのくりくりっとした瞳がかわいらしくて。
怒っても、すぐに許してしまいそうになる。
(もう、しょうがないわね)
そんなふうに小さくつぶやいて。
夜の寝る前にこうしてタビィに話を聞くのは楽しい。
勉強、ではあるのだけれど、それだけではない心地よさを感じていた。
一日のいろいろな雑務を終え、ベッドに入るその前に。
少しだけこうしてタビィによる講義の時間を設けている。
魔法学の勉強や実地については主に朝食後の時間に済ませているけれど、それだけでは追いつかない部分の補足講義という位置付けで始めたものだったけれど。
それでもこうして寝る前に夜伽話のように聞く歴史の話は興味深くて。
サイラスは何かと夜も忙しくしていることも多く、シルフィーナが一人寝となる日も多い。
そうした夜に。
寂しさを紛らわせるのにもこの講義は一役を買っていた。
に、しても。
今日の話にあった、古い王家の末裔のお話。
この、スタンフォード侯爵家がなぜ代々王国騎士団を統率しているのかが少しわかったような気がして。
あと、コレット伯爵家といえば。
そう、先日お会いしたウイリアムス様に嫁いだのがいとこのフランソワ・コレットだった。
お子も一人いらっしゃる。まだ幼い赤子であったけれど、青みがかったその銀の髪は、自分の髪と少し似ていて。
それに。
(ガレット辺境伯といえば、その御子コーネリアス様が今回アルブレヒト殿下と共にいらっしゃるとおっしゃっていましたね)
明日にはそんな方々とお目にかかることもできるのだろうか?
そんなことを考えつつ、シルフィーナはそっと寝室の灯りを消した。
その歴史は古く、過去にはその発祥の地の名をもって呼ばれていたこともあった帝国。
しかし幾千万の人々が暮らすその地では、もはや発祥の地など一地方に過ぎない。
過去何度もの遷都がされたその帝都には、エウロパの大地に敷設されたすべての紅い街道が最終的にそこに到着するという。
ここ、エウロパに住むすべての人々の尊敬を一心に集める帝国皇室は、人々の心の拠り所ともなっていた。
帝国の民によって、古くはマグネシアの名で呼ばれていたここアルメルセデスは歴史こそ帝国と並び古い国家であるものの、現在の王室は帝国皇室の血を受け継いでいるいわば帝国とは兄弟のような国家として繁栄を重ねてきた。
過去、王室が絶えた時に帝国の皇子を王に迎え国家を存続させたアルメルセデス。
現在の貴族もその多くは帝国貴族にその血の由来を持つものが多い。
そんな中、古くからこの地、アルメルセデスの地を守り続けた貴族の血筋もまだ残ってはいる。
軍務を預かるスタンフォード侯爵家。
国境を守るガレリア辺境伯。
そして、古くからの巫女の血を残す、コレット伯爵家。
これらの古い家系は、旧王室の血を引く末裔として、未だアルメルセデス国内ではそれなりの地位を保っていた。
♢ ♢ ♢
「それでも、アルメルセデスは他の属国や属州、公国などとは違い、自主独立を保ってきたのです」
「それがこの地の特殊性に由来する、の、でしたわね」
「ええ。もうこのあたりの歴史は教えることも無くなってきましたね」
「ううん、タビィ。歴史はほんと好きよ。どんな物語よりもあなたの語ってくれる歴史のお話は興味深いもの」
「ありがとうございますシルフィーナ様。それでは次はここマグネシアがいかにしてアルメルセデスと成ったのか。この国の成り立ちを学びましょうか。次回は明後日の夜になりますね」
「そうね。明日の夜はいよいよ帝国皇太子の歓迎の宴ですもの。わたくし流石にお酒を頂いた後のお勉強は避けたいですわ」
「お酒の影響はキュアで消せますよ?」
「あは。タビイ。それではせっかくのほろ酔いの気分が味わえなくなってしまうわ。お酒を頂く意味も無くなってしまうもの」
「うーん。まぁ、それはそれで。少しかわいそうですかねぇ?」
「もう! 知らない!」
ぷんと横をむくシルフィーナの顔を下から覗き込むタビィ。
じーっと見つめられるとそのくりくりっとした瞳がかわいらしくて。
怒っても、すぐに許してしまいそうになる。
(もう、しょうがないわね)
そんなふうに小さくつぶやいて。
夜の寝る前にこうしてタビィに話を聞くのは楽しい。
勉強、ではあるのだけれど、それだけではない心地よさを感じていた。
一日のいろいろな雑務を終え、ベッドに入るその前に。
少しだけこうしてタビィによる講義の時間を設けている。
魔法学の勉強や実地については主に朝食後の時間に済ませているけれど、それだけでは追いつかない部分の補足講義という位置付けで始めたものだったけれど。
それでもこうして寝る前に夜伽話のように聞く歴史の話は興味深くて。
サイラスは何かと夜も忙しくしていることも多く、シルフィーナが一人寝となる日も多い。
そうした夜に。
寂しさを紛らわせるのにもこの講義は一役を買っていた。
に、しても。
今日の話にあった、古い王家の末裔のお話。
この、スタンフォード侯爵家がなぜ代々王国騎士団を統率しているのかが少しわかったような気がして。
あと、コレット伯爵家といえば。
そう、先日お会いしたウイリアムス様に嫁いだのがいとこのフランソワ・コレットだった。
お子も一人いらっしゃる。まだ幼い赤子であったけれど、青みがかったその銀の髪は、自分の髪と少し似ていて。
それに。
(ガレット辺境伯といえば、その御子コーネリアス様が今回アルブレヒト殿下と共にいらっしゃるとおっしゃっていましたね)
明日にはそんな方々とお目にかかることもできるのだろうか?
そんなことを考えつつ、シルフィーナはそっと寝室の灯りを消した。
1
お気に入りに追加
1,571
あなたにおすすめの小説
【完結】王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!
五月ふう
恋愛
「どういうことですか・・・?私は、ウルブス様の婚約者としてここに来たはずで・・・。その女性は・・・?」
城に来た初日、婚約者ウルブス王子の部屋には彼の愛人がいた。
デンバー国有数の名家の一人娘シエリ・ウォルターンは呆然と王子ウルブスを見つめる。幸せな未来を夢見ていた彼女は、動揺を隠せなかった。
なぜ婚約者を愛人と一緒に部屋で待っているの?
「よく来てくれたね。シエリ。
"婚約者"として君を歓迎するよ。」
爽やかな笑顔を浮かべて、ウルブスが言う。
「えっと、その方は・・・?」
「彼女はマリィ。僕の愛する人だよ。」
ちょっと待ってくださいな。
私、今から貴方と結婚するはずでは?
「あ、あの・・・?それではこの婚約は・・・?」
「ああ、安心してくれ。婚約破棄してくれ、なんて言うつもりはないよ。」
大人しいシエリならば、自分の浮気に文句はつけないだろう。
ウルブスがシエリを婚約者に選んだのはそれだけの理由だった。
これからどうしたらいいのかと途方にくれるシエリだったがーー。
無能と追放された侯爵令嬢、聖女の力に目覚めました
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
旧題:魔法が使えない無能と父に罵られ、妹に婚約者を奪われて追放された侯爵令嬢、魔法使いに拾われて溺愛されてるうえに聖女の力に目覚めて戸惑ってます
魔法の名門として名高いダラムサル家に生まれた少女、リリーは魔法の才能が無かった。そのせいで、父親に無能と罵られながら暴力を振るわれ、魔法の才能がある妹からも同じような扱いをされていた。
奴隷のように働かされ、叩かれるのは日常茶飯事。ろくに食事や衣類も与えられず、住むところも屋敷ではなくボロボロの古屋。使用人にも虐められていた。
そんな彼女にも希望はあった。それは、ダラムサル家が王家と結んだ婚約——彼女は将来、王家に嫁ぐことが決まっていたのだ。政略結婚なのはわかっていたが、それでもリリーは嬉しかった。
今は家族や使用人に嫌われているが、王家の人と結婚すれば、みんな認めてくれる。家の役に立てればきっと愛してくれる……そう信じて毎日を過ごすリリー。
そんなリリーが十五歳の誕生日。この日はリリーが相手の男性と初めて顔を合わせる事が決まっていたのだが――リリーは何故か屋敷を守る近衛兵に拘束されてしまう。
身体の自由を奪われ、視界も奪われた状態で連れていかれた先は、広大な森だった。
どうしてこんな所に連れて来られたのか全くわからないリリーに、ここまで連れてきた近衛兵は音声を保存できる魔法石を渡すと、リリーを置いて去ってしまった。
こんな森に置いてかれてしまい、途方に暮れるリリーは、もしかしたらこの魔法石に帰り方が録音されているかと期待して起動すると――そこには、『リリーを追放する、婚約は一度解消し、リリーの代わりに妹がする。これは既に前から王家と話し合って決まっていた事』という旨を伝えられた。
自分は家にとっていらない子と突き付けられたリリー。それは、自分はもうこの世にいらない存在なんだと思わせるのに十分だった。
行くあてもなくフラフラと森を歩くが、空腹と寒さで倒れてしまったリリーは、もうこのまま死のうと目を閉じる。だが、次に目を覚ました場所は見知らぬ部屋の中。そこには、一人の魔法使いの青年が住んでいた――
これは、魔法の才能が無くて虐げられ続け、全てに絶望した少女が、一人の魔法使いによって救われて幸せになっていく物語。
☆文字数の都合でタイトルは若干違いますが、小説家になろう、カクヨムにも投稿してます。小説家になろうにて異世界恋愛ジャンル日間最高5位、日間総合最高8位。アルファポリスでホットランキング一位経験あり☆
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
回帰令嬢ローゼリアの楽しい復讐計画 ~拝啓、私の元親友。こまめに悔しがらせつつ、あなたの悪行を暴いてみせます~
星名こころ
恋愛
ルビーノ公爵令嬢ローゼリアは、死に瀕していた。親友であり星獣の契約者であるアンジェラをバルコニーから突き落としたとして断罪され、その場から逃げ去って馬車に轢かれてしまったのだ。
瀕死のローゼリアを見舞ったアンジェラは、笑っていた。「ごめんね、ローズ。私、ずっとあなたが嫌いだったのよ」「あなたがみんなに嫌われるよう、私が仕向けたの。さようならローズ」
そうしてローゼリアは絶望と後悔のうちに人生を終えた――はずだったが。気づけば、ローゼリアは二年生になったばかりの頃に回帰していた。
今回の人生はアンジェラにやられっぱなしになどしない、必ず彼女の悪行を暴いてみせると心に誓うローゼリア。アンジェラをこまめに悔しがらせつつ、前回の生の反省をいかして言動を改めたところ、周囲の見る目も変わってきて……?
婚約者候補リアムの協力を得ながら、徐々にアンジェラを追い詰めていくローゼリア。彼女は復讐を果たすことはできるのか。
※一応復讐が主題ではありますがコメディ寄りです。残虐・凄惨なざまぁはありません
断罪するならご一緒に
宇水涼麻
恋愛
卒業パーティーの席で、バーバラは王子から婚約破棄を言い渡された。
その理由と、それに伴う罰をじっくりと聞いてみたら、どうやらその罰に見合うものが他にいるようだ。
王家の下した罰なのだから、その方々に受けてもらわねばならない。
バーバラは、責任感を持って説明を始めた。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる