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帰還。
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♢ ♢ ♢
夏が過ぎ去り秋になってもまだサイラスは戻ってこなかった。
(わたくしのお顔など、もう忘れ去られてしまったかしら……)
そんなこともついつい考えてしまう。
領主代行のお仕事にももうだいぶんと慣れた。
最初のうちこそレティシアの後ろをついて回るだけの状態だったのが、途中からはシルフィーナが一人でこなすようになっていき。
最近では、レティシアも、「もうこれでわたくしがいついなくなっても安心ね」などと言い出す始末。
もちろんシルフィーナにとってもそうやって認められるのは嬉しいことではあったけれど、それでも自分が3年だけの契約妻であるという負い目があった。
「まだまだお義母様にはお力をお貸し頂きたいと思っております」
とそう、控えめにお願いするのが精一杯で。
ご苦労されていらしたお義母様。
せめて自分がいる間は精一杯頑張って、楽をして貰おう。
そうは思っていたのだけれど。
領主代行のお仕事は主に役人からあがってきた案件に目を通し、裁可を下すことであった。
もちろん些細な内容で担当役職者の権限で稟議が通るよう設定してある案件も多い。
そういったものは、定期的に監査役員の目を通した後報告書として領主の元に届くこととなる。
それでも重要案件でどうしても判断に迷うような場面では、まず担当者によく話を聞いてから改めてレティシアに相談することもあった。
「うちの子たちは皆優秀よ」
とそうレティシアが信頼を置く行政区のお役人の面々は、おおよそ私利私欲などと縁が無い様子で。
皆真剣にこの領地の発展のために働いてくれていた。
そうした担当役職者の目を通してあがってくる案件は、ほぼ却下する必要など無いように思えるものばかりだった。
それでも。だからこそ。
その内容を理解せずに裁可を下すのは間違っている。
そうシルフィーナは感じていた。
だからこそ。
どんな些細な疑問点であっても理解できるまで担当者の話を聞き。
そうして自分なりに理解をして許可を出す。
それがせめてもの自分に課せられた役割だと。そう思って。
先日は、とある新しい事業に対しての税負担の免除、と、その事業に対しての厳しい規律を定めた法整備とが、異なる担当部署より同時にあがってくるという案件があった。
一見、新規事業を保護し広めたい側と、その事業を野放しにしたくない既得権益側とが相反する案件を上げてきたようにも見え。
シルフィーナはその別部署の担当者を一堂に集め、話を聞くことにしたのだった。
結果。
実はその全く別に見えた二部署が、案件を上げる前に互いに連携をしていたことが理解できた。
元々は領民の意見を吸い上げる形で作成されたその二つの法案。
しかし、行政区の中を通るうちに、多くの人たちの手を通り。
領地のため、新規事業を大々的に推し進めると同時に、思わぬ方向に行かないよう抑止力も備え手綱をとれるようにする。
そのためのバランスがしっかりと考えられていたのだった。
そうして話をしっかり聞いた上でレティシアと相談の上裁可を下すシルフィーナは、行政区の役人たちの間でも、『自分達の話をしっかりと聞いてくれる侯爵夫人様』として、好意と尊敬をもって受け入れられていった。
これでこの領地も安泰だ。
早く御領主夫妻にお子ができないものか。
領民の間にそんな声が聞こえるようになるのに、そんなに時間は掛からなかった。
♢ ♢ ♢
秋も深まって、そろそろ冬の到来も押し迫ってきた頃。
真っ赤に色づいた楓並木を眺めながら、シルフィーナはサイラスからの手紙を読んで。
「冬になる前に、なんとか帰ることができると思う」
そこにはそう綴られていた。
それでも。
その手紙が届いたのはもう十日も前になる。
そのあと、こちらからの手紙には返事が返ってきていない。
雪が降りだせば、馬車での旅は困難になる。
雪の季節は他にすることも減るため、人々は街に篭ることが多くなる。
貴族の多くは、その子女が貴族院に通うのも冬から春先までが本番となる関係上、領地経営は代官に任せた上で、その間は基本聖都で過ごす。
縁談や婚約、結婚準備も秋の終わりから冬の間に済ませ、春をもって大々的に結婚式をする。
シルフィーナとサイラスの結婚もそういう段取りで進んだのだった。
「サイラス様……」
サイラス様、旦那様はご無事だろうか?
お食事はちゃんとお摂りになっているだろうか?
それでなくとも少食な旦那様。
お痩せになっていないだろうか、それが心配で。
日常を世話する侍女は皆こちらに連れてきてしまっている。
こんなにも長い間のお仕事とは思わず、聖都に彼女らを送る手配などできなかったし。
聖都のお屋敷にはちゃんと留守番のセバスもいるし、お食事だって手配してくれるとは思うけれど。
それでも。
お城の中庭で、色づいた楓並木からハラハラと葉が落ちる姿を眺めながら。
ガーデンチェアに腰掛けたシルフィーナは、手元の紅茶にハラリと真っ赤な楓が落ちるのを見て。
はあ、と、ため息をついた時だった。
「サイラス! 帰ったのね」
バルコニーからそうレティシアの声がして。
シルフィーナもその場で立ち上がり、声のした方向を見る。
その。
優しいお顔はそのままだった。
でも、やっぱり少しお痩せになったかしら。
ああ、旦那様……。
シルフィーナの頬に、涙が溢れて落ちる。
何も言えず、ただ立ち尽くす彼女に。
「ただいま」
と、その優しい透き通ったサイラスの声が届いた。
夏が過ぎ去り秋になってもまだサイラスは戻ってこなかった。
(わたくしのお顔など、もう忘れ去られてしまったかしら……)
そんなこともついつい考えてしまう。
領主代行のお仕事にももうだいぶんと慣れた。
最初のうちこそレティシアの後ろをついて回るだけの状態だったのが、途中からはシルフィーナが一人でこなすようになっていき。
最近では、レティシアも、「もうこれでわたくしがいついなくなっても安心ね」などと言い出す始末。
もちろんシルフィーナにとってもそうやって認められるのは嬉しいことではあったけれど、それでも自分が3年だけの契約妻であるという負い目があった。
「まだまだお義母様にはお力をお貸し頂きたいと思っております」
とそう、控えめにお願いするのが精一杯で。
ご苦労されていらしたお義母様。
せめて自分がいる間は精一杯頑張って、楽をして貰おう。
そうは思っていたのだけれど。
領主代行のお仕事は主に役人からあがってきた案件に目を通し、裁可を下すことであった。
もちろん些細な内容で担当役職者の権限で稟議が通るよう設定してある案件も多い。
そういったものは、定期的に監査役員の目を通した後報告書として領主の元に届くこととなる。
それでも重要案件でどうしても判断に迷うような場面では、まず担当者によく話を聞いてから改めてレティシアに相談することもあった。
「うちの子たちは皆優秀よ」
とそうレティシアが信頼を置く行政区のお役人の面々は、おおよそ私利私欲などと縁が無い様子で。
皆真剣にこの領地の発展のために働いてくれていた。
そうした担当役職者の目を通してあがってくる案件は、ほぼ却下する必要など無いように思えるものばかりだった。
それでも。だからこそ。
その内容を理解せずに裁可を下すのは間違っている。
そうシルフィーナは感じていた。
だからこそ。
どんな些細な疑問点であっても理解できるまで担当者の話を聞き。
そうして自分なりに理解をして許可を出す。
それがせめてもの自分に課せられた役割だと。そう思って。
先日は、とある新しい事業に対しての税負担の免除、と、その事業に対しての厳しい規律を定めた法整備とが、異なる担当部署より同時にあがってくるという案件があった。
一見、新規事業を保護し広めたい側と、その事業を野放しにしたくない既得権益側とが相反する案件を上げてきたようにも見え。
シルフィーナはその別部署の担当者を一堂に集め、話を聞くことにしたのだった。
結果。
実はその全く別に見えた二部署が、案件を上げる前に互いに連携をしていたことが理解できた。
元々は領民の意見を吸い上げる形で作成されたその二つの法案。
しかし、行政区の中を通るうちに、多くの人たちの手を通り。
領地のため、新規事業を大々的に推し進めると同時に、思わぬ方向に行かないよう抑止力も備え手綱をとれるようにする。
そのためのバランスがしっかりと考えられていたのだった。
そうして話をしっかり聞いた上でレティシアと相談の上裁可を下すシルフィーナは、行政区の役人たちの間でも、『自分達の話をしっかりと聞いてくれる侯爵夫人様』として、好意と尊敬をもって受け入れられていった。
これでこの領地も安泰だ。
早く御領主夫妻にお子ができないものか。
領民の間にそんな声が聞こえるようになるのに、そんなに時間は掛からなかった。
♢ ♢ ♢
秋も深まって、そろそろ冬の到来も押し迫ってきた頃。
真っ赤に色づいた楓並木を眺めながら、シルフィーナはサイラスからの手紙を読んで。
「冬になる前に、なんとか帰ることができると思う」
そこにはそう綴られていた。
それでも。
その手紙が届いたのはもう十日も前になる。
そのあと、こちらからの手紙には返事が返ってきていない。
雪が降りだせば、馬車での旅は困難になる。
雪の季節は他にすることも減るため、人々は街に篭ることが多くなる。
貴族の多くは、その子女が貴族院に通うのも冬から春先までが本番となる関係上、領地経営は代官に任せた上で、その間は基本聖都で過ごす。
縁談や婚約、結婚準備も秋の終わりから冬の間に済ませ、春をもって大々的に結婚式をする。
シルフィーナとサイラスの結婚もそういう段取りで進んだのだった。
「サイラス様……」
サイラス様、旦那様はご無事だろうか?
お食事はちゃんとお摂りになっているだろうか?
それでなくとも少食な旦那様。
お痩せになっていないだろうか、それが心配で。
日常を世話する侍女は皆こちらに連れてきてしまっている。
こんなにも長い間のお仕事とは思わず、聖都に彼女らを送る手配などできなかったし。
聖都のお屋敷にはちゃんと留守番のセバスもいるし、お食事だって手配してくれるとは思うけれど。
それでも。
お城の中庭で、色づいた楓並木からハラハラと葉が落ちる姿を眺めながら。
ガーデンチェアに腰掛けたシルフィーナは、手元の紅茶にハラリと真っ赤な楓が落ちるのを見て。
はあ、と、ため息をついた時だった。
「サイラス! 帰ったのね」
バルコニーからそうレティシアの声がして。
シルフィーナもその場で立ち上がり、声のした方向を見る。
その。
優しいお顔はそのままだった。
でも、やっぱり少しお痩せになったかしら。
ああ、旦那様……。
シルフィーナの頬に、涙が溢れて落ちる。
何も言えず、ただ立ち尽くす彼女に。
「ただいま」
と、その優しい透き通ったサイラスの声が届いた。
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