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エヴァンジェリン。

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「だからお義姉様は図書館に行くべきなのよ」

「はう、どうしてそうなるのですか?」

「だって、そんな類い稀な魔力量をちゃんと学ばず生かさないなんて勿体無いじゃないですか」

 あの社交の夜のあと。

 エヴァンジェリンは里帰りと称して頻繁にスタンフォード家に遊びにくるようになった。
 ちょうど息子が貴族院初等部に通っていて日中は暇なのか、お昼ご飯とそのあとのお茶の時間をゆっくりここで過ごしていくのだ。

「もっと頻繁に帰って来たかったんですけど、遠慮していたんですのよこれでも」

 と、そうふんわりと微笑む彼女。

 兄、サイラスとはまたちがう薄紫のその髪を、ふわふわと少女のようにおろしている。

「お義姉様と呼ばれると恥ずかしいので、わたくしのことはシルフィーナと呼んでくださらないでしょうか?」

 一度そう言ってみたこともあった。

 それでも。

「あら、やっぱり十も年上のものにお義姉様って呼ばれたくないってことかしら」

 と、よよよと涙を拭く真似をするエヴァンジェリンに。

「いえ、そんなわけでは。それに、エヴァンジェリン様は今でも十代に見えるくらい若々しいですわ」

 と、そう答えるシルフィーナ。

 途端に笑顔になる彼女。

 そんな、表情がコロコロ変わるお茶目なエヴァンジェリン。

 シルフィーナはすっかり彼女と打ち解けて、こうして一緒にお食事やお茶をするのを楽しみにしていた。

 実際のところ、エヴァンジェリンは一児の母とは思えないくらい若く見えた。
 その可憐な容姿は、スタンフォード家の血筋なのだろうか。
 陶磁器のような滑るような肌。ふわふわと風に靡くその髪。可憐な金色の瞳の色はお兄様サイラス様とよく似ていらして。
 手も足も、すべてが華奢で、重いものなど持った事が無いお嬢様、そんな雰囲気を醸しだしていた。

「エヴァンジェリン様も魔力量は高いのでしょう?」

 彼女の魔力紋を感じる事ができるシルフィーナ。

 その魔力量はやはりかなりの高レベルに達していると思われる。
 先日のパーティ会場でも、彼女より高い魔力を感じた女性は居なかった。

 もちろん。
 男性はまた別だ。特に騎士団総長を務めるサイラス様の魔力は底がしれない。

 潜在的な意味で言ったらたぶん自分のそれの方が数値的には上だろうとは思うけれど、きっと実際に魔法を使ったらサイラス様はかなりの使い手なのだろう、そう感じるのだ。


「うーん、きっとお義姉様は思い違いをしていらっしゃる部分も多いと思うのです。ですから一度ちゃんと、ご自分で学ばれた方がいいと思うのですわ」

「でも」

(わたくし、本というものに触れたことがありませんし……)

 不安、だった。

 文字の読み書きができないわけではない。

 お仕事に関係する知識はマーデン家の執事グレイマンから学んだシルフィーナ。

 社会情勢などの一般常識もすべてグレイマンが先生だった。

 それでも。

 普通の貴族の子女が学ぶ貴族院に通った経験がない自分には、そういった学力の基礎のようなものが無い。
(図書館ってどんなところなのかしら。わたくしのようなものにもわかるご本があるのかしら)
 どうしてもそう考えてしまう。


「そういえばですけど、わたくし本当に感謝しているんですよ」

 と、唐突に切り出すエヴァンジェリン。

 え? 何を? 
 そんな顔をしてぽかんとしていると。

「ほら、サイラス兄様ったら、あの歳まで独身で。シルフィーナ様みたいないい奥様ができて、本当に嬉しいんです」

 そう満面の笑顔をむける。

「若い頃は言い寄る女性もあとを絶たなかったんですけど、そのたびにわたくしがブラコンの嫉妬をおこして邪魔してしまったりしていましたから……。すこし後悔していましたのよ。あの時わたくしが意地悪く邪魔したせいで、兄様には婚約者ができなかったんじゃないかって」

「はあ。でもそれって」

「ええ、もちろん当時はわたくしもまだ幼い子供でしたから。兄様が大好きで大好きで、少々暴走してしまったのは間違いないのです。あんな女は兄様には似合わない!! って本気で思ったりしてましたから」

 エヴァンジェリン、手元のお茶を一口啜って。

「今にしたらいい思い出ですけれど、それでもそのせいで当時の兄様の周りには女性が近づかなくなったのは事実で。その後はお兄様、騎士団のお仕事が忙しくなってそれどころじゃありませんでしたし」

 黙ってエヴァンジェリンの言葉を聞いているシルフィーナ。
 そのシルフィーナの碧い瞳を覗き込むようにして。

「わたくしのせいでお兄様、婚期を逃してしまったんじゃないかって、ずっとわたくし気にしていましたの。でも、こうしてお義姉様のような素敵な方を見つけていらして。本当に安心しましたのよ。ねえ、シルフィーナ様? これからもずっとお兄様のことよろしくお願いしますね」

 そう話を閉める。

 じっと瞳を覗きこんだままのエヴァンジェリンに。
 シルフィーナは、罪悪感を感じて。

(わたくしは……三年だけの契約の、お飾り妻なのです……。エヴァンジェリンさまが期待するような事、できないのです……)

 その事は秘密にすること。
 そう旦那様に言われていたシルフィーナ。
 口には出せなかったけれど、その瞳はすこし翳って。
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