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婚姻初夜に。
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ここ、アルメルセデスは神に護られた剣と魔法の国。
その聖都アルメリアの貴族街にあるスタンフォード侯爵家では今夜は盛大な婚姻披露パーティーが開かれた。
当主であるサイラス・フォン・スタンフォードは堅物との噂で三十五歳になるこの年まで浮いた噂一つなく。
若い頃はその美麗な容姿から言い寄る女性が後をたたず、その度に冷たくあしらうものだから、一部では冷徹侯爵だのもしかしたら男色家なのではないかだのといった噂も囁かれた。
しかしそんな噂もこれで一掃される事となる。
彼の伴侶となったのはこれまで社交界にはいっさい顔を出した事もなく深窓の令嬢と噂されていた十六歳になったばかりのシルフィーナ嬢。マーデン男爵の次女でその類いまれなる魔力量、魔力特性値の高さは広く知れ渡っていたものの、本人は表に出てくる事はなく、謎に包まれていた彼女。
その年齢差もさることながら、彼女のその美しさに、皆、以前にこの令嬢を見初めた侯爵が彼女が大人の女性として成長するまでずっと一途に待っていたのではないか、とか。
そんなロマンスめいたはなしをまことしやかに話題に載せた。
そんな祝宴も終わり夜も更けみな寝静まった頃。
シルフィーナは一人、あてがわれた寝室のベッドの上で待っていた。
豪奢なシャンデリア、ビロードのカーテン。
金色に煌めくドレープが垂れ下がった天蓋のついた大きなベッドはまるで小部屋のようで。
(こんな素敵な部屋で……)
思い出すだけでも恥ずかしさに顔が赤くなる。
乳母のミーシャに色々教えてもらった夜のこと。
それに。
もちろん、シルフィーナにそんな経験があったわけではなくて。
幼い頃より自分の結婚相手を選ぶのは父親だと、そう言い含められてきた彼女には、自由な恋愛など考えることもできなかった。
貴族の娘に生まれたからには家に尽くす義務がある。そう言われ生きてきたのだ。
自分が幸せな結婚ができるとは思っていたわけではなかったけれど。
それでも。
自身の伴侶となるサイラスの、その綺麗で優しい瞳に見つめられたその時。
シルフィーナの心は高鳴った。
それはどこかで見た、幼い頃に憧れた王子様の姿そのもののような。
ずっと夢の中に出てくる人だと思っていた初恋の王子様が、目の前に現れた。そんな気がして。
(あんなにも素敵な人がいるなんて……)
年齢が倍も違うと、そう聞かされた時には乳母のミーシャも執事のグレイマンもそれはもう心配をしてくれた。
元々貴族の婚姻で、愛情も何もないのは十分理解をしているつもりではあったけれど、それでもこうして伴侶となったからには侯爵家の妻としての役割をしっかりと果たさなければ。そういう思いでこうして嫁いできたシルフィーナ。
それでも。
実際のサイラスを目の当たりにした時。
(わたくしを選んでくださってありがとうございます……)
そんな感謝の気持ちしか湧かなかった。
♢ ♢ ♢
「シルフィーナ! シルフィーナはいるか?」
「はい、お父様。どうなさったのですか?」
マーデン領の館で水仕事をしていたシルフィーナがそう父マーデン男爵に呼ばれたのは秋も深まったある日の夕方。
普段であれば何か仕事の用事がある際に呼ばれるのは執事のグレイマンと相場が決まっていた。
もう何年も、男爵がシルフィーナに直接声をかけることなどなかったのに。
そう思いながら父の元に急ぐ。
メイドが着るようなお仕着せに白のエプロンをした彼女は、どう見てもこの男爵家の令嬢とは見えなかっただろう。
上の姉アルテイアは婿を迎えこの家を継ぐ立場。
シルフィーナは次女で外に出ていく身であるからと、この貧乏男爵家の家事雑務を乳母のミーシャと共に引き受けこなしていたのだった。
貴族の娘は家のために尽くせ。
それが父の口癖だった。
幼い頃よりそう言われて育ったシルフィーナにとって、それは疑うことも許されない枷だった。
父の部屋の扉をノックし、中に入るシルフィーナを待っていたのは普段あまり見ない父オーギュストの笑顔だった。
「ああシルフィーナ来たか」
そんな声にも普段だったら感じる苛立ちも全くなく。
「何かありましたでしょうか?」
呼ばれたということは何か用事があったのだろう。もうずいぶんと親子らしい会話などしたことが無い。
そんなことが頭をよぎる。
「お前の縁談が決まったよ。これでマーデン男爵家も安泰だ」
唐突に聞かされた縁談話。
機嫌の良い父の口からでるその話は、スタンフォード侯爵がシルフィーナをぜひにとおっしゃったとの事。
まさかの侯爵家?
そう思いはしたもののそれは自分の魔力量の高さが買われたのだろうとも納得する。
貴族の子の魔力量はその母の魔力量の影響を受けやすい。
父親の血統ももちろん重要ではあるけれど、生まれた時に決まる基本の魔力量と魔力特性値はその産みの母の魔力が高ければ高いほど良い結果になると言われている。
生後七日目ほどで受ける洗礼式で、貴族の子の魔力量は測られる。
そこで過去にないほどの高い数値を弾き出したシルフィーナは、その一点だけは貴族中に知れ渡っていた。
ここ、アルメルセデスは神に護られた剣と魔法の国。
誰がどの程度の魔力量を持っているかは常に貴族社会の関心ごととなっている。
それによって爵位に現れない将来的な地位も変わってくる。
魔力の高さは貴族としての社会的な地位にも影響するのだから。
姉アルテイアは憤慨してくれた。
スタンフォード侯爵は三十五歳。
父オーギュストが三十六歳、母フランソワが三十四歳。
父母と変わらぬ年の男に妹を嫁にやるのか、と。
それでも。
これはシルフィーナは後から聞かされたのだったけれど。
婚姻にあたりスタンフォード家からもたらされた結納金は莫大な金額に及んでいたという話で。
数年前の厄災によりマーデン領は疲弊し、その復興もまだままならぬ中。
この結納金という名目の支援金は男爵にとっては喉から手がでるほどありがたく。
年の差であるとか娘の幸せとかそんなものは二の次になったのもしょうがない。そう納得し姉にもそうはなして宥めたシルフィーナ。
結局、翌年の春を待って、こうして両家の婚姻は無事なされたのだった。
♢ ♢ ♢
どきどき、どきどきと高鳴る胸を押さえながらベッドの上でまつシルフィーナ。
この日のためにと乳母のミーシャが用意してくれた可愛らしいピンク色の夜着を身に纏い、ふんわりとしゃがんでドアを見つめていた彼女。
コンコン
と、ノックの音。
「はい」
と一言声をかけるとキイッと扉が開いて。
そこにするすると入ってきた、この館の主人、サイラス・フォン・スタンフォード侯爵。
神妙な顔つきのその美麗な顔。
一瞬の間の後。
その口から語られたのは意外な一言だった。
その聖都アルメリアの貴族街にあるスタンフォード侯爵家では今夜は盛大な婚姻披露パーティーが開かれた。
当主であるサイラス・フォン・スタンフォードは堅物との噂で三十五歳になるこの年まで浮いた噂一つなく。
若い頃はその美麗な容姿から言い寄る女性が後をたたず、その度に冷たくあしらうものだから、一部では冷徹侯爵だのもしかしたら男色家なのではないかだのといった噂も囁かれた。
しかしそんな噂もこれで一掃される事となる。
彼の伴侶となったのはこれまで社交界にはいっさい顔を出した事もなく深窓の令嬢と噂されていた十六歳になったばかりのシルフィーナ嬢。マーデン男爵の次女でその類いまれなる魔力量、魔力特性値の高さは広く知れ渡っていたものの、本人は表に出てくる事はなく、謎に包まれていた彼女。
その年齢差もさることながら、彼女のその美しさに、皆、以前にこの令嬢を見初めた侯爵が彼女が大人の女性として成長するまでずっと一途に待っていたのではないか、とか。
そんなロマンスめいたはなしをまことしやかに話題に載せた。
そんな祝宴も終わり夜も更けみな寝静まった頃。
シルフィーナは一人、あてがわれた寝室のベッドの上で待っていた。
豪奢なシャンデリア、ビロードのカーテン。
金色に煌めくドレープが垂れ下がった天蓋のついた大きなベッドはまるで小部屋のようで。
(こんな素敵な部屋で……)
思い出すだけでも恥ずかしさに顔が赤くなる。
乳母のミーシャに色々教えてもらった夜のこと。
それに。
もちろん、シルフィーナにそんな経験があったわけではなくて。
幼い頃より自分の結婚相手を選ぶのは父親だと、そう言い含められてきた彼女には、自由な恋愛など考えることもできなかった。
貴族の娘に生まれたからには家に尽くす義務がある。そう言われ生きてきたのだ。
自分が幸せな結婚ができるとは思っていたわけではなかったけれど。
それでも。
自身の伴侶となるサイラスの、その綺麗で優しい瞳に見つめられたその時。
シルフィーナの心は高鳴った。
それはどこかで見た、幼い頃に憧れた王子様の姿そのもののような。
ずっと夢の中に出てくる人だと思っていた初恋の王子様が、目の前に現れた。そんな気がして。
(あんなにも素敵な人がいるなんて……)
年齢が倍も違うと、そう聞かされた時には乳母のミーシャも執事のグレイマンもそれはもう心配をしてくれた。
元々貴族の婚姻で、愛情も何もないのは十分理解をしているつもりではあったけれど、それでもこうして伴侶となったからには侯爵家の妻としての役割をしっかりと果たさなければ。そういう思いでこうして嫁いできたシルフィーナ。
それでも。
実際のサイラスを目の当たりにした時。
(わたくしを選んでくださってありがとうございます……)
そんな感謝の気持ちしか湧かなかった。
♢ ♢ ♢
「シルフィーナ! シルフィーナはいるか?」
「はい、お父様。どうなさったのですか?」
マーデン領の館で水仕事をしていたシルフィーナがそう父マーデン男爵に呼ばれたのは秋も深まったある日の夕方。
普段であれば何か仕事の用事がある際に呼ばれるのは執事のグレイマンと相場が決まっていた。
もう何年も、男爵がシルフィーナに直接声をかけることなどなかったのに。
そう思いながら父の元に急ぐ。
メイドが着るようなお仕着せに白のエプロンをした彼女は、どう見てもこの男爵家の令嬢とは見えなかっただろう。
上の姉アルテイアは婿を迎えこの家を継ぐ立場。
シルフィーナは次女で外に出ていく身であるからと、この貧乏男爵家の家事雑務を乳母のミーシャと共に引き受けこなしていたのだった。
貴族の娘は家のために尽くせ。
それが父の口癖だった。
幼い頃よりそう言われて育ったシルフィーナにとって、それは疑うことも許されない枷だった。
父の部屋の扉をノックし、中に入るシルフィーナを待っていたのは普段あまり見ない父オーギュストの笑顔だった。
「ああシルフィーナ来たか」
そんな声にも普段だったら感じる苛立ちも全くなく。
「何かありましたでしょうか?」
呼ばれたということは何か用事があったのだろう。もうずいぶんと親子らしい会話などしたことが無い。
そんなことが頭をよぎる。
「お前の縁談が決まったよ。これでマーデン男爵家も安泰だ」
唐突に聞かされた縁談話。
機嫌の良い父の口からでるその話は、スタンフォード侯爵がシルフィーナをぜひにとおっしゃったとの事。
まさかの侯爵家?
そう思いはしたもののそれは自分の魔力量の高さが買われたのだろうとも納得する。
貴族の子の魔力量はその母の魔力量の影響を受けやすい。
父親の血統ももちろん重要ではあるけれど、生まれた時に決まる基本の魔力量と魔力特性値はその産みの母の魔力が高ければ高いほど良い結果になると言われている。
生後七日目ほどで受ける洗礼式で、貴族の子の魔力量は測られる。
そこで過去にないほどの高い数値を弾き出したシルフィーナは、その一点だけは貴族中に知れ渡っていた。
ここ、アルメルセデスは神に護られた剣と魔法の国。
誰がどの程度の魔力量を持っているかは常に貴族社会の関心ごととなっている。
それによって爵位に現れない将来的な地位も変わってくる。
魔力の高さは貴族としての社会的な地位にも影響するのだから。
姉アルテイアは憤慨してくれた。
スタンフォード侯爵は三十五歳。
父オーギュストが三十六歳、母フランソワが三十四歳。
父母と変わらぬ年の男に妹を嫁にやるのか、と。
それでも。
これはシルフィーナは後から聞かされたのだったけれど。
婚姻にあたりスタンフォード家からもたらされた結納金は莫大な金額に及んでいたという話で。
数年前の厄災によりマーデン領は疲弊し、その復興もまだままならぬ中。
この結納金という名目の支援金は男爵にとっては喉から手がでるほどありがたく。
年の差であるとか娘の幸せとかそんなものは二の次になったのもしょうがない。そう納得し姉にもそうはなして宥めたシルフィーナ。
結局、翌年の春を待って、こうして両家の婚姻は無事なされたのだった。
♢ ♢ ♢
どきどき、どきどきと高鳴る胸を押さえながらベッドの上でまつシルフィーナ。
この日のためにと乳母のミーシャが用意してくれた可愛らしいピンク色の夜着を身に纏い、ふんわりとしゃがんでドアを見つめていた彼女。
コンコン
と、ノックの音。
「はい」
と一言声をかけるとキイッと扉が開いて。
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