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差し押さえ。

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「ありがとうございます。ちょうど100個ありましたので100オンスになりますね」

 あたしはそう笑顔でドーナツの入った袋を渡した。
 大きい袋で全部で5袋。
 重みで潰れちゃったらいけないし持ち手はいっぱいあるみたいだからちょっとわけてある。

「ふむ。これでたったの金貨一枚か。まあいい。アランに言っておけ。これはお前の借金から引いておくと」

 え? どういうこと?

「そんな。どういうことですか?」

「ふむ。お前、なかなかかわいい顔をしているな。よかったらうちの店で働かないか? こんなすぐ潰れるような店じゃなくてな」

「そんな! 潰れません! ミスターマロンは今大人気なんですもの!」

「はは。時間の問題だな。お前のところのドーナツは今後私がすべて買い占める。もちろん貸してる金に充当させて貰うことになるがな」

「そんなことしてどうなるっていうんですか!!」

「なに。少しでも借金を減らしてやろうという親心じゃぁないか。私の名はジャン・ロック。モーリス・ロックの孫だよ」

 ロック商会!?
 じゃぁこれが悪い人の親玉!?

 あたしの大声に気がついてアランさんが厨房から飛び出してきた。

「おや、先輩。お久しぶりです。貴方のドーナツ、私がいただくことにしましたから」

「ジャン! どういう事だ!?」

「帝都のシャルールメゾンで修行している頃から私は貴方の腕は買っていたんですよ。それなのに、私の王都で出店する店に何度もお誘いしたにも関わらず首を縦に振ってくださらなかった。ですからこれは意趣返しです。ああ、せめて貴方のドーナツは私がちゃんと売ってあげますからね。倍値ですが」

「倍値、だと!?」

「ええ、王都までの輸送費がかかりますからね。それでもすぐに売り切れるでしょう。なんと言っても私のブランドで店に並べますから。帝都帰りの有名パティシエって、今王都で名を売っている最中なのです。宣伝にも力を入れていますからね」

「お前には、売らん!」

「それがそういうわけにもいかないんですよ。ほらこれ。王都の法務局から書類、貰ってきました。現物差し押さえ許可の令状です」

 そう言って一枚の魔法紙を広げてみせるジャン。

「まあそれでもです。マフィンはうちの店の方が人気があるものを作れているのでわざわざ買いませんけどね。貴方は今後うちの人間が取り立てにきた場合、拒否はできないんですよ」

 カッカッカと高笑いするジャン・ロック。

「くっ!!」

 そう悔しそうに漏らしたあと黙り込んだアランさん。

「まあなんなら、今からでも王都の私の店で働いてもらっても構わないんですよ。借金も返せるこの店も残せる。悪い話じゃないと思うんですけどね? まあこの店の営業は夜だけになるかもしれませんが、なーに、厨房に一人コックを雇う金よりは貴方に支払う給金の方が高くなりますからね、そこまで負担にはならないはずです」

 う。
 話だけ聞いてるとそんなに悪い話でもないことない?
 この人、もしかしてそんなに悪い人じゃなかった?
 でも、なんか引っかかる。

 って、ダメダメ、危うく騙されるところだった。
 もともとの借金の原因だってロック商会なんだもん。
 悪い人には違いない。だったら……。

「じゃぁ私は帰ります。今から王都に向かわなければいけませんからね。今後は定期的にうちの人間をよこします。いいですか、その時に商品を隠したり渡さなかったりしたらどうなるか。現物差押えに応じなかったとして、今度こそこの店ごと接収しますからね」
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