「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。

友坂 悠

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尾行。

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 マリーゴールド商会の事務所は人通りの多い大通りから道を一本中に入ったところにある。
 表側にはおしゃれな商店が立ち並んでいるけれどその中でも一番のお店はグラン商会の本店、グランマガザンという5階建ての大きい建物だ。
 その辺のお店なんか比べ物にならないくらい広い間口。ゆうに通常店舗五軒分くらいはあるだろうか。一番街の中奥ど真ん中を占有するかのようにそびえたつその姿は、かなり離れた場所からもよくみえた。
 そんな大きな建物のそのちょうど裏っ側。少しばっかり薄暗い通りに建っている二階建ての建物が、わたくしの商会、マリーゴールド商会の本部事務所。

 事務所に向かうため裏通りに入って少しして、何者かがあとをつけてきていたことに気がついた。
 後ろは振り向かない。
 悪意のある人だったらわたくしが気がついたと悟って強硬手段に出ようとするかもしれない。
 逆に、逃げられてしまうかもしれないし。

 どうしよう、このまま事務所に入ってしまうわけにもいかないよね。
 そんなふうに躊躇して立ち止まる。
 事務所の入り口はもう目と鼻の先だけれど、あとをつけてくる人の目的がわからないことには対処しづらい。
 と、思案していると背後の足跡は止まるどころか近づいてくる。

 つけられていたのが気のせい、とも思えない。
 これでもわたくしの基本魔力は高い方だ。背後の人物がわたくしの背中に注目していたことくらい、気配でわかる。
(失敗したなぁ。大通りで気がついていたら何処かのお店に入って確認したのに)
 そう反省しつつ、ブーツの紐を直すそぶりをしてみる。
 このまま素通りしてくれれば……。
 そんなあわい期待を裏切るように、背後の人物が立ち止まりわたくしの背中に手を伸ばすのがわかった。

 肩が掴まれそうになったところで逆にその手を掴み、身体ごと回して捻り上げ背にまわる。
 いててと洩らすそのフード姿の人物の背後を取って。
「何か御用ですか?」
 そう、凄んでみせた。

「ちょっと、待ってくれ、私は何も……」

「わたしのあとをついてきていましたよね? それに、今は背後から手を伸ばしていましたし」

「それは……、そうだ、急に立ち止まってしゃがんだのが見えたから、何か具合でも悪いのかもと……」

 背中に回って取り押さえているから顔は見えない。
 若い貴族? だと思うけど。
 っていうか、髪が青い?
 フードが乱れ脱げ、その青い髪が顕になった。
 え?
 うそ?
 声は、ジュリウス様にちょっと似ている。
 でもジュリウス様はこんな情けない声は出さない、(っていうか聞いたことがない)から、本当に似ているのかよくわからないけどなんとなく似ている感じ?
 お店に来ていた時にはもっとモゴモゴしゃべっていたから、よくわからなかったけど……。

 抑えていた腕を離して、彼の顔をよく見えるように覗き込む。
「しかしいきなりこんな。ああでも背後から手を伸ばされたら不審がられても仕方がないかもしれないが……」
 こちらに向き直る彼。
 もう、被っていたフードは完全に脱げてマントにくっついているだけになっている。
 お顔は、ジュリウス様そっくりに見える。お声も、やっぱりジュリウス様の声だ。
 髪色だけが違う。
 お屋敷に飾ってあったお祖父様の肖像画、そんな髪色そっくりな透き通った青。

 わたくしはそのまま、彼の顔を見つめ固まって。しばらく一言も発せずにいた。
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