上 下
6 / 32

義母ベローニカ。

しおりを挟む
「あなた、マリエルちゃんに『わかれよう』だなんて言ったそうね」

「ベローニカは黙っててもらえますか。今の当主はこの俺です。この家のことは俺が決めますよ」

 いきなり人の執務室に乗り込んできてソファーにまるで寝転ぶかのようの身体を倒してこちらを舐めるようにみる妖艶な女性、ベローニカ。

 金色の巻毛が片目を覆い隠すようにかかり、そのまま肩まで流れている。
 着ているものも、夜着にナイトガウンを羽織っただけにみえるラフな装い。
 なんでこんな。そう思ったことは一度や二度ではないけれど、彼女のその奔放な振る舞いまで制止できるほど、ジュリウスは彼女に対して強く出られず。

「あらあら、おかあさまに対して随分な物言いね。ああでも『俺』と言って強がってみせるところなんか、まだ甘えてくれているってことなのかしら?」

 ふん、と鼻を鳴らしてベローニカを睨め付ける。

「あなたのことを母だと思った事などただの一度もありませんよ。お母様の妹で父のかざりだけの後妻。それ以上でもそれ以下でもない」

 ジュリウスの母フランソワが早世したあと、まだ幼かったジュリウスを不憫に思った前侯爵アルバドロス。誰でもいいからと後妻を求め、それに応じたのがフランソワの実家、義父であったレイチェル・バリアント子爵だった。
 フランソワの七つ下のベローニカは当時まだ15歳になったばかり。
 五歳のジュリウスにしてみても、まだ幼さの残るベローニカは綺麗なお姉さんといった風に見えこそすれ、母の代わりとはならなかった。
 それでも、懐かなかったと言うわけでもない。
「ベローニカ、ベローニカ」と、まるで姉を慕う弟のようにくっついてまわり、よく遊んでもらっていた。
 大きくなってからは反動でツンケンした態度を取るものだから、ベローニカにしてみてもこの甥であり義息であるジュリウスのことは可愛くて仕方がなかったところもある。ついつい構いたくなって、こうして部屋まで押しかけることもしばしばだった。

「母じゃなければなんなのかしら? 恋人? それでもいいけれど」

「ふざけないでいただきたい。父の後妻におさまったはいいけれど、結局あなたは侯爵夫人としての仕事など何もしてこなかったではないですか」

「そんなこともないわよ。ちゃんと社交会では着飾って、しっかり侯爵夫人として振る舞ってきたもの。侯爵夫人のお仕事なんて社交が第一でしょう?」

「領地のことも、家のことも、全て父に任せて知らん顔をしていたのに? あなたが何もしないから、父は嫁いできたばかりのマリエルにまで小間使いのような真似をさせていたではないですか」

「マリエルちゃんは優秀だもの。っていうかいいの? あんな優秀な子、そうはいないわよ? 簡単に手放して後悔したりしないのかしら?」

「後悔なんてしませんよ。実務だけなら代わりはいくらでもいます。それより、あなたはどこで俺が彼女に別れ話を持ち出したことを知ったんです?」

「あらあら。あんなお茶会の場で喋っておいて、知られないだなんて思っていたんだったらあなたもまだまだ子供だってことだわ。壁に耳あり。貴族は隙を見せちゃいけないのよ?」

「おおかた侍女の中にあなたの息のかかったものがいたんでしょうけど。まあいいです。別に内緒にするつもりはありませんでしたからね。俺も、それにマリエルも、今度こそちゃんと本当に好きな相手と結婚するべきだ。貴族だからとか愛のない結婚でも仕方がないとか、そんなことはもう父の代までで十分だ。あなただって、ユリアとユリウスが政略の駒に使われたらいい気はしないでしょう?」

 ユリアとユリウス。前侯爵とベローニカの間に生まれたジュリウスの妹弟。
 まだ可愛い盛りの子供ではあったけれど、その子らのことも自分なら絶対に政略の駒にはしない、そうした決意はあったジュリウス。

「人の親としてはそうね。貴族の一員としては仕方がないことではあると思ってはいるわ」

「あなたがそんな風では!! いいです。俺が絶対にあの子らにそんな真似はさせません! 大事な妹弟なのですから!」

 そう息巻いて。手に取ったグラスをぐいっとあける。
 ベローニカがニマニマと笑いながらこちらをみているのが、ものすごく癪だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】全てを滅するのは、どうかしら

楽歩
恋愛
「どんなものでも消せるとしたら、…私は、この世から何を消したいのだろう」エミリア・ヴァルデン侯爵令嬢の魔法は、強く願ったものを消し去る闇魔法。 幼い頃、両親が亡くなったエミリアは、婚約者であるクロード・コルホネン伯爵令息の家で暮らしていた。いずれ家族になるのだからと。大好きな義兄と離れるのは嫌だったが、優しい婚約者とその父親に囲まれ、幸せに過ごしていた…しかし… クロードの継母とその連れ子であるフルールが来てから、そして、クロードには見えない、あの黒い靄が濃くなってきた頃、何もかもが悪い方向へと変わっていった。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o)) 55話+番外編で、完結しました。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

目覚めたら男爵令嬢でした〜他人の世界の歩き方〜

帆々
恋愛
未亡人のララ(38歳)は強盗に襲われた。再び目が覚めた時、見知らぬ場所で男爵令嬢に姿を変えていた。ノア・ブルー(20歳)だ。 家族は兄のみ。しかも貴族とは名ばかりの困窮っぷりだ。もちろんきれいなドレスなど、一枚もない。 「働かなくちゃ」 ララは元々がやり手の食堂経営者だった。兄が研究員を務める大学のカフェテリアで仕事を得た。 不安も感じるが、ノアの生活を楽しみ出してもいた。 外見は可憐な貴族令嬢。中身はしっかり者で活動的な大人の女性だ。しばらくする内に、彼女は店の看板娘になっていた。 そして、大学内でアシュレイに出会う。彼は二十七歳の教授で、侯爵だ。端正で貴公子然とした彼は、ノアに対して挙動不審だった。目を合わせない。合ってもそらす。狼狽える…。 「わたしに何か言いたいのかしら?」 しかし、アシュレイは紳士的で親切だ。ひょんなことから、仕事帰りの彼女を邸に送り届けることを申し出てくれた。しかも絶対に譲らない。ノアには迷惑だったが、次第にそれらにも慣れた。 「住む世界の違う人」 そう意識しながら、彼との時間をちょっと楽しむ自分にも気づく。 ある時、彼女が暴行に遭ってしまう。直後、迎えに来たアシュレイにそのことを知られてしまった。 当たり前に彼女へ上着を着せ掛けてくれる彼へ、抗った。 「汚れるから止めて」 「見くびらないでくれ」 彼は彼女を腕に抱き上げ、いつものように送り届けてくれた。 見られたくない場面を見られた。それがとても恥ずかしくて辛くて惨めで…。気丈なノアも取り乱してしまう。 暗い気持ちの彼女の元へ、毎日彼から大きな花束が届く。それは深く傷ついたノアを優しく励ましてくれた。 一方、アシュレイはノアが痛々しくてならない。彼女を傷つけた相手を許せずにいて——————。 三十八歳。しっかり者のシングルマザー。若い貴族令嬢に転生してしまう。 過去に起因し、彼女を前に挙動不審丸出しの侯爵、二十七歳。 奇跡的に出会った二人が惹かれ合う。じれじれラブストーリーです。ハッピーエンドです。 ※途中、ヒロインの暴行シーンがあります。不快な方はご自衛下さい。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

【完結】時を戻った私は別の人生を歩みたい

まるねこ
恋愛
震えながら殿下の腕にしがみついている赤髪の女。 怯えているように見せながら私を見てニヤニヤと笑っている。 あぁ、私は彼女に完全に嵌められたのだと。その瞬間理解した。 口には布を噛まされているため声も出せない。 ただランドルフ殿下を睨みつける。 瞬きもせずに。 そして、私はこの世を去った。 目覚めたら小さな手。 私は一体どうしてしまったの……? 暴行、流血場面が何度かありますのでR15にしております。 Copyright©︎2024-まるねこ

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

私が消えたその後で(完結)

毛蟹葵葉
恋愛
シビルは、代々聖女を輩出しているヘンウッド家の娘だ。 シビルは生まれながらに不吉な外見をしていたために、幼少期は辺境で生活することになる。 皇太子との婚約のために家族から呼び戻されることになる。 シビルの王都での生活は地獄そのものだった。 なぜなら、ヘンウッド家の血縁そのものの外見をした異母妹のルシンダが、家族としてそこに溶け込んでいたから。 家族はルシンダ可愛さに、シビルを身代わりにしたのだ。

処理中です...