4 / 32
ウエイトレスのマリー。
しおりを挟む
「いらっしゃいませー」
「ご注文お伺いしますー」
「お待たせいたしましたー。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
お店のフロアを忙しく動き回る。
注文をとり、お料理をお出しし、お皿を片付ける。
合間に何かお客様にお困りごとがないか。カトラリーは足りているか。サービスのお水やナプキンは行き届いているか。
床は汚れていないか。
テーブルは綺麗か。
あかりはちゃんと照らしているか。
お客様一人一人にも目を配り、喜んでくれているか、快適に過ごしてくれているか、そんな様子を確認しながら全体を見渡す。
もちろん働いているスタッフにもちゃんと意識を向け。
オーバーワークになっていないか、困っていないか、ちゃんと笑顔で働けているか。
そんなところにも注意を向けながら。
そうして自分でも、お店中に笑顔を振りまいて。
明るい声で応対して。
お店の雰囲気を損なわないように頑張っていた。
わたくしがここで働ける時間はピークタイムの数時間だけではあるけど、終わると結構クタクタに疲れる。
それでもそれは、やり切った満足感と達成感にまみれた心地よい疲れだ。
侯爵家でのお仕事もやりがいもあったし大変なお仕事ではあったけど、それでもお仕事自体を辛いと思ったことはない。
でも、旦那様、ジュリウス様に「いらない」と言われてしまうと、心が挫ける。
(そっか。わたくしはもう、侯爵家では要らない人間なのだわ……)
離婚まではあと一年の猶予があるとはいえ、もうあまり口を出さない方がいいのかもしれない。
三年間白い結婚、清い関係を続けた夫婦は、本人たちが望めばその結婚がなかったこととしてみなされる。
政略結婚、親や親戚らの犠牲者として望まぬ結婚をした夫婦にとって、その婚姻自体をなかったことにしてやり直せる方法、それが白い結婚による結婚破棄法の存在だった。
だから彼は言ったのだ。
「第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
と。
もちろん政略結婚であっても長く仮面夫婦としてつれそう関係も多くあった。
貴族にとって、政略結婚などごく当たり前にある結婚の形なのだと言うことも理解できる。
わたくしだって、ジュリウス様さえ許してくださるのなら、このままずっと彼のおそばで過ごしたかった。
でも……。
彼は、それを望んでいないのだ。
仮に一年後、わたくしがどうしても嫌だと言えば離縁はされないかもしれない。
それでもたとえ形式だけの夫婦でいられたとしても、彼には一生冷たくあしらわれるだろうと想像がつく。
それは、いや。
それは、悲しい……。
そんなことを考えながらも笑顔を絶やさないように気をつけフロアを回っていた。
「いらっしゃいませー」
ふっと、全身真っ黒なマントを被ったお客さんが来店するのが目に映った。
最近よくお見かけするようになったお客さん、ちょっと貴族ふうなんだけど、髪もお顔も深々とマントを被っていてよく見えない。
いつも端の窓際の席に座るそのお客さん。
最初の頃は数人で来ていた気がするけど、最近はもっぱらお一人だ。
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
わたくしは笑顔でお客様にメニューの冊子を手渡しし、
「お決まりになりましたらお呼びくださいませ」
と一礼して席を離れようとした。
「あ、いや、おすすめディナーを頼む」
ボソボソっとそうおっしゃるお客様。
「セットのお飲み物はどういたしましょう」
「珈琲で。食事の後でいいよ」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
本日のおすすめディナーは若鳥のソテーにオニオンスープ。ガーリックトーストとたっぷりのサラダも付いてくる。お値段はリーズナブルだけれどボリュームたっぷりで、働く若者に人気のメニューだ。
ボリュームだけじゃなくお味も濃いめになっている。いっぱい汗をかいて働く人にはこれくらいの味付けが好まれるわけだけど、目の前の紳士にはちょっと似つかわしくないんじゃないかな。そんなふうにも思いながら厨房にオーダーを通した。
「ねえ、そこの貴族風な常連さん、普段は何を注文していたか覚えてる?」
「わりと軽食系が多かったような気がしますよ。ガッツリ食べていかれた覚えはありませんね」
「そっか。じゃぁ」
普段お店を回しているフロア長に尋ねるとそういった返事。
でも、それなら。
「ご注文お伺いしますー」
「お待たせいたしましたー。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
お店のフロアを忙しく動き回る。
注文をとり、お料理をお出しし、お皿を片付ける。
合間に何かお客様にお困りごとがないか。カトラリーは足りているか。サービスのお水やナプキンは行き届いているか。
床は汚れていないか。
テーブルは綺麗か。
あかりはちゃんと照らしているか。
お客様一人一人にも目を配り、喜んでくれているか、快適に過ごしてくれているか、そんな様子を確認しながら全体を見渡す。
もちろん働いているスタッフにもちゃんと意識を向け。
オーバーワークになっていないか、困っていないか、ちゃんと笑顔で働けているか。
そんなところにも注意を向けながら。
そうして自分でも、お店中に笑顔を振りまいて。
明るい声で応対して。
お店の雰囲気を損なわないように頑張っていた。
わたくしがここで働ける時間はピークタイムの数時間だけではあるけど、終わると結構クタクタに疲れる。
それでもそれは、やり切った満足感と達成感にまみれた心地よい疲れだ。
侯爵家でのお仕事もやりがいもあったし大変なお仕事ではあったけど、それでもお仕事自体を辛いと思ったことはない。
でも、旦那様、ジュリウス様に「いらない」と言われてしまうと、心が挫ける。
(そっか。わたくしはもう、侯爵家では要らない人間なのだわ……)
離婚まではあと一年の猶予があるとはいえ、もうあまり口を出さない方がいいのかもしれない。
三年間白い結婚、清い関係を続けた夫婦は、本人たちが望めばその結婚がなかったこととしてみなされる。
政略結婚、親や親戚らの犠牲者として望まぬ結婚をした夫婦にとって、その婚姻自体をなかったことにしてやり直せる方法、それが白い結婚による結婚破棄法の存在だった。
だから彼は言ったのだ。
「第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
と。
もちろん政略結婚であっても長く仮面夫婦としてつれそう関係も多くあった。
貴族にとって、政略結婚などごく当たり前にある結婚の形なのだと言うことも理解できる。
わたくしだって、ジュリウス様さえ許してくださるのなら、このままずっと彼のおそばで過ごしたかった。
でも……。
彼は、それを望んでいないのだ。
仮に一年後、わたくしがどうしても嫌だと言えば離縁はされないかもしれない。
それでもたとえ形式だけの夫婦でいられたとしても、彼には一生冷たくあしらわれるだろうと想像がつく。
それは、いや。
それは、悲しい……。
そんなことを考えながらも笑顔を絶やさないように気をつけフロアを回っていた。
「いらっしゃいませー」
ふっと、全身真っ黒なマントを被ったお客さんが来店するのが目に映った。
最近よくお見かけするようになったお客さん、ちょっと貴族ふうなんだけど、髪もお顔も深々とマントを被っていてよく見えない。
いつも端の窓際の席に座るそのお客さん。
最初の頃は数人で来ていた気がするけど、最近はもっぱらお一人だ。
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
わたくしは笑顔でお客様にメニューの冊子を手渡しし、
「お決まりになりましたらお呼びくださいませ」
と一礼して席を離れようとした。
「あ、いや、おすすめディナーを頼む」
ボソボソっとそうおっしゃるお客様。
「セットのお飲み物はどういたしましょう」
「珈琲で。食事の後でいいよ」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
本日のおすすめディナーは若鳥のソテーにオニオンスープ。ガーリックトーストとたっぷりのサラダも付いてくる。お値段はリーズナブルだけれどボリュームたっぷりで、働く若者に人気のメニューだ。
ボリュームだけじゃなくお味も濃いめになっている。いっぱい汗をかいて働く人にはこれくらいの味付けが好まれるわけだけど、目の前の紳士にはちょっと似つかわしくないんじゃないかな。そんなふうにも思いながら厨房にオーダーを通した。
「ねえ、そこの貴族風な常連さん、普段は何を注文していたか覚えてる?」
「わりと軽食系が多かったような気がしますよ。ガッツリ食べていかれた覚えはありませんね」
「そっか。じゃぁ」
普段お店を回しているフロア長に尋ねるとそういった返事。
でも、それなら。
685
お気に入りに追加
1,757
あなたにおすすめの小説
愛してほしかった
こな
恋愛
「側室でもいいか」最愛の人にそう問われ、頷くしかなかった。
心はすり減り、期待を持つことを止めた。
──なのに、今更どういうおつもりですか?
※設定ふんわり
※何でも大丈夫な方向け
※合わない方は即ブラウザバックしてください
※指示、暴言を含むコメント、読後の苦情などはお控えください
【完結】殿下は私を溺愛してくれますが、あなたの“真実の愛”の相手は私ではありません
Rohdea
恋愛
──私は“彼女”の身代わり。
彼が今も愛しているのは亡くなった元婚約者の王女様だけだから──……
公爵令嬢のユディットは、王太子バーナードの婚約者。
しかし、それは殿下の婚約者だった隣国の王女が亡くなってしまい、
国内の令嬢の中から一番身分が高い……それだけの理由で新たに選ばれただけ。
バーナード殿下はユディットの事をいつも優しく、大切にしてくれる。
だけど、その度にユディットの心は苦しくなっていく。
こんな自分が彼の婚約者でいていいのか。
自分のような理由で互いの気持ちを無視して決められた婚約者は、
バーナードが再び心惹かれる“真実の愛”の相手を見つける邪魔になっているだけなのでは?
そんな心揺れる日々の中、
二人の前に、亡くなった王女とそっくりの女性が現れる。
実は、王女は襲撃の日、こっそり逃がされていて実は生きている……
なんて噂もあって────
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる