しんとりかえばや。

友坂 悠

文字の大きさ
上 下
8 / 32

吉野へ。

しおりを挟む
 裳着も終わり、一応成人ということになったわたしなのですが、相変わらずお屋敷に篭って姫生活しています。

 うん。にいさまはもう元服して宮廷に出仕してる。五位の少将、殿上人だ。
 すごいなっと思いつつ、わたしだったらバレるのが怖くてとてもじゃないけどお気楽にお貴族様してられないと思うから、にいさまの心臓は鋼でできてるんじゃないだろか? と、感心する。

 しかしまあ、成人になると通ってくる殿方も現れると聞いて戦々恐々としていたわたしは少納言に助けられて、なんとか無事に過ごせてた。

 夜はなるべく一緒に就寝し、もし変な気配があったらわたしはすかさず御簾の奥に隠れる。
 あとは少納言が体良く追い払ってくれたりするんだけど……。
 うう。ダメだ。このままじゃ少納言の貞操の危機、だ。

 ここに通って来る殿方の目的が瑠璃の少将と似ているという瑠璃姫であるのなら、もしお手つきになったとしても少納言は泣き寝入りだ。
 それじゃぁあまりにも少納言に悪い。

 そりゃ、玉の輿に乗れる可能性があるのなら反対はしないけど、そうでないならやられ損じゃないか。
 それじゃぁほんと申し訳なくって。

 流石にもう限界だとおもったわたしは、泣いておもうさまおたあさまに訴えた。

「吉野に行かせてください……」

 吉野にはおたあさまの御母様、東陽明門院様がお住まいだ。そこに間借り出来ないか、と、思って。

 このままここに居るのでは生きた心地がしない。
 将来のことも不安だけれどとりあえずの安寧を、と。そう泣き崩れ。

「お前の事は不憫に思っている。そうだな。しばらく吉野に身を隠すのも一計か」

 おもうさまにはおもうさまなりの苦労があるようで、わたしのことで周囲からしつこい要求があるらしいとも聞く。

 おたあさまは泣くばかりでらちがあかなかったけれど、おもうさまの一言で、わたしの吉野行きは決定した。


 とりあえずこれで、とりかえばやのおはなしのように内侍として宮中に出仕する事もなければ東宮と通じちゃって子ができちゃう事もない。
 と、なんとか少し安堵した。

 わたし、実はこれが一番怖かった。

 心は姫のつもりだけど身体は男の子なんだよね。
 もう、何かの間違いでどうかなっちゃったとしたら。
 わたしの身体がそんな反応しちゃったら。

 もう、そんなこと考えると情けなくて情けなくてしょうがない。

 まだ油断は出来ないけど、わたし男の子として生きていくなんて嫌だ。

 どうしてもそんな嫌悪感だけが先にある、そんな……。


 ☆☆☆



 季節はもう秋になりかけていた。
 綺麗な紅葉がチラホラ見え、もう少ししたら山々はオレンジに染まるだろう。
 空気も美味しい。
 落ち着いたら東大寺にも参内に行きたいなあとか思いつつ、平城京ならの街並みを横目に南下する。
 あの山を超えたら吉野かな。
 徒歩での旅は大変だけれど、頑張らなきゃ。

 にしても。
 わたしも随分と丈夫になったものだ、と、自分で自分を褒めてあげる。
 少しずつではあったけれど運動をし、なんとか人並みの健康を手に入れた。
 長かったなぁ。とか、感慨深いなぁ。とか、そんな事を思いつつ歩く。

 従者は少納言と虎徹だけ、虎徹は我が家に使える武士で、平氏の出。まだこの時代貴族の方が強いけど、そのうちこういう武士が羽振りを効かせるようになるのかなぁと考えると、ほんと不思議だ。

 あともう少しで吉野の原が見えてきますよという虎徹の案内に答えつつ、そろそろ足がもたなくなったわたしは、休憩をしましょうと提案した。
 木陰に腰掛け、水筒の水を飲む。
 干し飯をつまみ、背伸びをして。

 ちょっとうとうとしたところで少納言におこされた。

「瑠璃姫さま、あちらに綺麗な湖が見えます。ちょっとそちらに行ってみませんか?」

 そだね。うん。そろそろ気分転換してもいいよね。冷たい水に足を着けると楽になるかもだし。

「そうね。そちらに寄り道しましょう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます

竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論 東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで… ※超注意書き※ 1.政治的な主張をする目的は一切ありません 2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります 3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です 4.そこら中に無茶苦茶が含まれています 5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません 6.カクヨムとマルチ投稿 以上をご理解の上でお読みください

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

呪い子と銀狼の円舞曲《ワルツ》

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 声を封じられた令嬢が、言葉の壁と困難を乗り越えて幸せをつかみ、愛を語れるようになるまでの物語。 明治時代・鹿鳴館を舞台にした和風シンデレラストーリーです。 明治時代、鹿鳴館が華やいだころの物語。 華族令嬢の宵子は、実家が祀っていた犬神の呪いで声を封じられたことで家族に疎まれ、使用人同然に扱われている。 特に双子の妹の暁子は、宵子が反論できないのを良いことに無理難題を押し付けるのが常だった。 ある夜、外国人とのダンスを嫌がる暁子の身代わりとして鹿鳴館の夜会に出席した宵子は、ドイツ貴族の青年クラウスと出会い、言葉の壁を越えて惹かれ合う。 けれど、折しも帝都を騒がせる黒い人喰いの獣の噂が流れる。狼の血を引くと囁かれるクラウスは、その噂と関わりがあるのか否か── カクヨム、ノベマ!にも掲載しています。 2024/01/03まで一日複数回更新、その後、完結まで毎朝7時頃更新です。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

足摺りて たな知らぬもの 頬張るも ころもまとうて 食えど飽かぬも

茅絃(ちづる)——長編名義:あむゆさ
恋愛
あしずりて たなしらぬもの ほおばるも ころもまとうて くえどあかぬも 時代が違えど美味は美味。 食べ盛りの平安乙女"若紫"と—— 現代青年"三木みさと"の織り成す 頬落ちる、おいしいおいしい物語。 祖父の死をきっかけに、座敷わらしが出ると噂されていた書庫蔵に足を踏み入れた料理上手の青年・三木みさとは、そこで若紫と名乗る女児に出会う。源氏様に美味しいご飯を振る舞いたいという若紫の願いを聞き、みさとは彼女を弟子にすることに——。 時代を超えて紡がれる「美味しい」の物語。

処理中です...