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裳着。
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わたし、とりかえばやの弟姫って実はあんまり好きじゃなかった。
だって、よ。
最初は女々しくて何もできない感じだったのに、結局男にもどったらいろんな女に手を出して。
もちろんそういうのがこの今の平安の貴族の世では雅だとかなんだとか言われるのはわかってる。
常識が違うっていうのも。
源氏物語は物語だからいいの。
現実に自分が源氏に振り回される身だったら、とてもじゃないけどやってられない。
さっさと儚くなっちゃわなきゃ、ほんと耐えられないなって、そうもおもう。
だから。
もしわたしがとりかえばやのように宮中に上がらなければならなくなったとしたら。
って考えるだけでだめ。
なんとしてでも逃げなくちゃ。
逃げ出さなくちゃ。
☆☆☆
おもうさまが普段こないわたしの部屋に訪ねてきて、目の前で座りため息をついている。
って、これってどういう状況?
昨日にいさまがやってきたと思ったら今日はおもうさま。
おっきなため息をついたかと思えば、そのまま黙り込んで。
で、またため息をつく。
もうそんな繰り返し。
って、おもうさまもなんか随分とやつれてるな。まだ三十台後半のお年のはず。まだまだ元気で居てくれないと、とはおもうんだけど。
「どうかなさったのですか? おもうさま」
あまりの沈黙に耐えきれず、わたしの方からそう切り出してみた。
「父上がな、お前の腰ゆいをぜひ自分にと言って聞かないのだ……」
え?
腰ゆいって。
え?
もしかして、裳着の話?
えーーーー?
おじいさまのお屋敷には一度だけ行った事がある。
というのもなかなかにお忙しいおじいさまは、お屋敷にいらっしゃる時間が少なくて。
もちろんお屋敷は贅を凝らしたご立派なお屋敷で、そこで働いている人も多いしいろんな人が出入りする。
たぶん政が此処で行われていたんじゃなかろうか、って思うようなそんなお屋敷。
おじいさまはかなり活動的な方だったから、そんななかでもあちらこちらと出歩かれ、お屋敷は半分おもうさまが管理してるとかも聞いた。
おもうさまは朝内裏へ参内し午後はおじいさまのお屋敷で指揮を執り、そして夜自分のこのお屋敷に帰っていらっしゃる。
完全に仕事場って雰囲気だよね? おじいさまのお屋敷って。
だから。
おじいさまの方から会いに来てくれる時にしかなかなかお会いできないんだけど、ほんと一度だけそのお屋敷に連れて行ってもらったことがあった。
七歳の誕生日、にいさまと二人、おじいさまのお屋敷でのお披露目会みたいなの、だった。
綺麗な望月がお空に浮かぶ夜。まるで手を伸ばせば届くのじゃないかと思うほど大きく見える月を眺め。
たくさんの人が集まる場の中央で、わたしとにいさまは琴を奏で歌を披露した。
満面の笑みで褒めてくれたおじいさまのその大きなほおに抱きついて頬擦りして。
すごく楽しい宴会だったのを覚えてる。
そして。
たぶんわたしにとって一番衝撃だったのがその時に披露されたおじいさまのお歌。
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
そう高らかに詠ったおじいさま。
え?
って思ったけど、逆に納得もした。
そうだよね。おもうさまは摂関家の嫡男。紫式部さんも御存命だ。と、すれば。
おじいさまが藤原道長様だっておかしい話じゃない、よね?
この世界のわたしの状況、おはなしのとりかえばやそっくりだと思ってる、けど。
とりかえばやには道長様は出てこない、けど。
でも、とりかえばやのおもうさまが関白左大臣だったのも事実。
で、道長様の孫にわたしみたいのは居ない。少なくとも歴史上そんな取り替えられたっていう姫は居ない。
歴史には残らなかっただけかもしれないけど。
歴史のIF。
とりかえばやのおはなしが紡がれた事により生まれたパラレルな世界?
おもうさまが自分の名前を書くところを見たことがあるけど、頼道って読めた。どう見ても道の字。
わたしが習った歴史では、道長様の嫡男は頼通様だったはず。
そのあたりもなんだかパラレルっぽくて。
頼通様の一人娘寛子さまは確か後冷泉帝に嫁いだはず。
にいさまの諱は威子、わたしは寿子。この時代、こうした諱は表には出さないからそう呼ばれる事も無いけど歴史の資料としては残っていたのかな?
だからやっぱり、ちょっとだけ違うんだ。よね。
わたしが知ってる平安時代の歴史とは。
で。だよ。
その道長様がわたしの腰結をするって事は……。
わたし、名実ともに女性として成人式を迎えるって話で……。
目の前のおもうさま、まだおっきなため息を繰り返してる。
かなりせっつかれてるとは聞いてたけどあのおじいさまの勢いなら耐えるのは大変かも、だけど。
あ、でも、そういう話ならにいさまの元服だって執り行われるってことだよね?
もうまったなし、なのかな。
わたしとにいさま、とりかえられた方がいいのだろうか?
うーん。でも、なぁ。
だって、よ。
最初は女々しくて何もできない感じだったのに、結局男にもどったらいろんな女に手を出して。
もちろんそういうのがこの今の平安の貴族の世では雅だとかなんだとか言われるのはわかってる。
常識が違うっていうのも。
源氏物語は物語だからいいの。
現実に自分が源氏に振り回される身だったら、とてもじゃないけどやってられない。
さっさと儚くなっちゃわなきゃ、ほんと耐えられないなって、そうもおもう。
だから。
もしわたしがとりかえばやのように宮中に上がらなければならなくなったとしたら。
って考えるだけでだめ。
なんとしてでも逃げなくちゃ。
逃げ出さなくちゃ。
☆☆☆
おもうさまが普段こないわたしの部屋に訪ねてきて、目の前で座りため息をついている。
って、これってどういう状況?
昨日にいさまがやってきたと思ったら今日はおもうさま。
おっきなため息をついたかと思えば、そのまま黙り込んで。
で、またため息をつく。
もうそんな繰り返し。
って、おもうさまもなんか随分とやつれてるな。まだ三十台後半のお年のはず。まだまだ元気で居てくれないと、とはおもうんだけど。
「どうかなさったのですか? おもうさま」
あまりの沈黙に耐えきれず、わたしの方からそう切り出してみた。
「父上がな、お前の腰ゆいをぜひ自分にと言って聞かないのだ……」
え?
腰ゆいって。
え?
もしかして、裳着の話?
えーーーー?
おじいさまのお屋敷には一度だけ行った事がある。
というのもなかなかにお忙しいおじいさまは、お屋敷にいらっしゃる時間が少なくて。
もちろんお屋敷は贅を凝らしたご立派なお屋敷で、そこで働いている人も多いしいろんな人が出入りする。
たぶん政が此処で行われていたんじゃなかろうか、って思うようなそんなお屋敷。
おじいさまはかなり活動的な方だったから、そんななかでもあちらこちらと出歩かれ、お屋敷は半分おもうさまが管理してるとかも聞いた。
おもうさまは朝内裏へ参内し午後はおじいさまのお屋敷で指揮を執り、そして夜自分のこのお屋敷に帰っていらっしゃる。
完全に仕事場って雰囲気だよね? おじいさまのお屋敷って。
だから。
おじいさまの方から会いに来てくれる時にしかなかなかお会いできないんだけど、ほんと一度だけそのお屋敷に連れて行ってもらったことがあった。
七歳の誕生日、にいさまと二人、おじいさまのお屋敷でのお披露目会みたいなの、だった。
綺麗な望月がお空に浮かぶ夜。まるで手を伸ばせば届くのじゃないかと思うほど大きく見える月を眺め。
たくさんの人が集まる場の中央で、わたしとにいさまは琴を奏で歌を披露した。
満面の笑みで褒めてくれたおじいさまのその大きなほおに抱きついて頬擦りして。
すごく楽しい宴会だったのを覚えてる。
そして。
たぶんわたしにとって一番衝撃だったのがその時に披露されたおじいさまのお歌。
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
そう高らかに詠ったおじいさま。
え?
って思ったけど、逆に納得もした。
そうだよね。おもうさまは摂関家の嫡男。紫式部さんも御存命だ。と、すれば。
おじいさまが藤原道長様だっておかしい話じゃない、よね?
この世界のわたしの状況、おはなしのとりかえばやそっくりだと思ってる、けど。
とりかえばやには道長様は出てこない、けど。
でも、とりかえばやのおもうさまが関白左大臣だったのも事実。
で、道長様の孫にわたしみたいのは居ない。少なくとも歴史上そんな取り替えられたっていう姫は居ない。
歴史には残らなかっただけかもしれないけど。
歴史のIF。
とりかえばやのおはなしが紡がれた事により生まれたパラレルな世界?
おもうさまが自分の名前を書くところを見たことがあるけど、頼道って読めた。どう見ても道の字。
わたしが習った歴史では、道長様の嫡男は頼通様だったはず。
そのあたりもなんだかパラレルっぽくて。
頼通様の一人娘寛子さまは確か後冷泉帝に嫁いだはず。
にいさまの諱は威子、わたしは寿子。この時代、こうした諱は表には出さないからそう呼ばれる事も無いけど歴史の資料としては残っていたのかな?
だからやっぱり、ちょっとだけ違うんだ。よね。
わたしが知ってる平安時代の歴史とは。
で。だよ。
その道長様がわたしの腰結をするって事は……。
わたし、名実ともに女性として成人式を迎えるって話で……。
目の前のおもうさま、まだおっきなため息を繰り返してる。
かなりせっつかれてるとは聞いてたけどあのおじいさまの勢いなら耐えるのは大変かも、だけど。
あ、でも、そういう話ならにいさまの元服だって執り行われるってことだよね?
もうまったなし、なのかな。
わたしとにいさま、とりかえられた方がいいのだろうか?
うーん。でも、なぁ。
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