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第15話 お互いの道へ
しおりを挟むお爺さんは自宅に帰りながらお婆が言っていた言葉の意味を考えた。
ご贔屓にとはどういう事なのかと。
しばらく考えたお爺さんはその意味に気がつく。
言葉の端々に見える商売の匂い。
表立っては公表していないが、孤児院はただの飾りで本当は児童売買を行っているのだと。
そこまで気がついたお爺さんは、車の中で悔しくて悔しくてたまらなく泣いた。
沢山の子供達は何も知らずに買われていく。その不安や恐怖の中で今もなお待ち続けていることに。
家に着き、子供達を降ろす。
「君たちの新しい家はここだよ。狭い家だが安心して暮らしてほしい」
子供達はみんな正座でくつろぐ素振りも見せない。
きっとこの子達も厳しい教育を受けてきたのだと心を痛めるが、お爺さんは溶け込めるのを長く待った。
お爺さんは来る日も来る日も澄を含めた子供達を優しく諭した。
「ここは君たちの家なんだ。誰に構われることもない、安全な場所なんだ」
すると徐々にだが、子供達の様子が変わっていく。
お爺さんが畑で取れた野菜を自慢げに披露すると、少し喜びを共有しだした。
お爺さんが体調を崩すと、不安ではなく悲しみを共有しだした。
そして、美味しいご飯をみんなで食べると幸せを共有しだした。
一歩ずつ、人間に近づいてきた子供達も数年経つとしっかりと成長する。
一番顕著に成長が見えたのが澄だ。
澄は10歳になって町へとお爺さんが採った野菜などを売りに出るようになった。
決して見栄えの良い野菜ではないが、小銭稼ぎにはなる。
そして、そのお金でお爺さんを少しでも助けようとしていた。
お爺さんはその気持ちが大層嬉しくてしっかりと成長した澄を褒めた。
それから生活は変わる事はなく、他の子供たちも畑を手伝ったり家事をしたりお爺さんのために尽力した。
流るるままに澄は16歳を迎えた。
秀久と会ったあの時、澄はどう感じていたのか。
自分を売ろうとした鴉御家の子供の事を憎く思っているのか。
それは澄が秀久とデートをした帰り……
家に帰ってきた澄は複雑な顔をしていた。
「おかえり、今日のデートはどうだったんだ?」
お爺さんが嬉しそうに笑った。
だが、澄はお爺さんの笑顔とは裏腹に今の気持ちを話す。
「私どうしたら良いのかな……」
「どうしたんだ?」
「今日まで良くしてくれてたあの人は鴉御家の人だったの……」
「なに?あの花を買ってくれたのが鴉御だっていうのか?」
「そうなの……でも本当に悪い人じゃないの!今日だって私に勉強を教えてくれるって言ってくれたの……」
「んー……澄はそいつの事をどう思ってるんだ?」
「私は……私は鴉御くんの家が酷い事をしてても、鴉御くん自身を嫌いになれない」
「……そうか、なら良いじゃないか」
「……え?」
「好きな人を好きになる自由が澄にはあるんだ。だから家がどうとか後から考えなさい」
「お爺ちゃん……ありがとう、その言葉ですっきりしたよ」
こうして澄は鴉御家との因縁とは別に、秀久との付き合いを続ける事にした。
澄と秀久の関係は2年近く続いた。
その間、澄には秀久という優秀な家庭教師がつく。
「澄さんは足し算とか引き算は出来る?」
「ちょっと秀久くん、それは馬鹿にしすぎだよ!」
「ごめんごめん!じゃあ掛け算と割り算は?」
「それは……わかんない」
「え!?じゃあお花とかどうやって売ってたの?」
「んー、一輪ずつ足して数えてたよ?」
澄は恥ずかしげもなく秀久にありのままの姿を晒した。
その屈託のない笑顔に秀久もまた心を惹かれていく。
しかし、その関係も終わりを告げる。
澄も人並みに勉強が出来るようになった頃、それぞれの夢を語った。
「秀久くんは将来どうするの?」
「僕?うーん……そうだなぁ……父親とは同じ仕事がしたくないし、少しでも人の役に立てる仕事がいいなぁ」
「へー!じゃあお医者さんとかは?」
「医者か……慣れたらいいんだけどね……そういう澄さんは?」
「私?私は少しでもマシな仕事に就いて、引き取ってくれたお爺ちゃんに恩返しがしたい」
「澄さんって優しい人だね」
「そ、そんな事ないよ!」
お互いがこれから先の相手の人生に自分はいるのだろうかと考え、そして先へと進みだす。
「あのさ、澄さん」
「ん?どうしたの?」
「僕、大学に行こうと思ってる」
「おー!凄いじゃん!」
「どの大学に行くとしても、しっかりと勉強しないと今の僕には無理だと思う。だから少しの間会うのをやめよう」
秀久は言いたくもないセリフを言ってしまった。
澄もまた、言いようのない不安に駆られた。
「用事がないと私たち会えないのかな?」
「そしたらまた用事を作ればいいよ」
「そうだよね!」
「次会う時は最初に行ったカフェにまた行こう」
「うん!」
会う事の無くなった2人。
次に会うのは4年後。
その間、2人の環境は目まぐるしく変化を遂げていく……
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