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第11話 秀久の過去 その2
しおりを挟む秀久はまた彼女に会えるのを楽しみにしていた。
来る日も来る日も彼女のことを考え続け、親の金を盗んだ。
そして最後に彼女に会った日から2日経ち、再び町に花を売りにくる日がやってきた。
秀久は普段は学校へ行く重い足取りも今日は軽やかに通学路を走る。
今日は出来るだけ長く話したい。そう思った秀久は花を買う予定のお金をカバンに詰め込みその時を待つ。
1日の授業が終わり、帰ろうとした時またあの不良が秀久の目の前に現れた。
「お前何この前バックれてんだよ」
秀久は花売りと会った日、そのままカツアゲされたもののそのまま家に帰ったためこの様に絡まれてしまった。
早く花売りの元へと急ぎたい秀久は、少し強気に出る。
「そ、そんなの関係ないだろ」
「あぁ?関係ないことはねぇだろ?」
どうやらこの不良はだいぶ秀久に恨みがある様だ。
「お前、兄貴いるよな?あいつ生意気だと思わねぇか?」
「生意気……?」
「お前の兄貴殴るとよ、俺の家が無くなっちまうんだよ」
秀久はジリジリと詰め寄られながら、不良の言う事があまり頭に入ってこなかった。
秀久の兄はとても秀久の事を大事にしている。
その兄がこの不良に何をしているのか、全く見当もつかなかった。
「そ、それと僕の何が関係あるって言うんだ」
「お前の兄貴はよぉ、父ちゃんにすげぇ可愛がられてるもんな」
秀久の兄は、鴉御家の跡取りとして父親から信頼されており、とても大事に育てられている。
そのためか、兄に何かあった時すぐに父親が介入してくる。
「あいつに傷つけるとすぐ父ちゃん飛んでくっからよ、こうやってお前で憂さ晴らしするんだよ!」
そう言った瞬間、不良は詰めた距離から拳を飛ばした。
あまりの突然の出来事に動く事も出来なかった秀久は、ただただ身を守りながら殴られ続けた。
一通り殴られ終えた秀久の顔は腫れ上がり、体も痣だらけになってしまっている。
そんな秀久を尻目に、満足そうに帰ろうとする不良は秀久のカバンからある物を見つける。
「お、お前今日は金持ってて準備いーじゃん」
「あ、そ、それは……」
秀久のカバンから不良が取り出したのは、今日花を買うために用意したお金。
これはどうしても取り返したい秀久は最後の力を振り絞って不良に立ち向かった。
「じゃ、ありがたく頂いてくぜー」
結果はただ無駄に傷を増やして終わってしまう。
悔しさと傷の痛みで涙を流しながら、秀久は家へと帰るが彼女が待っている道の前で立ち止まる。
こんなボロボロの姿を見て彼女はどう思うだろうか、花を買わない自分を見てどう思うか……そればかりが頭に浮かんでいた。
しばらく考えて出た答えは、彼女に会いにいく事だ。
ボロボロの秀久は彼女に会うために一昨日から頑張り、今日まで生きてきた。
この2日ほど、充実生活を送れていたのは事実。
ならばせめて顔だけでも見たいと思い、この道を選択した。
歩き続けると一昨日と同じ場所で彼女は花を売っていた。
秀久はホッと一安心し、そのまま帰ろうとした。
だが、その時彼女から声をかけられる。
「あれ!この前のお金持ちさん!!」
秀久は思わず振り返ってしまった。
だが、その顔は不良に殴られてボコボコになった顔だと気がつき慌てて背を向ける。
それに気がついた彼女は花を置いて、慌てて駆け寄ってきた。
「ちょっと!どうしたのこれ!」
「いや……これは……」
適当な嘘でごまかし、この恥ずかしい状況を一刻も早く抜け出したい秀久の腕を彼女は掴んでこう言った。
「ちゃんと言ってくれるまで、私離しませんから!」
その目は決して弱い秀久を笑う様な事はなく、ただ一点秀久の心配を願っている目だった。
「わかりました……ちゃんと話します」
秀久は学校で起こった事をありのまま話した。
不良に絡まれた事や、花を買うために準備していたお金をカツアゲされた事や、手も足も出なかった事を。
秀久にとっては恥ずかしくてあまり話したくない事ばかりだったが、彼女の真剣な眼差しが秀久の口を軽くした。
「そっかぁ……それは大変だったね……」
「で、でもいつもの事だから」
「いつもの事なら殴られ続けていいの?」
「…………それは」
「それは?」
「それは嫌だよ……」
「そう思えただけで偉いよ」
秀久の目には涙が浮かんでいる。
話を聞いてもらって、優しい言葉をかけられて今まで経験した事のない幸せを秀久は少し感じていた。
「こ、こんな僕みたいなのに優しくしてくれてありがとう」
「いいよ、全然!」
いいよとは言いつつも、秀久のせいで時間を食ってしまい花は大量に売れ残っていた。
強気を装っていた彼女だが、その顔は少し残念そうだ。
秀久はそんな彼女を哀れんでお金を取りに帰ると言った。
だが、彼女はそれを強く制止した。
「いいの、そこまでしてもらう程じゃないし」
「でも君の家が大変なんじゃ……」
「それじゃあ一緒に花を売ってくれる?」
彼女の提案に秀久は少し迷ったが、優しくしてくれたお礼と彼女と少しでもいたい気持ちで返事をした。
結果は全然だった。
それもそのはず、顔がボコボコの男と一緒に花を売っても売れるはずがない。
申し訳ない気持ちで溢れた秀久は彼女に謝罪した。
「僕がいなかったらきっと売れてたよ……ごめん」
「……そうですね」
彼女はとても残念そうに下を向く。
だが、そのすぐ後に彼女はニコニコしながら秀久の事を笑った。
「って冗談です!いつもこれぐらいしか売れないんです」
「……え、そうなの?」
「そうです、だから気にしないでください!」
その冗談めかした笑顔に秀久は胸がキュンとした。
やはり秀久のこの気持ちは恋なのだろう。見惚れている秀久のの体力はどんどん削られていく。
「いつも私1人なんで、今日はとっても楽しかったです!」
もう秀久は彼女を見つめてただ頷くだけの機械になってしまった。
だが、そんな楽しい時間はもう終わってしまう。
「あ!もうそろそろ帰らなくちゃ!」
そう言っていそいそと帰る準備をしている彼女。
そして、このほとばしる熱い気持ちの行方をどこにぶつけたらいいかわからない秀久はある行動にでた。
「あ、あの!今度の日曜日空いてますか……?」
彼女は少し不思議そうな顔をして聞き返す。
「日曜日ですか?」
「よかったら一緒にご飯でも……と」
「えー!私なんかとでいいんですか?」
「は、はい!あなたとがいいです!」
「じゃあ、喜んで」
「そ、それじゃあ日曜日のお昼頃、またここら辺で待ってます!」
早口で捲し立てた秀久は、慣れない事をした恥ずかしさからか約束を取り付けた直後に猛スピードで家へと帰っていった。
残された彼女もまた、初めての経験で秀久の事を思い出し笑いながら帰っていった……
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