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しおりを挟むそれは遠い国の昔の事……
異国の小さな町にその少年はいました。
彼の両親はとても仲が悪く、毎日喧嘩をしてばかり。
いつの夜も彼の子守唄は両親の怒鳴り声。
外に出て気を紛らそうとしても、彼には友達がいない。
学校には通っているが、いつも一人だ。
孤独な生活にひたすら耐え、いつか来たる希望の日を待ち望んでいた。
そして遂にその時は来た。
彼は学校からの帰り道、ある声を聞いた。
何もない路地、そこからある声は聞こえる。
近づくとさらに声は大きくなっていく。
彼はゆっくりと近づきその声の元へとたどり着いた。
「ニャーニャー」
細く小さい体ながら力強く鳴いていたのは子猫だった。
その子猫は少年が近づくとさらに大きな声で鳴き、まるで助けを求めているようだ。
優しく撫で、抱き上げた少年の顔は笑顔で溢れていた。
言葉ではない生命のその必死な様に、少年は強く心を打たれた。
誰かに必要とされている、そう感じた少年は子猫を保護しようと考えた。
しかし、両親はこの子猫を受け入れてくれるのだろうか。
家で喧嘩が絶えない両親の姿を思い返す少年は、家の近くの木の下に段ボール箱を持ってきて仮住まいを作ってやった。
それからというもの、少年はご飯を少しだけの残しては子猫の元へとあげに行き「ジン」という名を付け可愛がった。
家では喧嘩が止まず、学校でも一人の日々が続いたが少年はジンのために生き続けた。
ジンも少年の事を信頼し甘え、安心を知った。
ジンを拾ってからひと月程経ったある日。
この日は酷く雨が降り少年の気分も落ち込んでいた。
だが、その気持ちとは反するように両親の機嫌はすこぶるよかった。
理由なんぞ子供には理解できないが、きっと何か良いことがあったのだろう。
朝から母親の鼻歌は鳴り止むことはないまま、少年は学校に向かう。
授業中はジンの事が気がかりで時間が経つのが遅く感じたようだ。
最後のチャイムが鳴ったと同時に少年は、まだ止まない雨の中ジンの元へと急いだ。
近くまで行くと雨に濡れている段ボールを見つけ、さらに急いだ。
木の下とはいえ、完全に雨をしのげないこの場所でジンは濡れて震えている。
「ごめんねジン、大丈夫だったかい?」
そう言いながら、少年はジンを抱きかかえ一つの大きな決断をする。
少年はジンを抱えて、家に連れ帰る。
両親の機嫌が良い今日なら受け入れてくれるのではないのかと、一縷の期待に賭け家のドアを開けた。
ずぶ濡れの一人と一匹は家の中に入り玄関で立ち止まる。
奥からは上機嫌な母親が顔を見せる。
「おかえり~、今日の夜ご飯はね……」
上機嫌だった母親の顔は一瞬にして曇る。
「その猫どうしたの」
「ママ、この猫捨てられてたんだ」
「そうでしょうね、そんな汚いの」
「可哀想だから家で飼ってあげたいんだ!」
「何言ってるの!? ダメに決まってるでしょ!!」
母親はもの凄い剣幕で少年の要求を却下した。
その大きな声に気がついた父親が奥から姿を見せる。
「どうしたんだそんなに騒いで」
「この子、捨て猫なんか拾ってきたのよ! あなたからダメって言ってちょうだい」
「捨て猫? おぉ、可愛いじゃないか」
父親は母親とは真逆だった。
少年が拾ってきたジンを撫で、優しく愛でる。
「パパ! 飼ってもいい!?」
「んー、そうだな……」
「あなた、ダメに決まってるでしょ!」
「でもなぁ、このままだと可哀想じゃないか」
「可哀想ってあなたね、ただでさえ生活が厳しいのに猫一匹増やしてどうするつもりなの!」
「猫一匹ぐらい大丈夫だろ」
「ぐらいって、この生活維持するためにどれだけ生活費を切り崩してると思ってるの!?」
ほんの些細な事から夫婦喧嘩は発展する。
次第に大きくなっていく夫婦の声は、少年の気持ちより大きいのだろうか。
罵詈雑言がいくつか飛び交い、その何個目だろうか。
とびきり大きな声がどちらからか発せられた。
その時、少年の腕の中で小さく震えていたジンは驚き飛び上がり逃げ出した。
それを少年も必死に追いかける。
一人と一匹が逃げ出した事に夫婦は気づかない。
ジンはみるみるうちに遠くに逃げていく。
それを懸命に追いかける少年だが、差はなかなか縮まらない。
家から離れるように逃げてくジンは、いつの間にか交通量の多い街の中心部まで来ていた。
しかし、車の速さに戸惑いその場で立ち尽くしてしまう。
それが功を奏したのか、少年はジンに追いついた。
「ジン! もう大丈夫だよ」
徐々にジンに近づいていく少年。
しかし、ジンの顔はなぜか怯えている。
手を差し伸べて、笑いながら更に近づく。
ジンまで後、三歩ほどの距離まで近づいた時……
ジンは道路に飛び込んでいた。
その時、近くの家の窓ガラスに映る自分の顔を見た。
そこには自分でも驚くほど醜い顔をした少年の姿があった。
それは喧嘩をしている両親の顔にあまりにもそっくりだった。
そこで少年は気がついた。
日に日に腐っていく自分の心は両親のせいだと……
そして次の瞬間、ジンは宙を舞っていた。
その姿を目で追う事しか出来なかった少年はただただ、理解が出来なかった。
歩道に飛ばされたジンに息はない。
ゆっくりと歩み寄る少年はジンをそっと抱きかかえ茫然としている。
降り頻る雨の中、通り過ぎる人に怪訝な顔をして見られながらも立ち尽くしていた。
しばらく時間が経ち、少年は家に向かって歩き出す。
全ての復讐のために。
家に着いてからの少年の行動は早かった。
十分も経たずに両親の息は止まっていた。
そして少年は冷たくなっていくジンと共に、家の近くの崖から飛び降りた。
この時少年は思った。
両親から受ける愛はどんなものだったのだろうかと……
その愛があればジンを救えたのではないのかと……
愛とは何なのだろうかと……
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