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しおりを挟む「じゃ、お疲れっしたー」
「はい、おつかれー」
時間は17時半を過ぎたところで、オフモードになった近藤を帰す。その数分後、今度は元気な声が店内に響く。
「おはよーございまーす!」
「おはよー、外寒いでしょ?」
「結構寒いですねー」
「風邪だけは引かないようにね」
昨日の買い物の最中に出会った千恵が出勤してきたのだ。千恵も近藤同様にエプロンを身につけて、掃除を始め18時の開店を迎える。
仕事終わりのサラリーマンやOLがちらほら入店してくる。
そのだいたいはお一人様だが、同じ感覚を持つ人が多いのかこの店の居心地が良いのだろう。黙々と酒を飲みつまみを口に運ぶ。
今泉は30分ほど客を捌いていくと、またもある声が店内に響く。
「おはよー!」
「おはよーございます」
「どう、お昼は?」
「まあいつも通りって感じですね」
「そうかそうか、じゃあ準備してくるわ」
今泉と親しげに会話をしていたのはこの店のオーナーだ。このオーナーがやって来るということは、今泉の今日の仕事も終わりに近付いたということだ。
オーナーもエプロンを身につけて、今泉から在庫の残りの確認などの引き継ぎをする。
「おっけー、じゃあ上がっちゃっていいよ」
「ありがとうございます」
そう言うと今泉は着替えて帰る準備をし、残った二人に挨拶をして帰る。
「お疲れ様でしたー」
「はい、おつかれー」
「お疲れ様でーす!」
店を出た今泉は、お腹を空かせているであろうジンのために夜ご飯の献立を考えていた。休み明けの仕事が一番辛いが、そんな疲れを感じさせない今泉は家路へと急いだ。
いつもの帰りよりも早く家に着いた今泉は玄関のドアを開ける。開けたと同時に部屋の奥から足音がしてくる。それは勢いよく部屋を駆け抜けて玄関へとやって来た。
「ご主人様! 待ってたぞ!」
「ただいま、どうしたんだよ」
「一人でテレビ見てるのはつまらないんだよぉ」
「とりあえずご飯作るから待っててよ」
そう言って靴を脱ぎ家の中へと入ると、後ろからジンがついてくる。
キッチンに向かうとお昼に用意してあったご飯の食器が綺麗に片付けてあった。
「これ、ジンがやってくれたんですか!?」
「当たり前だろ、ご主人様がせっかく作ってくれたんだからそれぐらいはするさ」
「なんか感動……」
「なんでだよ」
ジンはこう見えて意外と優しいところがある。ただどうしてもツンケンしている様に見えるため、今泉はギャップで驚いた。
「よし、じゃあ早速作っちゃうよ」
「待ってましたご主人様!」
この日のジンはというと、今泉を見送ってから布団に戻り13時頃まで二度寝。その後、起きてすぐ今泉が作っておいた昼飯を食べて昼寝。17時頃に再び起き、テレビを見て食器を洗いテレビを見て今に至る。
ジンはお昼を食べて寝てばかりいたのだが、寝てばかりいてもお腹は空くのである。晩ご飯の支度をしているのをまたも観察している。
「ご主人様はなんの仕事をしているんだ?」
「俺? 俺は居酒屋で仕事してるよ」
「おぉ! だから飯を作るのがうまいのか!!」
「うまいってそんな大げさな」
「俺様はご主人様の飯は世界一美味いと思うぜ、今のところな!」
「今のところかい」
今泉は仕事だったため、軽めの晩ご飯をさくっと作り二人で食卓を囲む。
「今日は野菜炒めかぁ……」
「野菜もちゃんと取らないとダメ」
「んー……」
あまり気が乗らないジンはひと口野菜炒めを口の中に頬張った。一口二口と咀嚼するたびにジンの表情がみるみる変わっていく。
「うめぇー!! なんだこれ!? 本当に野菜炒めか!?」
「またまた~、ジンは本当に大げさなんだから」
「いやいや! ご主人様はもっと自信を持つべきだよ!」
「そうかなー」
今泉はジンに褒められた。
出会ったばかりであるが、こうも褒められるとなんだか恥ずかしい気持ちでたまらなくなる。少し気分が良くなった今泉はそそくさとご飯を食べてノートパソコンを広げた。
「ご主人様何してるんだ?」
「ちょっとね~」
ジンも急いでご飯を食べて食器を片付けた。
「そんなもん覗いて何してるんだ?」
「これとかどうかな?」
そう言って今泉が見せたのは通販サイトの画面だった。
「これって?」
「ジンの服だよ、買いに行くのは無理だから通販にしようと思ってさ」
「おぉ!! ご主人様ぁ!!」
「もうそんなくっつかないでくれよぉ」
「ご主人様は本当に優しいよぉ!!」
ジンは感激してこの日は寝るまで今泉にべったりくっつき、普段の調子から考えられないほど甘えていたのだった。
ジンが今泉にべったり甘えた夜から数日。今日も今泉は仕事だった。
相変わらず今泉はジンのために昼ご飯を作り置き、仕事に出かけ、ジンはそれを食べて後片付けをして昼寝をする。
こんな生活にも慣れてきた二人だが、それも今日でおさらばだ。
「それじゃあお疲れ様でーす!」
「あれ、今ちゃん今日はご機嫌じゃん。なあ、知恵ちゃん」
「確かになんかテンション高いっていうかー」
「そ、そうですか?」
「知恵ちゃん残念だったなー、こいつ彼女でも出来たんだよ」
「えー、残念だなー」
「ちょっと二人ともー! ってか知恵ちゃん全然残念がってないし」
最近の今泉は如実に生活の充実を感じさせる様な表情を見せている。さらに今日は声色も明るくなってきている。
その理由はこれから今泉が向かう場所にあった。
「すいません、荷物の受け取りをしたいんですけど」
「えーと、番号良いですか?」
今泉はコンビニにいた。
スマホの画面を確認しながら店員に番号を伝えていく。そして荷物の確認を済ませ、サインをして受け取る。
あの晩に通販サイトで頼んでいたジンの服がようやく届いたのだ。
さすがに留守番中のジンに荷物の受け取りをさせるのは怖かったのと、少しのサプライズも兼ねてコンビニ受け取りにしていた。
暗い夜道にいい年した大人がニヤニヤしながらダンボール箱を抱えているのはさぞ気持ちが悪いが、今の今泉には周りの視線など一ミリも認識出来ていなかった。
家の前に着き、インターホンを鳴らす。ドアの向こうから不安げな声が聞こえてくる。
「ど、どちらさまでしょうか……」
ジンは今泉以外の人とは会った事がないので、とても不安な様だ。普段はインターホンが鳴っても出なくていいと言っていたが、ジンも成長したとか適当に理由をつけて今日は出させる事にした。
本当は両手が塞がっているためドアを開けてもらおうと思っていたのだが、ここで今泉はあるイタズラを思いつく。ドアの覗き穴からは見えない位置に隠れ、声を変えて返事をした。
「すいませーん、こちらにジンさんいらっしゃいますよねー?」
「え!? ななななんで名前を!?」
「やっぱりそうでしたかー、ちょっと荷物の受け取りをして欲しくて出ていただけませんかー?」
「いや、あの……今、家の人がいないんで後にして……」
「ちょっと困るんですよねー、そういうの」
「も、もう少ししたら帰ってくると思うんで……」
「あと何分ですかー?」
「それはちょっと……」
困り果てていくジンの顔を想像して笑いを堪えていた今泉だが、さすがにかわいそうに思ったのかここでネタばらしをする。
「いいから開けてくださーい」
「あと少しだけ……」
「受け取るだけでいいんですよー」
「じゃ、じゃあ……」
開いたドアの細い隙間から顔を覗かせるジンは、泣きそうな顔をして周りを確認した。
「ジン、俺だよ俺!」
「……あ! 今さっき怪しい人が来たんだ!」
「怪しい人?」
「なんか俺様の名前を知っててすげー怖かったんだよ……」
「それってさ、「こんな声だった?」」
「そうそう! ……ってえぇ!? どういう事!?」
「さっきのは全部俺がやってたの」
「…………あー、もうご主人様は趣味が悪い」
「ごめんって。でも本当に荷物があるんだよ」
「荷物……?」
「さ、入った入った!」
不安がっていたジンはまたも今の状況が掴めていない。
今泉の言う通り部屋の奥へと着いていったジンは謎のダンボール箱に目をやった。
「これ何が入ってるんだ?」
「開けてみてからのお楽しみだよ」
「んー……気になる」
「その前に……ご飯食べる?」
「食べる!」
いつも通りに今泉は晩ご飯の支度をする。
今日はしめじと小松菜のペペロンチーノの様だ。
パパっと作り終え、二人はパパッと平らげる。
きちんと食器を片付けた後、二人は開封の儀へと移る。
「よし、開けるよ」
「う、うん……」
ジンは未だに中身の検討がつかず、ドキドキを隠せないでいる。今泉はテープを剥がしダンボールを開ける。そして、中身を勢いよく取り出しジンに見せつける。
「これだよこれ! ジンの服!」
「あ、あああ! 俺様の、俺様の服なのか!?」
「そりゃそうだよ、俺が着てもぶかぶかだろうし」
「やったああああ! ありがとうご主人様!!」
喜び走り回るジンとそれを微笑みながら見守る今泉。二人の笑い声が響く夜九時半。
鳴り響く…………壁ドン!!
静かにと言ったように口元に人差し指で合図する今泉と、忍び足で定位置に戻るジン。それでも喜びが抑えられない二人は、何故かひそひそ声で会話をする。
「ちょっと着てみなよー」
「似合うといいなー」
ジンは通販のサイトに載っていたまんまのコーディネートのパリパリの服を身に包み、一時間ほど静かなファッションショーが繰り広げられていくのだった。
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