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第9話 夏の終わり

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「おぉ~!!」
「やっぱり花火は綺麗だな……」

ご主人様との花火大会もクライマックスが近づいてきていた。

「さあ、次が最後の1発となります」

アナウンスされた時、前の花火の余韻からくる歓声は一斉に止み、みんなその時を固唾を飲んで見守っている。
打ちあがる花火は大きな一輪の花を空に描いて、瞬く間に散っていった……

今年も夏が終わるんだ。
僕は去年の夏よりも今年の夏の方が好きだ。
いつも仕事帰りに電車の窓から打ちあがる花火を見ては、家に帰っていつも通りの生活に戻る。
だけど、今年は違った。
隣にはご主人様が一緒にいる。
家に帰っても、ご主人様と一緒にいる。
あぁ、僕は仕事が辛かったんだなぁ……
あの時から解放されて良かったんだなぁ……
そう考えていると泣きそうになったけど、またご主人様に何を言われるのかわからないから、ぐっと堪えた。

「そろそろ帰るか」

ご主人様のその言葉で僕達は帰る事にした。
そうしないときっとこのまま2人でのんびりしてしまうからだ。
2人で歩く帰り道……
僕はある事が気になった。

「そういえば、この浴衣っていつ買ったやつなんですか?」
「ん?あぁこれか……」

ご主人様の顔はどこか寂しそうな顔をしていた。
それは花火大会が終わって夏も終わりを告げようとしてるからじゃない。そんな気がした。
ご主人様は続けて話した。

「これな、昔買ったんだよ……1年ぐらい前かな」
「へぇー、なんでまた2着も買ったんですか?」
「……その時付き合ってる奴がいたんだよ」

僕は衝撃を受けた。
ご主人様はキャラでそういう人だと思っていた。
それなのに……その事実を知ってしまった今、僕はどうしたらいいんだろうか?

「……あ、そうなんですかー」

場の空気が重くなっている気がする……
せっかく1ヶ月かけて縮めていた距離が、このたった一瞬でこんなにも開いてしまうのだろうか?
ならばご主人様の事を知ってしまおう。
知らない事を知ってそれを受け入れたらいいんだ!
僕はさらに疑問を投げつけた。

「なんで別れちゃったんですか?」
「…………死んだ」
「えっ……?」
「…………交通事故で死んだ」

たぶん僕は一番最悪な選択肢を選んだ。
まさか別れた相手が死んでるなんて思わないよ!
しかも交通事故だなんて……
どうにかしないと……

「…………変な事聞いちゃってすいません」
「いや……いいんだ、終わった事だしな」
「でもご主人様……」

ご主人様は泣いていた……
僕はそんな姿を初めて見た。
と、言っても1ヶ月ぐらいの付き合いでしかないが……

「ご主人様、僕でよければ話を聞きますよ」
「…………悪い、先に帰っててくれ」

そう言ってご主人様はどこかに行ってしまった。
僕はその姿を追う事は出来ずにその場に立ち尽くしている。
簡単に話を聞くと言ったけど、出会って1ヶ月ほどの人間にそんなに簡単に話すこと出来るわけないよな……
少し反省しつつ家へと戻った。

家に帰ってからしばらく経って、玄関のドアが開く音がした。
どんな顔をしてお出迎えしたらいいのかわからない。
いつも通りでいいのだろうか?
そんな事を考えていたら、ご主人様がリビングへ入ってきた。

「さっきはすいませんでした!!」

僕は顔を見るなりすぐさま謝った。

「あぁ、あれは俺が悪い」
「そんな事ないですよ!!デリカシーがなさ過ぎました……」
「気にするな、この際だから話しておくよ」

ご主人様は冷蔵庫からビールを取り出して、ソファに腰掛け一口グイッと飲んでから話を始めた。

「あいつは会社の同僚だったんだ」
「同僚?」
「そう、同じ時期に入社した仲で、お互いにいろいろ相談し合って仕事してたんだよ」

ご主人様はどこか懐かしそうに話をする。
僕はご主人様の昔話になぜか緊張している。

「一緒に長くいるとなんか惹かれるとこがあってさ……それで訳わかんなくなって告白しちゃったんだよ」
「え、告白ですか……!」
「まあ向こうも軽い感じでOKくれたんだけど、それかすげー嬉しくてな……」

ご主人様は時折、瞳に涙を浮かべながら話を続ける。

「それで去年の夏に2人で住まないか?って言ったんだよ。そしたらそれもOKしてくれて……それでこの家を借りたんだ」
「じゃあ僕が今使ってる部屋ってもともとは……」
「そうだな、その予定だったけど結局一緒に暮らす事はなかった」

少しばかり震えていた声からは、あのご主人様の面影は感じられなくなっていた。

「この家に引っ越す前の日に事故に遭ってね……簡単に死んじゃったよ……」
「…………」

僕は何も言葉を返せなかった……
愛する人が死ぬのはどんなに悲しいのか、僕にはまだ理解出来ない。だから簡単に話は出来なかった……

「結局あいつと行こうと思って買った浴衣も着れずじまいだったけど、今回お前に着てもらえて少し救われたよ」
「そんな、僕はただ着ただけですし……」
「いいんだよ、俺の気持ちが少しは晴れたんだから」
「それならいいですけど……」
「デートとか1回も行けなかったから今日は嬉しかった、ありがとう」
「僕なんかじゃ代わりにならないですよ」
「いや……お前はあいつにそっくりなんだよ」
「えっ……じゃあ僕をここに連れてきたのって」
「たまたま寄ったバーにあいつが……って思ったらお前だったんだ、本当に酔った時の絡み方とか背格好とかすごい似ててそれで連れてきてしまったんだ」
「そうだったんですか……」
「俺のエゴでお前を振り回して悪かった……」

そういうと、ご主人様は土下座をした。
確かにそんな勝手な理由で強制的に一緒に生活させようとするのはどうかと思ったが、一緒に暮らした1ヶ月近くは僕には無駄ではなかった。
ダメな僕を優しく見守ってくれたから少しずつ成長出来ている。
なら少しでも役に立てたら僕は力になりたい、そう思った。

「ご主人様?僕で役に立てますか?」
「……どういう事だ?」
「その人の代わりに僕はなりたいです」
「別にいいんだ、そこまで強制させるつもりはない」
「あなたは僕にあの人の影を見たんでしょ!!だったら僕はあの人の代わりにあなたを愛したい!!」

なんて事を言ってしまったんだ……
確かに僕はご主人様のことが好きだ。
だが、それは人としてなのか?
それとも恋愛としてなのか?
口に出してしまったのなら後者だろう。
僕は勢いに任せてまくし立てた。

「ご主人様が少しでも喜んでくれるなら、僕はあの人の代わりになる」
「そんな……」
「だからこれから出来なかったデートをたくさんしましょ?」

ご主人様は泣き崩れてしまった。
こんなに愛を伝えたのは初めてだ。
これが砕けようが構わない、そんな気持ちでぶつけた。
ただ、その重すぎた気持ちでご主人様に負担をかけてしまっていないか突然不安になった。

「あ、あの突然すいませんでした!」
「……いいよ、ありがとう」
「ちょっと、部屋に戻りますね……」

少し冷静になろうと、自分の部屋に戻ろうとした。
その時、後ろから暖かさを感じた。
ご主人様が後ろから抱きついてきたのだ。

「本当に俺でいいのか……?」
「…………はい!」
「じゃあ、もう少しだけこうさせてくれ……」

僕の背中でご主人様は泣いている。
こうやって泣いてくれているという事は、きっと信頼されている証だろう。
そう考えていると、少し涙がこぼれた。
嬉し涙かな。

「ありがとう」
「いいんですよ」

一通り泣き終わったご主人様。
多分この顔はなかなか見れないレアショットだから、しっかり目に焼き付けておこう。

「改めて、これからよろしくな」
「……はい、よろしくお願いします」

僕は今日、愛する人を見つけました。
それが長く続くかは分からないけど、いま幸せです。
明日もまた一緒にいたい。
叶うならずっと一緒にいたい。
夏の終わりだけど、全然寂しくない。

こうして僕はご主人様のために、前とは違うがまたいつも通りに頑張る日々が始まるのだった……
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