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第9章 愁いのロストフラグメント
21 家族
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その場にいた全員の視線が現れた女性に注がれる。怒りで周りが見えていなかった侯爵でさえ、突如現れた彼女に目が釘付けだ。
それを受け、彼女は彷徨わせていた視線を覚悟を決めたと言わんばかりに上げる。緊張した面持ちながらも今度はその目線は逸らされる事はない。
「レヴィ…」
「……母上」
彼女は私の背後にいる彼に目を止め、その名前を小さく呼び、それに反応するようにして彼も彼女――自身の母親の事を控えめながらも呼ぶ。
察してはいたが二人のその短いやり取りから、やはり彼女はレヴィ君の母親、名前は確かセレスティーナ・ローレンス侯爵夫人その人だ。
先日レヴィ君の所在の手掛かりを掴むべく、ローレンス侯爵家へと赴いた時は姿を見せなかった彼女だが、一目だけでも挨拶をと思っていた為に、会えなかったのを私はとても残念に思っていたのだ。
それにレヴィ君とは仲良くしてもらっていて、親友とも言える間柄だと私は勝手に思っているが、未だローレンス侯爵夫人にお目に掛かれておらず、レヴィ君の口からもどんな人なのか聞いた事はなかった。
それは家庭環境のせいもあるだろうが、レヴィ君の性格上、自分の事を人に話したがらないのは知っていたし、だから私も無理に聞こうとは思っていなかったのだが、そういう経緯から、私の中で侯爵夫人の人物像はずっと謎のままだったのだった。
だからこんな形で侯爵夫人と対面する羽目になるとは、露程も思っていなかった私は驚きを隠せなかった。
茶色く澄んだ綺麗な瞳、レヴィ君の紫髪よりも色素の薄いラベンダー色の長髪。その長い髪は後ろに流し、凛とした面持ちの彼女はローレンス侯爵と同じく、本来の年齢よりも幾分か若く見えた。
私の母、ローザとはまた違った美しさを併せ持つ女性だった。
「セレス…ッ、何故ここにっ…!」
妻の登場に侯爵が激しく動揺を見せる。
「私が彼女を呼んだ」
そんな侯爵に父様が冷静に返し、更に非難するような厳しい目を向ける。良く見るとその瞳の奥には怒りの感情が見て取れ、私まで体がぞくっと震えそうになった。
こんなにも怒りの籠った目は、当然の事ながら娘の私には向けられた事はなかった。けれどこうして目の当たりにすると凄い迫力だった。声音は落ち着いていると言うのに、父様から溢れ出るオーラに足が竦む。
その迫力は、先程激昂していた侯爵が可愛く見えてしまうくらいで、父様に睨まれた侯爵も同じように感じている事だろう。
「ルーク、お前は何をやっているんだ?今、お前がするべき事は息子を問い詰める事ではないだろう?
それに私の娘にも暴言を吐いていたな。これ以上騒ぐと言うのなら友人とて私も容赦しないぞ」
静かな怒りが場を支配する。それに誰もが口を閉ざしたまま一言も言葉を発せずにいた。
「……悪い、取り乱した。少し頭を冷やしてくる」
父様の追い詰めるような言い方に、流石の侯爵も落ち着きを取り戻す。いや、冷静を通り越してその顔は真っ青だったが、侯爵の暴君のような行動を目の当たりにした後では、擁護する者なんて誰もいないし出来なかった。
一方一気に熱が冷めたらしい侯爵は、それでもこの場に居続けるのが気まずかったのだろう。一言そう言うとその言葉通り静かに部屋を出て行ったのだった。
侯爵が去るとその場に沈黙が戻って来る。残った私達は脅威が一時的にでも去った事に安堵し、溜めていた息を深く吐き出した。
「レヴィ」
そんな中、沈黙を破るように侯爵夫人が息子を呼び、ゆっくりと私達、と言うよりかはレヴィ君の方へと歩み寄る。
私は邪魔にならないようにと少し避け、静かに事の成り行きを見守った。
「母上…?」
最初は少し警戒をしたけれど、夫人からは侯爵のような嫌な感じはしなかったし、寧ろ悲しみに暮れているかのように、その瞳が揺れているのが見て取れたから。
だから今はただ見守ろうと思う。
自分の方へと近づいてくる夫人を不安そうに見つめるレヴィ君。そんな息子を寂しそうな表情で夫人は見つめ返し、そして目の前まで来るとゆっくりと体を屈め、次の瞬間にはその腕に小さな息子を引き寄せ優しく抱きしめたのだった。
その事は腕の中にいる彼だけではなく、私も、そして兄であるルドルフさんも驚きを隠せなかった。
それもそのはずで、ルドルフさんからの話を聞いて、夫人とレヴィ君との間には壁があるような、埋められない距離があるような、そんな風に私は勝手に思い込んでいたのだ。
だからこんなにも大事そうに、割れ物を扱うかのように息子をその腕に抱いている夫人の姿に目を疑ってしまうのだった。
心境の変化が?とも一瞬思うが、もしかしたら夫人はずっと、レヴィ君をこうして抱きしめてあげたかったのかもしれないな、とも思い考え直す。
家族ではなくても私ですら、時折悲しそうな顔をするレヴィ君を抱きしめてあげたいと思うのだから、それが実の母親ならば尚更そう言う気持ちが強いのかもしれないな。
それに驚きで固まっていたらしいレヴィ君も、時間が経つにつれ状況を理解したのか、困惑とも嬉しさとも取れる複雑な表情が浮かぶ。
そんなレヴィ君の心境を知ってか知らずか、夫人の口が開かれる。
「レヴィ。今までごめんなさい…。とても辛い思いをさせてしまって…本当にごめんなさい…」
苦しそうに零れたそれは夫人の本音だろう言葉。それが涙とともに溢れ出る。
「今更謝ったところで過去は変わらないし、貴方の感じた痛みも消えないのは分かっているわ。自己満足だと言うことも…。それでも言わせてほしいの。
本当にごめんなさい。
貴方が魔法士になりたいと言った時、私は嬉しくもあったし、怖くもあったわ。ルークがそれを許さないのが分かっていたから。
でもあの時、私が貴方の味方になるべきだったのに、私は逃げてしまった。その結果、貴方を一人にしてしまい、追い詰めた。
……本当に後悔しているわ……」
続けて語られたのは彼女自身が抱える後悔の全て。声音からも彼女が嘘を言っていないという事は私でも分かった。
人目も憚らず懺悔する彼女の姿はとても演技とは思えないから。
それは抱きしめられたまま話を聞いていたレヴィ君にも正しく伝わった事だろう。
「母、上…」
今にも消え入りそうに言葉が零れる。しかしそれは夫人の耳に届いていたようで、それを聞いた彼女は嬉しいような悲しいような、何とも言えない複雑な顔をする。
「…母様、とはもう呼んではくれない?…いえ、それもそうよね。ごめんなさい、気にしないで良いわ。
それより体の具合はどう?痛いところはないかしら?
本当は貴方が侯爵邸にいるとルドルフから聞いた時、直ぐにでも会いに行きたかったのだけれど…。遅くなってしまって…本当にごめんなさい。
それに急に会いたいだなんて虫のいい話、聞かされても戸惑ってしまうわね。それもごめんなさいね」
「……先程から謝ってばかり。
今回の事は俺が悪いんです。だから母上……、母様が謝る理由なんて何もありません。頭を下げるべきなのは俺です。弱い心に付け入られた挙句自分では対処出来ず、母様だけでなく兄上や父上、友人にも迷惑をかけた。ローレンス侯爵家の家名にも泥を塗ってしまった…。
俺の方こそ迷惑をかけてしまい申し訳ありません。親不孝な息子でごめんなさい……」
夫人に続いてレヴィ君も、今までに見た事がない程弱弱しい声で謝り続ける。
そのお互いがお互いに何度も頭を下げる姿は、端から見ていてとても胸が苦しくなる。誰が悪いと言うわけでもないのに、二人共が自分が悪いと決めつけ、自らありもしない罪を背負おうとしているのだ。
優しすぎる。二人は似た者同士だと思うが、そんなところまで似なくても良い。
優しすぎるその思いは時として自分をも傷つけてしまうのだから。
今すぐ二人の間に入って誰も悪くないのだから謝らなくて良い、と言いたいところだが、折角の二人の時間も邪魔をしたくなくて、結局今の私には見守る事しか出来ないのだった。
それに今更ながら、私達もそろそろ外に出た方が良いのではないかと思う。
レヴィ君が心配で様子を伺っていたが、夫人には息子を傷つけるつもりは毛頭ないようだし、それが分かったのにいつまでもここに居座るのはそれこそ無粋だろう。
だから私は同じく成り行きを見守っていた父様をこっそり見遣った。
そんな私に気が付いた父様もどうやら同じ事を思っていたらしく、優しい笑みを浮かべてこくりと頷く。
今のレヴィと夫人には二人だけで話し合う時間が必要だ、とそう言われたような気がする。
だからその場に私達がいてはいけない。
私と父様は打ち合わせをしたかのように、二人の邪魔にならないよう敢えて声はかけずに、静かに部屋を退出する。するとそれに続いてルドルフさんまでもが部屋を出たのだった。
「良いのですか…?」
そんな彼に静かに問うと、彼はふっと笑ってただ頷くだけの答えを返す。
彼も彼なりに思うところがあるのだろうと私は納得した。ルドルフさんも言いたい事はあるだろうが、これ以上は口を開く様子はなく、だから私も今はもう何も言うまいと口を閉ざす。
そして今度は隣を歩く父様を見上げて尋ねる。
「大丈夫でしょうか…?」
小さく呟かれたそれは隣にいる父様にしか聞こえないだろう声量。しかし父様にはしっかりと聞こえていたらしく、その意味も正しく届いたようだ。
見上げた先、父様は優しく微笑んでから口を開いた。
「きっと大丈夫。家族なんだから」
それはいつもの私を慰める為の言葉ではなかったように思う。
しかしその一言で、救われたような気持ちになったのもまた事実だった。
それを受け、彼女は彷徨わせていた視線を覚悟を決めたと言わんばかりに上げる。緊張した面持ちながらも今度はその目線は逸らされる事はない。
「レヴィ…」
「……母上」
彼女は私の背後にいる彼に目を止め、その名前を小さく呼び、それに反応するようにして彼も彼女――自身の母親の事を控えめながらも呼ぶ。
察してはいたが二人のその短いやり取りから、やはり彼女はレヴィ君の母親、名前は確かセレスティーナ・ローレンス侯爵夫人その人だ。
先日レヴィ君の所在の手掛かりを掴むべく、ローレンス侯爵家へと赴いた時は姿を見せなかった彼女だが、一目だけでも挨拶をと思っていた為に、会えなかったのを私はとても残念に思っていたのだ。
それにレヴィ君とは仲良くしてもらっていて、親友とも言える間柄だと私は勝手に思っているが、未だローレンス侯爵夫人にお目に掛かれておらず、レヴィ君の口からもどんな人なのか聞いた事はなかった。
それは家庭環境のせいもあるだろうが、レヴィ君の性格上、自分の事を人に話したがらないのは知っていたし、だから私も無理に聞こうとは思っていなかったのだが、そういう経緯から、私の中で侯爵夫人の人物像はずっと謎のままだったのだった。
だからこんな形で侯爵夫人と対面する羽目になるとは、露程も思っていなかった私は驚きを隠せなかった。
茶色く澄んだ綺麗な瞳、レヴィ君の紫髪よりも色素の薄いラベンダー色の長髪。その長い髪は後ろに流し、凛とした面持ちの彼女はローレンス侯爵と同じく、本来の年齢よりも幾分か若く見えた。
私の母、ローザとはまた違った美しさを併せ持つ女性だった。
「セレス…ッ、何故ここにっ…!」
妻の登場に侯爵が激しく動揺を見せる。
「私が彼女を呼んだ」
そんな侯爵に父様が冷静に返し、更に非難するような厳しい目を向ける。良く見るとその瞳の奥には怒りの感情が見て取れ、私まで体がぞくっと震えそうになった。
こんなにも怒りの籠った目は、当然の事ながら娘の私には向けられた事はなかった。けれどこうして目の当たりにすると凄い迫力だった。声音は落ち着いていると言うのに、父様から溢れ出るオーラに足が竦む。
その迫力は、先程激昂していた侯爵が可愛く見えてしまうくらいで、父様に睨まれた侯爵も同じように感じている事だろう。
「ルーク、お前は何をやっているんだ?今、お前がするべき事は息子を問い詰める事ではないだろう?
それに私の娘にも暴言を吐いていたな。これ以上騒ぐと言うのなら友人とて私も容赦しないぞ」
静かな怒りが場を支配する。それに誰もが口を閉ざしたまま一言も言葉を発せずにいた。
「……悪い、取り乱した。少し頭を冷やしてくる」
父様の追い詰めるような言い方に、流石の侯爵も落ち着きを取り戻す。いや、冷静を通り越してその顔は真っ青だったが、侯爵の暴君のような行動を目の当たりにした後では、擁護する者なんて誰もいないし出来なかった。
一方一気に熱が冷めたらしい侯爵は、それでもこの場に居続けるのが気まずかったのだろう。一言そう言うとその言葉通り静かに部屋を出て行ったのだった。
侯爵が去るとその場に沈黙が戻って来る。残った私達は脅威が一時的にでも去った事に安堵し、溜めていた息を深く吐き出した。
「レヴィ」
そんな中、沈黙を破るように侯爵夫人が息子を呼び、ゆっくりと私達、と言うよりかはレヴィ君の方へと歩み寄る。
私は邪魔にならないようにと少し避け、静かに事の成り行きを見守った。
「母上…?」
最初は少し警戒をしたけれど、夫人からは侯爵のような嫌な感じはしなかったし、寧ろ悲しみに暮れているかのように、その瞳が揺れているのが見て取れたから。
だから今はただ見守ろうと思う。
自分の方へと近づいてくる夫人を不安そうに見つめるレヴィ君。そんな息子を寂しそうな表情で夫人は見つめ返し、そして目の前まで来るとゆっくりと体を屈め、次の瞬間にはその腕に小さな息子を引き寄せ優しく抱きしめたのだった。
その事は腕の中にいる彼だけではなく、私も、そして兄であるルドルフさんも驚きを隠せなかった。
それもそのはずで、ルドルフさんからの話を聞いて、夫人とレヴィ君との間には壁があるような、埋められない距離があるような、そんな風に私は勝手に思い込んでいたのだ。
だからこんなにも大事そうに、割れ物を扱うかのように息子をその腕に抱いている夫人の姿に目を疑ってしまうのだった。
心境の変化が?とも一瞬思うが、もしかしたら夫人はずっと、レヴィ君をこうして抱きしめてあげたかったのかもしれないな、とも思い考え直す。
家族ではなくても私ですら、時折悲しそうな顔をするレヴィ君を抱きしめてあげたいと思うのだから、それが実の母親ならば尚更そう言う気持ちが強いのかもしれないな。
それに驚きで固まっていたらしいレヴィ君も、時間が経つにつれ状況を理解したのか、困惑とも嬉しさとも取れる複雑な表情が浮かぶ。
そんなレヴィ君の心境を知ってか知らずか、夫人の口が開かれる。
「レヴィ。今までごめんなさい…。とても辛い思いをさせてしまって…本当にごめんなさい…」
苦しそうに零れたそれは夫人の本音だろう言葉。それが涙とともに溢れ出る。
「今更謝ったところで過去は変わらないし、貴方の感じた痛みも消えないのは分かっているわ。自己満足だと言うことも…。それでも言わせてほしいの。
本当にごめんなさい。
貴方が魔法士になりたいと言った時、私は嬉しくもあったし、怖くもあったわ。ルークがそれを許さないのが分かっていたから。
でもあの時、私が貴方の味方になるべきだったのに、私は逃げてしまった。その結果、貴方を一人にしてしまい、追い詰めた。
……本当に後悔しているわ……」
続けて語られたのは彼女自身が抱える後悔の全て。声音からも彼女が嘘を言っていないという事は私でも分かった。
人目も憚らず懺悔する彼女の姿はとても演技とは思えないから。
それは抱きしめられたまま話を聞いていたレヴィ君にも正しく伝わった事だろう。
「母、上…」
今にも消え入りそうに言葉が零れる。しかしそれは夫人の耳に届いていたようで、それを聞いた彼女は嬉しいような悲しいような、何とも言えない複雑な顔をする。
「…母様、とはもう呼んではくれない?…いえ、それもそうよね。ごめんなさい、気にしないで良いわ。
それより体の具合はどう?痛いところはないかしら?
本当は貴方が侯爵邸にいるとルドルフから聞いた時、直ぐにでも会いに行きたかったのだけれど…。遅くなってしまって…本当にごめんなさい。
それに急に会いたいだなんて虫のいい話、聞かされても戸惑ってしまうわね。それもごめんなさいね」
「……先程から謝ってばかり。
今回の事は俺が悪いんです。だから母上……、母様が謝る理由なんて何もありません。頭を下げるべきなのは俺です。弱い心に付け入られた挙句自分では対処出来ず、母様だけでなく兄上や父上、友人にも迷惑をかけた。ローレンス侯爵家の家名にも泥を塗ってしまった…。
俺の方こそ迷惑をかけてしまい申し訳ありません。親不孝な息子でごめんなさい……」
夫人に続いてレヴィ君も、今までに見た事がない程弱弱しい声で謝り続ける。
そのお互いがお互いに何度も頭を下げる姿は、端から見ていてとても胸が苦しくなる。誰が悪いと言うわけでもないのに、二人共が自分が悪いと決めつけ、自らありもしない罪を背負おうとしているのだ。
優しすぎる。二人は似た者同士だと思うが、そんなところまで似なくても良い。
優しすぎるその思いは時として自分をも傷つけてしまうのだから。
今すぐ二人の間に入って誰も悪くないのだから謝らなくて良い、と言いたいところだが、折角の二人の時間も邪魔をしたくなくて、結局今の私には見守る事しか出来ないのだった。
それに今更ながら、私達もそろそろ外に出た方が良いのではないかと思う。
レヴィ君が心配で様子を伺っていたが、夫人には息子を傷つけるつもりは毛頭ないようだし、それが分かったのにいつまでもここに居座るのはそれこそ無粋だろう。
だから私は同じく成り行きを見守っていた父様をこっそり見遣った。
そんな私に気が付いた父様もどうやら同じ事を思っていたらしく、優しい笑みを浮かべてこくりと頷く。
今のレヴィと夫人には二人だけで話し合う時間が必要だ、とそう言われたような気がする。
だからその場に私達がいてはいけない。
私と父様は打ち合わせをしたかのように、二人の邪魔にならないよう敢えて声はかけずに、静かに部屋を退出する。するとそれに続いてルドルフさんまでもが部屋を出たのだった。
「良いのですか…?」
そんな彼に静かに問うと、彼はふっと笑ってただ頷くだけの答えを返す。
彼も彼なりに思うところがあるのだろうと私は納得した。ルドルフさんも言いたい事はあるだろうが、これ以上は口を開く様子はなく、だから私も今はもう何も言うまいと口を閉ざす。
そして今度は隣を歩く父様を見上げて尋ねる。
「大丈夫でしょうか…?」
小さく呟かれたそれは隣にいる父様にしか聞こえないだろう声量。しかし父様にはしっかりと聞こえていたらしく、その意味も正しく届いたようだ。
見上げた先、父様は優しく微笑んでから口を開いた。
「きっと大丈夫。家族なんだから」
それはいつもの私を慰める為の言葉ではなかったように思う。
しかしその一言で、救われたような気持ちになったのもまた事実だった。
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