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あくる朝のこと
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あくる朝、ぼくはいつもどおりに朝起こされた。
みんな死んでしまったのに、学校はあるんだなってふしぎに思いながら、いつもどおり、ママの作ってくれる朝ご飯を食べた。
とても天気が良くて、気持ちのいい朝だったけど、どうしてか、いつもすれちがう近所のおじいちゃんとすれちがわなかった。
だけど、そんな日もあるんだって思いながら学校に行った。
そして学校に着くと、校門は開いていたのに、学校にはだれもいなかった。
今日がお休みなら、ママはぼくを起こさなかったはずだから、おかしいなって思って職員室に行った。
でも、職員室も空っぽで、さっきまでいた人が、いきなりいなくなったみたいなふんいきだった。
ふだんは見せてもらえない先生たちの机を、こっそりのぞいてみると、飲みかけのコーヒーが入ったマグカップが残されていたし、丸付けの途中のテストが、そのままになっていて、丸付け用の赤ペンが、干からびて転がっていた。
それから、ぼくは学校中を歩き回ったけれど、だれも見つけることはできなかった。
あんなことがあったから、全校集会になって、みんな体育館にいるのかな、なんて思ったけれど、体育館はバレーボールのネットが張られたまま空っぽで、そこらへんにボールが落ちていた。
教室に行くと、昨日、図工室に行った時にカギをかけたままドアは開かなくて、となりのクラスの教室は窓が開けっぱなしで、配られたプリントが床に散らばっていた。
だんだん怖くなって、ぼくは給食室に行ってみた。でも、いつもおばちゃんがいるはずの給食室はやっぱりだれもいなくて、汚れた食器がそのまま置いてあった。
そしてぼくは、おそるおそるに図工室に行った。昨日、みんなが死んでしまった教室に。
「あら、あなたも此処に来たのね」
教室には、だれもいなかった。ピストルでうたれたみたいに血を流して倒れていた同級生も、そのお母さんやお父さんも、先生もいなかった。だけど、見たことの無い、名札を付けていない女の子が一人立っていた。
「き、君は……」
「マドカ」
「なにマドカさん?」
「マドカでいいわ」
マドカと言った女の子の名字は分らないし、教えてもらえなかった。
「じゃ、じゃあ、マドカさん……どうして、君はここにいるの?」
「学校に来てみたら、こうなっていた、それだけ」
「そっか、君もなんだね。ぼくも、来てみたら、こんなことになっていたんだ」
「へぇ。でも、どうしてわざわざ此処にきたの?」
「それは……昨日、ぼくのパパとママが、ここで、殺されちゃったから」
マドカさんは難しい顔をして、空っぽの、だけど、作りかけのフォトフレームと彫刻刀だけが転がった図工室を見つめた。
「それなのに、どうして学校に来たの?」
「い、家に……昨日、家に帰ったら、パパとママがいて……あれは〈肉人形〉だから、大丈夫だって。だけど、けさ、学校に来たら、だれもいないし、昨日のまま、まるで時間が止まったみたいになってて」
「それはそうよ」
マドカさんは、表情の無い顔でぼくを見た。美人に見えるけど、とても怖かった。
「だって、此処は昨日のままなんだから」
「え……」
ぼくには意味が分からなくて、無表情なマドカさんの顔を見ていると、余計に怖くなる。
「ねぇ、どうしてあなたのパパとママは〈肉人形〉だったか分かる?」
ぼくは首を振る。だけど、なんとなく、おかしい気はしていた。
だって、ふつうの人間が、まるで本物のパパとママみたいな人形を作れるはずがないんだから。
「それじゃあ……あ、死んだなって思う様な、危ない目に有った事や、怖い目に有った事はあるかしら」
「マドカさん、それ、どういう意味?」
ぼくは勇気をふりしぼって聞いてみたけど、マドカさんは、そのままの意味だからと、相変わらず無表情なままで言った。
しかたがないから、ぼくは下を向いて、少し考える。
「そういえば、先月、学校に行く途中で車とぶつかった」
マドカさんは大きな目を細くして、僕をずっと見ていた。
「そのあと、変わった事は無かったかしら」
「変わった、こと?」
「えぇ。パパやママの様子がおかしいとか、同級生が変だとか」
ぼくは首をふったけど、マドカさんはだまっていた。そしてぼくは、たぶん、見ないふりをしていたいくつかのできごとを思い出した。
クラスで一番おっかない片山くんにいじめられていた小川くんが、ちょうど、ぼくが車とぶつかる一週間前に、死んだらしいって、クラスで一番おしゃべりな田崎さんが言ってたのに、ぼくが車とぶつかった次の日、小川くんはふつうに学校に来ていた。
お父さんに殴られているらしいってうわさになっていて、いつもあざだらけの傷だらけだった佐藤さんも、僕が車とぶつかる一か月くらい前から、学校に来ていなかったのに、僕が車とぶつかった三日くらいあとから、ふつうに学校に来ていた。それも、いつもみたいに、あざだらけの、傷だらけじゃなくなっていた。
「心当たり、あるんでしょ」
だまりこんで考えていたぼくは、うなずいた。
「……もう、分かるわよね」
マドカさんが言いたいことは、なんとなく想像ができた。きっと、小川くんは田崎さんが言っていたように自殺していたんだと思う。佐藤さんも、ギャクタイされていて、とっくに死んでしまっていたんだと思う。
そして、ぼくも。
「……もしかして、ぼく」
車とぶつかったあの日。ぼくは、たぶん、死んだんだ。
みんな死んでしまったのに、学校はあるんだなってふしぎに思いながら、いつもどおり、ママの作ってくれる朝ご飯を食べた。
とても天気が良くて、気持ちのいい朝だったけど、どうしてか、いつもすれちがう近所のおじいちゃんとすれちがわなかった。
だけど、そんな日もあるんだって思いながら学校に行った。
そして学校に着くと、校門は開いていたのに、学校にはだれもいなかった。
今日がお休みなら、ママはぼくを起こさなかったはずだから、おかしいなって思って職員室に行った。
でも、職員室も空っぽで、さっきまでいた人が、いきなりいなくなったみたいなふんいきだった。
ふだんは見せてもらえない先生たちの机を、こっそりのぞいてみると、飲みかけのコーヒーが入ったマグカップが残されていたし、丸付けの途中のテストが、そのままになっていて、丸付け用の赤ペンが、干からびて転がっていた。
それから、ぼくは学校中を歩き回ったけれど、だれも見つけることはできなかった。
あんなことがあったから、全校集会になって、みんな体育館にいるのかな、なんて思ったけれど、体育館はバレーボールのネットが張られたまま空っぽで、そこらへんにボールが落ちていた。
教室に行くと、昨日、図工室に行った時にカギをかけたままドアは開かなくて、となりのクラスの教室は窓が開けっぱなしで、配られたプリントが床に散らばっていた。
だんだん怖くなって、ぼくは給食室に行ってみた。でも、いつもおばちゃんがいるはずの給食室はやっぱりだれもいなくて、汚れた食器がそのまま置いてあった。
そしてぼくは、おそるおそるに図工室に行った。昨日、みんなが死んでしまった教室に。
「あら、あなたも此処に来たのね」
教室には、だれもいなかった。ピストルでうたれたみたいに血を流して倒れていた同級生も、そのお母さんやお父さんも、先生もいなかった。だけど、見たことの無い、名札を付けていない女の子が一人立っていた。
「き、君は……」
「マドカ」
「なにマドカさん?」
「マドカでいいわ」
マドカと言った女の子の名字は分らないし、教えてもらえなかった。
「じゃ、じゃあ、マドカさん……どうして、君はここにいるの?」
「学校に来てみたら、こうなっていた、それだけ」
「そっか、君もなんだね。ぼくも、来てみたら、こんなことになっていたんだ」
「へぇ。でも、どうしてわざわざ此処にきたの?」
「それは……昨日、ぼくのパパとママが、ここで、殺されちゃったから」
マドカさんは難しい顔をして、空っぽの、だけど、作りかけのフォトフレームと彫刻刀だけが転がった図工室を見つめた。
「それなのに、どうして学校に来たの?」
「い、家に……昨日、家に帰ったら、パパとママがいて……あれは〈肉人形〉だから、大丈夫だって。だけど、けさ、学校に来たら、だれもいないし、昨日のまま、まるで時間が止まったみたいになってて」
「それはそうよ」
マドカさんは、表情の無い顔でぼくを見た。美人に見えるけど、とても怖かった。
「だって、此処は昨日のままなんだから」
「え……」
ぼくには意味が分からなくて、無表情なマドカさんの顔を見ていると、余計に怖くなる。
「ねぇ、どうしてあなたのパパとママは〈肉人形〉だったか分かる?」
ぼくは首を振る。だけど、なんとなく、おかしい気はしていた。
だって、ふつうの人間が、まるで本物のパパとママみたいな人形を作れるはずがないんだから。
「それじゃあ……あ、死んだなって思う様な、危ない目に有った事や、怖い目に有った事はあるかしら」
「マドカさん、それ、どういう意味?」
ぼくは勇気をふりしぼって聞いてみたけど、マドカさんは、そのままの意味だからと、相変わらず無表情なままで言った。
しかたがないから、ぼくは下を向いて、少し考える。
「そういえば、先月、学校に行く途中で車とぶつかった」
マドカさんは大きな目を細くして、僕をずっと見ていた。
「そのあと、変わった事は無かったかしら」
「変わった、こと?」
「えぇ。パパやママの様子がおかしいとか、同級生が変だとか」
ぼくは首をふったけど、マドカさんはだまっていた。そしてぼくは、たぶん、見ないふりをしていたいくつかのできごとを思い出した。
クラスで一番おっかない片山くんにいじめられていた小川くんが、ちょうど、ぼくが車とぶつかる一週間前に、死んだらしいって、クラスで一番おしゃべりな田崎さんが言ってたのに、ぼくが車とぶつかった次の日、小川くんはふつうに学校に来ていた。
お父さんに殴られているらしいってうわさになっていて、いつもあざだらけの傷だらけだった佐藤さんも、僕が車とぶつかる一か月くらい前から、学校に来ていなかったのに、僕が車とぶつかった三日くらいあとから、ふつうに学校に来ていた。それも、いつもみたいに、あざだらけの、傷だらけじゃなくなっていた。
「心当たり、あるんでしょ」
だまりこんで考えていたぼくは、うなずいた。
「……もう、分かるわよね」
マドカさんが言いたいことは、なんとなく想像ができた。きっと、小川くんは田崎さんが言っていたように自殺していたんだと思う。佐藤さんも、ギャクタイされていて、とっくに死んでしまっていたんだと思う。
そして、ぼくも。
「……もしかして、ぼく」
車とぶつかったあの日。ぼくは、たぶん、死んだんだ。
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