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第二十八話 この世界からのフェアウェル・パーティー

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 八月三十一日。
 二階のカフェでとある会社の送別会が開かれている頃、三階は相変わらず平穏だった。
 だが、その平穏は、一瞬にして破られた。
「あーっ! フトゥール!」
 エレベーターを降りてきた女性に、プルートがはしゃいだ声を上げた。
「え……」
 もう暫く戻ってこないと思っていた女性が、唐突に帰って来た。
「もーっ! 九月だって言うのに、殺されそうな暑さだわ!」
 壁際の適当な席に腰を下ろしたフトゥールは駆け寄って来たプルートに重たそうな紙袋を手渡す。
「何これ?」
「エキチカ・スイーツ・フェスティバルの戦利品! 神戸のお洒落なエクレア屋さんのプチ・エクレア詰め合わせよ。今晩、皆で食べましょう」
「わー、なんか高級そう」
 袋の中の箱も、高級そうな箱であった。
「ドライアイス入れてくれてるから、気を付けてね」
「はーい」
 プルートは袋を手に、カウンターの奥に向かう。
「あ、あの……」
 明日歌は遠慮がちに近づくと、フトゥールに話しかけようとした。
「あ~、長らくありがとうね。無事にお客さん捌いてくれたそうで」
「え、えぇ、まあ……」
 フトゥールが戻って来たのであれば、もう、自分の仕事は無い。
 明日歌はそう思って胸をなでおろす。
「お帰りなさい、フトゥール」
 明日歌が気付いた時には、何処からともなくロディアが現れていた。
「ただ今戻りました」
「それはいいんだけど、もう少しゆっくりするんじゃなかったの?」
「いや、それが……」
 フトゥールはポシェットに手を入れ、一枚のチラシをロディアに手渡す。
「ん? エキチカ・スイーツ・フェスティバル……あなた、まさかこれがお目当てで」
「そう。珍しいお菓子がいっぱい出るって言うから、戻ってきちゃいました」
 ロディアは呆れた笑みを浮かべた。
「全く、あなたも流行りもの好きねぇ」
「でも、見た目可愛くて味もおいしいって評判ですし、一度は食べないと!」
 悪びれる様子も無くフトゥールが笑っていると、プルートが戻って来た。
「ところでさぁ、フトゥールが戻って来たとなると、この子どうなるの?」
 三人の視線が、明日歌に向けられた。
「そうね……今日で、終わりでいいかしら」
 明日歌はただ、ぼんやりとロディアを見る。
「ただ……ちょっと、いいかしら」
 ロディアはゆっくりとカフェスペースの外に向かい、明日歌はそれに従った。
「あの……」
「最後に、私の事を占ってご覧なさい……私の未来の運勢を、三枚のカードで」
「え……」
 タロットルームに入ると、ロディアは明日歌が占者の席に着くのを待った。
「私の未来の運勢を、過去から占ってちょうだい」
「……分かりました。では、鑑定させていただきます」
 カードの山が崩され、三つの山が並び、三枚のカードが並べられた。
 開かれたカードは、カップのクイーンの逆位置、世界、そして、カップの九。
 ――過去、彼女は愛情故に苦い思いをしている。それが、今の調和された彼女になっている。そして……未来には、幸運が訪れるだろう。
「……過去、あなたは愛情故に、何か苦い思いをしているのではないでしょうか。それが、今のあなたに成り、調和された現在を構成している……その未来に有るのは、幸運でしょう」
 ロディアはほほ笑んだ。
「そう。私は大昔、惚れた男に惚れ過ぎて、しつこい女と捨てられた……その時には、まだ、占いなんて事、魔界でもして居なかったけれど……疑心暗鬼になって、未来を見通したいと思ったのが、始まり……だけど、疑心暗鬼では、キチンと占いが出来ないという事を、そこで思い知った……あなたは決して幸せを感じてなどいないはずなのに、それでも、カードが示す正しい言葉を代弁出来た……完成されているのは、きっとあなたも同じ事……あなたは、それでいいのよ、それがこの世界にとって不適格であったとしても」
 穏やかな笑みを残し、ロディアは去って行った。



 フトゥールが戻り、もう仕事は無いだろうと思っていた明日歌を呼び止めたのは、トリコロールのスカートをなびかせるフラーラだった。
 ――ごめーん、皿洗いが多くて人で足りなくて、客席忙しいから三階の客席お願いねー。
 フラーラーは黄色いギンガムチェックのワンピースを明日歌に押し付け、元の持ち場に戻って行った。
 今度こそ、もう少しましなワンピースでウェイトレスの仕事が出来る。そう思いワンピースを広げた明日歌だったが、そのデザインに表情は凍り付いた。
 ご丁寧にたっぷりのフリルとレースがあしらわれ、おまけに、エプロンには可愛い動物のアップリケまでされていた。
「あはは、可愛いわよ~」
 占いの客が居ない昼下がり、フトゥールは不相応な可愛らしさのワンピースに不機嫌な明日歌を見て笑っていた。
 そうしているうちに時は過ぎ、午後五時になろうかという時刻になっていた。

「今日は店じまいでいいかしら」
 客の居ない三階には、既に閉店の案内を出していたが、二階も、最後の客が清算を済ませれば店仕舞いでいいだろうと、ロディアはカウンターでそれを待っていた。
 その客が店を出たのは、五時を少し過ぎたころだった。
「ありがとうございましたー」
 降りて来た客を、カウンター越しに見送ったピクラーは、静かに看板を“Close”にした。
「さーて……今日はぼくらもパーティーだーっ!」
 ピクラーは思いっきり背伸びしながら声を上げる。
「だねー、折角人間界に来たんだから、おいしい物食べなきゃね」
 手伝いに来ていたクラートもエプロンを外しながら、階段へと向かう。
 そうしていると、裏口の呼び鈴が鳴った。
「あれ? ピーくん、宅配でも頼んでた?」
「いや、エルフのおにーさんじゃないかな」
 ピクラーが裏口を開けると、そこには荷物を抱えた男が一人立っていた。
「えーっと、ロー様が言ってたエルフさん?」
「はい。トルトースのフルーグスです」
「じゃ、こっちにどーぞ」
「おじゃまします」
「これから皆で晩御飯にするから、おにーさんも上に来てよ」
「では、お言葉に甘えて」

「さ、キミも晩ご飯食べて帰りなよ。まかないがおにぎりふたつじゃ足りないでしょ?」
「で、でも」
「ほら、座って座って」
 今日を限りに、もう此処に来る事はおそらくない。ならば、早く帰りたかった。だが、そんな明日歌を、プルートは引き留めた。
 強引に座らされるまま座っていると、テーブルには、色々な料理が用意されていく。
「い、いつの間にこんなに作ってたんですか……」
「今日の送別会のついでだよ。イタリアン・フェアで応援も来てるから、皆でご飯食べようってね」
 プルート曰く、手毬寿司はミエールが、人参とセロリの中華風サラダとチキンのサラダはフラーラが、カレイのムニエルとアジのフリッターはピクラーとラカノンが、それぞれに用意したという。
「あと、ミーリャが澄まし汁作ってくれるのと、オリヴィーニがローストチキン作ってくれるのが出来たら、皆で食べよーね」
「ちょっとー、あたしのお赤飯忘れてるわよー?」
 ひょっこり顔を出したのは、一階の喫茶で珈琲の準備を手伝いに来ていたファーリだった。
「そうそう、ファーリ……今日はずっと下の喫茶手伝ってくれてたファーリのお赤飯と、クラートの笹餅も出来るんだったね」
 明日歌はただ呆然と、プルートとファーリを見つめた。
 時刻が午後六時になる頃、カフェの三階には、店のスタッフと数人の客が集まっていた。ただひとつ異質な事があるとすれば、明日歌を除くその全員が、魔界の者だという事。
「全員集まったわね」
 既に店は閉めてあるが、ロディアは邪魔をされないようにとの意味で、カフェの看板をCloseにして自分の席に着いた。
「オリヴィーニ、チキンを取り分けてちょうだい!」
 それが、その食事会の始まりを告げる合図だった。
 寿司、赤飯、澄まし汁、笹餅、ローストチキン、白身魚の料理。それらを目の当たりにした明日歌は、まるで祝儀の料理を寄せ集めた様だと感じていた。
 そして、ふと顔を上げると、隣に居るミエールの頭部に、異変があった。
「あああ、あの、そ、その耳!」
「ん?」
 ミエールは上を見て、明日歌を見た。
「あー、ごめん、驚かせちゃって。僕はアルクーダ、クマの眷属なんだー。だから、本当はこの耳が生えてるってわけ。というか、フラーラやピクラー達も皆それぞれ、ウサギやイヌやネコの眷属なんだ。だから、皆纏めてロディア様は“家畜アニマーリア”って言うわけ」
「はぁ……」
 エルフだろうが死神だろうが、明日歌は驚かないつもりで居たが、いざ、ふかふかとした毛に覆われた獣の耳を目の当たりにすると、やはり驚かずには居られなかった。
「ま、あんまり気にしないでよ。人間の中じゃ、普段は人間のふりをしてるから……ま、君は純粋な人間ってわけじゃないから、別にもういいんだよ」
「え?」
 純粋な人間では無いとは、どういう事なのか。明日歌はミエールを凝視した。
「ん? 君はたっぷりと魔界の食材を食べてるし、そもそも使い魔の声が聞けるんだから、普通の人間無訳ないでしょ? だから、こんな所で、僕達と一緒にご飯を食べて」
「ちょ、ちょっと待って、魔界の食材って……」
「此処で出してるまかない、材料は魔界の食材だよ」
 明日歌は呆然と、机に並ぶ料理を見遣る。
「まさか、これも」
「魚と卵はこっちで調達したけど、幾らかは魔界から持ってきたかな。でも、おいしいでしょ?」
「ま、まあ、そうですけど……」
「さ、冷めないうちに食べようよ」
 ミエールは話を切り上げ、手毬寿司を頬張った。
 明日歌は澄まし汁に口を付けながら、向こうを見た。
 おいしい料理にはしゃぐ彼等の姿が、人間よりも、人間らしく見えた。
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