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第二十五話 死神ソフト大盛りで!
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午後四時を過ぎた頃。三階に普通の客が来る事は無いまま、ロディアが明日歌に仕事を切り上げるようにと言う時間も近づいていた。
そんな頃、窓際の席に座っていた明日歌に、男が声を掛けた。
「占って頂けませんか」
それは、宝石の様な黄金色の瞳を持った男だった。
「はい。でしたら、こちらに」
「いえ、此処で結構です」
「え……」
立ち上がりかけた明日歌は、思わず男の顔を凝視する。
「暗い所は好みませんのでね」
「は、はぁ……」
――タロット持って来いよ。
何処からともなく、使い魔の声が聞こえ、明日歌は少しお待ち下さいと言って、タロットルームに向かった。
――クロスとカードだけでいい。解説書なら、手元のノートを見ればいい。
「でも」
――事情を知ってるよ、あの人は。
「はぁ……」
明日歌はクロスとカードを手に、元居た席に戻る。男は空いている方の椅子に腰掛けて待っていた。
「本当に此処でよろしいんですか?」
「えぇ、お願いします」
戻った明日歌は机にクロスを広げた。
「では、占いたい事について、お伺いします」
「未来に何があるのか、ひとつ教えてくれますか」
漠然とした言葉は、ただ、それだけだった。
「え……」
「未来に何があるのか、それを少し知りたいと思いまして」
――全部のカードでワンオラクル。
クッキーは無かったが、使い魔の声が聞こえ、明日歌は全てのカードを崩し、混ぜ始めた。
「あ」
何度かかき混ぜる内、一枚のカードが弾かれ、表向きになった。
――それが答えだね。
其処に有ったのは、死神のカードだった。
「死神、ですか……」
男は口元を薄くほほ笑ませた。
「終わりと始まり。終点から見る始点……良い未来ですね」
それだけ言うと、男は立ち上がり、カウンターの方へ行ってしまった。
彼は、何だったのか。明日歌は不思議に思ったが、使い魔の声は聞こえなかった。
崩して混ぜたカードを表向きにして並べ直していると、カウンターの向こうからプルートがやって来た。
「ソフトクリーム出来たよ、食べよ!」
「え? ソフトクリームマシンがあったんですか、此処」
「うん。皆で食べる分だけしか出さない、特別メニュー用に。さ、食べよ!」
「でも、カードのお片付けが」
「溶ける前に食べなきゃ! ほら!」
プルートは嬉々として明日歌の腕を掴み、強引にカウンターへと連れて行く。
「今日はバニラにチョコスプレー!」
カウンターに用意された、ミキサーの様な機械がソフトクリームメーカーらしかった。
プルートは用意されたコーンに白いソフトクリームを注ぎ、用意されていたカラフルなチョコスプレーをたっぷりと振りかけ、明日歌に差し出した。
「どーぞ!」
「あ、ありがとう……」
困惑気味に明日歌はそれを受け取り、プルートがふたつ目のソフトクリームを注ぐのを眺めた。
「……あの、ソフトクリーム、お好きなんですか」
「うん!」
プルートは満面の笑みを浮かべ、コーンにたっぷりとクリームを注いだ。
そして、同じくたっぷりのチョコスプレーを振りかける。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
そのソフトクリームは業務用のマシンで作るよりも肌理《きめ》が粗い様に見えたが、口どけは良かった。
「んー、おいしい!」
プルートの幸せそうな笑顔はまるで少年の様だった。
しかし、明日歌の脳裏には彼が“死神”であるという事実が過る。
――死神からの贈り物。
明日歌はソフトクリームを眺め、ふと考える。だが、それを悲観はしなかった。
ただ、今の光景が、夢の様な、そんな気がするだけだった。
*
八月二十九日。
ランチタイムが終わる頃、一人の若い男が一階のレジに声を掛けた。
――あの、タロット占いって、何処でしてるんですか。
明日歌がいつもの席で待っていると、プルートがそろそろお昼にしようかと声を掛けた。そうして二人がカウンターに向かったと同時に、内線電話が鳴った。
「ご飯、お預けだね」
プルートは苦笑いし、明日歌はタロットルームに向かった。
程なくしてタロットルームに現れたのは、少し髪の長い、若男だった。
「どうぞ、お掛けになって下さい」
明日歌は男を椅子に座らせ、カーテンを閉めた。
男は机の縁に手を掛け、俯いていた。
「占いたい事について、お伺いします」
クロスを広げ、明日歌は男に問いかけた。
男は上目遣いに明日歌を見遣り、口を開いた。
「自分自身の考えている事が、自分自身でも分からない事があって……学校を辞めたいのか、それとも、このまま続けたいのか……自分では、辞めたいのに、やっぱり、親の手前、辞められないかな、って思いとどまったり、それなのに、試験を受けるのが嫌で、学校に行けなかったり……良く分からない事が多いんです。占いで、そういう事、分かるものですか?」
――本音と建前を読み解く展開法がある……けど、解説書が無かったか。とりあえず、本音と建前を明らかにして、それをひとつにする“クレセント・ミラー・スプレッド”と伝えて。カードの山は横並びみっつな。
「はっきりと心を読む訳ではありませんが、あなたの本音と建前をカードから読み説く方法があります」
「では、おねがいします」
「わかりました。それでは、鑑定いたします」
カードの山が崩され、三つに整えられる。
――まず、中央から中心の一枚を置いて。次の三枚は下から並べる。此処で注意するのは、二段目のカードは中心のカードに半分被る様に配置するから、一段目のカードは中央から一枚半左にずらして配置する事。三段目は一段目と同じ縦の並びに配置する。次の右側は、左側と対になる様に。丁度、三日月が鏡に映された格好だね。
明日歌は使い魔の意図と同じ様にカードを並べ、一見すると奇妙な配置の展開法が完成する。
――左側が本心、右側が建前、下から過去、現在、未来。中央の下敷きのカードは、そのふたつを結び付ける為に必要な事を示す。まず、建前を過去から展開して。
右側の三日月が開かれる。
逆位置になったペンタクルのナイトとワンドの二、更にペンタクルの六が現れる。
――過去、考え過ぎた事で行動が裏目に出ている。それが現状の、自信喪失に繋がって、このまま進んでも、偽善的な結果にしかならない……次、本心を開いて。
左側の三日月が姿を見せた。
ソードの四、逆位置になったペンタクルの八、そして、月が現れた。
――過去、何かに絶望している。それが今の無気力な本心に成っている。そして……本心では、このままの未来に怯えている。きっと、建前が本心と乖離しているから……最後に、下敷きのカードを開いて。
静かに引き抜かれた最後のカードが展開された。
其処に有ったのは、逆向きの太陽。
――……破局だ。ふたつの考えを結びつける為には、全てを壊さねばならない。
そんな頃、窓際の席に座っていた明日歌に、男が声を掛けた。
「占って頂けませんか」
それは、宝石の様な黄金色の瞳を持った男だった。
「はい。でしたら、こちらに」
「いえ、此処で結構です」
「え……」
立ち上がりかけた明日歌は、思わず男の顔を凝視する。
「暗い所は好みませんのでね」
「は、はぁ……」
――タロット持って来いよ。
何処からともなく、使い魔の声が聞こえ、明日歌は少しお待ち下さいと言って、タロットルームに向かった。
――クロスとカードだけでいい。解説書なら、手元のノートを見ればいい。
「でも」
――事情を知ってるよ、あの人は。
「はぁ……」
明日歌はクロスとカードを手に、元居た席に戻る。男は空いている方の椅子に腰掛けて待っていた。
「本当に此処でよろしいんですか?」
「えぇ、お願いします」
戻った明日歌は机にクロスを広げた。
「では、占いたい事について、お伺いします」
「未来に何があるのか、ひとつ教えてくれますか」
漠然とした言葉は、ただ、それだけだった。
「え……」
「未来に何があるのか、それを少し知りたいと思いまして」
――全部のカードでワンオラクル。
クッキーは無かったが、使い魔の声が聞こえ、明日歌は全てのカードを崩し、混ぜ始めた。
「あ」
何度かかき混ぜる内、一枚のカードが弾かれ、表向きになった。
――それが答えだね。
其処に有ったのは、死神のカードだった。
「死神、ですか……」
男は口元を薄くほほ笑ませた。
「終わりと始まり。終点から見る始点……良い未来ですね」
それだけ言うと、男は立ち上がり、カウンターの方へ行ってしまった。
彼は、何だったのか。明日歌は不思議に思ったが、使い魔の声は聞こえなかった。
崩して混ぜたカードを表向きにして並べ直していると、カウンターの向こうからプルートがやって来た。
「ソフトクリーム出来たよ、食べよ!」
「え? ソフトクリームマシンがあったんですか、此処」
「うん。皆で食べる分だけしか出さない、特別メニュー用に。さ、食べよ!」
「でも、カードのお片付けが」
「溶ける前に食べなきゃ! ほら!」
プルートは嬉々として明日歌の腕を掴み、強引にカウンターへと連れて行く。
「今日はバニラにチョコスプレー!」
カウンターに用意された、ミキサーの様な機械がソフトクリームメーカーらしかった。
プルートは用意されたコーンに白いソフトクリームを注ぎ、用意されていたカラフルなチョコスプレーをたっぷりと振りかけ、明日歌に差し出した。
「どーぞ!」
「あ、ありがとう……」
困惑気味に明日歌はそれを受け取り、プルートがふたつ目のソフトクリームを注ぐのを眺めた。
「……あの、ソフトクリーム、お好きなんですか」
「うん!」
プルートは満面の笑みを浮かべ、コーンにたっぷりとクリームを注いだ。
そして、同じくたっぷりのチョコスプレーを振りかける。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
そのソフトクリームは業務用のマシンで作るよりも肌理《きめ》が粗い様に見えたが、口どけは良かった。
「んー、おいしい!」
プルートの幸せそうな笑顔はまるで少年の様だった。
しかし、明日歌の脳裏には彼が“死神”であるという事実が過る。
――死神からの贈り物。
明日歌はソフトクリームを眺め、ふと考える。だが、それを悲観はしなかった。
ただ、今の光景が、夢の様な、そんな気がするだけだった。
*
八月二十九日。
ランチタイムが終わる頃、一人の若い男が一階のレジに声を掛けた。
――あの、タロット占いって、何処でしてるんですか。
明日歌がいつもの席で待っていると、プルートがそろそろお昼にしようかと声を掛けた。そうして二人がカウンターに向かったと同時に、内線電話が鳴った。
「ご飯、お預けだね」
プルートは苦笑いし、明日歌はタロットルームに向かった。
程なくしてタロットルームに現れたのは、少し髪の長い、若男だった。
「どうぞ、お掛けになって下さい」
明日歌は男を椅子に座らせ、カーテンを閉めた。
男は机の縁に手を掛け、俯いていた。
「占いたい事について、お伺いします」
クロスを広げ、明日歌は男に問いかけた。
男は上目遣いに明日歌を見遣り、口を開いた。
「自分自身の考えている事が、自分自身でも分からない事があって……学校を辞めたいのか、それとも、このまま続けたいのか……自分では、辞めたいのに、やっぱり、親の手前、辞められないかな、って思いとどまったり、それなのに、試験を受けるのが嫌で、学校に行けなかったり……良く分からない事が多いんです。占いで、そういう事、分かるものですか?」
――本音と建前を読み解く展開法がある……けど、解説書が無かったか。とりあえず、本音と建前を明らかにして、それをひとつにする“クレセント・ミラー・スプレッド”と伝えて。カードの山は横並びみっつな。
「はっきりと心を読む訳ではありませんが、あなたの本音と建前をカードから読み説く方法があります」
「では、おねがいします」
「わかりました。それでは、鑑定いたします」
カードの山が崩され、三つに整えられる。
――まず、中央から中心の一枚を置いて。次の三枚は下から並べる。此処で注意するのは、二段目のカードは中心のカードに半分被る様に配置するから、一段目のカードは中央から一枚半左にずらして配置する事。三段目は一段目と同じ縦の並びに配置する。次の右側は、左側と対になる様に。丁度、三日月が鏡に映された格好だね。
明日歌は使い魔の意図と同じ様にカードを並べ、一見すると奇妙な配置の展開法が完成する。
――左側が本心、右側が建前、下から過去、現在、未来。中央の下敷きのカードは、そのふたつを結び付ける為に必要な事を示す。まず、建前を過去から展開して。
右側の三日月が開かれる。
逆位置になったペンタクルのナイトとワンドの二、更にペンタクルの六が現れる。
――過去、考え過ぎた事で行動が裏目に出ている。それが現状の、自信喪失に繋がって、このまま進んでも、偽善的な結果にしかならない……次、本心を開いて。
左側の三日月が姿を見せた。
ソードの四、逆位置になったペンタクルの八、そして、月が現れた。
――過去、何かに絶望している。それが今の無気力な本心に成っている。そして……本心では、このままの未来に怯えている。きっと、建前が本心と乖離しているから……最後に、下敷きのカードを開いて。
静かに引き抜かれた最後のカードが展開された。
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