上 下
25 / 35

第二十五話 死神ソフト大盛りで!

しおりを挟む
 午後四時を過ぎた頃。三階に普通の客が来る事は無いまま、ロディアが明日歌に仕事を切り上げるようにと言う時間も近づいていた。
 そんな頃、窓際の席に座っていた明日歌に、男が声を掛けた。
「占って頂けませんか」
 それは、宝石の様な黄金色の瞳を持った男だった。
「はい。でしたら、こちらに」
「いえ、此処で結構です」
「え……」
 立ち上がりかけた明日歌は、思わず男の顔を凝視する。
「暗い所は好みませんのでね」
「は、はぁ……」
 ――タロット持って来いよ。
 何処からともなく、使い魔の声が聞こえ、明日歌は少しお待ち下さいと言って、タロットルームに向かった。
 ――クロスとカードだけでいい。解説書なら、手元のノートを見ればいい。
「でも」
 ――事情を知ってるよ、あの人は。
「はぁ……」
 明日歌はクロスとカードを手に、元居た席に戻る。男は空いている方の椅子に腰掛けて待っていた。
「本当に此処でよろしいんですか?」
「えぇ、お願いします」
 戻った明日歌は机にクロスを広げた。
「では、占いたい事について、お伺いします」
「未来に何があるのか、ひとつ教えてくれますか」
 漠然とした言葉は、ただ、それだけだった。
「え……」
「未来に何があるのか、それを少し知りたいと思いまして」
 ――全部のカードでワンオラクル。
 クッキーは無かったが、使い魔の声が聞こえ、明日歌は全てのカードを崩し、混ぜ始めた。
「あ」
 何度かかき混ぜる内、一枚のカードが弾かれ、表向きになった。
 ――それが答えだね。
 其処に有ったのは、死神のカードだった。
「死神、ですか……」
 男は口元を薄くほほ笑ませた。
「終わりと始まり。終点から見る始点……良い未来ですね」
 それだけ言うと、男は立ち上がり、カウンターの方へ行ってしまった。
 彼は、何だったのか。明日歌は不思議に思ったが、使い魔の声は聞こえなかった。
 崩して混ぜたカードを表向きにして並べ直していると、カウンターの向こうからプルートがやって来た。
「ソフトクリーム出来たよ、食べよ!」
「え? ソフトクリームマシンがあったんですか、此処」
「うん。皆で食べる分だけしか出さない、特別メニュー用に。さ、食べよ!」
「でも、カードのお片付けが」
「溶ける前に食べなきゃ! ほら!」
 プルートは嬉々として明日歌の腕を掴み、強引にカウンターへと連れて行く。
「今日はバニラにチョコスプレー!」
 カウンターに用意された、ミキサーの様な機械がソフトクリームメーカーらしかった。
 プルートは用意されたコーンに白いソフトクリームを注ぎ、用意されていたカラフルなチョコスプレーをたっぷりと振りかけ、明日歌に差し出した。
「どーぞ!」
「あ、ありがとう……」
 困惑気味に明日歌はそれを受け取り、プルートがふたつ目のソフトクリームを注ぐのを眺めた。
「……あの、ソフトクリーム、お好きなんですか」
「うん!」
 プルートは満面の笑みを浮かべ、コーンにたっぷりとクリームを注いだ。
 そして、同じくたっぷりのチョコスプレーを振りかける。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
 そのソフトクリームは業務用のマシンで作るよりも肌理《きめ》が粗い様に見えたが、口どけは良かった。
「んー、おいしい!」
 プルートの幸せそうな笑顔はまるで少年の様だった。
 しかし、明日歌の脳裏には彼が“死神”であるという事実が過る。
 ――死神からの贈り物。
 明日歌はソフトクリームを眺め、ふと考える。だが、それを悲観はしなかった。
 ただ、今の光景が、夢の様な、そんな気がするだけだった。



 八月二十九日。
 ランチタイムが終わる頃、一人の若い男が一階のレジに声を掛けた。
 ――あの、タロット占いって、何処でしてるんですか。

 明日歌がいつもの席で待っていると、プルートがそろそろお昼にしようかと声を掛けた。そうして二人がカウンターに向かったと同時に、内線電話が鳴った。
「ご飯、お預けだね」
 プルートは苦笑いし、明日歌はタロットルームに向かった。
 程なくしてタロットルームに現れたのは、少し髪の長い、若男だった。
「どうぞ、お掛けになって下さい」
 明日歌は男を椅子に座らせ、カーテンを閉めた。
 男は机の縁に手を掛け、俯いていた。
「占いたい事について、お伺いします」
 クロスを広げ、明日歌は男に問いかけた。
 男は上目遣いに明日歌を見遣り、口を開いた。
「自分自身の考えている事が、自分自身でも分からない事があって……学校を辞めたいのか、それとも、このまま続けたいのか……自分では、辞めたいのに、やっぱり、親の手前、辞められないかな、って思いとどまったり、それなのに、試験を受けるのが嫌で、学校に行けなかったり……良く分からない事が多いんです。占いで、そういう事、分かるものですか?」
 ――本音と建前を読み解く展開法がある……けど、解説書が無かったか。とりあえず、本音と建前を明らかにして、それをひとつにする“クレセント・ミラー・スプレッド”と伝えて。カードの山は横並びみっつな。
「はっきりと心を読む訳ではありませんが、あなたの本音と建前をカードから読み説く方法があります」
「では、おねがいします」
「わかりました。それでは、鑑定いたします」
 カードの山が崩され、三つに整えられる。
 ――まず、中央から中心の一枚を置いて。次の三枚は下から並べる。此処で注意するのは、二段目のカードは中心のカードに半分被る様に配置するから、一段目のカードは中央から一枚半左にずらして配置する事。三段目は一段目と同じ縦の並びに配置する。次の右側は、左側と対になる様に。丁度、三日月が鏡に映された格好だね。
 明日歌は使い魔の意図と同じ様にカードを並べ、一見すると奇妙な配置の展開法が完成する。
 ――左側が本心、右側が建前、下から過去、現在、未来。中央の下敷きのカードは、そのふたつを結び付ける為に必要な事を示す。まず、建前を過去から展開して。
 右側の三日月が開かれる。
 逆位置になったペンタクルのナイトとワンドの二、更にペンタクルの六が現れる。
 ――過去、考え過ぎた事で行動が裏目に出ている。それが現状の、自信喪失に繋がって、このまま進んでも、偽善的な結果にしかならない……次、本心を開いて。
 左側の三日月が姿を見せた。
 ソードの四、逆位置になったペンタクルの八、そして、月が現れた。
 ――過去、何かに絶望している。それが今の無気力な本心に成っている。そして……本心では、このままの未来に怯えている。きっと、建前が本心と乖離しているから……最後に、下敷きのカードを開いて。
 静かに引き抜かれた最後のカードが展開された。
 其処に有ったのは、逆向きの太陽。
 ――……破局だ。ふたつの考えを結びつける為には、全てを壊さねばならない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れ肉食系男子

詩織
恋愛
駅から歩いて10分、住宅街にある小さなカフェ「青い空」。 大学生の楓子は週3~4日その店でバイトをしている。 日常生活から離れ、ゆっくり時間を過ごしたいお店です。

千早さんと滝川さん

秋月真鳥
ライト文芸
私、千早(ちはや)と滝川(たきがわ)さんは、ネットを通じて知り合った親友。 毎晩、通話して、ノンアルコール飲料で飲み会をする、アラサー女子だ。 ある日、私は書店でタロットカードを買う。 それから、他人の守護獣が見えるようになったり、タロットカードを介して守護獣と話ができるようになったりしてしまう。 「スピリチュアルなんて信じてないのに!」 そう言いつつも、私と滝川さんのちょっと不思議な日々が始まる。 参考文献:『78枚のカードで占う、いちばんていねいなタロット』著者:LUA(日本文芸社) タロットカードを介して守護獣と会話する、ちょっと不思議なアラサー女子物語。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

処理中です...