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第十四話 恋人達のハニーケーキ

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 午後三時過ぎ、その客はふらりと立ち寄った男だった。
「では、占いたい内容について、お話を聞かせて下さいますか?」
 ストーブ・トップ・ポプリを香らせるランプに火を点け、明日歌は男と向かい合う。
 歳は四十になるかならないかくらいの、やや筋肉質な男だった。
「はい。今、料理屋を開く為の準備を進めて居るんですけど、このまま進めてよい物か、計画を見直すべきか、オープンの告知をする前に迷っていまして」
「具体的には、どんなふうに迷っておられるのですか?」
「今は昼間のお客さん、特に、オフィス街にも近いテナントを借りているので、勤め人の方達をターゲットにした店として、日替わりのランチを出そうと考えているのですが、やはり、流動的な客層もターゲットに含め、主婦の方々にも立ち寄って頂ける様なメニューを準備し、広い客層に訴えるべきか、それとも、限られた客層を狙い撃ちする形で、より勤め人の方達に喜ばれるボリュームと栄養価を兼ね備えたメニューに限定するべきか……」
「要するに、メインターゲットの客層を絞り込むか、幅広い客層に向けたオープンな展開をするか、迷いがあると言う事ですか?」
「はい」
 まとまりの無い悩みに、男は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「とはいえ、やはり、ターゲットを絞った展開から、来店客の家族なんかに話が広まる可能性もありますから、今の計画で上手くいくか、それを鑑定して頂けますか?」
 ――商売の悩みならハッピーダイア。手順書のカードを出して、依頼主にも見せてやればいい。
「では、商売の事を占うのに最適な展開法で占いますね」
 明日歌は左手の台から、ハッピーダイア・スプレッドの手順書を取り出し、依頼主に見せた。
 ――下の二枚が成功に必要な要素、上の二枚が問題となる要素、中央は問題を支える要素。
「成功、問題、支え、その三要素を、この形から読み解きます。では、始めますね」
 ――上下のカードがそれぞれに支え合える、あるいは打ち消し合えるなら未来は悪くない。ただ、下一枚で二枚を支えたり打ち消したりする時には苦しいし、ちぐはぐなカードが展開されたら失敗の可能性がある。その時には適宜補助カードを引いて解釈する。
 使い魔の声を聞きながら、明日歌はカードの山を崩し、三つの山に整えていく。
 ――左から下、右から上、真ん中から中央を置いて。
 一段目はやや外側に開いた形に倒し、三段目はやや内側に閉じた形に倒し、中央のカードを取り巻く様な配置が完成する。
 ――展開は上、下、中央。
 上段左側はカップの二、右側は逆位置になったソードの二。
 ――カップの二は対人関係の象徴、ソードの二は早とちりの意味か、時期尚早という事だろうね。
 下段左側はカップの十、右側はペンタクルの三。
 ――カップの十は支え合いの象徴、ペンタクルの三は技術の象徴。
 最後に開かれた中央に会ったのは、恋人のカード。
 ――恋人のカードは情熱である半面、選択を迫るカードでもあるけれど……直感的に恋人と読むのもありだね。
 明日歌は一呼吸置き、男を見た。
「まず、今のまま計画を進めた場合、問題となるのは対人関係とこの時期の問題です。お店のオープンは、いつ頃を計画されていますか?」
「テナントの契約もあるので、来月にも」
「もうすぐですね」
「はい……やっぱり、宣伝の時間が足りませんかね」
「そうかも知れません。ですが、あなたの技術は宣伝の時間が短い事を補う事が出来るでしょう」
「そうですか……ところで、さっきの対人関係って言うのは」
 ――支え合えるから打ち消しになる、そういう人が居るのか聞いて。
「支え合う事で、上手く乗り切れる事でしょう。スタッフの方とは、上手くやれそうですか?」
「あ、いえ……まだ、スタッフらしいスタッフは雇っていないのですが……パートナーが居るので、彼と」
「でしたら、その彼とよく話し合い、支え合う事で対人的には円滑に進められるでしょう」
「それで、今のままでも、上手くいくんですか?」
「問題を打ち消すだけの成功要素が揃っていますから、悪くはならないでしょう。特に、近しい人の支えがあれば、上手くいくでしょう……ご家族やご友人からの支えは十分にありますか?」
「はい。彼は俺が店を出すと決めてから、わざわざレストランのバイトを始めて、俺の手伝いをするんだって意気込んでくれて……彼が居るからこそ、俺もなんとかやっていけそうな気がしています」
 明日歌の思考の中で、ふたつの事柄が結びついた。そして、彼女はほほ笑んで見せて言った。
「……その方と支え合っていけば、きっと未来は明るいですよ」
「ありがとうございます」
 男ははにかんだ様に笑った。
 ――スイーツのサービス、そろそろハニーケーキが出てるよ。カステラ重なったロシア風で、ミルクジャム挟んだやつ。持ち帰れるよ。
「ところで、鑑定をご利用のお客様にはお菓子のサービスがありまして、本日はロシア風のハニーケーキ、重ねたカステラの間に、ミルクジャムを挟んだ物がお勧めです。お持ち帰りも出来ますよ」
 男は小さく笑った。
「彼は甘い物が好きなので、そうさせていただきます」

 *

 ロディアは混ぜたカードを山に整え、その頂上をその場で展開する。
「やっぱり……」
 カードを見たロディアは、その唇を不敵に笑わせる。
「もしかして、あの子の事、占った?」
 黒いドレスの女はロディアを見遣る。
「えぇ。それと同じカードが、また出て来たわ……」
「隠者の逆位置……未来は無いのに、成熟していない人間って事かしら」
「えぇ。だけど、だからこそ魔界に引き込まれるべき魂じゃない? フィークス」
「まあ、それもそうでしょうけれどね」
 フィークスはカップを手に取った。
「未練はないけど、何も果たせなかった人間、か……」
「そう。終わりを理解していても、何も残せなかった人間ほど、無自覚に貪欲な魂は無いわ……それが私達と同族になるという事は、私達の繁栄よ」
「そうね。私達は三軍以下の扱いで、人間界における影響力も無い……あの家畜達を押し付けられたのも、その所為だし」
「でも、あの子たちはいい子じゃない」
 ロディアの紅茶を持ってきたミーリャは不服げにロディアを見遣りながら、ソーサーをテーブルに下ろす。
「私利私欲の闇にまみれて殺し合いを繰り返す一軍の連中を思えば、仮令働かない家畜を押し付けられようと、おいしい物を食べていられる方がよほどましじゃない……ま、吸血鬼ヴァリコラカスには分からないか……」
 ロディアは苦笑いを浮かべ、厨房に戻るミーリャを見遣った。
「コリースにとっちゃ、そうしたものかしらね……でも、このままじゃ彼等の楽園にも連中は押し寄せてくる……貪欲な魔法学者はまだまだ必要よ」
 ロディアは熱い紅茶に口を付けながら、空になったソーサーの白い空間に暗い未来を見た。
「腐った果実は、土に返すのみ、ね」
 フィークスはそのソーサーに同じ未来を見たのか、そんな事を口走った。
「えぇ。そうよ。そして糧となるならいいけれど……最早その用も為さない程、連中は腐りきっているかもしれないわね」
「じゃ、焼き払うしかないのかしら、やっぱり……そう言えば、もうすぐ武芸大会だったわね……三軍以下から勝者が出れば、少しはマシになるかしらね」
「だといいわね」
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