71 / 179
大和の章
オオモノヌシ 三十一
しおりを挟む
三輪山砦の上では、イリヒコとタカクラジ、ヒオミが穴師山の方角に向かって立っていた。タカヒコに呼びかけるためである。まずイリヒコは兵たちに向かって命令を降した。
「よいか、橿原の精鋭たちよ。今から出雲の貴公子アジスキタカヒコ様がこの場に、ご降臨下さる。決して討ち果たそうなどとは思ってはいけない。私は彼と話がしたいのだ。もし表れたのならここまでお連れ申し上げるのだ。よいな!」
兵達は、どよめいた。何しろたった今まではタカヒコを討ち果たすことを指示されていたからだ。しかしニギハヤヒより総大将と指名されたイリヒコ直々の命をのためすぐに静かになった。
ヒオミだけその場を離れ、砦の陰に身を隠し、弓に矢を番えキリキリと引き絞った。その様子を眺めて、命令が行渡ったことを確認したイリヒコは、穴師山の方角に向けて一際大きな声で呼びかけた。
「アジスキタカヒコノミコト様、私は、大和の国橿原のイワレヒコ一族に名を連ね、橿原を率いることになっているミマキイリヒコニエノミコトの申します。貴方様のご活躍は聞き及んでおります。大物主様のご病状はますます悪化されました。われわれは小さな面子を守るために戦う場合ではありません。」
そこへ、ニギハヤヒも表れた。ニギハヤヒもイリヒコに習い穴師山に向かって叫んだ。
「私は、ニギハヤヒノミコトです。アジスキタカヒコノミコト様にはこれまで無礼な振るまいをしてきましたこと、心からお詫び申し上げます。早く我が主君大物主様とご面会ください。」
辺りがシーンと鎮まり返った。誰も動かない。勿論返事も来ない。
「何の反応もなしか」
と、ニギハヤヒはイリヒコに話しかけた。
「まあ、警戒しているのでしょう。もうしばらく反応を待ちましょう。」
そのイリヒコの呼びかけをタカヒコは先ほど再会したばかりのタニグクと二人で聞いていた。避難して誰もいなくなった里人の家の中に二人は隠れていた。家の周囲には当然のように橿原の兵が展開している。
「タニグク、私は出て行こうと思う。」
「お待ち下さいませ。これは絶対に罠でございます。それが証拠にミカヅチ殿はついにコヤネの宿舎から出て来ませんでした。ミカヅチ殿は閉じ込められておるに違い在りません。」
「しかし、ここに隠れていたとて何も進展はせぬ。」
「それは、そうですが・・・・・。」
「こんなことをしている間に大物主さまが身罷られるようなことになっては本末転倒だ。」
「何を仰います。タカヒコ様が罠にかかって命を落とすようなことになればそれこそ本末転倒にございます。ご自重くださいませ。」
「しかしなあ」
タカヒコは焦っていた。いろいろと思い巡らすがいい考えも浮かばない。それはタニグクにしても同じだ。しばらくの間じっと考え込んでいたタカヒコは、何か思いついたように立ちあがろうとした。
「よし。出るぞ。」
「ええっ!」
「こんなところに隠れていてもいずれ見つかるだろう。とにかくイリヒコとニギハヤヒの顔だけでも拝んでやろう。」
と、歩き出そうとするタカヒコをタニグクは必死で押しとどめた。タカヒコはタニグクに向けてニコッと微笑んだ。
「狙ってくるとすれば、砦からの弓だろう?その射程距離にさえ入らなければ大丈夫だ。今イリヒコとやらは兵達には手を出すなという命令を出したばかり。逆に考えると、命令を撤回できない今しか出る機会はないのだ。」
そういうと、タカヒコは民家の戸を押し開き戸外へと踊り出た。タニグクは後に続くしか仕方なかった。幸い、この民家の目の前には兵はいなかった。タカヒコはずんずんと、兵達のいるところへと歩を進め、一人だけ離れて休息しているかのような老兵に声をかけた。
「おいっそこの兵。私が噂のアジスキタカヒコだ。お前たちの大将のところへ案内せよ」
兵は吃驚して後ずさったが、山人の格好をしているタカヒコを見て鼻で笑った。
「何を馬鹿なことを言うておる。お主のような貧しい格好をしているものがどうして出雲の大国主様の御子であろう。さっさと磯城の里へでも避難するが良い。」
「どうしても信じないのだな?」
「ああ、今忙しいんだ。お主の世迷言に付き合ってる暇はない。」
「証拠を見せてやるから、ちょっとこっちまで来い」
「証拠だと?」
と、言いながらタカヒコの方に近づいてきた。
「ああ、これだ。これは金鵄の剣という。カモタケツノミ様がトミビコら一族に与えたという由緒のある剣だ。近くまで来て見ろ」
訝しげな様子のまま近づいてくる老兵をタニグクが後ろ手に取り押さえ、声を出さないように締め落とした。
「よいか、橿原の精鋭たちよ。今から出雲の貴公子アジスキタカヒコ様がこの場に、ご降臨下さる。決して討ち果たそうなどとは思ってはいけない。私は彼と話がしたいのだ。もし表れたのならここまでお連れ申し上げるのだ。よいな!」
兵達は、どよめいた。何しろたった今まではタカヒコを討ち果たすことを指示されていたからだ。しかしニギハヤヒより総大将と指名されたイリヒコ直々の命をのためすぐに静かになった。
ヒオミだけその場を離れ、砦の陰に身を隠し、弓に矢を番えキリキリと引き絞った。その様子を眺めて、命令が行渡ったことを確認したイリヒコは、穴師山の方角に向けて一際大きな声で呼びかけた。
「アジスキタカヒコノミコト様、私は、大和の国橿原のイワレヒコ一族に名を連ね、橿原を率いることになっているミマキイリヒコニエノミコトの申します。貴方様のご活躍は聞き及んでおります。大物主様のご病状はますます悪化されました。われわれは小さな面子を守るために戦う場合ではありません。」
そこへ、ニギハヤヒも表れた。ニギハヤヒもイリヒコに習い穴師山に向かって叫んだ。
「私は、ニギハヤヒノミコトです。アジスキタカヒコノミコト様にはこれまで無礼な振るまいをしてきましたこと、心からお詫び申し上げます。早く我が主君大物主様とご面会ください。」
辺りがシーンと鎮まり返った。誰も動かない。勿論返事も来ない。
「何の反応もなしか」
と、ニギハヤヒはイリヒコに話しかけた。
「まあ、警戒しているのでしょう。もうしばらく反応を待ちましょう。」
そのイリヒコの呼びかけをタカヒコは先ほど再会したばかりのタニグクと二人で聞いていた。避難して誰もいなくなった里人の家の中に二人は隠れていた。家の周囲には当然のように橿原の兵が展開している。
「タニグク、私は出て行こうと思う。」
「お待ち下さいませ。これは絶対に罠でございます。それが証拠にミカヅチ殿はついにコヤネの宿舎から出て来ませんでした。ミカヅチ殿は閉じ込められておるに違い在りません。」
「しかし、ここに隠れていたとて何も進展はせぬ。」
「それは、そうですが・・・・・。」
「こんなことをしている間に大物主さまが身罷られるようなことになっては本末転倒だ。」
「何を仰います。タカヒコ様が罠にかかって命を落とすようなことになればそれこそ本末転倒にございます。ご自重くださいませ。」
「しかしなあ」
タカヒコは焦っていた。いろいろと思い巡らすがいい考えも浮かばない。それはタニグクにしても同じだ。しばらくの間じっと考え込んでいたタカヒコは、何か思いついたように立ちあがろうとした。
「よし。出るぞ。」
「ええっ!」
「こんなところに隠れていてもいずれ見つかるだろう。とにかくイリヒコとニギハヤヒの顔だけでも拝んでやろう。」
と、歩き出そうとするタカヒコをタニグクは必死で押しとどめた。タカヒコはタニグクに向けてニコッと微笑んだ。
「狙ってくるとすれば、砦からの弓だろう?その射程距離にさえ入らなければ大丈夫だ。今イリヒコとやらは兵達には手を出すなという命令を出したばかり。逆に考えると、命令を撤回できない今しか出る機会はないのだ。」
そういうと、タカヒコは民家の戸を押し開き戸外へと踊り出た。タニグクは後に続くしか仕方なかった。幸い、この民家の目の前には兵はいなかった。タカヒコはずんずんと、兵達のいるところへと歩を進め、一人だけ離れて休息しているかのような老兵に声をかけた。
「おいっそこの兵。私が噂のアジスキタカヒコだ。お前たちの大将のところへ案内せよ」
兵は吃驚して後ずさったが、山人の格好をしているタカヒコを見て鼻で笑った。
「何を馬鹿なことを言うておる。お主のような貧しい格好をしているものがどうして出雲の大国主様の御子であろう。さっさと磯城の里へでも避難するが良い。」
「どうしても信じないのだな?」
「ああ、今忙しいんだ。お主の世迷言に付き合ってる暇はない。」
「証拠を見せてやるから、ちょっとこっちまで来い」
「証拠だと?」
と、言いながらタカヒコの方に近づいてきた。
「ああ、これだ。これは金鵄の剣という。カモタケツノミ様がトミビコら一族に与えたという由緒のある剣だ。近くまで来て見ろ」
訝しげな様子のまま近づいてくる老兵をタニグクが後ろ手に取り押さえ、声を出さないように締め落とした。
6
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どじょう
優木悠
歴史・時代
―男は泥にまみれてあがく泥鰌―
仏師の佐平次ははじめて自分ひとりでの仏像製作の依頼を受ける。これで名を上げようと意気込む佐平次であった。恋心を抱く乙の励ましもあり、満足のいく出来の仏像を仕上げ、納品へと赴くが……。
最終兵器陛下
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
黒く漂う大海原・・・
世界大戦中の近現代
戦いに次ぐ戦い
赤い血しぶきに
助けを求める悲鳴
一人の大統領の死をきっかけに
今、この戦いは始まらない・・・
追記追伸
85/01/13,21:30付で解説と銘打った蛇足を追加。特に本文部分に支障の無い方は読まなくても構いません。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
アルゴスの献身/友情の行方
せりもも
歴史・時代
ナポレオンの息子、ライヒシュタット公。ウィーンのハプスブルク宮廷に閉じ込められて生きた彼にも、友人達がいました。宰相メッテルニヒの監視下で、何をすることも許されず、何処へ行くことも叶わなかった、「鷲の子(レグロン)」。21歳で亡くなった彼が最期の日々を過ごしていた頃、友人たちは何をしていたかを史実に基づいて描きます。
友情と献身と、隠された恋心についての物語です。
「ライヒシュタット公とゾフィー大公妃」と同じ頃のお話、短編です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/268109487/427492085
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる