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大和の章

オオモノヌシ 三十一

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三輪山砦の上では、イリヒコとタカクラジ、ヒオミが穴師山の方角に向かって立っていた。タカヒコに呼びかけるためである。まずイリヒコは兵たちに向かって命令を降した。

「よいか、橿原の精鋭たちよ。今から出雲の貴公子アジスキタカヒコ様がこの場に、ご降臨下さる。決して討ち果たそうなどとは思ってはいけない。私は彼と話がしたいのだ。もし表れたのならここまでお連れ申し上げるのだ。よいな!」

兵達は、どよめいた。何しろたった今まではタカヒコを討ち果たすことを指示されていたからだ。しかしニギハヤヒより総大将と指名されたイリヒコ直々の命をのためすぐに静かになった。

ヒオミだけその場を離れ、砦の陰に身を隠し、弓に矢を番えキリキリと引き絞った。その様子を眺めて、命令が行渡ったことを確認したイリヒコは、穴師山の方角に向けて一際大きな声で呼びかけた。

「アジスキタカヒコノミコト様、私は、大和の国橿原のイワレヒコ一族に名を連ね、橿原を率いることになっているミマキイリヒコニエノミコトの申します。貴方様のご活躍は聞き及んでおります。大物主様のご病状はますます悪化されました。われわれは小さな面子を守るために戦う場合ではありません。」

そこへ、ニギハヤヒも表れた。ニギハヤヒもイリヒコに習い穴師山に向かって叫んだ。

「私は、ニギハヤヒノミコトです。アジスキタカヒコノミコト様にはこれまで無礼な振るまいをしてきましたこと、心からお詫び申し上げます。早く我が主君大物主様とご面会ください。」

辺りがシーンと鎮まり返った。誰も動かない。勿論返事も来ない。

「何の反応もなしか」

と、ニギハヤヒはイリヒコに話しかけた。

「まあ、警戒しているのでしょう。もうしばらく反応を待ちましょう。」

そのイリヒコの呼びかけをタカヒコは先ほど再会したばかりのタニグクと二人で聞いていた。避難して誰もいなくなった里人の家の中に二人は隠れていた。家の周囲には当然のように橿原の兵が展開している。

「タニグク、私は出て行こうと思う。」

「お待ち下さいませ。これは絶対に罠でございます。それが証拠にミカヅチ殿はついにコヤネの宿舎から出て来ませんでした。ミカヅチ殿は閉じ込められておるに違い在りません。」

「しかし、ここに隠れていたとて何も進展はせぬ。」

「それは、そうですが・・・・・。」

「こんなことをしている間に大物主さまが身罷られるようなことになっては本末転倒だ。」

「何を仰います。タカヒコ様が罠にかかって命を落とすようなことになればそれこそ本末転倒にございます。ご自重くださいませ。」

「しかしなあ」

タカヒコは焦っていた。いろいろと思い巡らすがいい考えも浮かばない。それはタニグクにしても同じだ。しばらくの間じっと考え込んでいたタカヒコは、何か思いついたように立ちあがろうとした。

「よし。出るぞ。」

「ええっ!」

「こんなところに隠れていてもいずれ見つかるだろう。とにかくイリヒコとニギハヤヒの顔だけでも拝んでやろう。」

と、歩き出そうとするタカヒコをタニグクは必死で押しとどめた。タカヒコはタニグクに向けてニコッと微笑んだ。

「狙ってくるとすれば、砦からの弓だろう?その射程距離にさえ入らなければ大丈夫だ。今イリヒコとやらは兵達には手を出すなという命令を出したばかり。逆に考えると、命令を撤回できない今しか出る機会はないのだ。」

そういうと、タカヒコは民家の戸を押し開き戸外へと踊り出た。タニグクは後に続くしか仕方なかった。幸い、この民家の目の前には兵はいなかった。タカヒコはずんずんと、兵達のいるところへと歩を進め、一人だけ離れて休息しているかのような老兵に声をかけた。

「おいっそこの兵。私が噂のアジスキタカヒコだ。お前たちの大将のところへ案内せよ」

兵は吃驚して後ずさったが、山人の格好をしているタカヒコを見て鼻で笑った。

「何を馬鹿なことを言うておる。お主のような貧しい格好をしているものがどうして出雲の大国主様の御子であろう。さっさと磯城の里へでも避難するが良い。」

「どうしても信じないのだな?」

「ああ、今忙しいんだ。お主の世迷言に付き合ってる暇はない。」

「証拠を見せてやるから、ちょっとこっちまで来い」

「証拠だと?」

と、言いながらタカヒコの方に近づいてきた。

「ああ、これだ。これは金鵄の剣という。カモタケツノミ様がトミビコら一族に与えたという由緒のある剣だ。近くまで来て見ろ」

訝しげな様子のまま近づいてくる老兵をタニグクが後ろ手に取り押さえ、声を出さないように締め落とした。
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