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大和の章

オオモノヌシ 二十一

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タカヒコは浅い眠りの中にいた。心地よい秋の夜風を受けながら、穴師山山腹のほぼ 真中に位置し、磯城一帯そして三輪山が見渡せる場所にある茂みの中で、つい眠り込 んでしまったのだ。タカヒコが想定した決戦時間は夜明け前。小勢しか持たぬという 事と、できるだけ後に部下になるはずの三輪山の兵達を傷つけないようにするためである。太陽が昇り始めると朝議のため人が起き出してくる。

その前に三輪の宮を制圧、もしくは大物主と会う必要がある。そしてもう一つ、磯城の人々との初対面に際し、昇り始めた太陽の神秘性溢れる姿を、自分を受け入れやすくするための演出効果として利用しようとしているのだ。


この時代、大規模兵力の夜間移動は考えられない。いくら将がその必要を訴えても、兵はてこでも動かないであろうことはタカヒコでも、またその他の誰でも当然予測できることだ。従って大和川の入り口で臨戦態勢に入っていた橿原軍のほとんどは夜が明けきるまで動かないという判断もあった。

案の定、鳥見山を巡回していたニギハヤヒが率いていた一団は、穴師山に潜んだタカヒコらに対して、数名の物見を残しただけで引き上げてしまった。タカヒコの思う壺である。一方、ニギハヤヒとしても、数10名の兵を真夜中まで動かすことの無理は承知していた。不満が出てくる直前に、防衛のための罠を施した後、物見だけを残して兵を解いたのだ。

兵を解いたとはいえ、慎重なニギハヤヒは自ら物見の一団に加わった。すぐさま異変に対応するためである。これはタカヒコにとっては計算外のことであった。そしてもう一つの計算外がじわじわと三輪山に近づいてきた。イリヒコ率いる橿原軍である。イリヒコは夜間移動という非常手段を講じる事ができるほど、橿原軍に信頼されていたのだ。

イリヒコは着々と兵を三輪山方面へと動かしていた。まるで祭りの宵宮のような松明の灯かりが、後世耳成山と呼ばれる神山の東から三輪山の方角へと、まるで光る蛇の体の如く伸びていた。

その蛇の頭にはイリヒコやタカヒコ謀殺を仕損じたヒオミらが居た。もう夜半を過ぎているので兵の意気も衰えている。このまま三輪山に侵入したとしても存分な戦いができるような状態ではないのはイリヒコたちにも十二分にわかっている。何しろ今日は午後からずっと臨戦体制なのだ。イリヒコが乗っている馬にも力がない。大和川からの強行軍で兵にも馬にもそしてイリヒコら幹部にも疲れが出ているのだ。

「ようし、今日はここで兵馬を休めよう。明日の夜明け前まで休憩しよう。」

と、イリヒコが馬上から叫んだ。それを聞いたヒオミは周囲の者たちに最後尾が耳成山の麓を通り過ぎた時点で休息をとるようにと指示を与え、最後尾に向けて伝令を発した。イリヒコ達も馬からおり、木々の根元に腰掛けて休息をとった。

「しかし、イリヒコ様、逃したタカヒコやナガスネらは何処へ隠れておるのでしょう」

「そんなことはどうでも良い。奴らもいずれ三輪山へと向かうことは決まっている。そこで打ち倒す以外に、我らの道はないのだ」

「まさか、先回りされているということはないでしょうか?」

「そうなら、ニギハヤヒから使いがあるだろう。大和川と三輪山を結ぶ道らしい道はこの道しかないのだからな」

「タカヒコらが山道を伝って行った可能性も」

「葛城や飛鳥の山の民ならまだしも、出雲の貴族がそんな道を通って三輪山に我らより先に到着できるとは思わないが」

「そういえば、葛城や当麻の山人達が静かなのも気にかかります。」

「奴らがタカヒコらを案内したとでも?」

「そういう可能性はあるのではないでしょうか?」

「山人たちは、ニギハヤヒが押さえているということだ。」

「ニギハヤヒ殿の手配に抜かりが無ければよいのですが。」

「まあ良い。夜明けまで休め。ここでどうこう言っても埒はあかないのだからな。少しでも休んで明朝には三輪山を攻めなくてはならぬのだ。」

「はい。イリヒコ様もごゆっくりなさいませ。私も休ませていただきます」

と、ヒオミがイリヒコの前から去ろうととしたとき、兵の最後尾のほうから時ならぬ喚声が沸いた。

「何事?」

そこへ、最後尾に向かった伝令が戻ってきた。

「何があった?」

「後ろから騎馬の者がもっておったらしき松明の火が追いかけてきたそうなのですが」

「騎馬?義父上からの伝令か?」

「いえ、それが、途中で耳成山の山道へと消えていったと・・・」

「何?」

「何やら松明を持っておったのは熊のような大きな体躯の持ち主だったそうなのですが、最後尾の兵達は、やれ山の神だ、やれ神火だ、三輪山の神がお怒りだと・・」

「混乱しておるのか?」

「はい。」

「よし、私が静めにいこう」

と、イリヒコが馬に跨ろうとしたとき、騎馬が一騎近づいてきた。
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