上 下
49 / 179
大和の章

オオモノヌシ 九

しおりを挟む
しかも烽火台の精鋭三十名はナガスネヒコ一人にやられてしまっている。ヒオミはこの作戦が中途半端に終わるかも知れないと思い始めていた。あれほど強いとは計算外だったのだ。

ヒオミ自身、老齢に近づいたとはいえ、イワレヒコの筑紫島からの脱出に随行して以来、幾つもの戦いを切り抜けてきた歴戦の「つわもの」である。そういう自負を持っていたが、ナガスネヒコのべらぼうな迫力と強さは経験した事のない世界である。恐らく邪馬台国にも狗奴国にもあれほどの将兵はいないだろう。

「全員を殺すことは無理だ」

山を駆け上がりながら、そう結論を出した。そして次なる行動は、タカヒコのみを殺すことに集中しなくてはいけない。幸い分断は成功した。あとはタカヒコのみを誘い出して殺すか、または射殺すしか手は残されていないのだ。ヒオミはここで死ぬわけにはいけない。橿原へ戻って作戦の結果を報告する義務があるのだ。

やっと別働隊と落ち合う場所までやってきたとき、ヒオミに絶望的な事態が起こった。河内砦の兵と、遅れて付いて来ていた加茂の民やアシハラシコヲたちの陸行部隊が中継所に到着したのだ。

河内の兵は烽火台での定期連絡が無かったため様子を見にきたのだった。こうなっては撤退するより仕方がない。別働隊の一部を割いてタカヒコらの見張りと尾行を命じ、自らは葛城の道へと通じる山道を下り、橿原を目指した。

「タカヒコさま!!!」

ミカヅチは何度も、タカヒコの名を叫んで辺りを見まわしていた。ミカヅチに向かって飛んできた石の破片を遮るために自らの身でミカヅチを庇ったタカヒコはその衝撃をもろに受けたため川に流されてしまったのか、ミカヅチの視界から消えうせてしまったのだ。

しばらくそのあたりの川べりや、川の中に潜ってまで探したが見つからない。さらにミカヅチは陸行部隊や川下からやってきた河内兵にタカヒコを見なかったか問うたがだれもタカヒコの姿を見ていなかった。烽火台に上がっていた伊和大神やナガスネヒコらも、戻ってきて全員で捜索したが、加茂の民やシコヲの死体が数体発見されただけだった。

川原の休憩所いや休憩所の残骸の跡で残ったものたちは車座になっていた。

「この期に及んでタカヒコがいなくなるとは!」

オオナンジが怒りを含んだ口調で嘆いた。

「申し訳ありませぬ。私が盾になればよかった」

涙を溜めながら呟くように言ったミカヅチの言葉を聞いたオオナンジは尚もミカヅチを叱り付けた。

「殊勝なそぶりを見せてはおるが、お主の仕業ではないのか?」

「まっ、まさか!」

傷の痛みに耐えながらナガスネヒコが助け舟を出した。

「オオナンジさま、ミカヅチは単純な男ではありますが、そのような卑怯な手を使うはずはありません」

「解かっておるわ!これは戒めだ。自らの武勇を誇りすぎると油断が生まれる。今回もミカヅチが油断なく動いておれば、タカヒコを見失うことなどなかったろう。」

「・・・・・・」

「タカヒコはきっと生きておる。このような理不尽な戦いで総大将が命を落すなどあってはならぬ事だ。ミカヅチよ、タカヒコが戻ってきたら今まで以上にタカヒコに尽くせ。そうすることによってしかこの油断からの失態は取り返せぬぞ!」

「はい・・・。」

「さて、今からどうしたものか・・・。」

オオナンジは考え込みながら一人言のように呟いた。

「とりあえず、三輪へ行かねばなりますまい。」

半身を起こした状態のナガスネヒコが答えた。 

「そうじゃな。わしとナガスネそれとシコオ全員で乗り込むしかないの・・。ミカヅチと加茂の者たちは引き続きタカヒコを探すのだ。」

「問題は橿原の動きです。ここまでの事をやるからには、素通りはできますまい」

「うーむ。。手負いのナガスネでは無理か・・・・。」

「いえ、橿原の弱卒など・・・」

「無理をするな!しかし、ニギハヤヒを相手にせねばならぬ故、三輪の内情に詳しいナガスネを連れて行かねば成るまい。とすると橿原から遠く離れた道を通るか?」 

「ここからでは無理です。当然、大和川の出口である葛城の道も抑えられているでしょうから・・・」

「ここからは?というたな??どこからなら橿原、葛城を通らずに三輪に行けるのだ?」

「一旦河内にもどり、枚方から回るのです。あの道筋は湿地が多く船の通られぬ場所も多いので橿原の注意もニギハヤヒの注意も手薄でしょう。大和川を下る分には時間もかかりませぬ」

「しかし、枚方を溯上するのも時間がかかろう」

「・・・・・・・・」

「ふーむ・・・・」

オオナンジたちはまさに八方ふさがりであった。タカヒコが元気でここにいれば隊を二つに分けて戦うことも可能だし、兵力のなさを補う戦術を駆使することだってできたかもしれない。

「オオナンジ様、私達はタカヒコ様を探しにまいります」

と、タケミカヅチとタニグクら加茂の民は車座が離れていった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~

黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。 新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。 信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

秦宜禄の妻のこと

N2
歴史・時代
秦宜禄(しんぎろく)という人物をしっていますか? 三国志演義(ものがたりの三国志)にはいっさい登場しません。 正史(歴史の三国志)関羽伝、明帝紀にのみちょろっと顔を出して、どうも場違いのようなエピソードを提供してくれる、あの秦宜禄です。 はなばなしい逸話ではありません。けれど初めて読んだとき「これは三国志の暗い良心だ」と直感しました。いまでも認識は変わりません。 たいへん短いお話しです。三国志のかんたんな流れをご存じだと楽しみやすいでしょう。 関羽、張飛に思い入れのある方にとっては心にざらざらした砂の残るような内容ではありましょうが、こういう夾雑物が歴史のなかに置かれているのを見て、とても穏やかな気持ちになります。 それゆえ大きく弄ることをせず、虚心坦懐に書くべきことを書いたつもりです。むやみに書き替える必要もないほどに、ある意味清冽な出来事だからです。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

平治の乱が初陣だった落武者

竜造寺ネイン
歴史・時代
平治の乱。それは朝廷で台頭していた平氏と源氏が武力衝突した戦いだった。朝廷に謀反を起こした源氏側には、あわよくば立身出世を狙った農民『十郎』が与していた。 なお、散々に打ち破られてしまい行く当てがない模様。

出雲死柏手

桜小径
エッセイ・ノンフィクション
井沢元彦先生の掲示板に投稿した文章をまとめたものです。

藤と涙の後宮 〜愛しの女御様〜

蒼キるり
歴史・時代
藤は帝からの覚えが悪い女御に仕えている。長い間外を眺めている自分の主人の女御に勇気を出して声をかけると、女御は自分が帝に好かれていないことを嘆き始めて──

愛を伝えたいんだ

el1981
歴史・時代
戦国のIloveyou #1 愛を伝えたいんだ 12,297文字24分 愛を伝えたいんだは戦国のl loveyouのプロローグ作品です。本編の主人公は石田三成と茶々様ですが、この作品の主人公は於次丸秀勝こと信長の四男で秀吉の養子になった人です。秀勝の母はここでは織田信長の正室濃姫ということになっています。織田信長と濃姫も回想で登場するので二人が好きな方もおすすめです。秀勝の青春と自立の物語です。

菅野デストロイヤー

名無ナナシ
歴史・時代
第二次世界大戦時の日本のエースパイロット 菅野直の一生を描く物語

処理中です...