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大和の章

タケミカヅチ

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吉備の鉄山はアラシトに奪われているし、出雲の鉄山を当てにしていると武器調達が間に合わない場合があるからだ。出雲が直接戦争しているときに鉄を無心しても後回しにされるのだ。近年東国の諸部族は集団化して敵対してきている。今までのような装備 では心もとないのである。一方常陸の方では鉄山はあるが鋳造技術がまだまだ未熟でありそれを使いこなせていなかった。

つまり両者の思惑が合致したから今回の服属が成立したのだ。 ニギハヤヒの居室には、今日正式に服属を許されたコヤネが挨拶にきていた。ニギハヤヒには宮はない。大物主の宮でもある大和の政庁に居候している格好だ。 

「ニギハヤヒどの、いろいろとご足労おかけ申した。お約束していた鉄山の砦と集落を早速たてましょう。」 

「コヤネどの、ありがとうこざいます。では尾張にいる私の眷属のうち製鉄の知識があるものをそちらへ派遣いたします。」 

「幾人くらいになりますか?」 

「護衛の兵を30名、技術者30名とそれぞれの家族ですので総勢200名くらいです」 

「これで、東国の押さえも万全ですな」

 「いやもそうともいえますまい。陸奥のまつろわぬ者たちは先年のナガスネヒコの討伐以来おとなしくはしておりますがこの冬を越して春がやってくればまたぞろ農作物の略奪にあらわれるかもしれませぬ」 

「いやいやあのナガスネヒコどの強さをみてからは、おとなしいものです。これで鉄山砦が完成すれば怖いものなしです」

 「ところでコヤネどの霞ヶ浦の地に港は造れませぬか?鉄製武器の搬入搬出にも便利ですし、陸奥への進軍を始めるときにも役にたつはずです。」 

「それはいいですな、ただ霞ヶ浦はすこしまずい、北の筑波にはまつろわぬものも多いですし。それなら北浦の香嶋(鹿島)のほうがよいでしょう。」 

「香嶋といえば、古くから日の神を祭った祠のあるところですね」

 「よく、ご存知で。先年あの辺りの部族を倒し、ただいま環濠を掘っているところにでこざいます。ゆくゆくは常陸の都にしようと思っておりましたが、そういう申し出ならばひきうけましょう。」

 「ありがとうごいます。香嶋なら東国、陸奥をおさえる良い前線基地にもなります」

 ニギハヤヒは早速大物主の許可をとり、河内港の建設を指揮した自らの眷属モノノベを香嶋へ派遣することを決定した。この関東北部の拠点はずっと後世まで北方異民族の侵入を阻むことになり、または北方への進軍の中継点となりつづけるのである。 


コヤネの長子ミカヅチは、父とは違い完全な武人肌の男だ。小柄な父とは違い大陸からの移民を母に持つ彼は当時としては珍しい大男である。まだ若いので武功らしいものは立てたことはないが膂力だけみればナガスネヒコやミナカタにでも対抗できそうだ。この場合、質に入るのはミカヅチのはずであったがコヤネのたっての願いでコヤネ自身が大和に残ることになっている。

どうやら単純なタイプらしい。大和や河内の華やかさをみれば脱線するかもしれないという親心である。コヤネはミナカタを服属儀式が済み次第、常陸に返そうとしていたがニギハヤヒから「ナガスネヒコより、武略の講義を受けてはどうか?」と誘いをうけ、今夜からナガスネヒコが進駐している河内の港へ行っていた。 

「おお、ミカヅチよ大きくなりおって! 」 

ナガスネヒコは懐かしそうにミカヅチに声をかけた。

 「やっと大物主様との謁見がおわりました。常陸のことも心配なのですぐとんぼ帰りするつもりでしたが、ナガスネヒコ様より武略の講義を受けよと命令されましたので早速やってまいりました。 」

ナガスネヒコが東国征伐のため常陸にいたころはまだまだ子供であったミカヅチが立派な青年の年になっていた。あれから10年近い月日が経ったのだ。背丈などはナガスネヒコよりありそうだった。

 「そうか、では今日からみっちり兵法をしこんでやるところで」

 「お願いいたします」 

「ところで東国のほうはあれからおちついておるか?」

 「はい、まだまだ東国は治まったとはいえないものも、我らにさからう者はごく少数です。武蔵や筑波の峻険をたよりに抵抗はつづけてますが、平地のほうまで押し出してくることはほとんどありません」

 「あまり、蝦夷のものを追い詰めてはならぬぞ、おとなしくしておるのなら交易の相手にでもすれば良い。山でとれるものと平地でとれるものを交換するのは当然のことだからな」 

「このたび香嶋あたりに砦と港をつくることになりました。交易の品は豊富なほうがよいですものね」 

「そうじゃ、次代の常陸を担う者だけはある。なかなかの見識じゃ」

 「もともとは、蝦夷のものとて交易相手でした。祭祀と交易は別でこざいます」 

こうして、ミカヅチは後数日河内に滞在することとなった。

この滞在の延期は、ミカヅチにとって大きな影響をあたえることとなった。兵法、戦闘技術の成長はもちろんのこと目前に迫ったイリヒコの継嗣の祝宴でミカヅチは重要な役どころを担うことになるのである。常陸の王子ミカヅチの人生を大きく狂わせる転機となるのである。 
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