3 / 9
3.もしかして好きなんですか
しおりを挟む
―瑠維―
休憩から戻り、病棟業務に戻る。外来は午前中のみだ。
エレベーターで6階まで上がる。循環器科と呼吸器科病棟のナースステーション内にあるノートパソコン前に、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「お疲れ様です、世良先生」
「ん」
ろくにこちらを見もせずに頷くだけの返事をし、ひたすら受け持ち患者のカルテを打ち込み続ける。傍には、いつも飲んでるメーカーの缶コーヒーが置かれている。
「先生、お昼ちゃんと食べました?」
「さっき食べた」
「言っておきますが、栄養ゼリーは食事じゃありませんよ」
朝見た冷蔵庫の中身を思い浮かべて言うと、当たりだったのか世良先生の口元に苦い笑みが浮かんだ。
「厳しいなぁ、片倉」
「何か買って来ましょうか?」
提案したけれど、世良先生は軽く手を振って、いい、と一言だけ素っ気なく返してきた。
実際忙しそうだったので、僕も自分の業務に戻った。その後も世良先生は、しばらくステーション内でカルテを打っていたけれど、気付くといなくなっていた。
夕方、夜勤の人へ申し送りを済ませたら今日の業務は終了だった。
夜ごはん何食べよう、と思いながらバックヤードを歩いていると、栄養ゼリーのパウチをくわえた世良先生に出くわした。
「お、今帰り?」
「お疲れ様です。…って先生、またそれ!」
思わず指をさしてしまう。
「何だよ」
「お昼もゼリー食べたんですよね?!」
「ん?そんな事言ったっけ」
飄々と受け流す世良先生に、ため息が出る。
「もう。一食ぐらいきちんと食べてください」
世良先生は何か考えるような素振りを見せたかと思うと、パウチの蓋を閉めた。
「片倉、もう帰るんだよな」
「え、はい」
「なら、今から飯付き合えよ」
「はいっ?」
「着替えてくるから裏口で待ってろ」
そう言うと、僕の返事も待たず世良先生は白衣を翻してバックヤードを出て行った。
***
言われた通り裏口で待っていると、私服に着替えた世良先生がスマホと車のキーだけ持って現れた。
「よし行くか」
「先生、仕事終わったんですか?」
「ちょっとくらい休憩したって良いだろ」
「え、ほんとに出てきて大丈夫なんですか?!」
「置いてくぞー」
さっさと歩いて行ってしまう世良先生の背中を慌てて追いかける。
メーカーの名前がすぐに思い出せないような、見たことのないロゴの外車に乗せられ、連れて行かれたのは繁華街の外れにある静かな創作料理の店だった。
「…って、ここお酒飲むような店ですよね?」
和風の佇まいの個室に通されメニューを広げると、ページいっぱいに高級そうな銘柄のお酒が並んでいる。
「あれ、片倉って未成年だったっけ?」
おしぼりで手を拭きながら聞いてくる世良先生に反論する。
「とっくに成人してます!」
「そうか」
「じゃなくて、先生まだ仕事戻るんですよね?」
「ていうか飲んだら俺、飲酒運転で捕まるよな」
「あ!」
「別に酒飲むつもりでここ連れて来たわけじゃないから。ご飯が美味しいんだよ」
笑いながらメニューのページをめくる。確かに美味しそうなご飯がたくさん載っているけど。
「先生って、ちゃんとご飯屋さんとか知ってたんですね」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「コーヒーとタバコと栄養ゼリーで出来てると思ってました」
「あんま間違っちゃいないな」
「ほら!やっぱり…」
「早く決めろよー、注文するぞー」
急かされ、慌てて注文するものを決める。
やってきた店員さんに注文を伝え、個室の戸が閉められると急に部屋の中がしん、とした。
何か話題、と思っていると、「ここ静かで良いだろ」と先に世良先生が話しかけてきた。
「よく来るんですか」
「たまにね」
「ずっと病院から出ていないんだとばかり」
「んなわけないだろ。どんだけ仕事好きなんだよ、俺」
ふと気になり、聞いてみる。
「世良先生は、どうして医者になったんですか?」
―桃瀬さんが言っていた言葉が、脳裏をよぎる。
『…あんなに嫌がってたのにさ。あいつが今医者やってるの、俺のせいなのかも……』
なんだよ急に、と苦笑しながら、世良先生はいつもの調子で飄々と答える。
「そりゃあお前、人の命を救うという尊い仕事に尊敬と憧れの気持ちがあってだな…」
「え、嘘くさい」
「ん?…まあ、俺長男だしなー。跡を継ぐのはしょうがないだろ」
「…それ、本心ですか?」
探るような聞き方をしてしまう。黒縁眼鏡の奥の目つきが、微かに鋭くなった。
「桃瀬に何か聞いたの?」
「…いえ」
触れたらまずかったのかもしれない、と思いながら慎重に言葉を選ぶ。
「ただ、幼馴染だってことは聞きました。だから…」
「桃瀬の為に医者になったんじゃないかって?」
「…違いますか?」
コンコン、と個室の戸をノックする音が聞こえた。重くなりかけた空気を破るように、タイミングよく料理が運ばれてくる。
店員さんが出て行ったところで、世良先生が小さくため息を吐いた。
「あの、ごめんなさい」
思わず謝ると、世良先生は驚いた様に顔を上げた。
「何が」
「あの、余計な詮索したみたいで…すみません」
結構真面目に謝ったのに、急に世良先生は思い切り吹き出した。
「何で笑うんですか!」
「お前がそんな神妙な顔すんの初めて見た」
「ひど!僕だって、悪いと思ったら謝りますよ!」
「そっか。…まあ、食べようぜ」
促され、箸を手に取って料理を口に運ぶ。
「あ、美味しい」
「だろ」
見栄えよく盛られた料理に、しばらく夢中になる。半分くらい食べたところで、世良先生が口を開いた。
「片倉は何で看護師になろうと思ったの」
「えっと、母が看護師なので」
「なるほど。母ちゃんに憧れて?」
「それもありますけど、資格取って手に職付けたら将来安泰かな、と」
「確かに」
世良先生は箸を置くと、湯飲みを手に窓の外へ視線を向けた。木枠の丸い窓から、街灯の明かりがわずかに見える。
「…物心ついた頃には、当然のように自分も医者になるんだろうなと思ってたんだよ」
箸を止める。どこか遠くを見つめるような世良先生の視線は、窓の方を向いたままだった。
「けどまあ、大きくなれば色々世界が広がってくるじゃん?で、反抗期も相まって、親のせいで自分の将来決められるなんて嫌だーなんつってね。俺は医者にはならない、とか言うようになってたんだけど」
そんな時だったんだよな、と、声のトーンが低くなる。
「桃瀬が小学校の心電図検診で引っかかって、うちの父親のところに受診に来たんだ。詳しく調べてみたら、後天性の珍しい病気でさ。完治させる治療法が無いって聞いて、俺びっくりして」
ほっそりとした指先が、湯飲みを強く掴む。
「治らなかったらどうなるんだって、父親に詰め寄った。桃瀬は死ぬのか、って。父親は、何も答えてくれなかった」
「…」
「…その時に、若干11歳の若き世良少年は、医者になることを決意しましたとさ」
最後はちょっとおどけて笑ってみせてくれた世良先生に、何と返していいか分からず黙ってしまう。
「…俺が医者になったところで、あいつに何かしてやれるかは分からない。だけど、少しでも可能性があるなら賭けてみたかった」
一口お茶を飲み、湯飲みを置く。
「それだけだよ」
「…そうだったんですね」
やっとの思いでそう口にすると、世良先生は苦笑して、食べないと冷めるぞ、と止まったままの僕の箸を指さした。
「…桃瀬さん、検査結果どうだったんですか?」
残った料理を食べながら聞いてみる。
「どうかな。まだ画像見れてないし、採血結果出るのも明日だろ」
「来週、また診察来ますよね」
「そうだな」
ふと、昼休憩の時にみた光景を思い出した。
「僕、お昼に桃瀬さん見たんですけど」
「お昼?」
「休憩の時、外出たんで。そしたら、どこかの社長サンみたいな男の人に、車に乗せられてて…」
再び、世良先生の顔つきが険しくなる。
「それ、無理やりじゃないよな」
「え?うーん…でも、知り合いみたいな感じでしたけど」
「そう…」
世良先生は箸を置くと、ポケットからタバコを出した。
「あ、吸っていい?」
僕の視線に気づいたのか、気まずそうな顔をする世良先生を、じとっとした目で見る。
「飲食店て禁煙じゃないんですか」
「ここは良いんだよ」
「はあ…なら良いですけど」
僕がそう言うやいなや、さっさと火をつけて一服吸い込む。
「…先生、医者の不養生って言葉知ってます?」
「ん?ちゃんと飯は食っただろ」
「そうじゃなく。ほんと、体に悪い事ばっかり…」
「何だよ心配してくれてんの?優しいなあ、片倉」
「…そうやっていつも女の子を口説いてるんですね」
「してないって。女の子はめんどくさいからなー」
意外な返答にびっくりする。
「先生もてるでしょ。知ってますよ、僕」
「もてるよなあ、そりゃ。大病院の跡取り息子で、医者で、イケメンで」
「自分で言います?」
「だからこそめんどくさい。言い寄って来る奴らは、大体下心が透けて見えるから」
「…へえ」
どう反応したらいいか分からず、残った料理を口に運ぶ。
世良先生はタバコを手に挟んだまま、独り言のように呟いた。
「…結局続いてんだな。別れたって言ったくせに」
「え?」
「いや、何にも」
世良先生は誤魔化すように、タバコを口にくわえる。
けど、聞こえた内容が気になってしまって突っ込まざるを得ない。
「別れたって、誰と誰がですか?」
「さあ、誰かな」
「先生!」
「…だから」
はあ、と吐き出された息に白いものが混じる。
「桃瀬と、そのお前が見たっていう、社長みたいな男」
「…え?!恋人同士なんですか、あの二人!」
言われてみいれば、ただならぬ雰囲気にはそんな感じもしたような。
「何者なんですか、あの人。本当に社長さん?」
「年下だとは聞いたけど、よくは知らん。知りたくもない」
「え、何それ」
「はい、もうこの話は終わり」
言いながら、吸っていたタバコを灰皿に押し付けて火を消す。
「ちょ、気になるんですけど」
「よく知らないって言ってるだろ」
「嘘だ、絶対知ってる」
「たとえ知っていても、あいつの話をするのは嫌だね」
拗ねたような表情をする世良先生を見て、急にぴんときた。
「先生、もしかして妬いてるんですか?」
「…」
「え、ひょっとして先生、桃瀬さんのこと」
「それ以上喋ったら伝票ごとここに置いて帰るぞ」
「すみませんっ」
結構本気のトーンで怒るので、慌ててお茶を飲んで誤魔化した。
その後も気になって何度か先生の顔色を窺ったけど、さすがにそれ以上突っ込んで聞くことはできなかった。
休憩から戻り、病棟業務に戻る。外来は午前中のみだ。
エレベーターで6階まで上がる。循環器科と呼吸器科病棟のナースステーション内にあるノートパソコン前に、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「お疲れ様です、世良先生」
「ん」
ろくにこちらを見もせずに頷くだけの返事をし、ひたすら受け持ち患者のカルテを打ち込み続ける。傍には、いつも飲んでるメーカーの缶コーヒーが置かれている。
「先生、お昼ちゃんと食べました?」
「さっき食べた」
「言っておきますが、栄養ゼリーは食事じゃありませんよ」
朝見た冷蔵庫の中身を思い浮かべて言うと、当たりだったのか世良先生の口元に苦い笑みが浮かんだ。
「厳しいなぁ、片倉」
「何か買って来ましょうか?」
提案したけれど、世良先生は軽く手を振って、いい、と一言だけ素っ気なく返してきた。
実際忙しそうだったので、僕も自分の業務に戻った。その後も世良先生は、しばらくステーション内でカルテを打っていたけれど、気付くといなくなっていた。
夕方、夜勤の人へ申し送りを済ませたら今日の業務は終了だった。
夜ごはん何食べよう、と思いながらバックヤードを歩いていると、栄養ゼリーのパウチをくわえた世良先生に出くわした。
「お、今帰り?」
「お疲れ様です。…って先生、またそれ!」
思わず指をさしてしまう。
「何だよ」
「お昼もゼリー食べたんですよね?!」
「ん?そんな事言ったっけ」
飄々と受け流す世良先生に、ため息が出る。
「もう。一食ぐらいきちんと食べてください」
世良先生は何か考えるような素振りを見せたかと思うと、パウチの蓋を閉めた。
「片倉、もう帰るんだよな」
「え、はい」
「なら、今から飯付き合えよ」
「はいっ?」
「着替えてくるから裏口で待ってろ」
そう言うと、僕の返事も待たず世良先生は白衣を翻してバックヤードを出て行った。
***
言われた通り裏口で待っていると、私服に着替えた世良先生がスマホと車のキーだけ持って現れた。
「よし行くか」
「先生、仕事終わったんですか?」
「ちょっとくらい休憩したって良いだろ」
「え、ほんとに出てきて大丈夫なんですか?!」
「置いてくぞー」
さっさと歩いて行ってしまう世良先生の背中を慌てて追いかける。
メーカーの名前がすぐに思い出せないような、見たことのないロゴの外車に乗せられ、連れて行かれたのは繁華街の外れにある静かな創作料理の店だった。
「…って、ここお酒飲むような店ですよね?」
和風の佇まいの個室に通されメニューを広げると、ページいっぱいに高級そうな銘柄のお酒が並んでいる。
「あれ、片倉って未成年だったっけ?」
おしぼりで手を拭きながら聞いてくる世良先生に反論する。
「とっくに成人してます!」
「そうか」
「じゃなくて、先生まだ仕事戻るんですよね?」
「ていうか飲んだら俺、飲酒運転で捕まるよな」
「あ!」
「別に酒飲むつもりでここ連れて来たわけじゃないから。ご飯が美味しいんだよ」
笑いながらメニューのページをめくる。確かに美味しそうなご飯がたくさん載っているけど。
「先生って、ちゃんとご飯屋さんとか知ってたんですね」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「コーヒーとタバコと栄養ゼリーで出来てると思ってました」
「あんま間違っちゃいないな」
「ほら!やっぱり…」
「早く決めろよー、注文するぞー」
急かされ、慌てて注文するものを決める。
やってきた店員さんに注文を伝え、個室の戸が閉められると急に部屋の中がしん、とした。
何か話題、と思っていると、「ここ静かで良いだろ」と先に世良先生が話しかけてきた。
「よく来るんですか」
「たまにね」
「ずっと病院から出ていないんだとばかり」
「んなわけないだろ。どんだけ仕事好きなんだよ、俺」
ふと気になり、聞いてみる。
「世良先生は、どうして医者になったんですか?」
―桃瀬さんが言っていた言葉が、脳裏をよぎる。
『…あんなに嫌がってたのにさ。あいつが今医者やってるの、俺のせいなのかも……』
なんだよ急に、と苦笑しながら、世良先生はいつもの調子で飄々と答える。
「そりゃあお前、人の命を救うという尊い仕事に尊敬と憧れの気持ちがあってだな…」
「え、嘘くさい」
「ん?…まあ、俺長男だしなー。跡を継ぐのはしょうがないだろ」
「…それ、本心ですか?」
探るような聞き方をしてしまう。黒縁眼鏡の奥の目つきが、微かに鋭くなった。
「桃瀬に何か聞いたの?」
「…いえ」
触れたらまずかったのかもしれない、と思いながら慎重に言葉を選ぶ。
「ただ、幼馴染だってことは聞きました。だから…」
「桃瀬の為に医者になったんじゃないかって?」
「…違いますか?」
コンコン、と個室の戸をノックする音が聞こえた。重くなりかけた空気を破るように、タイミングよく料理が運ばれてくる。
店員さんが出て行ったところで、世良先生が小さくため息を吐いた。
「あの、ごめんなさい」
思わず謝ると、世良先生は驚いた様に顔を上げた。
「何が」
「あの、余計な詮索したみたいで…すみません」
結構真面目に謝ったのに、急に世良先生は思い切り吹き出した。
「何で笑うんですか!」
「お前がそんな神妙な顔すんの初めて見た」
「ひど!僕だって、悪いと思ったら謝りますよ!」
「そっか。…まあ、食べようぜ」
促され、箸を手に取って料理を口に運ぶ。
「あ、美味しい」
「だろ」
見栄えよく盛られた料理に、しばらく夢中になる。半分くらい食べたところで、世良先生が口を開いた。
「片倉は何で看護師になろうと思ったの」
「えっと、母が看護師なので」
「なるほど。母ちゃんに憧れて?」
「それもありますけど、資格取って手に職付けたら将来安泰かな、と」
「確かに」
世良先生は箸を置くと、湯飲みを手に窓の外へ視線を向けた。木枠の丸い窓から、街灯の明かりがわずかに見える。
「…物心ついた頃には、当然のように自分も医者になるんだろうなと思ってたんだよ」
箸を止める。どこか遠くを見つめるような世良先生の視線は、窓の方を向いたままだった。
「けどまあ、大きくなれば色々世界が広がってくるじゃん?で、反抗期も相まって、親のせいで自分の将来決められるなんて嫌だーなんつってね。俺は医者にはならない、とか言うようになってたんだけど」
そんな時だったんだよな、と、声のトーンが低くなる。
「桃瀬が小学校の心電図検診で引っかかって、うちの父親のところに受診に来たんだ。詳しく調べてみたら、後天性の珍しい病気でさ。完治させる治療法が無いって聞いて、俺びっくりして」
ほっそりとした指先が、湯飲みを強く掴む。
「治らなかったらどうなるんだって、父親に詰め寄った。桃瀬は死ぬのか、って。父親は、何も答えてくれなかった」
「…」
「…その時に、若干11歳の若き世良少年は、医者になることを決意しましたとさ」
最後はちょっとおどけて笑ってみせてくれた世良先生に、何と返していいか分からず黙ってしまう。
「…俺が医者になったところで、あいつに何かしてやれるかは分からない。だけど、少しでも可能性があるなら賭けてみたかった」
一口お茶を飲み、湯飲みを置く。
「それだけだよ」
「…そうだったんですね」
やっとの思いでそう口にすると、世良先生は苦笑して、食べないと冷めるぞ、と止まったままの僕の箸を指さした。
「…桃瀬さん、検査結果どうだったんですか?」
残った料理を食べながら聞いてみる。
「どうかな。まだ画像見れてないし、採血結果出るのも明日だろ」
「来週、また診察来ますよね」
「そうだな」
ふと、昼休憩の時にみた光景を思い出した。
「僕、お昼に桃瀬さん見たんですけど」
「お昼?」
「休憩の時、外出たんで。そしたら、どこかの社長サンみたいな男の人に、車に乗せられてて…」
再び、世良先生の顔つきが険しくなる。
「それ、無理やりじゃないよな」
「え?うーん…でも、知り合いみたいな感じでしたけど」
「そう…」
世良先生は箸を置くと、ポケットからタバコを出した。
「あ、吸っていい?」
僕の視線に気づいたのか、気まずそうな顔をする世良先生を、じとっとした目で見る。
「飲食店て禁煙じゃないんですか」
「ここは良いんだよ」
「はあ…なら良いですけど」
僕がそう言うやいなや、さっさと火をつけて一服吸い込む。
「…先生、医者の不養生って言葉知ってます?」
「ん?ちゃんと飯は食っただろ」
「そうじゃなく。ほんと、体に悪い事ばっかり…」
「何だよ心配してくれてんの?優しいなあ、片倉」
「…そうやっていつも女の子を口説いてるんですね」
「してないって。女の子はめんどくさいからなー」
意外な返答にびっくりする。
「先生もてるでしょ。知ってますよ、僕」
「もてるよなあ、そりゃ。大病院の跡取り息子で、医者で、イケメンで」
「自分で言います?」
「だからこそめんどくさい。言い寄って来る奴らは、大体下心が透けて見えるから」
「…へえ」
どう反応したらいいか分からず、残った料理を口に運ぶ。
世良先生はタバコを手に挟んだまま、独り言のように呟いた。
「…結局続いてんだな。別れたって言ったくせに」
「え?」
「いや、何にも」
世良先生は誤魔化すように、タバコを口にくわえる。
けど、聞こえた内容が気になってしまって突っ込まざるを得ない。
「別れたって、誰と誰がですか?」
「さあ、誰かな」
「先生!」
「…だから」
はあ、と吐き出された息に白いものが混じる。
「桃瀬と、そのお前が見たっていう、社長みたいな男」
「…え?!恋人同士なんですか、あの二人!」
言われてみいれば、ただならぬ雰囲気にはそんな感じもしたような。
「何者なんですか、あの人。本当に社長さん?」
「年下だとは聞いたけど、よくは知らん。知りたくもない」
「え、何それ」
「はい、もうこの話は終わり」
言いながら、吸っていたタバコを灰皿に押し付けて火を消す。
「ちょ、気になるんですけど」
「よく知らないって言ってるだろ」
「嘘だ、絶対知ってる」
「たとえ知っていても、あいつの話をするのは嫌だね」
拗ねたような表情をする世良先生を見て、急にぴんときた。
「先生、もしかして妬いてるんですか?」
「…」
「え、ひょっとして先生、桃瀬さんのこと」
「それ以上喋ったら伝票ごとここに置いて帰るぞ」
「すみませんっ」
結構本気のトーンで怒るので、慌ててお茶を飲んで誤魔化した。
その後も気になって何度か先生の顔色を窺ったけど、さすがにそれ以上突っ込んで聞くことはできなかった。
12
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
幼馴染から離れたい。
June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。
だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。
βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。
誤字脱字あるかも。
最後らへんグダグダ。下手だ。
ちんぷんかんぷんかも。
パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・
すいません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる