23 / 28
第七話 知りたくなかった
scene7-4
しおりを挟む
―慶一―
片倉さんから指定された通りに売店脇の休憩スペースの前で立っていると、白衣の胸ポケットにいつもの黒縁眼鏡を引っ掛けた世良が歩いて来た。
「よ、久しぶり」
「何くわえてるんだよ、それ」
世良の口から飛び出た白い棒を指さす。
「ああ、これ?」
世良が細い指先で棒を摘まむ。棒の先には、薄いピンクと白色の飴玉がついていた。
「タバコくわえてるのかと思った」
「さすがの俺も、院内でそれはしないなー」
「だからって飴くわえて歩くなよ……」
呆れて言うと、世良はいつも通りの飄々とした口調で、タバコばっか吸ってるとうちのカワイ子ちゃんが怒るんでね、と嘯いた。
「なんか飲む?」
世良が、休憩スペースにある自販機を指差す。コーヒーをお互い一缶ずつ買い、窓際の席に腰を下ろした。
「腕、治ったんだ?」
缶のプルタブを起こしながら世良が聞いてくる。
「ああ、もうすっかり」
何も巻かれていない手首を曲げて見せる。
「良かったじゃん。……で」
世良はコーヒーを口に含みながら、俺の手元に視線を落とした。
「その原因を作った奴とは、よろしくやってるの?」
いきなり核心をついてくるので咽せそうになった。
「なっ何だ、よろしくやってるって」
「その話がしたかったんじゃないの」
世良の顔を見る。昔から何を考えているんだか分からない奴だが、勘は鋭い。
「世良」
「ん」
「桃瀬朔也、って人を知ってるか」
慎重に名前を口にする。世良の表情が、真顔になった。
「……そっちの名前が出てくるとは思わなかったな」
「幼馴染なんだって?」
「それ、誰に聞いたの」
「……透人」
「透人チャン?へえ」
「この間、偶然会ったんだ」
「まじ?」
「うん。その時に、世良とあの人……桃瀬サン、が幼馴染だって聞いて」
「言っとくけど、透人チャンと桃瀬をくっつけたのは俺じゃねえぞ」
「そんな事は思ってないよ」
「なら、何が聞きたい?」
世良は缶コーヒーを置くと、腕を組んでこちらを見据えてきた。
「はっきり言えよ。柳のことだろ?お前が知りたいのは」
「……」
無言がそのまま、肯定だった。
世良は何を考えているのか、ふうん、と言って唇を舐めた。
「惚れた相手が、大事な透人チャンを取っていった奴と付き合ってたって知って、動揺してるわけね」
「……っ」
「図星?」
「違う」
反射的に否定したが、それが本心じゃない事は自分が一番よく分かっていた。
「ちょっと、頭の整理がつかなくて」
絞り出すようにそう言うと、世良は小さく息をついた。
「何を気にしてるんだよ。もうお互いに別れてフリーなんだし、過去の相手が誰だろうが関係ないと思うけど」
「……」
「それとも、それを気にしてるのは柳の方?」
「いや、それは」
そんな事、知る由もない。向こうは、まさか桃瀬サンが俺の元恋人と付き合っているなんて、思ってもいないだろう。
まあ分かるけど、と世良は再び缶コーヒーを手に取った。
「あいつ、桃瀬に未練たらたらだもんなあ」
顔を上げた。世良と目が合う。
「……え?」
「あ、余計な事言った?俺」
「何だよ、未練って」
世良は残ったコーヒーを呷ると、あいつさ、と言葉を続けた。
「別れてからも、桃瀬に会いに来てたんだよな」
「……」
「大丈夫?慶一」
白い手が、俺の目の前でひらひらと動く。
「ま、お前らがどういう関係になってんのかは知らないけど。まじで好きなら、きちんと本人と話し合った方が」
「そんなんじゃない」
席を立った。世良が座ったまま、こちらを見上げてくる。
「好きだなんて思ってない。勘違いするなよ」
「違うの?」
切れ長の目元が、眇められる。
「変な意地張るの、良くないんじゃない」
「仕事の邪魔して悪かった」
飲みかけだった缶コーヒーを手に取る。ごみ箱に捨て、休憩スペースを後にした。
片倉さんから指定された通りに売店脇の休憩スペースの前で立っていると、白衣の胸ポケットにいつもの黒縁眼鏡を引っ掛けた世良が歩いて来た。
「よ、久しぶり」
「何くわえてるんだよ、それ」
世良の口から飛び出た白い棒を指さす。
「ああ、これ?」
世良が細い指先で棒を摘まむ。棒の先には、薄いピンクと白色の飴玉がついていた。
「タバコくわえてるのかと思った」
「さすがの俺も、院内でそれはしないなー」
「だからって飴くわえて歩くなよ……」
呆れて言うと、世良はいつも通りの飄々とした口調で、タバコばっか吸ってるとうちのカワイ子ちゃんが怒るんでね、と嘯いた。
「なんか飲む?」
世良が、休憩スペースにある自販機を指差す。コーヒーをお互い一缶ずつ買い、窓際の席に腰を下ろした。
「腕、治ったんだ?」
缶のプルタブを起こしながら世良が聞いてくる。
「ああ、もうすっかり」
何も巻かれていない手首を曲げて見せる。
「良かったじゃん。……で」
世良はコーヒーを口に含みながら、俺の手元に視線を落とした。
「その原因を作った奴とは、よろしくやってるの?」
いきなり核心をついてくるので咽せそうになった。
「なっ何だ、よろしくやってるって」
「その話がしたかったんじゃないの」
世良の顔を見る。昔から何を考えているんだか分からない奴だが、勘は鋭い。
「世良」
「ん」
「桃瀬朔也、って人を知ってるか」
慎重に名前を口にする。世良の表情が、真顔になった。
「……そっちの名前が出てくるとは思わなかったな」
「幼馴染なんだって?」
「それ、誰に聞いたの」
「……透人」
「透人チャン?へえ」
「この間、偶然会ったんだ」
「まじ?」
「うん。その時に、世良とあの人……桃瀬サン、が幼馴染だって聞いて」
「言っとくけど、透人チャンと桃瀬をくっつけたのは俺じゃねえぞ」
「そんな事は思ってないよ」
「なら、何が聞きたい?」
世良は缶コーヒーを置くと、腕を組んでこちらを見据えてきた。
「はっきり言えよ。柳のことだろ?お前が知りたいのは」
「……」
無言がそのまま、肯定だった。
世良は何を考えているのか、ふうん、と言って唇を舐めた。
「惚れた相手が、大事な透人チャンを取っていった奴と付き合ってたって知って、動揺してるわけね」
「……っ」
「図星?」
「違う」
反射的に否定したが、それが本心じゃない事は自分が一番よく分かっていた。
「ちょっと、頭の整理がつかなくて」
絞り出すようにそう言うと、世良は小さく息をついた。
「何を気にしてるんだよ。もうお互いに別れてフリーなんだし、過去の相手が誰だろうが関係ないと思うけど」
「……」
「それとも、それを気にしてるのは柳の方?」
「いや、それは」
そんな事、知る由もない。向こうは、まさか桃瀬サンが俺の元恋人と付き合っているなんて、思ってもいないだろう。
まあ分かるけど、と世良は再び缶コーヒーを手に取った。
「あいつ、桃瀬に未練たらたらだもんなあ」
顔を上げた。世良と目が合う。
「……え?」
「あ、余計な事言った?俺」
「何だよ、未練って」
世良は残ったコーヒーを呷ると、あいつさ、と言葉を続けた。
「別れてからも、桃瀬に会いに来てたんだよな」
「……」
「大丈夫?慶一」
白い手が、俺の目の前でひらひらと動く。
「ま、お前らがどういう関係になってんのかは知らないけど。まじで好きなら、きちんと本人と話し合った方が」
「そんなんじゃない」
席を立った。世良が座ったまま、こちらを見上げてくる。
「好きだなんて思ってない。勘違いするなよ」
「違うの?」
切れ長の目元が、眇められる。
「変な意地張るの、良くないんじゃない」
「仕事の邪魔して悪かった」
飲みかけだった缶コーヒーを手に取る。ごみ箱に捨て、休憩スペースを後にした。
1
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
市川先生の大人の補習授業
夢咲まゆ
BL
笹野夏樹は運動全般が大嫌い。ついでに、体育教師の市川慶喜のことも嫌いだった。
ある日、体育の成績がふるわないからと、市川に放課後の補習に出るよう言われてしまう。
「苦手なことから逃げるな」と挑発された夏樹は、嫌いな教師のマンツーマンレッスンを受ける羽目になるのだが……。
◎美麗表紙イラスト:ずーちゃ(@zuchaBC)
※「*」がついている回は性描写が含まれております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる