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第八話 溢れる気持ちを声に変えて
scene35 体温
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―眞白―
脱いだ服はきっちり畳んで片付け、明日着る分を出して置いておく。朝、顔を洗って拭く用に家から持参したタオルを出し、その上に歯ブラシも載せておく。
こんな事、明日起きてからやれば良いのに。先に全部済ませておかないと落ち着かないのは、幼い頃からの習い性なのか。―それとも。
ただ単に、何かしてないと落ち着かないからなのか。
「……っ」
せっかく治まっていた鼓動が再び暴れ出す。
ベッドの傍らにしゃがみ込み、顔を覆った。手を当ててみると頬が燃える様に熱い。
大知くんに抱き締められた感触が、体から消えなかった。
少し茶色がかった、大知くんの目を思い出す。
じっと見ていたら鼻が当たって、気づいたら息がかかるくらい顔が近づいていた。
あのまま唇が触れていても、受け入れていたかも知れない。
……どうしよう。
胸が苦しい。息がうまくできない。
俺、大知くんのこと―。
ぽん、と肩を叩かれて文字通り飛び上がった。
振り返ると、シャワーを終えて戻ってきた大知くんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
どうしたの、と言っているのが分かって慌ててスマホを掴んだ。
『何でもない』
見せると大知くんは怪訝そうに首を傾げた。スマホを口元に近づけて喋る。
『具合悪そうだよ』
大知くんは画面を見せてくれてから、こちらに手を近づけてきた。熱があると思われたのかも知れない。咄嗟に身を引いてしまった。
中途半端なところで大知くんの手が止まり、気まずい空気が流れる。
何でもない、ともう一度打ち、理由を付け足した。
顔を背け、画面だけ大知くんに向ける。
『めっちゃ泣いたから恥ずかしい』
笑う気配がした。手からスマホをそっと抜かれる。
『寝ようよ。風邪引いちゃうよ』
スマホにそう打って返してくれると、大知くんは先にベッドの中に入った。掛け布団をめくり、ぽんぽん、と自分のすぐ隣を叩いて呼んでくれる。
今更ながら同じベッドで寝なければいけない事を思い出し、鼓動が跳ねた。
立ち上がり、ベッドに上がる。大知くんの横に人一人分空けて、精一杯端っこに寄って横になった。
大知くんが目を丸くする。
『落ちちゃうよ』
見せてきたスマホを手に取り、意地になって返事を打つ。
『そんなに寝相悪くない』
見た大知くんが吹き出した。
『そういう事言ってるんじゃないよ』
一旦見せてくれてから、また何か喋って画面をこちらに向ける。
『さっきはごめんね』
読んで、また思い出して頬が熱くなった。
恥ずかしくて堪らなかったけれど、これ以上拒んだら、意識してる、と主張してるみたいになる気がした。
もう少しだけ、大知くんの方へ寄る。
ベッドの上にある枕灯の電気を消そうとしたので、思わず大知くんの手を止めた。
急いでスマホに文字を打って見せる。
『真っ暗になるやん』
『ごめん。少しでも明るいと寝れないんだよね』
大知くんは申し訳なさそうにそう打って見せてくれてから、何か思いついたのかまた画面を見せてきた。
『もしかして、暗いの怖い?』
軽い気持ちで言ったのが分かって、悲しくなった。
大知くんの手からスマホを取る。
『聞こえんのに、電気も消されたらほんまに暗闇なんやで』
見せると、大知くんの表情が強張った。
ごめん、と唇が動く。
『そうだよね、ほんとだ。気づかなくてごめん』
見せてくれてから、大知くんはもう一度文字を打った。
『おやすみ』
それだけ見せてくれてから画面を切り、壁の方を向いて横になってしまった。枕灯が点いたままだから、上を向くと眩しくて眠れないのかも知れない。
大知くんの背中を見ていたら、段々と申し訳なくなってきた。
大知くんの枕をそっと叩き、声を出す。
「消して良いよ」
え、と大知くんが振り返る。
なんで、と唇が動くのが分かった。
「……俺のせいで、大知くんが寝不足になったら困る」
返事を確かめる前に、枕灯の明かりを消した。
部屋の中が完全な闇に包まれる。物音一つ分からない。真っ暗な箱の中に閉じ込められたような気分だった。
無理やり目を瞑ったけれど寝れそうになくて、大知くんの方へ寝返りを打った。
少し暗さに慣れてきた視界の中で目が合った。
大知くんが体をこちらに向ける。布団の中で、手に温かいものが触れた。大知くんの手だ、と思ったら、ゆっくりと、何故か四回握られた。
大知くんの口元が動く。
(お、や、す、み)
そう言った気がした。
「……おやすみ」
微笑んでくれた気がした。ゆっくりと瞼が閉じられる。
布団の中で握られたままの手が温かい。ちょっと硬くて、大きな手だった。体は細い方なのに、関節が結構太いんやな、と思っていたら、知らないうちに互いの指が絡んでいた。これじゃまるで恋人繋ぎやん、と一人で苦笑する。
―恋人、という単語を思い浮かべたら、何故だか泣きたくなった。
絡めた指に力が入る。
……言葉にしなくても、気持ちは伝わるんかな。
触れた手の温もりで、握る強さで、想いが伝わればいいのに。
言えないから、きっと。一生、言葉になんか出せないから。
すき……好き。
俺、大知くんの事が……好き――……。
脱いだ服はきっちり畳んで片付け、明日着る分を出して置いておく。朝、顔を洗って拭く用に家から持参したタオルを出し、その上に歯ブラシも載せておく。
こんな事、明日起きてからやれば良いのに。先に全部済ませておかないと落ち着かないのは、幼い頃からの習い性なのか。―それとも。
ただ単に、何かしてないと落ち着かないからなのか。
「……っ」
せっかく治まっていた鼓動が再び暴れ出す。
ベッドの傍らにしゃがみ込み、顔を覆った。手を当ててみると頬が燃える様に熱い。
大知くんに抱き締められた感触が、体から消えなかった。
少し茶色がかった、大知くんの目を思い出す。
じっと見ていたら鼻が当たって、気づいたら息がかかるくらい顔が近づいていた。
あのまま唇が触れていても、受け入れていたかも知れない。
……どうしよう。
胸が苦しい。息がうまくできない。
俺、大知くんのこと―。
ぽん、と肩を叩かれて文字通り飛び上がった。
振り返ると、シャワーを終えて戻ってきた大知くんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
どうしたの、と言っているのが分かって慌ててスマホを掴んだ。
『何でもない』
見せると大知くんは怪訝そうに首を傾げた。スマホを口元に近づけて喋る。
『具合悪そうだよ』
大知くんは画面を見せてくれてから、こちらに手を近づけてきた。熱があると思われたのかも知れない。咄嗟に身を引いてしまった。
中途半端なところで大知くんの手が止まり、気まずい空気が流れる。
何でもない、ともう一度打ち、理由を付け足した。
顔を背け、画面だけ大知くんに向ける。
『めっちゃ泣いたから恥ずかしい』
笑う気配がした。手からスマホをそっと抜かれる。
『寝ようよ。風邪引いちゃうよ』
スマホにそう打って返してくれると、大知くんは先にベッドの中に入った。掛け布団をめくり、ぽんぽん、と自分のすぐ隣を叩いて呼んでくれる。
今更ながら同じベッドで寝なければいけない事を思い出し、鼓動が跳ねた。
立ち上がり、ベッドに上がる。大知くんの横に人一人分空けて、精一杯端っこに寄って横になった。
大知くんが目を丸くする。
『落ちちゃうよ』
見せてきたスマホを手に取り、意地になって返事を打つ。
『そんなに寝相悪くない』
見た大知くんが吹き出した。
『そういう事言ってるんじゃないよ』
一旦見せてくれてから、また何か喋って画面をこちらに向ける。
『さっきはごめんね』
読んで、また思い出して頬が熱くなった。
恥ずかしくて堪らなかったけれど、これ以上拒んだら、意識してる、と主張してるみたいになる気がした。
もう少しだけ、大知くんの方へ寄る。
ベッドの上にある枕灯の電気を消そうとしたので、思わず大知くんの手を止めた。
急いでスマホに文字を打って見せる。
『真っ暗になるやん』
『ごめん。少しでも明るいと寝れないんだよね』
大知くんは申し訳なさそうにそう打って見せてくれてから、何か思いついたのかまた画面を見せてきた。
『もしかして、暗いの怖い?』
軽い気持ちで言ったのが分かって、悲しくなった。
大知くんの手からスマホを取る。
『聞こえんのに、電気も消されたらほんまに暗闇なんやで』
見せると、大知くんの表情が強張った。
ごめん、と唇が動く。
『そうだよね、ほんとだ。気づかなくてごめん』
見せてくれてから、大知くんはもう一度文字を打った。
『おやすみ』
それだけ見せてくれてから画面を切り、壁の方を向いて横になってしまった。枕灯が点いたままだから、上を向くと眩しくて眠れないのかも知れない。
大知くんの背中を見ていたら、段々と申し訳なくなってきた。
大知くんの枕をそっと叩き、声を出す。
「消して良いよ」
え、と大知くんが振り返る。
なんで、と唇が動くのが分かった。
「……俺のせいで、大知くんが寝不足になったら困る」
返事を確かめる前に、枕灯の明かりを消した。
部屋の中が完全な闇に包まれる。物音一つ分からない。真っ暗な箱の中に閉じ込められたような気分だった。
無理やり目を瞑ったけれど寝れそうになくて、大知くんの方へ寝返りを打った。
少し暗さに慣れてきた視界の中で目が合った。
大知くんが体をこちらに向ける。布団の中で、手に温かいものが触れた。大知くんの手だ、と思ったら、ゆっくりと、何故か四回握られた。
大知くんの口元が動く。
(お、や、す、み)
そう言った気がした。
「……おやすみ」
微笑んでくれた気がした。ゆっくりと瞼が閉じられる。
布団の中で握られたままの手が温かい。ちょっと硬くて、大きな手だった。体は細い方なのに、関節が結構太いんやな、と思っていたら、知らないうちに互いの指が絡んでいた。これじゃまるで恋人繋ぎやん、と一人で苦笑する。
―恋人、という単語を思い浮かべたら、何故だか泣きたくなった。
絡めた指に力が入る。
……言葉にしなくても、気持ちは伝わるんかな。
触れた手の温もりで、握る強さで、想いが伝わればいいのに。
言えないから、きっと。一生、言葉になんか出せないから。
すき……好き。
俺、大知くんの事が……好き――……。
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