Please,Call My Name

叶けい

文字の大きさ
上 下
30 / 52
第七話 二人で重ねる思い出

scene30 願い事

しおりを挟む
―眞白―
思えば、病気になってから旅行に出掛けたのは初めてかも知れない。
東京から電車に揺られて一時間半ほど、よく名前は聞くけど初めて降り立った観光地の空気は冷たく澄んでいた。
平日のど真ん中にも関わらず人が多い。半分くらいは外国からの観光客だろうか。
ぼんやりと周りを見ていたら、帽子を目深に被った長身の人影が近づいてきた。眼鏡もかけていて、ぱっと見ただけでは顔がよく分からない。
スマホを出して文字を打つ。
『ロッカー空いとった?』
大知くんは指で丸を作って見せてきた。荷物を駅構内のロッカーに置いていくことになり、大知くんが探しに行ってくれていたのだ。無事に預けられたらしい。
行こうか、と言いながら道の向こうを指差され、頷いた。
駅周辺の店を見ながら、パワースポットとして有名だという神社を目指して歩く。
歩きながらスマホを触るわけにもいかず、しばらく無言が続く。隣を歩く大知くんを見ると、どことなく元気が無いような気がした。
車の通りが多い交差点で立ち止まったタイミングで、素早く文字を打って大知くんに見せる。
『やっぱり無理したんちゃうの』
大知くんは驚いたように目を丸くし、苦笑を返してきた。
『そうじゃないよ。ちょっと考え事してた』
大知くんが喋った事が画面に出る。
考え事って何やろ、と思ったけれど再び歩き出したので聞けなかった。

湖畔に建つ鳥居の前は写真映えするのか、若い人達が記念撮影に夢中になっていた。
『ここ映ってたね』
鳥居を指差す。
『写真撮ってもらう?』
聞かれたけれど、首を横に振った。若い女の子達の姿が多くて、近づいたら大知くんだとばれてしまいそうな気がしたからだ。
長い参道を抜け、本殿に辿り着く。参拝し、絵馬を書く事になった。
『パワースポットで有名だから、きっとお願い事書いたら叶えてもらえるよ』
そう言って大知くんが、龍が二匹描かれた絵馬を手渡してくれる。
何を書こうか悩んでいると、大知くんはさっさと書き上げ他の絵馬がたくさん吊るされた中に自分の物を掛けた。

"たくさんの人に愛されて長く活動出来ますように"

大知くんの書いたのを読みながら自分は何を書こうかと考えていると、目の前にスマホが差し出された。
『トイレ行って来ていい?』
おっけー、と指で丸を作って見せる。大知くんがいなくなってから、自分の絵馬にようやく願い事を書いた。

"star.bがもっと活躍出来ますように"

絵馬を吊そうとして、ふと手が止まった。
とある絵馬に緑色のペンで書かれた願い事が目に飛び込んでくる。

"大知くんに会えますように"

その下には違う人の字で、"star.b クリスマスライブ当選祈願!"と書かれていた。
書かれた文字を見つめて固まっていると、そっと肩を叩かれた。振り向くと、大知くんが怪訝そうに俺を見ていた。どうしたの、と唇が動く。
咄嗟に自分の絵馬を裏返しにし、さっき目に飛び込んできた絵馬の上に掛けて隠した。
ますます怪訝そうな表情になる大知くんの目の前にスマホの画面を突き出す。
『何でもないよ、行こ』
少し強引に大知くんの腕を押し、先ほど上ってきた石段を降りる。
―さっき見た絵馬が、頭から離れない。
あんな事を絵馬に書いて吊るす人がいるなんて思わなかった。大知くんがロケで来ていたからなのか。
もしかして、気づかなかったけど他にも同じような物がたくさんあったんやろか。一体、どれくらいの女の子が大知くんの事を……。
ぐるぐる考えているうちに石段を降りきった。休憩しようか、とベンチを指さされたので素直に頷く。
ふと思いつき、スマホを手に取った。
『スタービーって男のファンもおる?』
大知くんに見せると、当然のように頷かれた。
『いるよ、何人かのグループでイベント見に来てくれたりとかもするし』
『男に応援されても嬉しい?』
『嬉しいよ。むしろ、同性にかっこいいって思われる方が嬉しいかも』
『そうなん』
うん、と頷きながら、何でそんな事聞くの、という様に不思議そうな目で見てくる。目のやり場がなくて、歩いてきた参道を見渡した。
観光地なのもあって、旅行に来ているらしいカップルも多かった。また余計な事が頭に浮かんでしまう。
『大知くん、彼女とかおるの』
打ってから、何を聞こうとしてるのかと我に返り急いで消そうとした。その前に大知くんに気づかれ、苦笑される。
『どしたの?急に』
大知くんのせりふが画面に出る。汗で滑る指で返答を打つ。
『ごめん、おるわけないよね』
『いたらまずいでしょ。俺アイドルだよ?』
画面に浮かんだ文字に釘付けになる。
俺、アイドルだよ――。
『そうだよね』
辛うじて返事を打ち、大知くんに見せてから画面を消した。
絵馬に書かれていた内容をまた思い出す。
大知くんは違う世界に住む人なんだと、改めて気づかされた気がして寂しくなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

フォークでよかった

きすけ
BL
ケーキバースが出現し始めた世界でフォークとケーキだったパートナーの二人。 自分の正体がどんな怪物だろうと、心から愛するケーキを食欲なんかで手にかけるはずがない、そう強く確信していたフォークの話。

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【続編】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785

幸せのカタチ

杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。 拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

処理中です...