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第七話 忘れ物はそこに
Chapter22
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―怜二―
定時を過ぎ、仕事が一段落ついたところでPCの電源を落とした。秘書課の彼女とデートの約束があるらしいナベさんは、とっくの昔に姿を消している。
「終わりました?」
帰る支度をしっかり済ませた三浦が、すかさず声をかけてくる。
「行きましょ。」
「そんな急かさんといて。」
鞄を持ち、コートを腕に掛けて立ち上がる。
「あれ、二人でどこか行くんですか?」
「ん?…うん…。」
無邪気に聞いてくる名木ちゃんに何と答えたものか迷っていると、三浦が急に俺の肩を抱いてきた。
「デートしてくる。」
「は?!何言っ…」
「そうなんだ、行ってらっしゃい。」
にこにこ手を振る名木ちゃんに、いつもの調子で「お疲れ」とだけ言って、三浦は俺の手を引いて歩きだした。
「何やの、この手。」
抗議すると、意外にあっさり手を離されて拍子抜けた。
「なんか、つい。」
「つい、って何やねん。」
エレベーターが来るまでの間にコートを羽織る。無人で下から登ってきたエレベーターに乗り込み、三浦が一階のボタンを押す。
「…俺、クリスマスなて興味なかったんです。」
不意に三浦が呟く。
「恋人同士がデートしなきゃいけない日みたいになってるのも、意味わかんないし。」
でも、と三浦が俺の方を向く。
「今なら分かる気がします。好きな人と特別な事をするきっかけに、丁度いいんでしょうね。」
何と答えたものか考える暇もなく、エレベーターの戸が開く。
「あ、そうだ。買い物しないとですね。」
「…そうやな。スーパー寄ろか。」
車のキーを出し、地下駐車場へ続く階段を下りる。
―買い物して、一緒の部屋に帰って、ご飯を一緒に食べる。
まるで同棲しとるみたいやな、と思いかけ、慌てて浮かれた考えを打ち消した。
どうせ、もうすぐ会わなくなるのに。
最後の思い出になりそうな予感に、胸が締め付けられた。
スーパーで買い物をして俺の部屋に着き、スーツを脱いでセーターとデニムに着替えてエプロンを付け、キッチンに入る。
「俺、野菜の皮むきくらい出来るようになったんですよ。」
得意げにそう言ってピューラーを握る三浦に苦笑した。
「そんな事も出来んかったのが信じられんわ。」
「貸してください。」
シャツの袖をまくって手を差し出してくる三浦にニンジンを渡す。危なっかい手つきで、ゆっくり皮むきをする様子を見ていたら笑えてきた。
「子どもみたいやな。」
「誰にだって初めての瞬間はあるでしょ。」
「練習したんとちゃうんか。」
「しましたよ、…一回。」
「何やそれ、手切らんといてな。」
何のかんのと話しながら、鶏肉に味をつけ、サラダとスープの準備を進める。
三浦は、皿を並べたり、あとは焼くだけになった鶏肉をオーブンに入れてスイッチを押したりと、出来る手伝いを一生懸命やってくれた。
―楽しいな。
素直にそう思ってしまい、急に、鼻の奥がツンとした。
「…トイレ行ってくるで、ちゃんと見とってな。」
三浦にそう言い残してトイレに入り、扉に背中を預けて上を向いた。落ちてきそうになっていた涙を、必死で堪える。
…どうしてこんなに好きになってしまったんやろ。望みなんか無いのに。
思い切り気持ちをぶちまけてしまいたい衝動を、必死で抑える。
せめて、今は楽しく過ごそう。変に思われないように。気持ちに、気づかれないように。
異動の事を話したら冷静になれなさそうで、今日話すのは諦めることにした。
定時を過ぎ、仕事が一段落ついたところでPCの電源を落とした。秘書課の彼女とデートの約束があるらしいナベさんは、とっくの昔に姿を消している。
「終わりました?」
帰る支度をしっかり済ませた三浦が、すかさず声をかけてくる。
「行きましょ。」
「そんな急かさんといて。」
鞄を持ち、コートを腕に掛けて立ち上がる。
「あれ、二人でどこか行くんですか?」
「ん?…うん…。」
無邪気に聞いてくる名木ちゃんに何と答えたものか迷っていると、三浦が急に俺の肩を抱いてきた。
「デートしてくる。」
「は?!何言っ…」
「そうなんだ、行ってらっしゃい。」
にこにこ手を振る名木ちゃんに、いつもの調子で「お疲れ」とだけ言って、三浦は俺の手を引いて歩きだした。
「何やの、この手。」
抗議すると、意外にあっさり手を離されて拍子抜けた。
「なんか、つい。」
「つい、って何やねん。」
エレベーターが来るまでの間にコートを羽織る。無人で下から登ってきたエレベーターに乗り込み、三浦が一階のボタンを押す。
「…俺、クリスマスなて興味なかったんです。」
不意に三浦が呟く。
「恋人同士がデートしなきゃいけない日みたいになってるのも、意味わかんないし。」
でも、と三浦が俺の方を向く。
「今なら分かる気がします。好きな人と特別な事をするきっかけに、丁度いいんでしょうね。」
何と答えたものか考える暇もなく、エレベーターの戸が開く。
「あ、そうだ。買い物しないとですね。」
「…そうやな。スーパー寄ろか。」
車のキーを出し、地下駐車場へ続く階段を下りる。
―買い物して、一緒の部屋に帰って、ご飯を一緒に食べる。
まるで同棲しとるみたいやな、と思いかけ、慌てて浮かれた考えを打ち消した。
どうせ、もうすぐ会わなくなるのに。
最後の思い出になりそうな予感に、胸が締め付けられた。
スーパーで買い物をして俺の部屋に着き、スーツを脱いでセーターとデニムに着替えてエプロンを付け、キッチンに入る。
「俺、野菜の皮むきくらい出来るようになったんですよ。」
得意げにそう言ってピューラーを握る三浦に苦笑した。
「そんな事も出来んかったのが信じられんわ。」
「貸してください。」
シャツの袖をまくって手を差し出してくる三浦にニンジンを渡す。危なっかい手つきで、ゆっくり皮むきをする様子を見ていたら笑えてきた。
「子どもみたいやな。」
「誰にだって初めての瞬間はあるでしょ。」
「練習したんとちゃうんか。」
「しましたよ、…一回。」
「何やそれ、手切らんといてな。」
何のかんのと話しながら、鶏肉に味をつけ、サラダとスープの準備を進める。
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―楽しいな。
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「…トイレ行ってくるで、ちゃんと見とってな。」
三浦にそう言い残してトイレに入り、扉に背中を預けて上を向いた。落ちてきそうになっていた涙を、必死で堪える。
…どうしてこんなに好きになってしまったんやろ。望みなんか無いのに。
思い切り気持ちをぶちまけてしまいたい衝動を、必死で抑える。
せめて、今は楽しく過ごそう。変に思われないように。気持ちに、気づかれないように。
異動の事を話したら冷静になれなさそうで、今日話すのは諦めることにした。
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