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2章
グラスに入ったレモネード01
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♢ ♢ ♢
古めかしい木製の趣のある扉を開ければつけられた鈴が、“からんからん”と音を立てる。
扉を開くと、アンティーク調の家具が置かれ、趣のあるシャンデリアが店内をほんのり明るく照らしていた。室内に香るのは、コーヒーのいい香り。
そして、銀髪をオールバックにまとめ、黒いエプロン姿に、眼鏡をかけた50代ほどの男性が「いらっしゃいませ」と低めの声で迎え入れてくれる。
「バンボラさん、久しぶりです」
「お久しぶりですね、お嬢さん」
あの日と同じように穏やかにバンボラさんは微笑んだ。
「“ハル”も連れてきました」
後ろに引き連れてきたハルのために、さっと脇に避けて紹介すれば「ハル……素敵な名前をつけてもらいましたね」とハルを見つめた。
ハルはというと、それに「うん!」と嬉しそうに答えた。なぜだろう。まるで主人を自慢する犬のようだ。しっぽがゆらゆらと揺れている気がする。
「ここで立ち話もなんです、中におかけください」
バンボラさんは、手のひらを上に向け、奥のテーブルを指し示した。
♢ ♢ ♢
先日私が座った席に通され、同じ椅子に腰かける。周りには、黄色いゼラニウムの花。甘い香りが立ち込める。前回と違う点はというとその対面にハルが腰かけた点だ。目が合うと柔らかく微笑み返してきた。趣のある純喫茶の店内に、微笑みながら腰かけるハル。その姿はまるで1枚の絵のようだ。
そこに“からん”と氷が入ったグラスが私の前に1つ置かれた。店内に流れる洋楽がレトロな雰囲気を醸し出していた。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
そういってバンボラさんは目を細める。
「ハルとの同居生活はどうですか?」
「マスターはね、俺が作った料理を本当に美味しそうに食べるんだ!」
バンボラさんの質問に答えたのはハルだ。ハルの言葉に、思わずかぁと顔が熱くなる。
「へぇ、そうなんですか?」
「美味しそうに食べるマスターを見るのが、俺は楽しみなんだ。だからね、マスターと同居できて俺は幸せだよ」
「ちょっと、ハル!」
「だって、本当だもん!」
そんな私とハルとのやりとりに、バンボラさんは「それは何よりです」と笑った。熱くなった頬をどうにか覚ましていると、バンボラさんは微笑んで私を見た。
「やはり私の見込んだ通りですね。あなたなら、ハルを大切にしてくれると思っていました」
「そんな――……。私こそ、ハルにはいつもよくしてもらってて……」
「例えば?」
バンボラさんは興味深そうに聞いてきた。
「さっきもハルが言っていましたが、毎食料理を作ってくれるんです。料理はおいしいし、毎朝おいしいコーヒーを入れてくれます。バンボラさん仕込みなんですよね?」
「えぇ、そうですよ。ちゃんと作れているんですね」
「はい。お恥ずかしい話ですが、前までは、レトルトかカップラーメンが主食だったので、ハルが来てくれてからは毎食違ったご飯が出てきて、毎回楽しみなんです」
「へぇ」
「それに、家事とかも私がするよっていうのに、自分がするから休んでいいって。買い物に行ったときとかもいつも荷物を持ってくれるんです。」
「そうですか」
「今日だって、うたた寝していた私にカーディガンをかけてくれました。ハルは優しくて、本当に私には――……」
“もったいないくらいで”そう言いかけて私は止まる。なぜなら、対面に座っているハルが深く深く俯いているからだ。何かハルの気が障ることを言ってしまったのかと心配で顔を覗き込もうとすると
「ちょっと、マスター、駄目だよ。今は見ちゃ」
片手で自分の顔を覆い、もう片方の手を私の顔の前でひらひらと手を振る。
「何で?」
「何でも!」
あまつさえ何でもないからというふうにそっぽを向いてしまった。どうしたものだろうかと思っていると、どこかおかしそうにバンボラさんはいう。
「ハルは照れてるんですよ」
「え?」
「バンボラ、言わないでよ!!」
「ふふふ……」
「本当だ、ハル、顔が赤い……」
「マスター、見ちゃ駄目だって!!」
バンボラさんの言葉に、思わずというように顔をあげてハルはこちらを見た。そして、しまったという表情を浮かべた。見れば普段は透き通るように白い肌が、ほんのりと赤い。
「同居ドールの存在意義は主人に安らぎを与えることです。ですから、主人から褒められるとすごく嬉しいんですよ」
「そうなんですね」
そうなんだろうかとハルを見れば、そっぽを向いて頑なに私を見ようとしない。
普段私をストレートに褒めてくるのに、こういうのには弱いのか。
「じゃあ、今度からたくさん褒めるね」
そういって、じぃと見れば
「マスター、意地悪だ」
ハルは口をわずかに尖らして不満げにいう。そして、「まぁ、褒められるのは嬉しいけどさ」と小さく付け加える。
「ハルがこんなにも恥ずかしがるのが珍しくて」
いつもはハルの言葉に振り回されているのだ。たまにはこんな日もあっていいだろう。そんなことを思っていると
「あなたとハルの関係は、良好みたいですね」
私とハルのやりとりを見てかバンボラさんは私とハルを交互に見て
「それは、もう良好すぎるくらい」
そう付け加えた。
私たちを見るバンボラさんの眼鏡の奥が一瞬悲しげ見えたのは気のせいだろうか。
古めかしい木製の趣のある扉を開ければつけられた鈴が、“からんからん”と音を立てる。
扉を開くと、アンティーク調の家具が置かれ、趣のあるシャンデリアが店内をほんのり明るく照らしていた。室内に香るのは、コーヒーのいい香り。
そして、銀髪をオールバックにまとめ、黒いエプロン姿に、眼鏡をかけた50代ほどの男性が「いらっしゃいませ」と低めの声で迎え入れてくれる。
「バンボラさん、久しぶりです」
「お久しぶりですね、お嬢さん」
あの日と同じように穏やかにバンボラさんは微笑んだ。
「“ハル”も連れてきました」
後ろに引き連れてきたハルのために、さっと脇に避けて紹介すれば「ハル……素敵な名前をつけてもらいましたね」とハルを見つめた。
ハルはというと、それに「うん!」と嬉しそうに答えた。なぜだろう。まるで主人を自慢する犬のようだ。しっぽがゆらゆらと揺れている気がする。
「ここで立ち話もなんです、中におかけください」
バンボラさんは、手のひらを上に向け、奥のテーブルを指し示した。
♢ ♢ ♢
先日私が座った席に通され、同じ椅子に腰かける。周りには、黄色いゼラニウムの花。甘い香りが立ち込める。前回と違う点はというとその対面にハルが腰かけた点だ。目が合うと柔らかく微笑み返してきた。趣のある純喫茶の店内に、微笑みながら腰かけるハル。その姿はまるで1枚の絵のようだ。
そこに“からん”と氷が入ったグラスが私の前に1つ置かれた。店内に流れる洋楽がレトロな雰囲気を醸し出していた。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
そういってバンボラさんは目を細める。
「ハルとの同居生活はどうですか?」
「マスターはね、俺が作った料理を本当に美味しそうに食べるんだ!」
バンボラさんの質問に答えたのはハルだ。ハルの言葉に、思わずかぁと顔が熱くなる。
「へぇ、そうなんですか?」
「美味しそうに食べるマスターを見るのが、俺は楽しみなんだ。だからね、マスターと同居できて俺は幸せだよ」
「ちょっと、ハル!」
「だって、本当だもん!」
そんな私とハルとのやりとりに、バンボラさんは「それは何よりです」と笑った。熱くなった頬をどうにか覚ましていると、バンボラさんは微笑んで私を見た。
「やはり私の見込んだ通りですね。あなたなら、ハルを大切にしてくれると思っていました」
「そんな――……。私こそ、ハルにはいつもよくしてもらってて……」
「例えば?」
バンボラさんは興味深そうに聞いてきた。
「さっきもハルが言っていましたが、毎食料理を作ってくれるんです。料理はおいしいし、毎朝おいしいコーヒーを入れてくれます。バンボラさん仕込みなんですよね?」
「えぇ、そうですよ。ちゃんと作れているんですね」
「はい。お恥ずかしい話ですが、前までは、レトルトかカップラーメンが主食だったので、ハルが来てくれてからは毎食違ったご飯が出てきて、毎回楽しみなんです」
「へぇ」
「それに、家事とかも私がするよっていうのに、自分がするから休んでいいって。買い物に行ったときとかもいつも荷物を持ってくれるんです。」
「そうですか」
「今日だって、うたた寝していた私にカーディガンをかけてくれました。ハルは優しくて、本当に私には――……」
“もったいないくらいで”そう言いかけて私は止まる。なぜなら、対面に座っているハルが深く深く俯いているからだ。何かハルの気が障ることを言ってしまったのかと心配で顔を覗き込もうとすると
「ちょっと、マスター、駄目だよ。今は見ちゃ」
片手で自分の顔を覆い、もう片方の手を私の顔の前でひらひらと手を振る。
「何で?」
「何でも!」
あまつさえ何でもないからというふうにそっぽを向いてしまった。どうしたものだろうかと思っていると、どこかおかしそうにバンボラさんはいう。
「ハルは照れてるんですよ」
「え?」
「バンボラ、言わないでよ!!」
「ふふふ……」
「本当だ、ハル、顔が赤い……」
「マスター、見ちゃ駄目だって!!」
バンボラさんの言葉に、思わずというように顔をあげてハルはこちらを見た。そして、しまったという表情を浮かべた。見れば普段は透き通るように白い肌が、ほんのりと赤い。
「同居ドールの存在意義は主人に安らぎを与えることです。ですから、主人から褒められるとすごく嬉しいんですよ」
「そうなんですね」
そうなんだろうかとハルを見れば、そっぽを向いて頑なに私を見ようとしない。
普段私をストレートに褒めてくるのに、こういうのには弱いのか。
「じゃあ、今度からたくさん褒めるね」
そういって、じぃと見れば
「マスター、意地悪だ」
ハルは口をわずかに尖らして不満げにいう。そして、「まぁ、褒められるのは嬉しいけどさ」と小さく付け加える。
「ハルがこんなにも恥ずかしがるのが珍しくて」
いつもはハルの言葉に振り回されているのだ。たまにはこんな日もあっていいだろう。そんなことを思っていると
「あなたとハルの関係は、良好みたいですね」
私とハルのやりとりを見てかバンボラさんは私とハルを交互に見て
「それは、もう良好すぎるくらい」
そう付け加えた。
私たちを見るバンボラさんの眼鏡の奥が一瞬悲しげ見えたのは気のせいだろうか。
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