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それは太陽のような笑顔でした

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♢ ♢ ♢





「はははは」

 爽やかに笑う赤髪少年。木の幹の上、そよ風に吹かれる彼の髪は太陽の光に当たり輝いて見える。一見して爽やかな青春映画のワンシーンと言ってもおかしくはないだろう。まぁ、幹を見つめたままではあるが。

 いやいや、ちょっと待って。笑いごとじゃないでしょ。あまりの自然さに違和感を感じなくなりそうだが、笑っている場合ではないでしょ。

 だって

「高いところが苦手って、どうやってそこから降りるのよ!」

彼は高いところが苦手なのだという。けれども、彼がいるのは地上から4mほどはあろう木の幹の上。

「そうなんだよ。そこが一番の困りどころなんだよ」

 そういうもののさして困ったふうには見えない彼に『でしょうね!!』心の中で盛大に突っ込むと

「けど、高いところは風が気持ちいことを発見したよ」

今度は感心したような表情を浮かべている。おまけにその横顔はどこか楽しげである。

「下を見なければ、さほどの恐怖心は襲ってこない。これも新しい発見だな」

(いやいや、冷静に分析している場合か!?)

 なぜだろう。この人の話を聞いているとさほど緊張感がないっていうか。どこかのんびり構えているっていうか。

「って言っている場合!?どうにかしないと貴方ずっとそのままよ!」

 頭上にいる“彼”の耳に届くように私は大声を出す。

「それは困る。何かいい打開策は思い浮かばない?」

 そして、彼は助けを求めるように私を見る。打開策って言われても、と思いながら考えを巡らせる。

「あとどれくらいそのままの状態でいることがでますの?」

 幹の上でバランスを保ったままでいるのもきついに違いない。どこかで梯子やロープを借りてくる時間があるならば、その方が早いし、確実だと思うのだが。魔法が使えれば助け出すことができるかもしれないが、魔力のない私にできるのはこれくらいだ。

「んー、どれくらいだろう?実はさっきから足が少し疲れてきて……って、わぁ!!」

 彼がそう言いかけた瞬間、少し強めの風が吹いて彼の乗っている木を大きくしならせた。彼は足元をふらつかせて、思わず目を見張ればどうにか体制を整えなおした。肝が冷えた。

「ちょっと、大丈夫!?」
「うん、何とか」

 どうにかバランスを立て直したが、危険な状況には変わりない。やはり、ダッシュで丈夫なロープか何かを借りてきた方が賢明だろう。そう思って『そこの国立図書館でロープか何かを借りてくるわ!』そう言いかけた瞬間

「そうか……」

彼は何か閃いたのか彼はそう呟いた。

「どうしましたの?」

 私がそう問えばとても重大なことだと言わんばかりに真剣な表情を浮かべて一言。

「家に戻ったら、この高跳びシューズに無事に着地できる機能をつけよう!!」

いやいや。だから、“今”その家に戻るために無事に着地できる方法を考えているんでしょう。っていうか、高いところ苦手なのにまだやるつもりか……。

そう突っ込みたいのをぐっと我慢する。

「あとはこんな幹とかに登ったときにバランスを崩さないように改良を加えて……」

 しかも、こんなことまで言っている。

 わかった。この子、少し人とずれているっていうか、天然っていうか、控えめに言ってただの発明バカ。

「ん?どうした?」
「別に何でもありませんわ」

 つい呆れ顔になってしまいそうになったが、一つ首を振った。

 このままでは状況は改善しない。とりあえず“彼”に自分のできることを提案してみる。

「そんなことよりも、私ロープをもらってこようと思いますの!」

 4mほどある木だ。ロープなら“彼”の方に投げて幹に括り付けて降りられる。下が怖いのは我慢してもらうしかないけれど。

「いいのか!?」

ぱぁと笑顔になる彼。

「ですから、もう少しそのままで我慢していてくださいな」

 私がそういうと“彼”は『あぁ!ありがとう!』と力強く頷いた。私がロープを急いで持ってくれば万事解決だ。そう意気込んで“彼”に背を向けた時だった。

 幹がバキバキと嫌な音を立てた。

「危ない!!」

 私が振り向いて叫んだ時には、すでに遅くバランスを崩した“彼”が宙に投げ出されているところだった。私は思わず叫び両目を両手で覆った。私の耳に聞こえたのは何かが落ちた鈍い音。


♢ ♢ ♢




「ん?あれ?」

 鈍い音の後に聞こえてきたのは、さきほどの“彼”の声。どこか意外そうなその声は、地面に激突したにしては、はっきりとしている。あの高さから落ちて怪我がないなんてことありえるのだろうか。恐る恐る目を開けば

「……どういうこと?」

 赤髪の少年。不思議そうに自らの体を改めている。見れば大きな傷はなく、彼の近くには太い幹が転がっていた。“彼”がいた木を見ていると丁度“彼”がいたあたりの幹が折れている。あの場所からやはり落ちたのだ。4mの高さから落ちて無事で済むなんてことはあるのだろうか。

「大丈夫?けがはない?」
「それが不思議なんだけど、地面に叩きつけられるって思った瞬間、ふわっと体が浮いたかと思ったら、足が地面についていて。何だったんだろうか、この浮遊感は……」

 近くに歩み寄り彼の体を改めて見ても傷一つ見つからない。“彼”本人もどういうことだかわからないのか、首を傾げている。どういうことだ?

 そんなことを考えていると

「まったく……」

背後から聞こえてきたのは、私のよく知っている声。けれども、その声はどこか呆れているようだ。

 振り返ればそこにいたのは、10mほど先に黒い艶のある髪と透き通るルビーの瞳。片手で器用にコップを二つ抱えている。

「ルーク!!」

どこか呆れた表情を浮かべているルークだ。

「もしかして、ルークが助けてくれたの!?」

 私がそう尋ねると

「うん」

とルークは大きく頷いて

「僕がこの大通りに戻った瞬間、アリアが切羽詰まったような声で『危ない』って叫んでて、視線の先を見たら“彼”が空中に投げ出されていたから、落下する前に風の魔法で直撃しないように風の膜を張ったんだ。間に合ってよかったよ」

丁寧に説明してくれた。赤髪の“彼”が感じた謎の浮遊感っていうのはルークがかけた魔法のことだったのか。

 何のこともないように説明してくれたけど、咄嗟の判断とか精密さとか色々複雑な魔法だったんじゃない?

 ルークのポテンシャル高すぎると改めて思っていると、ふっと笑みを浮かべてルークは言った。そして、こちらへゆっくりと近づいてくる。

「アリアは目を放すといつの間にか大変なことに巻き込まれるね」
「それに関しては否定できないのが悲しいわね」

 私は首を竦めるしかない。事実だ。心配かけて申し訳ない思いを抱いているとルークはいつの間にか目の前に立っていて、『でも……』と続けた。

「アリアが大変なことに巻き込まれても……」

 そういって目を細めたルークから目が離せなかった。ルビーの瞳が優し気に揺れている。

「僕が守るから大丈夫だよ」

 ルークは私から視線を外すことなく優しい表情を浮かべていて、視線を外すタイミングを失い固唾を飲んでいると

「あの……」

と唐突に話しかけられた。だから

「え!?わっ!な、何でしょう!?」

私は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

「俺がいるの忘れてないかな?」

声をした方をみると件の赤髪少年がぽりぽりと右手の人差し指で頬をかきながら、困ったような表情を浮かべて私たちを見ていた。改めて近くで見ているとルークとはまた違った美少年だ。

 赤い髪は太陽に照らされて透き通っていて、おまけに黒色の目は澄んでいて、いかにも爽やかそうなイメージ。ルークを小悪魔系男子だと表すのならば、彼は太陽系男子と形容すべきか。

「そんなに見られると、さすがに照れるんだけど……」
「わわっ!!ごめんなさい!!」

 どうやらまじまじと見てしまっていたようである。どこか照れたように右手で頭をかく“彼”。考え事をしたりするとついやってしまう。いかんいかんと心の中で反省していると

「……――アリア、ずいぶんと親しげだけど、この人は?」

 ルークがずいっと割って入ってきた。そして、私の肩に手を置き私をわずかに自分の方へ引き寄せる。何故だかその声は不機嫌そう。なぜだ?そんなことを思いながら

「あぁ、この人は……」

と言いかけて私は“彼”を見て止まる。あれ?名前聞いてないわ。色々ありすぎて、名前を聞くタイミングを失っていたわ。

思っていることが顔に出ていたのだろう。

「あぁ、そういえば、名前言っていなかったね」

そういって彼は私とルークに向き直って自らの名を名乗った。

「俺の名前は、ミヤ・クラーク」
「……ミヤ……クラーク?」

彼の名を聞いて私は小さく彼の名を復唱し彼を見る。

 艶やかな赤髪に、大きな二重瞼の黒い瞳。それに、ミヤ・クラーク?

 ちょっと待って。私はその名前をどこかで聞いたことがある。頭のどこかでアラームが鳴り響き、私は動きを止めた。

「あれ?聞こえなかったか?」

 私が聞こえなかったと思ったのだろう。彼は今一度自らの名前を口にした。

「俺の名前はミヤ・クラーク。この国一の発明家を目指している」

 にこりと笑う人懐っこい笑みを見て“彼”が誰なのか思い出した。

「君の名前は?」

 柔らかそうな赤髪がそよ風でゆらゆらと揺れている。

「アリア……アリア・マーベル……よ」

 太陽のように澄み切った満面の笑みを浮かべる彼に私は自らの名を口にする。道理で見たことがあるはずだ。

 “彼”は、『ミヤ・クラーク』。
 『Magic Engage』において、アリア・マーベルを退学へ導く『破滅の使者その3』なのだから。
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