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2章 白魔導士の婚約者になりまして
07
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♢ ♢ ♢
――「エトワール・アンブリッジ」。どこかで聞いた名前だと思った。
(そうだ、この国の宰相の名前だ)
少し記憶を遡って思い出した。昼間聞いたライトと自分の娘を婚約させようとしていた宰相の名ではないか。この国随一の美しさの娘を持つ。
「ハワード殿の婚約者は貴殿かと聞いている」
「……はい」
威圧するように言う彼の言葉に私は震える手を包むように握りしめた。
(あぁ、この人はあのクソ上司じゃない。声が似ているだけ……)
頭ではわかっているはずなのに長年にわたり私を恐怖で縛ってきた声色に私は喉に声が張りついて上手く言葉が出てこない。我ながら情けない声がでる。
「貴殿、名を何というのか?」
「……イチカです」
心がざわつく。嫌な音を立てはじめ、上手く呼吸ができない。
(この人、きっとライトが自分の娘と婚約をしなかったから、ここに来たんだわ)
彼の目的がわかったところでどうすることもできずに私はただ彼を見つめるしかない。対して彼は私を下から上へ品定めするように見やって、彼はその口を開いた。
「ハワード殿が選んだにしては何とも凡庸な娘よ」
「……――っ!!」
嘲笑するように言われた言葉は昔の苦い記憶を呼び起こすには十分だ。嫌な汗が額を伝う。
♢ ♢ ♢
「ありきたりでどこにでもいるような娘ではないか。何故ハワード殿はお前のような娘を選んだのだろうな?お前のような小娘はごまんといるではないか」
【野々原君、君のような平凡で役に立たない人間はこの会社には必要ない。俺という上司が庇ってやっているから君はこの会社にいられるんだ。君のような無能な女を雇ってくれるこの会社と部下として置いてやっている俺に感謝するんだな】
(嘘……。一度も庇ってくれたことはないのに。それどころか、何度も自分のミスを私に押し付けたではないか)
♢ ♢ ♢
「若くもなければ見た目も突出したものがない。我が娘の方がよほど才能に溢れ、若く美しいではないか」
【辛気臭いんだよな、野々原君は。毎日そんな顔を会社に晒して恥ずかしくないのか?】
(毎日罵倒され笑顔なんて浮かべられるわけがない)
♢ ♢ ♢
「お前のどこがハワード殿を引きつけたというのか?若くもなければ美しくもない。一体、何故……?ハワード殿が選んだと聞いていたが、お前のような娘を選ぶなどどんな気まぐれか……?」
【野々原君みたいな冴えない女は一生独身だろう?せいぜい、この会社に尽くすことだな――はははは】
(心も体も擦り減らしながら働いた会社に?――誰も救ってはくれなかったではないか)
♢ ♢ ♢
「――……っ……!!」
(嫌なことを思い出した)
動悸が激しくなって嫌な汗が額ではなく全身に広がる。私を嘲笑う声が耳から離れない。毎日罵詈雑言を浴びせられていた頃が脳裏を過る。
(もう、仕事は辞めた……。それにここは私がいた世界ではない。目の前にいるのも違うのに……)
「いくらで手を引く?」
「え――……?」
脈絡なく言われ、藪から棒に何を言っているのかと思った。
「ハワード殿との婚約だ。いくらでもお金は積んでやる。」
「お金って――……」
「婿が欲しいのならワシが便宜を図ってやろう」
「…………」
「悪い話じゃない、今からハワード殿と婚約を破棄しろ」
脅されるように語尾を強めて言われた言葉は、有無を言わせず命令されていたあの頃の記憶と重なって見えて、眩暈を覚える。
(……誰か、助けて)
私を救い出してくれる人など、守ってくれる人などいるはずもないのに。それはずっと経験していたことではないか。
「お前はワシの言葉に頷けばいいんだ」
【キミは俺の言葉に従っていればいいんだ】
頭の中であの頃かけ続けられた言葉が呪いのようにリフレインする。
もう聞いてはおれず俯いたその刹那
――ジャリッ
と宰相が立っているさらに奥で、砂が擦れる音がした。
――「エトワール・アンブリッジ」。どこかで聞いた名前だと思った。
(そうだ、この国の宰相の名前だ)
少し記憶を遡って思い出した。昼間聞いたライトと自分の娘を婚約させようとしていた宰相の名ではないか。この国随一の美しさの娘を持つ。
「ハワード殿の婚約者は貴殿かと聞いている」
「……はい」
威圧するように言う彼の言葉に私は震える手を包むように握りしめた。
(あぁ、この人はあのクソ上司じゃない。声が似ているだけ……)
頭ではわかっているはずなのに長年にわたり私を恐怖で縛ってきた声色に私は喉に声が張りついて上手く言葉が出てこない。我ながら情けない声がでる。
「貴殿、名を何というのか?」
「……イチカです」
心がざわつく。嫌な音を立てはじめ、上手く呼吸ができない。
(この人、きっとライトが自分の娘と婚約をしなかったから、ここに来たんだわ)
彼の目的がわかったところでどうすることもできずに私はただ彼を見つめるしかない。対して彼は私を下から上へ品定めするように見やって、彼はその口を開いた。
「ハワード殿が選んだにしては何とも凡庸な娘よ」
「……――っ!!」
嘲笑するように言われた言葉は昔の苦い記憶を呼び起こすには十分だ。嫌な汗が額を伝う。
♢ ♢ ♢
「ありきたりでどこにでもいるような娘ではないか。何故ハワード殿はお前のような娘を選んだのだろうな?お前のような小娘はごまんといるではないか」
【野々原君、君のような平凡で役に立たない人間はこの会社には必要ない。俺という上司が庇ってやっているから君はこの会社にいられるんだ。君のような無能な女を雇ってくれるこの会社と部下として置いてやっている俺に感謝するんだな】
(嘘……。一度も庇ってくれたことはないのに。それどころか、何度も自分のミスを私に押し付けたではないか)
♢ ♢ ♢
「若くもなければ見た目も突出したものがない。我が娘の方がよほど才能に溢れ、若く美しいではないか」
【辛気臭いんだよな、野々原君は。毎日そんな顔を会社に晒して恥ずかしくないのか?】
(毎日罵倒され笑顔なんて浮かべられるわけがない)
♢ ♢ ♢
「お前のどこがハワード殿を引きつけたというのか?若くもなければ美しくもない。一体、何故……?ハワード殿が選んだと聞いていたが、お前のような娘を選ぶなどどんな気まぐれか……?」
【野々原君みたいな冴えない女は一生独身だろう?せいぜい、この会社に尽くすことだな――はははは】
(心も体も擦り減らしながら働いた会社に?――誰も救ってはくれなかったではないか)
♢ ♢ ♢
「――……っ……!!」
(嫌なことを思い出した)
動悸が激しくなって嫌な汗が額ではなく全身に広がる。私を嘲笑う声が耳から離れない。毎日罵詈雑言を浴びせられていた頃が脳裏を過る。
(もう、仕事は辞めた……。それにここは私がいた世界ではない。目の前にいるのも違うのに……)
「いくらで手を引く?」
「え――……?」
脈絡なく言われ、藪から棒に何を言っているのかと思った。
「ハワード殿との婚約だ。いくらでもお金は積んでやる。」
「お金って――……」
「婿が欲しいのならワシが便宜を図ってやろう」
「…………」
「悪い話じゃない、今からハワード殿と婚約を破棄しろ」
脅されるように語尾を強めて言われた言葉は、有無を言わせず命令されていたあの頃の記憶と重なって見えて、眩暈を覚える。
(……誰か、助けて)
私を救い出してくれる人など、守ってくれる人などいるはずもないのに。それはずっと経験していたことではないか。
「お前はワシの言葉に頷けばいいんだ」
【キミは俺の言葉に従っていればいいんだ】
頭の中であの頃かけ続けられた言葉が呪いのようにリフレインする。
もう聞いてはおれず俯いたその刹那
――ジャリッ
と宰相が立っているさらに奥で、砂が擦れる音がした。
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