上 下
46 / 57
3章

羽休め

しおりを挟む
1547年(天文16年)1月中旬 那古野城 奥の間への廊下 服部半蔵保長

 評定を終え宴会の支度をしている間、若は儂と正種を連れ奥の間へと足を運んだ。
 
 今回の評定にて、儂と正種は正式に若の護衛として任を任される運びとなった。
 久秀殿らには、中務殿(平手爺)に付き内向きの仕事について学ぶようにとの下知が下った。
 若曰く“戦の少ない今の時期にしっかりと学んでおけ”とのことだ。
 彼らは将来若が領土を広げれば、城を任されるようになる。
 そのための準備をしておくようにとの考えであろう。

 久秀殿らも、初めは護衛を外されたことに不満を抱いていた様であったが、若の考えを知り、素直に頭を下げていた。
 しかしその話をする際、若が我らに対して申し訳なさそうな顔をしていたのが少し気になる。
 おそらく若は、我らに対して将来武士の様に城持ちにしてやれぬことに罪悪感の様な物を抱いておるのだろう。
 
 我らは今、若に召し抱えてられ重用して頂いている。
 しかし、我らは武士ではなく、忍なのだ。
 主に仕え、主の目耳となり、時には主の盾ともなる。
 それが我らの生き方であり、誉れでもある。
 そんな我らが城持ちなど本末転倒の事であるのだから、若は何も気にする必要など無いと言うのに……
 
 目の前を歩く優しすぎる主に声を掛ける。

「若。恐れながら申し上げまする」

 儂の声に、怪訝な顔をして振り返る若。

「なんだ?」

「若は先ほど、某たちと久秀殿らを同列に扱えぬことに、何かしこりの様な物を感じられていたのではありませぬか?」

「……」

 儂の言葉に黙ったまま答えぬ若。
 やはり図星であったのだろう。

「恐れながら、その気遣いは全くの無用にございまする」

「……なに?」

 若が眉間に皺をよせ答えた。

「こうして常に若のお傍に控えさせていただく程、若から信頼して頂いている。その事実が、我らにとってどれほど誉れであるか。そうであろう、正種」

 儂の問いかけに、深く頷く正種。

「我らは城などいりませぬ。そんな物よりも、若からの篤い信頼の方が余程価値がありまする。こうして正式にお傍に控えさせていただけたこと、心より感謝を申し上げまする」

 片膝を付き、頭を垂れる。
 隣で正種が儂に倣っておるのがわかった。
 そんな儂らを見て、若が深くため息をつきながら口を開く。

「……わかった。半蔵よ、気を遣わせてしまったようじゃの。顔を上げよ」

 若の声に顔を上げると、若が少し困ったような、それでいて嬉しそうな顔をしながら頬を掻いていた。
 そして呼吸を整え、真剣な顔つきで我らに向かって言葉を下さる。

「お主たちに気持ちは理解した。儂はお主たちを信頼しておるし、それはこれからも変わらぬ。儂の傍に仕え、儂を支え、そして儂を守ってくれ。儂のこの命、お主たちに預けるぞ」

「「はっ」」

 若の信頼が心地よく、胸が熱くなるのを感じる。
 隣の無表情な正種も、どこか高揚しているように思える。
 正種よ。儂らはようやく、仕えるべき主に巡り合えたようだな。



1547年(天文16年)1月中旬 那古野城 奥の間 織田三郎信長

 奥の部屋に着き、少し息を整える。
 先ほど半蔵から言われた言葉が、まだ頭の中に残ってリフレインしている。
 全く、不意打ちもいい所だ。
 普段適当そうな奴が真面目にいい事言うとギャップがやばいんだよな。
 図らずも、少し感動してしまったよ。

 俺がそうやって佇んでいると、襖の向こうから女たちの楽し気な声が聞こえてきた。
 俺は襖越しに声を掛ける。

「帰蝶、儂じゃ。入るぞ」

 襖をあけ中に入ると、綺麗な黒髪をした美人さんが俺を出迎えてくれた。

「三郎様。評定、お疲れ様でございました。いかがでしたか?」

「うむ。特に滞りなく終えたよ。帰蝶も変わりはないか?」

「はい。三郎様に作って頂いた玩具を使い、皆で遊んでおったところにございます」

 そう言ってニコニコと笑いながら、俺が作ったリバーシを指さす帰蝶。
 彼女とは昨年の同盟後、ひと月も経たぬうちに祝言を挙げることとなった。
 他勢力からの横やりを受ける前にと急いだ結果ではあるのだが、それにしても急ぎ過ぎだ。
 おかげでそれまでの間は準備にてんてこ舞いだったよ。

「そうか。どうだ、少しは上達したか?」

 俺は少しニヤつきながら、帰蝶に問う。
 すると帰蝶は口を尖らせながら俺に反論してくる。

「三郎様は意地が悪うございます。帰蝶はこのりばーしという遊戯を始めたばかりにございますよ。まだ三郎様のように上手くはうてませぬ」

 そう言って、ぷくっと頬を膨らます帰蝶。
 やばいね。帰蝶さんの破壊力が半端ないです。

「わかったからそう拗ねるな。まぁそなたの拗ねた顔も可愛らしくて、儂は好きだがな」

「……もう、三郎様はすぐそうやって帰蝶をからかいなさる」

 俺の言葉に文句を言いつつも顔を赤らめる帰蝶さん。
 ほんと帰蝶さん。誉め言葉に弱すぎて困ります。
 っと、そんな話をしに来たんじゃなかった。

「はは、すまぬすまぬ。……っとそうじゃ。この後新年の祝いを広間でやるのだが、帰蝶も顔を出すとよい。儂が作った新たな料理も出す予定だ。楽しみにしておるとよいぞ」

 俺の言葉に、帰蝶がぱあっと顔を明るくする。

「本当にございますか? 三朗様の考える料理は、どれも今まで口にしたことが無い物ばかり。今回もどのような物がいただけるのか、とても楽しみにございます」

 帰蝶さん、やはり好奇心旺盛な女性でして。放っておくと城を抜け出してお忍びで城下に行ったりするんです。
 もちろん忍の皆さんが陰から護衛はしてくれているんだけど、本人もその辺りを分かったうえでやっているのがまた何とも。
 だから彼女には定期的に新しい物を与えて、その好奇心を埋めてあげなくてはいけないのだ。

 彼女が城下に行くと、その美しさで目立っちゃって、全然忍べてないんだよ。
 俺が美濃の美姫と結婚したことは有名な話だから、正体もすでに知れ渡っているみたいだし。
 だから城下に行くのは、俺と一緒にデートする時だけと我慢してもらう代わりに、こうして新たな話題を提供しているのです。

「今回は、どんな野菜も旨く食せる極上の調味料を作ったのでな。きっと帰蝶も喜んでくれるであろう」

 俺の言葉に、帰蝶が顔をらんらんとさせる。
 周りの女中たちも、あとで御裾分けをもらえるのが分かっているのか、キャイキャイと騒ぎ出した。
 どんな野菜も旨くなる調味料。まぁマヨネーズなんですけどね。
 卵や御酢を使って、俺の≪浄化≫や≪回復≫を駆使した特別製だ。
 野菜も≪回復≫を掛けて新鮮にしているから、超うまいんです。
 やっぱスキルは最高だね。

 月末には親父と一緒に、昨年の後始末に清州城に出向かねばならない。
 それに英気を養うことも兼ね、今日は思いっきり楽しむとしようかな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽典尼子軍記

卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。 戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語

【完結】 元魔王な兄と勇者な妹 (多視点オムニバス短編)

津籠睦月
ファンタジー
<あらすじ> 世界を救った元勇者を父、元賢者を母として育った少年は、魔法のコントロールがド下手な「ちょっと残念な子」と見なされながらも、最愛の妹とともに平穏な日々を送っていた。 しかしある日、魔王の片腕を名乗るコウモリが現れ、真実を告げる。 勇者たちは魔王を倒してはおらず、禁断の魔法で赤ん坊に戻しただけなのだと。そして彼こそが、その魔王なのだと…。 <小説の仕様> ひとつのファンタジー世界を、1話ごとに、別々のキャラの視点で語る一人称オムニバスです(プロローグ(0.)のみ三人称)。 短編のため、大がかりな結末はありません。あるのは伏線回収のみ。 R15は、(直接表現や詳細な描写はありませんが)そういうシーンがあるため(←父母世代の話のみ)。 全体的に「ほのぼの(?)」ですが(ハードな展開はありません)、「誰の視点か」によりシリアス色が濃かったりコメディ色が濃かったり、雰囲気がだいぶ違います(父母世代は基本シリアス、子ども世代&猫はコメディ色強め)。 プロローグ含め全6話で完結です。 各話タイトルで誰の視点なのかを表しています。ラインナップは以下の通りです。 0.そして勇者は父になる(シリアス) 1.元魔王な兄(コメディ寄り) 2.元勇者な父(シリアス寄り) 3.元賢者な母(シリアス…?) 4.元魔王の片腕な飼い猫(コメディ寄り) 5.勇者な妹(兄への愛のみ)

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?

三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい!  ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。 イラスト/ノーコピーライトガール

処理中です...