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第8章「聖なる森」

第95話「疾風迅雷」

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 ひとりの守備隊員が叫んだ。

「あっ、こいつは放火犯人だぞ、似顔絵の男だ!」

 たちまち、十重二十重に囲まれる。守備隊員の銀色の鎧が陽にきらめいた。
 ……陽に、きらめいた? さっきまで黒い雲が流れていていたのに?

 クルティカは槍をかまえて天を仰いだ。
 真っ暗な雨雲がすさまじい速さで押し寄せている。太陽など、あるはずがない。

 では、鎧はなぜ光っているのだ??

 くん、と鼻先に何かが燃える臭いがした。
 するどい槍の穂先を守備隊員たちにあてながら、クルティカは不思議そうに言った。
 守備隊員たちも気づく。
 振り返った彼らは、目を丸くして叫んだ。


「火あぶり台が、燃えている!?」
「誰が火をつけたんだ!? 危ないぞ、あの薪には松脂がしみこませてあるんだ、一気に燃えるぞ!」
「見物人をどけろ! 爆発するかもしれん!」

 守備隊員たちが大あわてで広場の中央へ戻っていく。
 だがモネイ族の男たちは騒ぎに関係なく、大通りへ行こうとする。

 その鼻先へ、きらりと光る槍の穂先が突き付けられた。

「あいにくだな。あの火事騒ぎが何だろうと、お前らは行かせない」
 
 だが、モネイの男たちはすぐさま陣を組み、三方から同時に襲い掛かってきた。

「ちっ、速い攻撃だな!」

 クルティカが槍で一人目の男の短剣を跳ね上げると同時に、二人目が突っ込んできた。
 身体をひねって避ける。
 だが、同時に3人目が背後からやってくる……。

 そのとき、クルティカが叫んだ。

「後ろくらい、守ってくださいよ、バイ・ベア!」
「そんな3匹、自分で何とかしろ。へぼ騎士め」

 ざすっ! と2人目を切りおろし、クルティカは振り返った。

 背後には、3人目を袈裟固めにしつつ、モフモフの後肢で相手の剣を蹴り飛ばしている仔グマがいた。
 黒々とした目が、異様に光っている。
 
「ロウとリデルは行ったか?」
「はい」
「ほんじゃまあ、本腰入れて、こいつらを『さばく』とすっか」

 黒い仔グマが立ち上がった時、袈裟固めを決められていた男は身動きもしなかった。
 白目をむいている。
 邪悪な仔グマが、うけけけ、と笑った。


「シメて落として、右肩の関節をはずした。こいつはもう戦力に数えるな。いくぞ、へぼ騎士っ!」
「へぼじゃありませんっ! ってか、どこへ行くんです? ロウたちは大通りですが?」
「あー、俺の用事はソッチじゃねえ。ソッチにはニキがいる。無事に森までつけるだろ」

 クルティカは長身の男を思い浮かべる。
 穏やかな微笑を浮かべ、なぜかいつも星イバラの匂いをさせている美貌の男、ニキシカ。
 この邪悪な黒仔グマと同じくらいに腕が立つニキシカが港大通りで待っているなら、何の心配もない。

 クルティカは速度を上げて仔グマに追いついた。

「どこへ行くんです、バイ・ベア?」
「『城主館』だ」

 すさまじい速さで混乱する広場の真ん中を駆け抜けながら、仔グマは言った。
 あいまあいまに、人々の肩や頭を踏んでは跳び、信じられない速さで進んでいく。

「なぜ『城主館』へ行くんです?」
「考えろ。足りないヤツがいるだろうが」
「……シシドですね」
「そうだ」

 ぽんぽんぽんっと軽やかに群衆の右肩、左肩、頭の上をはねながらバイ・ベアは答えた。

「ヤバい匂いがする、いろんな意味でな。思っていたより、アホ男の到着が早そうだ」
「アホ男……」
「辺境伯だよ。連中、『モネイの道』を通ってきやがった。あの道なら、しろうとを連れていても、王都から6日くらいでここへ着く。
 こうなったら、もういつ到着してもおかしくねえんだよ」

 ひらっ、と黒いモフモフが空中に飛んだ。
 目の前には『城主館』の鉄門扉が迫っている。

「クルティカ、俺が門を開ける。最初の門衛は斃すな、まっとうな守備隊員だ。
 だが、二番目のやつはヤれ。モネイ族のはずだ」
「はいっ!」

 モフモフは、そのまま『城主館』の高い鉄門を跳び越えた。信じられない跳躍力だ。
 そして反対側につくと、カリカリカリと音を立てて鉄門を滑り落ちていく。
 ガゴン! という重い音がする。すぐに鉄門が開きはじめた。

 わずかな隙間に、クルティカが飛び込んでゆく。すぐ銀色の鎧をつけた守備隊員が駆け寄ってきた。
 剣を振りかぶっている。
 が、遅い。

 史上最年少で蒼天騎士になったクルティカから見たら、止まっているようなものだ。
 すばやく太刀をよけ、男の後ろに回ったかと思うと、とん、と手刀で男の首筋を打った。

 騎士の手刀は、時に平人の意識を奪うこともできる。守備隊の男は静かに崩れた。
 気を失っている。
 そこへバイ・ベアの声がした。

「クルティカ、くるぞっ!」
「はいっ!」

 振り返りざま、クルティカはきらめく槍をかまえた。男の耳を見る。
 金色の耳輪が光っていた。
 モネイ族だ。

 黒い仔グマが飛んでくる。モフモフの前肢がにぎっている短剣が目にもとまらぬ速さでモネイの男へ落ちていく。

「ころすな、クルティカ。後が面倒だ」 
「承知っ!」

 叫びながら、クルティカの槍が疾風迅雷のごとく走る。
 鉄門の前にいた男は左右からの攻撃を受け、ふたりが駆け抜けると同時に砂煙を上げて倒れていた。

 そしてふたりは、一気に『城主館』の奥へ突っ込んでゆく。
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