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第8章「聖なる森」
第90話「ふよんほよん💛 再び」
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『西の町城』の北側に広がる『聖なる森』は、人の入らない深い森だ。
いつの時代から禁忌の土地になったのか、町城の古い住人でも知らないという。
だが昼なお暗い森をみれば、危険の高さは容易にうかがえる。
ここは、人が立ち入ることを受け入れない場所なのだ。
いま、クルティカが苦しんでいるのも禁忌をおかしたせいかもしれない。
『聖なる森』に踏み入った理由が、背後から追ってくる町城の守備隊と、辺境の最強集団、モネイ族から逃れるための唯一の方法だったとしても、森の怒りを買ったと見える。
「……熱が……さがらんな……」
クルティカは、熱で潤んだ目で空を見上げた。今日もよく晴れている。
森に入ってもう4日目、初日にあやしい嵐にあって以来、クルティカの全身から熱が下がらないのだ。
メタゼの巨木にぐったりともたれる。寒気と熱気が、交互に襲い、クルティカの体力がなくなってゆく。
自分はこんなに弱かったのか、と絶望するほどに熱が下がらない。
さいわい水は近くに池があったし、この時期は果物や木の実がよく落ちている。それもなぜか、クルティカの手に届きやすい場所に落ちている。
池の清水を飲み、木の実を拾って食べて生きている。
一人きりのクルティカは目を閉じるたびに、弱気に襲われる。
「くそ……リデルとシシドを助けなきゃ……」
思うようにならない体への絶望感とともに、半ば、どうでもいいという気持ちもわいてくる。
「いいさ……どうせおれは『古龍の呪詛』で死ぬんだ。腕の黒化が進んで、死ぬんだ。シシドもリデルも、どうだっていい……」
何もかもが、白くかすんで見える。
そうだ。
どうだっていい。
なにもかもぜんぶ、投げ出してしまえばいい。
騎士の誇りと責務?
どうでもいい。おれはもう蒼天騎士じゃない。ただの、クルティカだ。
ただの18歳が、ただ死んでいくだけだ。
何も成し遂げず、
願った事は一つもかなわず、
たったひとつ、守り切ると誓った幼なじみは、クルティカを置いて行ってしまった。
もう。
どうでもいい。
すううっとクルティカの意識が遠のきはじめた。
瞼の裏で、蒼天が銀色のきらめきとなって薄くなってゆく。
ああ、死ぬんだ、とクルティカは思った。
死ぬんだ、おれは死ぬんだ。
……ロウ=レイを、守り切れずに、死ぬんだ……。
「ごめん……ロウ……必ず守るって、約束したのに……だがお前は、おれが必要じゃないんだ」
「そーいう事は、こっちに聞いてから決めてくれる!?」
声と共に、どすん! と何かが落ちてくる音がした。
空中から、何か重いものが地面へ落ちる音。
つづいて聞きなれた音がする。
革胴と腰に下げた剣がこすれる音、かすかな金属音、ぶつぶつ不平不満を言う女の声……。
……おんな?
クルティカが目を開くのと、耳元で刃の風音をとらえたのは同時だった。
瞬時に、体が反応する。
クルティカはメタゼの洞から跳ね起きた。
とっさに武器代わりにしている枝を手に取る。次の瞬間にはもう攻撃と防御の構えをとっていた。
「……なにものだっ!?」
「さすがね……この状況でも刃音をとらえて反応するのね。
しゃくにさわるけど、やっぱりあんたは蒼天騎士団、最強の騎士だわ」
「……ロウ=レイ!?」
「あたり。あたし以外に、ホツェル史上最年少で騎士になった男の耳元に刃を出せる騎士がいると思う?」
ロウは黄金づくりの太刀をクルティカに突きつけて、にやりとした。
「具合が悪いみたいね?」
「ちょっと、熱が……だがおまえ、どうやってここへ来た?」
ロウ=レイはちょっと困った顔をした。
「ティカ、熱があるところ悪いけど、しゃべれるわよね?」
「ああ」
「じゃあ、後を頼むわ。こういうとき、頼りになるのはあんただけよ」
「なに? まさか、敵に追われているのか!?」
「まあ、一種の難物では、ある」
ロウはすばやくクルティカの後ろに回った。
そっとささやく。
「おねがい。あたしはもう限界なの」
「限界? まさかお前まで、傷を負っているんじゃあ……!?」
「傷があるとしたら、たった今、わたくしの背から降りるときに無様に落ちたからでしょう」
「……大ガラス様!?」
クルティカは驚いて叫んだ。そこには、漆黒の貴婦人、蒼天騎士団の守護魔獣が艶やかな羽根をしまっているところだ。
「そうか……アデム団長のところへ行ったんですね……団長は?」
「騎士団長は無事です」
「そうですか、よかった……ん、なんです、大ガラス様?」
「支払いが足りん。何か言うことがあるだろう」
「……は?」
「ほめ言葉が、足りんのだ。ロウ=レイは語彙が少ない小娘でのう」
ロウはティカの背後でしれっと言った。
「1日ひと晩、ずっと褒め続けていればタネも尽きるってもんです」
「……は、はははは!」
クルティカは大声で笑い始めた。
この森に入ってから、たった一人になってから初めて、心の底から笑うことができた。
ロウが、そばにいるから。
クルティカの、運命の少女が、やっと戻ってきたからだ。
「ははは、ロウ、旅の途中ずっと褒め続けていたのか」
「だって、褒めないと大ガラス様が休むっていうんだもん……って、ちょっと、ティカ!?」
すうううと意識が遠のくのが分かる。
だが、もういい。
いいんだ。
ここにロウ=レイが戻ってきたのだから。
満足げに気をうしなう途中で、クルティカは気がついた。
このまま倒れれば、ロウの胸元に落ちる。
ぽよんぽよんの胸に顔をうずめるのは、久しぶりだ……。
ふよんほよん💛
『西の町城』の北側に広がる『聖なる森』は、人の入らない深い森だ。
いつの時代から禁忌の土地になったのか、町城の古い住人でも知らないという。
だが昼なお暗い森をみれば、危険の高さは容易にうかがえる。
ここは、人が立ち入ることを受け入れない場所なのだ。
いま、クルティカが苦しんでいるのも禁忌をおかしたせいかもしれない。
『聖なる森』に踏み入った理由が、背後から追ってくる町城の守備隊と、辺境の最強集団、モネイ族から逃れるための唯一の方法だったとしても、森の怒りを買ったと見える。
「……熱が……さがらんな……」
クルティカは、熱で潤んだ目で空を見上げた。今日もよく晴れている。
森に入ってもう4日目、初日にあやしい嵐にあって以来、クルティカの全身から熱が下がらないのだ。
メタゼの巨木にぐったりともたれる。寒気と熱気が、交互に襲い、クルティカの体力がなくなってゆく。
自分はこんなに弱かったのか、と絶望するほどに熱が下がらない。
さいわい水は近くに池があったし、この時期は果物や木の実がよく落ちている。それもなぜか、クルティカの手に届きやすい場所に落ちている。
池の清水を飲み、木の実を拾って食べて生きている。
一人きりのクルティカは目を閉じるたびに、弱気に襲われる。
「くそ……リデルとシシドを助けなきゃ……」
思うようにならない体への絶望感とともに、半ば、どうでもいいという気持ちもわいてくる。
「いいさ……どうせおれは『古龍の呪詛』で死ぬんだ。腕の黒化が進んで、死ぬんだ。シシドもリデルも、どうだっていい……」
何もかもが、白くかすんで見える。
そうだ。
どうだっていい。
なにもかもぜんぶ、投げ出してしまえばいい。
騎士の誇りと責務?
どうでもいい。おれはもう蒼天騎士じゃない。ただの、クルティカだ。
ただの18歳が、ただ死んでいくだけだ。
何も成し遂げず、
願った事は一つもかなわず、
たったひとつ、守り切ると誓った幼なじみは、クルティカを置いて行ってしまった。
もう。
どうでもいい。
すううっとクルティカの意識が遠のきはじめた。
瞼の裏で、蒼天が銀色のきらめきとなって薄くなってゆく。
ああ、死ぬんだ、とクルティカは思った。
死ぬんだ、おれは死ぬんだ。
……ロウ=レイを、守り切れずに、死ぬんだ……。
「ごめん……ロウ……必ず守るって、約束したのに……だがお前は、おれが必要じゃないんだ」
「そーいう事は、こっちに聞いてから決めてくれる!?」
声と共に、どすん! と何かが落ちてくる音がした。
空中から、何か重いものが地面へ落ちる音。
つづいて聞きなれた音がする。
革胴と腰に下げた剣がこすれる音、かすかな金属音、ぶつぶつ不平不満を言う女の声……。
……おんな?
クルティカが目を開くのと、耳元で刃の風音をとらえたのは同時だった。
瞬時に、体が反応する。
クルティカはメタゼの洞から跳ね起きた。
とっさに武器代わりにしている枝を手に取る。次の瞬間にはもう攻撃と防御の構えをとっていた。
「……なにものだっ!?」
「さすがね……この状況でも刃音をとらえて反応するのね。
しゃくにさわるけど、やっぱりあんたは蒼天騎士団、最強の騎士だわ」
「……ロウ=レイ!?」
「あたり。あたし以外に、ホツェル史上最年少で騎士になった男の耳元に刃を出せる騎士がいると思う?」
ロウは黄金づくりの太刀をクルティカに突きつけて、にやりとした。
「具合が悪いみたいね?」
「ちょっと、熱が……だがおまえ、どうやってここへ来た?」
ロウ=レイはちょっと困った顔をした。
「ティカ、熱があるところ悪いけど、しゃべれるわよね?」
「ああ」
「じゃあ、後を頼むわ。こういうとき、頼りになるのはあんただけよ」
「なに? まさか、敵に追われているのか!?」
「まあ、一種の難物では、ある」
ロウはすばやくクルティカの後ろに回った。
そっとささやく。
「おねがい。あたしはもう限界なの」
「限界? まさかお前まで、傷を負っているんじゃあ……!?」
「傷があるとしたら、たった今、わたくしの背から降りるときに無様に落ちたからでしょう」
「……大ガラス様!?」
クルティカは驚いて叫んだ。そこには、漆黒の貴婦人、蒼天騎士団の守護魔獣が艶やかな羽根をしまっているところだ。
「そうか……アデム団長のところへ行ったんですね……団長は?」
「騎士団長は無事です」
「そうですか、よかった……ん、なんです、大ガラス様?」
「支払いが足りん。何か言うことがあるだろう」
「……は?」
「ほめ言葉が、足りんのだ。ロウ=レイは語彙が少ない小娘でのう」
ロウはティカの背後でしれっと言った。
「1日ひと晩、ずっと褒め続けていればタネも尽きるってもんです」
「……は、はははは!」
クルティカは大声で笑い始めた。
この森に入ってから、たった一人になってから初めて、心の底から笑うことができた。
ロウが、そばにいるから。
クルティカの、運命の少女が、やっと戻ってきたからだ。
「ははは、ロウ、旅の途中ずっと褒め続けていたのか」
「だって、褒めないと大ガラス様が休むっていうんだもん……って、ちょっと、ティカ!?」
すうううと意識が遠のくのが分かる。
だが、もういい。
いいんだ。
ここにロウ=レイが戻ってきたのだから。
満足げに気をうしなう途中で、クルティカは気がついた。
このまま倒れれば、ロウの胸元に落ちる。
ぽよんぽよんの胸に顔をうずめるのは、久しぶりだ……。
ふよんほよん💛
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