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第4章「『二頭のクマ亭~ クマとシカ!?』」
第52話「『護り手』覚醒」
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(UnsplashのMarek Piwnickiが撮影)
クルティカは焦げた右腕をかばいつつ、ニキシカの後を追った。
まず、ロウを助けねばならない。
……って、おれ、近ごろ何度も、そう言っていないか?
いや、ロウと知り合った10歳の時から、ずっとそう言っている気がする。
ロウを助けなきゃ、って。
なのにロウ=レイ本人は助けを求める気がないんだ。
「……割に合わないんだな……」
クルティカのつぶやきに、ニキシカはくるりと後ろを向いた。
「割に合わない。そういいたいのは私ですよ。
あのバカマスターのせいで、どれほど苦労している事か。
いっそ初めのときに突き殺しておけばよかったです」
「つ……突き殺す?」
天すら恥じらうほどの美貌をゆがませたニキシカは、苦々しげに言った。
「まあ、それも運命というものでしょう……クルティカ、左側を頼みます」
「は? え? は……」
するっと酒場に入ったニキシカは、一瞬で状況を見て取ったらしい。
男どもの波状攻撃をレイピア一本でしのいでいるロウ=レイに向かって、すずやかに叫んだ。
「ロウ=レイ! 今夜のまかない料理は、あなたの好きな焼きキノコにしましょう!」
すばっ!! と手にした野菜かごからキノコを取り出して、投げつけた。
クルティカが目を見張る。
はやい。たかがキノコがすさまじいスピードで駆け抜け、黒衣の男をひとり、あっさりと斃した。
男たちが一斉に振り返る。
しかし訓練が行き届いている証拠に、男たちの陣形に乱れはない。
ひとりの抜けた穴は瞬時に他の人間で埋められた。
「そうとう修練されていますね」
「ニキシカさん、こいつら『影喰い』です」
ほお、という声がニキシカから漏れた。
「『影喰い』……あの薄汚い暗殺集団ですか。闇にまぎれる死肉あさりかと思っていたら、昼間も出てくるんですね。恥を知れ、アホども。
クルティカ、武器がないでしょう。これを貸します」
ぽい、と細長い野菜が放り投げられた。
硬く長い木の枝みたいな野菜だ。
「こいつは下茹でをしてアクを抜いて、甘めに炊くとうまいのです」
「はあ、折れたら困りますか、ニキシカさん?」
しぱぱぱっ! と途切れなくキノコやほかの野菜をぶん投げながらニキシカは凶悪な声で言った。
「そいつは折れると食感が悪くなります。つまり、まずくなる。クルティカ……」
「はい」
「折らずに戦いなさい。というか、折れたらあなたの肋骨も折られると思うように」
「……だれに折られるんです?」
「私です。気をつけなさい、敵が来ていますよ、そっちに」
だっ! と駆け込んできた男をかわして、腰のあたりに枝のような野菜をあてる。
勢いよくやると折れそうだ。
そして折れたら、クルティカの肋骨も折れるらしい……。
とん、と軽くたたいた程度では、黒衣の男は倒れない。すぐに短剣で反撃してきた。
クルティカが避ける。
背後から、ニキシカのひんやりした声が指示を出す。
「場所を見つけるんです。人間の体は均衡でできています。それをバラす一点を見つけるのです。
そこを、叩く」
すぱぱぱ! とまた、ニキシカの手から野菜が跳ぶ。
数人の男が声もなく倒れ、波状攻撃にさらされていたロウ=レイの姿がやっと見えた。
腕のあたりに、かすかな血の跡を認めて、クルティカの全身にぐわ! と気迫が戻ってきた。
『あのバカを助けなくては』
クルティカの脳裏を読み取ったかのように、ニキシカの指示が次々に飛んできた。
「腰なら、重心を押さえている一点を崩すんです」
じっとおそかかってくる黒衣の男を見る。こちらも浅手を負っているようだ。
飛び込んでくる姿勢がゆがんでいる。
歪みのもとを目で探る。まぢかに飛んでくる短剣を無視して、男の腰を凝視するのは、クルティカでもこわかった。
だが一歩も引くわけにいかない。なぜなら、この男の先にクルティカの運命の幼なじみがいるからだ。
ロウ=レイ。
たとえロウがクルティカの守護を必要としていなくても、クルティカはロウのために戦う。
それが、クルティカのやりたいことだからだ。
「『護り手』か……ロウを護るのが、おれの仕事なんだな」
つぶやいた一瞬に、クルティカはごく自然な動きで一歩、前へ出た。
間合いがつめられる。
黒衣の男がおもわずたじろいだ時……見えた。
男の左腰、ややうわずったあたりに、うそうそと揺れる赤い点が見えた。
「これかっ!!」
とん! とクルティカの手から野菜が繰り出された。
まっすぐに男の赤点を突く。力は軽く、野菜の芯にだけ集中させる。
ほんのわずかな打撃に、黒衣の男がよろめいた。次の瞬間、
「……かは……っ???」
どぅん! 衣をはためかせて吹っ飛んだ。壁にぶつかる。
何が起きているのか、わかっていないようだ。まさか、たかが野菜一本の攻撃で壁際まで吹っ飛ばされるとは思わなかったのだろう。
だが、クルティカにはわかっていた。
すばやく踏み込み、男のみぞおちへ決定的な一打を打ち込む。男の息は、止まった。
今も、かすかに黒煙を上げているクルティカの右手は、いつものように俊敏には動かない。
だが、人体の均衡をたもっている赤点をみつけて攻撃すれば、不利を有利に変えることができる。
「……戦える」
つぶやいて笑うクルティカの顔は、やや、悪鬼に似ていた。
ロウ=レイの『護り手』たる男の顔だ。
クルティカは焦げた右腕をかばいつつ、ニキシカの後を追った。
まず、ロウを助けねばならない。
……って、おれ、近ごろ何度も、そう言っていないか?
いや、ロウと知り合った10歳の時から、ずっとそう言っている気がする。
ロウを助けなきゃ、って。
なのにロウ=レイ本人は助けを求める気がないんだ。
「……割に合わないんだな……」
クルティカのつぶやきに、ニキシカはくるりと後ろを向いた。
「割に合わない。そういいたいのは私ですよ。
あのバカマスターのせいで、どれほど苦労している事か。
いっそ初めのときに突き殺しておけばよかったです」
「つ……突き殺す?」
天すら恥じらうほどの美貌をゆがませたニキシカは、苦々しげに言った。
「まあ、それも運命というものでしょう……クルティカ、左側を頼みます」
「は? え? は……」
するっと酒場に入ったニキシカは、一瞬で状況を見て取ったらしい。
男どもの波状攻撃をレイピア一本でしのいでいるロウ=レイに向かって、すずやかに叫んだ。
「ロウ=レイ! 今夜のまかない料理は、あなたの好きな焼きキノコにしましょう!」
すばっ!! と手にした野菜かごからキノコを取り出して、投げつけた。
クルティカが目を見張る。
はやい。たかがキノコがすさまじいスピードで駆け抜け、黒衣の男をひとり、あっさりと斃した。
男たちが一斉に振り返る。
しかし訓練が行き届いている証拠に、男たちの陣形に乱れはない。
ひとりの抜けた穴は瞬時に他の人間で埋められた。
「そうとう修練されていますね」
「ニキシカさん、こいつら『影喰い』です」
ほお、という声がニキシカから漏れた。
「『影喰い』……あの薄汚い暗殺集団ですか。闇にまぎれる死肉あさりかと思っていたら、昼間も出てくるんですね。恥を知れ、アホども。
クルティカ、武器がないでしょう。これを貸します」
ぽい、と細長い野菜が放り投げられた。
硬く長い木の枝みたいな野菜だ。
「こいつは下茹でをしてアクを抜いて、甘めに炊くとうまいのです」
「はあ、折れたら困りますか、ニキシカさん?」
しぱぱぱっ! と途切れなくキノコやほかの野菜をぶん投げながらニキシカは凶悪な声で言った。
「そいつは折れると食感が悪くなります。つまり、まずくなる。クルティカ……」
「はい」
「折らずに戦いなさい。というか、折れたらあなたの肋骨も折られると思うように」
「……だれに折られるんです?」
「私です。気をつけなさい、敵が来ていますよ、そっちに」
だっ! と駆け込んできた男をかわして、腰のあたりに枝のような野菜をあてる。
勢いよくやると折れそうだ。
そして折れたら、クルティカの肋骨も折れるらしい……。
とん、と軽くたたいた程度では、黒衣の男は倒れない。すぐに短剣で反撃してきた。
クルティカが避ける。
背後から、ニキシカのひんやりした声が指示を出す。
「場所を見つけるんです。人間の体は均衡でできています。それをバラす一点を見つけるのです。
そこを、叩く」
すぱぱぱ! とまた、ニキシカの手から野菜が跳ぶ。
数人の男が声もなく倒れ、波状攻撃にさらされていたロウ=レイの姿がやっと見えた。
腕のあたりに、かすかな血の跡を認めて、クルティカの全身にぐわ! と気迫が戻ってきた。
『あのバカを助けなくては』
クルティカの脳裏を読み取ったかのように、ニキシカの指示が次々に飛んできた。
「腰なら、重心を押さえている一点を崩すんです」
じっとおそかかってくる黒衣の男を見る。こちらも浅手を負っているようだ。
飛び込んでくる姿勢がゆがんでいる。
歪みのもとを目で探る。まぢかに飛んでくる短剣を無視して、男の腰を凝視するのは、クルティカでもこわかった。
だが一歩も引くわけにいかない。なぜなら、この男の先にクルティカの運命の幼なじみがいるからだ。
ロウ=レイ。
たとえロウがクルティカの守護を必要としていなくても、クルティカはロウのために戦う。
それが、クルティカのやりたいことだからだ。
「『護り手』か……ロウを護るのが、おれの仕事なんだな」
つぶやいた一瞬に、クルティカはごく自然な動きで一歩、前へ出た。
間合いがつめられる。
黒衣の男がおもわずたじろいだ時……見えた。
男の左腰、ややうわずったあたりに、うそうそと揺れる赤い点が見えた。
「これかっ!!」
とん! とクルティカの手から野菜が繰り出された。
まっすぐに男の赤点を突く。力は軽く、野菜の芯にだけ集中させる。
ほんのわずかな打撃に、黒衣の男がよろめいた。次の瞬間、
「……かは……っ???」
どぅん! 衣をはためかせて吹っ飛んだ。壁にぶつかる。
何が起きているのか、わかっていないようだ。まさか、たかが野菜一本の攻撃で壁際まで吹っ飛ばされるとは思わなかったのだろう。
だが、クルティカにはわかっていた。
すばやく踏み込み、男のみぞおちへ決定的な一打を打ち込む。男の息は、止まった。
今も、かすかに黒煙を上げているクルティカの右手は、いつものように俊敏には動かない。
だが、人体の均衡をたもっている赤点をみつけて攻撃すれば、不利を有利に変えることができる。
「……戦える」
つぶやいて笑うクルティカの顔は、やや、悪鬼に似ていた。
ロウ=レイの『護り手』たる男の顔だ。
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