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第1章「蒼天騎士は、つねに雲の上にあるべし」
第12話「おのれの獣性を、解き放つ」
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(CHRIS carrollによるPixabayからの画像 )
……ガギギリッ!!
クルティカの持つ槍と重い鋼とぶつかる音が激しく立った。広場に立つ花柱から一気に飛び降り、ロウとジャバの間に立ちふさがって重量級の大太刀を代わりに受けたのだ。
クルティカの手にびりびりという振動が走った。
地嵐のような低い音が王城前の石畳を駆け抜ける。
「……くうっ!!!」
思わずうめき声がもれた。
さすが歴戦の勇者、ジャバ団長。剣が重い。石畳に足を食い込ませないと、クルティカですら吹き飛ばされそうだ。
目の前には口を開けているジャバの顔がある。いきなり飛び込んできたクルティカの長槍に驚いているのだ。
クルティカはそれをみて、かろうじてニヤリと笑った。
「ジャバ団長――小娘あいてに、けっこうな太刀筋ですな」
「……クルティカ・ナジマか!」
「ティカ! 危ないわ、下がって!」
背後から、ロウの声が聞こえた。クルティカは背後を見ないで言った。
「そのくそレイピアをしまえ、アホ!」
「……うん」
かしゃん、と澄んだ音がして、ロウ=レイの剣がさやに納まるのが分かった。
ロウについては、いったん忘れていい。こういうときクルティカの判断に素直に従うのが、幼なじみの良いところだ。
おたがいに、阿吽の呼吸がある。
だから次は、目の前の巨体の男に集中すればいい。
クルティカは、あらためてジャバを見た。
鋼の鎧を身に着け、肉厚な大太刀をやすやすと使いこなす大男。
自分の黒い髪が、怒りと興奮で逆立ってゆくのを感じる。
170タールの長身がバネのように一気に収縮する。
けだものが反撃に出る前のしぐさだ。クルティカは自分の中の獣性を解き放つ準備をした。
『いけ、やっちまえクルティカ。ジャバは経験豊富な戦士ではあるが、反射神経も体力も互角だ』
ふううううっとクルティカが細く息を吐きだしたとき、広場中にすさまじい声が高く響きわたった。
「クルティカ・ナジマ! ロウ=レイ! 王の御前で抜刀するとは何事だ! 厳罰の覚悟は、できているのであろうな……」
ひた、とクルティカの手が止まった。
ロウ=レイの泣きそうな声が聞こえる。
「ティカ……まずいわ……アデムさまだ……」
ごくり、とクルティカはツバを飲んだ。
「やばい……やばいやばいやばい。ティカ、どうしよう……」
ロウの言葉で状況に気づくと、クルティカですら蒼白になった。
そろそろと槍をかまえた攻撃姿勢を解きながら、後ろを見る。
まず目に入ったのは、玉座にどっかと座っているケネス王。
いきなり始まった騒動をずいぶん面白がっているらしく、ニヤリと笑って玉座にひじをついている。王の威厳をあらわす濃紺に金色の刺繍がされたマントがずしりと肩から下がっていた。
問題は……玉座の横に立つ美女のほうだ……。
明けの明星のような美貌を怒りで燃え上がらせ、王を守護すべく今にも飾り剣を鞘から抜こうとしているアデム団長。クルティカとロウ=レイの姉代わりの存在だ。
王都随一の美女として知られる蒼天騎士団長は、まさに怒髪天を衝くというすさまじさで二人をにらみつけていた。漆黒の両眼からは人を射殺せそうな怒りが噴き出している。
……この場合、殺されるのはクルティカとロウだ。
クルティカは思わず一歩うしろに下がった。背後にいるはずのロウ=レイにぶつからなかったのは、ロウが先に一歩も二歩も下がったからだ。
クルティカの幼なじみは、いつだって逃げ足が速い。しかし今回は二人とも、逃げどころがない。
六月祭の夜、人でみちみちた王宮前広場。
ホツェル国の全騎士が並ぶ王の御前だ。騎士揃えの真っ最中にロウ=レイが辺境伯に斬りかかったのだから逃げ場のあるはずがない。
クルティカの行動が、たとえ劣勢のロウ=レイを守るためだったとしても言い訳は通用しない。
脳裏に14歳から叩き込まれた騎士心得が浮かび上がった。
『騎士たるもの、みだりに抜刀すべからず』
しかも、王の面前で……。
アデム団長の肩まである夜の黒髪が、たてがみのごとく震えている。飾り剣をかかげたまま、すべるようにクルティカたちの方へ歩いてくる。
飾り剣はまだ鞘の中だが、アデムなら一瞬の居合で引き抜き急所を切り伏せることができる。
アデムの太刀は川面を走る月光より速い。ホツェルの全騎士団の中でも最速と言われる。
天才剣士と言われるクルティカでさえも、真剣でやりあったら勝てる自信はまだ、ない。
ぞっとするような冷たい声で、アデムは命じた。
「ロウ=レイ。ここへ」
クルティカの背後にいたロウが、そろそろと出てきた。
アデムはひたり、と青みがかった黒い目を小柄な女騎士に据える。日ごろロウを可愛がっているだけに、こういう時のアデムは容赦しない。
「剣を出せ、ロウ――お前もだ、クルティカ」
「はっ」
ロウ=レイとクルティカは並んで武器を差し出した。ロウはほっそりしたレイピアを、クルティカは圧倒的な大槍を。
アデムはくるりと振り返り、むっとした顔のジャバに頭を下げた。
「蒼天騎士団として、ふかく謝罪いたします、ジャバ団長」
「フン。騎士のしつけもできんとは。蒼天には筆頭騎士団の資格がないな」
ジャバのあざけりに、アデムは青いマントに包んだ肩をピクリともさせず、より深く頭を下げただけだった。
「お言葉のとおりです、ジャバ団長。このアデム、心よりお詫び申し上げます。そしてトーヴ姫」
アデムの切れ長の瞳が、複雑な色で可憐な姫を見た。
「今宵は姫にとって一生に一度の大切な夜であったのに。取り返しのつかぬことになりました。重ねて謝罪申し上げます」
「……あ」
トーヴ姫の花びらのような唇がひらき、何か言おうとしたとき、キンキンとした甲高い声が場をさえぎった。
「謝罪、だけではどうにもなりませんね、なにか、特別な謝罪を見せていただきましょうか」
それまで広場の澄に隠れていたはずのザロ辺境伯が飛び出してきた。そしてニヤリと笑った。
「今の騒ぎで、ボクの繊細な心はひどく傷つきました。
謝罪とおっしゃるなら、あなたがボクの前で膝をついて、心の底から謝ってもらいましょうか、アデム団長」
……ガギギリッ!!
クルティカの持つ槍と重い鋼とぶつかる音が激しく立った。広場に立つ花柱から一気に飛び降り、ロウとジャバの間に立ちふさがって重量級の大太刀を代わりに受けたのだ。
クルティカの手にびりびりという振動が走った。
地嵐のような低い音が王城前の石畳を駆け抜ける。
「……くうっ!!!」
思わずうめき声がもれた。
さすが歴戦の勇者、ジャバ団長。剣が重い。石畳に足を食い込ませないと、クルティカですら吹き飛ばされそうだ。
目の前には口を開けているジャバの顔がある。いきなり飛び込んできたクルティカの長槍に驚いているのだ。
クルティカはそれをみて、かろうじてニヤリと笑った。
「ジャバ団長――小娘あいてに、けっこうな太刀筋ですな」
「……クルティカ・ナジマか!」
「ティカ! 危ないわ、下がって!」
背後から、ロウの声が聞こえた。クルティカは背後を見ないで言った。
「そのくそレイピアをしまえ、アホ!」
「……うん」
かしゃん、と澄んだ音がして、ロウ=レイの剣がさやに納まるのが分かった。
ロウについては、いったん忘れていい。こういうときクルティカの判断に素直に従うのが、幼なじみの良いところだ。
おたがいに、阿吽の呼吸がある。
だから次は、目の前の巨体の男に集中すればいい。
クルティカは、あらためてジャバを見た。
鋼の鎧を身に着け、肉厚な大太刀をやすやすと使いこなす大男。
自分の黒い髪が、怒りと興奮で逆立ってゆくのを感じる。
170タールの長身がバネのように一気に収縮する。
けだものが反撃に出る前のしぐさだ。クルティカは自分の中の獣性を解き放つ準備をした。
『いけ、やっちまえクルティカ。ジャバは経験豊富な戦士ではあるが、反射神経も体力も互角だ』
ふううううっとクルティカが細く息を吐きだしたとき、広場中にすさまじい声が高く響きわたった。
「クルティカ・ナジマ! ロウ=レイ! 王の御前で抜刀するとは何事だ! 厳罰の覚悟は、できているのであろうな……」
ひた、とクルティカの手が止まった。
ロウ=レイの泣きそうな声が聞こえる。
「ティカ……まずいわ……アデムさまだ……」
ごくり、とクルティカはツバを飲んだ。
「やばい……やばいやばいやばい。ティカ、どうしよう……」
ロウの言葉で状況に気づくと、クルティカですら蒼白になった。
そろそろと槍をかまえた攻撃姿勢を解きながら、後ろを見る。
まず目に入ったのは、玉座にどっかと座っているケネス王。
いきなり始まった騒動をずいぶん面白がっているらしく、ニヤリと笑って玉座にひじをついている。王の威厳をあらわす濃紺に金色の刺繍がされたマントがずしりと肩から下がっていた。
問題は……玉座の横に立つ美女のほうだ……。
明けの明星のような美貌を怒りで燃え上がらせ、王を守護すべく今にも飾り剣を鞘から抜こうとしているアデム団長。クルティカとロウ=レイの姉代わりの存在だ。
王都随一の美女として知られる蒼天騎士団長は、まさに怒髪天を衝くというすさまじさで二人をにらみつけていた。漆黒の両眼からは人を射殺せそうな怒りが噴き出している。
……この場合、殺されるのはクルティカとロウだ。
クルティカは思わず一歩うしろに下がった。背後にいるはずのロウ=レイにぶつからなかったのは、ロウが先に一歩も二歩も下がったからだ。
クルティカの幼なじみは、いつだって逃げ足が速い。しかし今回は二人とも、逃げどころがない。
六月祭の夜、人でみちみちた王宮前広場。
ホツェル国の全騎士が並ぶ王の御前だ。騎士揃えの真っ最中にロウ=レイが辺境伯に斬りかかったのだから逃げ場のあるはずがない。
クルティカの行動が、たとえ劣勢のロウ=レイを守るためだったとしても言い訳は通用しない。
脳裏に14歳から叩き込まれた騎士心得が浮かび上がった。
『騎士たるもの、みだりに抜刀すべからず』
しかも、王の面前で……。
アデム団長の肩まである夜の黒髪が、たてがみのごとく震えている。飾り剣をかかげたまま、すべるようにクルティカたちの方へ歩いてくる。
飾り剣はまだ鞘の中だが、アデムなら一瞬の居合で引き抜き急所を切り伏せることができる。
アデムの太刀は川面を走る月光より速い。ホツェルの全騎士団の中でも最速と言われる。
天才剣士と言われるクルティカでさえも、真剣でやりあったら勝てる自信はまだ、ない。
ぞっとするような冷たい声で、アデムは命じた。
「ロウ=レイ。ここへ」
クルティカの背後にいたロウが、そろそろと出てきた。
アデムはひたり、と青みがかった黒い目を小柄な女騎士に据える。日ごろロウを可愛がっているだけに、こういう時のアデムは容赦しない。
「剣を出せ、ロウ――お前もだ、クルティカ」
「はっ」
ロウ=レイとクルティカは並んで武器を差し出した。ロウはほっそりしたレイピアを、クルティカは圧倒的な大槍を。
アデムはくるりと振り返り、むっとした顔のジャバに頭を下げた。
「蒼天騎士団として、ふかく謝罪いたします、ジャバ団長」
「フン。騎士のしつけもできんとは。蒼天には筆頭騎士団の資格がないな」
ジャバのあざけりに、アデムは青いマントに包んだ肩をピクリともさせず、より深く頭を下げただけだった。
「お言葉のとおりです、ジャバ団長。このアデム、心よりお詫び申し上げます。そしてトーヴ姫」
アデムの切れ長の瞳が、複雑な色で可憐な姫を見た。
「今宵は姫にとって一生に一度の大切な夜であったのに。取り返しのつかぬことになりました。重ねて謝罪申し上げます」
「……あ」
トーヴ姫の花びらのような唇がひらき、何か言おうとしたとき、キンキンとした甲高い声が場をさえぎった。
「謝罪、だけではどうにもなりませんね、なにか、特別な謝罪を見せていただきましょうか」
それまで広場の澄に隠れていたはずのザロ辺境伯が飛び出してきた。そしてニヤリと笑った。
「今の騒ぎで、ボクの繊細な心はひどく傷つきました。
謝罪とおっしゃるなら、あなたがボクの前で膝をついて、心の底から謝ってもらいましょうか、アデム団長」
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