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角ばった人 1

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「ああ、これはまずいなぁ。とてもまずいよね?」

「まずい」

「まずいでしょう」

 俺、紅野 太郎と他二名は思いのほか大きくなった騒ぎに反省会を開いていた。

 というのもなんやかんやあって、ネットでプロデュースしたアイドルについて深刻なトラブルが発生したのだ。

 小さなきっかけで暴徒と化したファンまで出てきたとなっては、少々火付け役としては引き締めなければならないと、俺は心を鬼にした。

「一般人に被害が出たらまずいんだよ。特に少年A……っというか子供を怪我させるなんてのは言語道断」

「……それで結局恋仲だって噂はどうなんですかね?」

「トップシークレットだ。っていうか知らん。わかるわけないだろ俺に?」

「そうですか」

「そうでしょうなぁ」

 二人は妙に納得して頷いていたけど、納得されたらされたで割とダメージがあることに気が付いたので、ここらで本題に入った。

「いやー、でもまさかあんなに大騒ぎになるとは思わなかった。わかった……俺も心を鬼にしてあまりの恐ろしさに封印していた賢者化の呪いを一般に開放しよう!」

「まってください! 嫌な予感がするんですけど!」

「そうです! なんだか解き放ってはいけない感じがすごくします!」

「そ、そう?」

 しかし責任者である二人から同時に強く止められてしまった。

 それはまぁ確かに、俺もこんな呪いを一般流通させるのは非常に心苦しいが、あんまりやんちゃが過ぎるようでは、いささか強硬な手段も仕方がないのではないだろうか?

 だが責任者二人にも考えがあるようだった。

「私達としては、罰がどうの、呪いがどうのとあまり厳しく締め付けたくはないのです! あくまで楽しむための集まりですので!」

「規律も大事ではありますが、やはりリアルの連絡をもっと取り合って自浄作用で問題の解決を図りたい」

「ふーむ。なるほど、もう少しファンクラブ同士で仲良くなれば、おかしなことを未然に止めることも出来るだろうと?」

「まぁそういうわけです、集まりもちょくちょく企画します」

「今回の一件で皆反省したと思いますので」

 俺は二人の提案に一先ず頷いたものの、どうにも不安がぬぐえない。

 だが、そこでひらめくものがあった俺は、ついつい口元をゆがめていた。

「……そうだなぁ。新しいグループも作ったし、人数も割れそうだったしなぁ。でもじゃあ。俺もなんか協力しよう。ちょうどいい感じのアイテムもあるんだ。これはファンクラブの結束も深めつつ、ひょっとすると少女Bを守ることにもつながるかもしれない」

「「?」」

 俺は具体的な説明をすべく、とあるアイテムを彼らに差し出した。

 でもまぁこいつは結局お蔵入りになったのだが。



「わーい♪」

「がうがう♪」

 大きなクマのような姿のダークエルフ。クマ衛門の肩車で女の子がはしゃいでいた。

 クマ衛門もまた、精一杯彼女を楽しませようとがんばっていた。

 呪いに蝕まれている友達を救うため、過酷な旅に出た幼気な少女に一時でも楽しいひと時を与えたい。

 最初はそんなささやかな、かつ気楽なお遊びだった。

 その優しさは少女に通じ、彼女も楽しんでくれている。

 とても喜ばしいことだとクマ衛門は思っていた。

 しかし――。

「はっはっは。クマ氏、クマ氏? あまりはしゃぎすぎてはもちませんぞ? 旅はまだ始まったばかりなのですから?」

 穏やかな微笑で後に続くスケさんがクマ衛門の肩に触れる。すると毛先がさっと焦げた。

「!」

 熱く焼けた鉄板がすぐそばを通り過ぎたような熱を感じて、クマ衛門は視線だけでスケさんを確認する。

 ニコニコしているスケさんの正体は、竜の谷に住むとびきり強力な竜だ。

 そしてそんな彼からにじみ出る押さえきれないプレッシャーと熱は大気を歪ませていた。


 超うらやましい。


「……!?」

 もやもや動く大気の渦にそんな事が書いてあった気がして、クマ衛門は自分の目を擦った。

 いやいや勘違い勘違い。

 そんな馬鹿なものが見えるはずがないと、クマ衛門は反省した。

「どうしたの? クマさん?」

「がうがう!」


 なんでもないでござる! しかしそろそろ降りるでござるかな!


「えー……やだ! もっとやる!」

 クマ衛門は真っ白な巻物に書いて見せたが、肩車は終わらない。

「……!」

「はっはっは! それは仕方ない! がんばってくださいクマ殿!」

 やはり一見するとさわやかに笑うスケさんの顔色を伺いつつ、クマ衛門の胃の痛い時間は続くようだった。

 今少女Bとその一行が向かっている場所はスケさんの提案により村の近くにひっそりと建てられているという小屋である。

 中でも人間の少女は、特別張り切っているようだった。

「早く呪いをかけた人、見つけなきゃね! 私、見つけたらすぐに教えるから!」

「はっはっは。頼りにしていますとも。ひとまず目的地はすぐそこです。手掛かりが見つかるといいのですが」

「うん!」

 スケさんがそう言うと、少女Bは気合十分に返事をした。

 彼女がこのたびに同行している理由は一つである。

 少女Bの友人である少年が呪いに侵されてしまい、その呪いを元から解呪すべく犯人を捜している。

 犯人を目撃した少女Bは自ら進んで今回の旅に参加していた。

「でもこんなところになにかあったかな? 私、知らないけどなぁ?」

 クマ衛門の肩の上で首をかしげる少女Bにすかさずスケさんはつけくわえた。

「ええ。人に見つかりづらい場所ですから、わからないのも無理はない。しかし優秀な術者と聞いています。私は情報通なのです。伊達に芋屋を営んではいませんとも!」

「そうね! スケさんはお芋やさんだもの、噂も沢山知っていそう! 村のお姉さん達もみんないつもおいしいって言っていたわ!」

「芋屋ですからね、そうでしょうとも。そして皆から愛される芋屋の情報網は、それはもうすさまじいのです」

 スケさんは得意げに芋屋とことさら強調しているが、まったく関係はあるまいとクマ衛門は確信する。

 これから向かうのはおそらくネットアイドルである彼女、少女Bのファンクラブ会員達が作り上げた村の防御網の拠点であろう。

 その全貌は知られていないが、深く静かに彼女を守るべく活動しているらしい。

 今現在はちょっとした騒ぎで随分と力を落としていると聞くが、それでもまだ秘めている力は計り知れない。

「なんでもそいつは、捜し物は得意中の得意だとか」

「へー。それなら犯人もすぐ見つかるかもしれないね!」

 少女の期待を感じ取り、スケさんは力強く頷いた。

 本来であればファンクラブに接触することはかなり危険を伴うだろう、だが今は使える物は何でも使うべきだと、クマ衛門もコクリと頷く。

 クマ衛門自身、あっさりとこの事件が解決することを願っていた。

 少女Bと呼ばれている少女は普通の人間だ。

 顔だちもかわいらしく、ピンク色の髪も愛らしい。歌も人々を魅了する力があるのも確かな事だ。

 だがただの人間がこの騒ぎに首をつっこんで無事でいられるとも思えない。

 何せこの騒動はタローという名の魔法使いをきっかけにしたものであるからだ。

 どんな非常識なことも起こりうる現状に、非力な人間が一人飛び込むなどクマ衛門には自殺行為にしか思えなかった。

 それでも望みがあるとすれば、ここにいるとても非常識な強さを持つ竜の存在なのだが、スケさんは相貌を崩し、箱のような物を少女Bに差し出していた。

「そうだ。家に着く前に、これを君に」

「なに?」

「お守りのようなものですよ。なにか困ったことがあったら、この箱を手に持って、助けを求める
といい。そうすれば大抵はなんとかなる」

「なんとかって?」

「必ず君を誰かが助けてくれるはずだ」

「ふーん」

「……」

 まーた、何か面倒くさそうなものを引っ張り出してきたようだとクマ衛門は確信した。

 何も知らずに首をかしげる少女Bに、スケさんは意味ありげに微笑むのみである。

 少女Bは思わぬプレゼントを好意的に捕らえたようだった。

「そうなんだ。ありがとう! でも私がもらっちゃっていいの?」

「いやいやーこれは君が持っているのがなによりもふさわしい」

「? そうなの?」

「ああそうだとも!」

 やはりなぜかものすごく嬉しそうなスケさんがどうしても気になったクマ衛門は、こっそりと尋ねてみることにした。


 あれはなんなんでござるか?


 小さく書いたその文章に、スケさんはこう説明した。

「あれは……そうですね。札ですよ。あの試練を経て得た、絆の証と言ったところですか?」

「がう……(めちゃくちゃ不安でござる……)」

「出来れば使わないに越したことはないが、非常時ならば仕方がない。彼らならばわかってくれますよ。むしろ喜びますとも」

 クマ衛門は毛皮の下で眉間にしわを寄せる。

 彼の記憶の中にもわずかに引っかかるものがあったからだが、残念ながら思い出すことはできなかった。


 これから行く場所は本当に大丈夫でござろうか?


 こっそり書き記すと、自信満々にスケさんは頷いた。

「大丈夫。顔見知りですから。まぁ多少の混乱はあるかもしれませんが!」

 それは確かにありそうだとクマ衛門は、自分の肩にまたがる少女を覗き見た。

「どうしたの? クマさん?」


 ではそろそろ肩車はいいでござろう?


「やだ♪」

 なんかこう、この娘、逸材でござるなぁ……。

 クマ衛門はそっと涙を堪えた。

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