172 / 183
連載
第一印象 2
しおりを挟む
「その事件はある日突然起こった! 火喰い鳥という魔獣が近くの森に墜落し町は炎に包まれる!」
そんな語り口で人形劇は始まった。
火喰い鳥は、その名の通り炎を喰らう魔獣だ。
何処かで大量の炎を食べた後だったのだろう。動きが鈍くなった所を他の魔獣に襲われたのか、他に理由があったのか、火喰い鳥は森の中に墜落した。
そうして悲劇は起こる。
火喰い鳥の中に溜め込んだ炎は一気に解き放たれ、噴出した。
火山の噴火のように吹き上がる炎は周囲にあふれ森を焼き、この町にも押し寄せたのだ。
紅蓮に染まる空に、燃える町。
突然降って湧いた災害に、町は混乱の極みに達していた。
逃げ惑う人々。飛び交う悲鳴。
しかし無常にも炎の勢いは収まらない。
誰もがこの町はもう終わりだとあきらめていた。
「きゃあああ!」
町中に取り残された少女の鳴き声が木霊する。
炎の津波は無慈悲に町ごと少女を飲み込まんとせまったが、その炎を吹き散らしたのは一人の魔法使いだった。
颯爽と現れた魔法使い。
神がかったことをあっさりとやってのけ、彼はすまし顔で火の粉の中に立っていた。
「大丈夫かな? お嬢さん?」
「……は、はい」
立ちすくむ少女をその背にかばい、彼はその精悍な顔つきを悲しげに歪め、炎を静かに見つめる。
「ひどい物だ……。仕方がない。少し離れているんだ」
燃え上がる炎にもひるまない魔法使いに少女は涙を浮かべて訴えた。
「危険です! 何とかここから逃げる方法を探さなければ!」
しかし魔法使いは微笑を浮かべてばさりとマントを翻し、少女にささやきかけたのだ。
「大丈夫。待っていなさい。この炎、俺が何とかして見せよう」
そして少女は奇跡を見た。
魔法使いの手に魔力が溢れ、炎が光り輝いた。
「あぁ……」
涙を流す少女の前には、もはや荒れ狂う炎はない。
炎はすべて、赤い石に姿を変えて少女の周りに煌いている。
呆けている少女に魔法使いはそっとささやく。
「これで、大丈夫だ。町の人々にも伝えてあげなさい」
優しく魔法使いから手を取られたこの瞬間少女は確信した。
彼はこの町を救うために女神レイナ様が使わした奇跡なのだと。
一心に祈りを捧げる少女に、魔法使いはさわやかな微笑を浮かべていた。
話は終わり、思っていた以上の拍手が上がる。
「いいぞ!」
「はーかっこいいなー」
人形劇の受けはいい。
町を救った英雄の話はどうやら町で大人気のようだった。
だがしかし、私はどうにも砂を噛むというか、私の中のタローとのズレに違和感を覚えた。
「颯爽と現れたか。なるほど……」
せっかくだから熱心に拍手をしているエルエルにも聴いてみた。
「太郎っぽかった?」
「いいえ・一見すると別人です」
「……でもこんなことできるのは太郎しかいないだろうな」
「はい・そうだと思われます」
結局そういった結論に落ち着くわけだが、それもそれでどうかと思う。
だから私は、人形劇のお姉さんを呼び止めて尋ねてみる事にした。
「あのーすみません。少しお話を伺っても?」
「はいはい。何でしょう?」
劇が終わり、観衆がはけてきた頃を見計らって話しかけると、お姉さんはにこやかに私達に振り返る。
振り返った人形遣いはとても綺麗なお姉さんだ。
彼女はチューリップハットに隠された蜂蜜色の前髪の奥から、きょとんとこちらに視線を向けている。
「このお話に出てきた魔法使いについて聞きたいんですけど。実話だったりするんですか?」
そう尋ねると、お姉さんの目はきらりと輝いて、前のめり気味に顔を寄せてきた。
「もちろん! 実話ですとも! この町の赤い石がその証拠なんですよ!」
「……は、はぁ」
自分で聞いておいてなんだが、迫力に押された。
向こうも興奮しすぎたことに気が付いたのか、コホンとせきばらいして仕切りなおした。
「おっとすみません。この話をする時はつい熱が入ってしまって。私も実はお話の火災から助けてもらった一人なんです」
「そうなんですか」
「はい。本当に突然でしたから。あの時は絶対死んだと思いました」
なるほど、確かに命を助けてもらった相手のことなら、ある程度興奮するのも仕方がないのかもしれない。
あははと笑うお姉さんだが、相当にまずい事態だったのは間違いなさそうである。
「それで、その魔法使いの特徴なんですが。黒いマントに、片手剣を持っていて、癖のある黒髪で間違いないですか?」
ならばその魔法使いが太郎であることも確かめてしまおうと私は特徴を並べてみる。するとお姉さんはさっき以上にがぶりよりだった。
「貴女! あの方のことを何か知っているんですか!」
「ち、近いです」
「ああ! ゴメンナサイ! でもどうなんです!」
まったく距離を離す気のないお姉さんに私は搾り出すように言った。
「ええ、まぁ知人ですが……」
「そうなんですか! ぜひ我が家に! 詳しくお話を伺いたい!」
いきなり家に誘われてしまったわけだが、この際都合がいいといえば都合がいい。
人形劇をやるくらいなのだから、件の魔法使いについて、彼女はある程度詳しいのだろう。
「えーっと。はい……予想外だ」
「ちょうど・よいのでは?」
「そうなんだけど」
そうなんだけど……なんだかいやな予感がする。
私は口の中だけで呟いた。
そんな語り口で人形劇は始まった。
火喰い鳥は、その名の通り炎を喰らう魔獣だ。
何処かで大量の炎を食べた後だったのだろう。動きが鈍くなった所を他の魔獣に襲われたのか、他に理由があったのか、火喰い鳥は森の中に墜落した。
そうして悲劇は起こる。
火喰い鳥の中に溜め込んだ炎は一気に解き放たれ、噴出した。
火山の噴火のように吹き上がる炎は周囲にあふれ森を焼き、この町にも押し寄せたのだ。
紅蓮に染まる空に、燃える町。
突然降って湧いた災害に、町は混乱の極みに達していた。
逃げ惑う人々。飛び交う悲鳴。
しかし無常にも炎の勢いは収まらない。
誰もがこの町はもう終わりだとあきらめていた。
「きゃあああ!」
町中に取り残された少女の鳴き声が木霊する。
炎の津波は無慈悲に町ごと少女を飲み込まんとせまったが、その炎を吹き散らしたのは一人の魔法使いだった。
颯爽と現れた魔法使い。
神がかったことをあっさりとやってのけ、彼はすまし顔で火の粉の中に立っていた。
「大丈夫かな? お嬢さん?」
「……は、はい」
立ちすくむ少女をその背にかばい、彼はその精悍な顔つきを悲しげに歪め、炎を静かに見つめる。
「ひどい物だ……。仕方がない。少し離れているんだ」
燃え上がる炎にもひるまない魔法使いに少女は涙を浮かべて訴えた。
「危険です! 何とかここから逃げる方法を探さなければ!」
しかし魔法使いは微笑を浮かべてばさりとマントを翻し、少女にささやきかけたのだ。
「大丈夫。待っていなさい。この炎、俺が何とかして見せよう」
そして少女は奇跡を見た。
魔法使いの手に魔力が溢れ、炎が光り輝いた。
「あぁ……」
涙を流す少女の前には、もはや荒れ狂う炎はない。
炎はすべて、赤い石に姿を変えて少女の周りに煌いている。
呆けている少女に魔法使いはそっとささやく。
「これで、大丈夫だ。町の人々にも伝えてあげなさい」
優しく魔法使いから手を取られたこの瞬間少女は確信した。
彼はこの町を救うために女神レイナ様が使わした奇跡なのだと。
一心に祈りを捧げる少女に、魔法使いはさわやかな微笑を浮かべていた。
話は終わり、思っていた以上の拍手が上がる。
「いいぞ!」
「はーかっこいいなー」
人形劇の受けはいい。
町を救った英雄の話はどうやら町で大人気のようだった。
だがしかし、私はどうにも砂を噛むというか、私の中のタローとのズレに違和感を覚えた。
「颯爽と現れたか。なるほど……」
せっかくだから熱心に拍手をしているエルエルにも聴いてみた。
「太郎っぽかった?」
「いいえ・一見すると別人です」
「……でもこんなことできるのは太郎しかいないだろうな」
「はい・そうだと思われます」
結局そういった結論に落ち着くわけだが、それもそれでどうかと思う。
だから私は、人形劇のお姉さんを呼び止めて尋ねてみる事にした。
「あのーすみません。少しお話を伺っても?」
「はいはい。何でしょう?」
劇が終わり、観衆がはけてきた頃を見計らって話しかけると、お姉さんはにこやかに私達に振り返る。
振り返った人形遣いはとても綺麗なお姉さんだ。
彼女はチューリップハットに隠された蜂蜜色の前髪の奥から、きょとんとこちらに視線を向けている。
「このお話に出てきた魔法使いについて聞きたいんですけど。実話だったりするんですか?」
そう尋ねると、お姉さんの目はきらりと輝いて、前のめり気味に顔を寄せてきた。
「もちろん! 実話ですとも! この町の赤い石がその証拠なんですよ!」
「……は、はぁ」
自分で聞いておいてなんだが、迫力に押された。
向こうも興奮しすぎたことに気が付いたのか、コホンとせきばらいして仕切りなおした。
「おっとすみません。この話をする時はつい熱が入ってしまって。私も実はお話の火災から助けてもらった一人なんです」
「そうなんですか」
「はい。本当に突然でしたから。あの時は絶対死んだと思いました」
なるほど、確かに命を助けてもらった相手のことなら、ある程度興奮するのも仕方がないのかもしれない。
あははと笑うお姉さんだが、相当にまずい事態だったのは間違いなさそうである。
「それで、その魔法使いの特徴なんですが。黒いマントに、片手剣を持っていて、癖のある黒髪で間違いないですか?」
ならばその魔法使いが太郎であることも確かめてしまおうと私は特徴を並べてみる。するとお姉さんはさっき以上にがぶりよりだった。
「貴女! あの方のことを何か知っているんですか!」
「ち、近いです」
「ああ! ゴメンナサイ! でもどうなんです!」
まったく距離を離す気のないお姉さんに私は搾り出すように言った。
「ええ、まぁ知人ですが……」
「そうなんですか! ぜひ我が家に! 詳しくお話を伺いたい!」
いきなり家に誘われてしまったわけだが、この際都合がいいといえば都合がいい。
人形劇をやるくらいなのだから、件の魔法使いについて、彼女はある程度詳しいのだろう。
「えーっと。はい……予想外だ」
「ちょうど・よいのでは?」
「そうなんだけど」
そうなんだけど……なんだかいやな予感がする。
私は口の中だけで呟いた。
0
お気に入りに追加
2,036
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。