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志を同じくする者たち 2
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「どどどど、どうしたら? これはどうすればいいんですかね? 不可抗力ですよね? しばらく手とか洗わない方がいい?」
「がう(竜ってそもそも手を洗うんでござるか?)」
スケさんとクマ衛門にとっては思いがけない混乱で的外れなことを言った。
それもそのはず。ピンク色の髪の奥からきょとんとした顔で自分達を見上げる少女こそ、クマ衛門の大目標。今ネット上で大人気の少女Bなのである。
だが混乱しようが、彼女はこの村の村娘。騒ぎ立てるなど論外だ。
ファンクラブ内において彼女と個人的なつながりを持つのは基本、タブーの一つ。
向こうから話しかけられる分はOKという暗黙の了解があるにはあるが、あまりよろしいことではない。
しかしなぜ?
彼女がクマ衛門とスケさんに話しかけてくる理由などあるわけがない。
直立する服を着た熊と屋台を引く大男は小さな少女が一人で話しかけるには抵抗があるだろう。
二人の中で幾分冷静なクマ衛門はさらさらと巻物にこう書いた。
なぜ、魔法使い殿と知り合いだと思ったの?
すると少女Bは少しためらった後こう言った。
「変わった人たちだったから……」
「「……」」
クマ衛門とスケさんはお互い複雑な表情でお互いの顔を見合わせる。
「じゃなくって! えーっと……魔法使いさんにどことなく雰囲気が似てたから!」
その言葉を否定する材料がどこにもないのが、悲しい所だった。
少女Bに案内された家の中には、ベッドに横たわる少年がいた。
「うぅ……」
クマ衛門はその顔に見覚えがあった。
彼は一時期、少女Bと噂になっていた少年だ。
少年は何かの病らしく、苦しげに呻き、額にびっしりと汗をかいている。
そんな彼の顔を少女Bは心配そうに見つめていた。
「朝からこうなの……。ひょっとして魔法使いさんならどうにかしてくれるんじゃないかと思って……」
「がう」
クマ衛門はそこではっとする。
弱った彼をスケさんに、というか、ファンクラブ会員に見せてよいのだろうかと?
変な気を起こすんじゃないかと振り返ると、スケさんは真剣な表情で彼を見ていた。
クマ衛門ははらはらしながら様子をうかがっていたが、幸いそれは杞憂だったようである。
スケさんは少女Bと視線を合わせてかがみこみ、尋ねた。
「彼は、何か言っていなかったかな? 誰かに会ったとか。話しかけられたとか」
「え? えっと、そういえば昨日、知らない女の人に声をかけられて、名前を聞かれたって」
「……名前か」
呟き、目を細めるスケさんは少年を注意深く観察して結論にいたったようであった。
「おそらくこれは――呪いだ。やられたな」
「がう!(呪い!)」
「ええ!」
驚くクマ衛門と少女B。
そんな二人にスケさんはおそらくと頷いた。
「少し待ってほしい。心当たりがあるのでね」
そう言うとスケさんは携帯電話を取りだした。
『はいカワズ』
「これはカワズ殿。いいんですよね? カワズ殿で」
『こいつで連絡を取るなら今やこっちの名の方が通りが良いからのぅ。それで? スケさん? おぬしから連絡をよこすとは珍しい』
「はい。実は知りたいことがありまして。カワズ殿は呪いについてご存知ですか?」
『うむ? まぁ多少はな? なんじゃ? 誰かが呪いにかかったのか?』
「ええ、少年が一人。一見するとただの病気の様なんですが、妙な力を感じるのです。そして前日、女性に名前を聞かれたという話を聞きまして」
『ふむ……そいつはよろしくないのぅ。呪いにも色々と種類があるが、比較的簡単でそのくせ厄介なのが、名前を使った呪いじゃよ』
「やはりそうですか」
『ああ、名前と、本人の体の一部があれば可能なものが存在するのぅ。力自体はそう強くないが対象の体力を奪い、長い事苦しませるのには向いておるかな』
「対処法は?」
『ふむ。単純に術を解かせるか、術者を倒せばそれで済む』
「なるほど。魔法での解呪は出来ませんか? 貴方はどうです?」
『ふむ。できなくはないが、意味がないかのぅ』
「どういう事です?」
『何回でも掛けなおせばよい。その手の呪いの最もいやらしい所は手軽さと相手の術者が陰険なところじゃと思う』
「……そうすると相手がわからないと解決にはなりませんか」
『そうじゃな。心得のある者にはさして怖いものではないが……嫌がらせや、弱者をいたぶるのにこれ以上向いておる呪いもあるまい。だからすんごく嫌われる類の呪いじゃよな』
「なるほど、了解しました。ではこちらでも対策を検討してみます」
『うむ。すぐに対処が必要というならわしが行ってもよいが?』
「いえ。話を聞くに、根本的に解決したほうがいい。すぐに命を奪うようなものでないなら私の方にも手はあるので」
『うむ。わかった』
電話を終えたスケさんは、軽くため息をついて、今度は熱にうなされている少年の肩をゆすって声をかけた。
「少年。聞こえるか? 大事な話だ。昨日声をかけられた相手の顔を覚えているか?」
「まって! こんなに苦しそうなのに!」
「……」
スケさんは、詰め寄る少女Bを視線だけで黙らせた。
そして忍耐強く、少年の言葉を待つと、少年はうっすらと目を開けて、スケさんに言った。
「あんたは……誰?」
「私は、魔法使い殿の知り合いだ。今君は呪いを掛けられている。だが呪いを完全に解くには、かけた相手を知るのが一番なのだ。君に名前を聞いた者がいるらしいな? つらいとは思うが思い出してくれ」
「……」
少年は戸惑っているようだったが、スケさんの真剣なまなざしを前にしてどうにか考えを巡らせていた。
「声をかけてきたのは顔を隠していたけど、女の人だった……と思う。……鎧を着てたから冒険者じゃないかな、他は、わからない」
対した手がかりではない。しかしスケさんは一通り聞き終えてから少年の頭のあたりを軽くなでた。
「そうか……。わかった。では後は任せてゆっくり休め。かけられた呪いは体力を奪う物のようだ。少しでも体力の消耗を押さえるんだ」
「……わかった。ありがとうお兄さん」
礼を口にした少年にスケさんは笑いかける。
「気にするな。感謝するなら君の友達にするといい。彼女が必死に頼まなければ、私もこんな事はしない」
そして少女Bの方を一瞥した。
察した少年は彼女を見て、けなげに笑いかけた。
「……うん。……ありがとう」
「……うん!」
少女Bに向かってそう言った少年は、また眠りについてしまった。
手を握る少女の姿を前にしてクマ衛門は己の不甲斐なさに眉間にしわを刻んだ。
考え込んでいたクマ衛門に、スケさんがちょいちょいと手招きをする。
「がう?」
そしてそっと家の外に出るスケさんにクマ衛門はついて行った。
「どうしよう……心当たりが多すぎる」
家の外に出ると、非常に深刻な顔になったスケさんは、頭を抱えていた。
「これは参った。まさか警備網の穴を抜けて、あの少年に手を出す奴が出るとは」
外に誰もいないことを確認して、スケさんは苦渋に満ちた声でクマ衛門にそう漏らした。
どういう事でござる?
「……会員ではないと信じたいが、その可能性が否定できない」
……うーむ
スケさんはものすごくばつが悪そうだ。
クマ衛門も、少女Bにまつわる激しい戦いの歴史は把握していた。
あらゆる種族を巻き込んで行われた最大の戦いは、記憶にも新しい。
スケさんは眉間を摘み、信じられないと嘆く。
「あの動乱をきっかけに、我らの結束は固まり、文化のステージをもう一段階上げたはず。いや、今はいいか。問題はどうやって呪いをかけた不届き者を見つけ出すかという事だ」
そうでござるなー。
スケさんは言う。
「この村は、常に守りがついている。特に彼女達の周辺は厳重だ。まず間違いなく警備網を突破した時点で、ただ者ではない。しかし残念ながら我らがファンクラブには、ただ者ではないものなどいくらでもいると来ている」
スケさんはびっしりと額に汗を浮かべてそう言うが、まさしくファンクラブはそんな現状である。
そしてスケさんは提案した。
「ひとまず彼の命を救う事と、待ち伏せの二つの作戦でいくべきだ。まず、私の血を彼に与えて延命を図りましょう。竜の血は生命力の塊だ。子供と言えどそう簡単に死ぬことはなくなる」
竜の血を……でござるか?
クマ衛門はごくりとつばを飲み、スケさんは頷く。
「おそらく100倍くらいに薄めて飲ませれば、あの程度の呪いに耐える力は得られるでしょう。いつまでたっても対象が死ななければ、痺れを切らせて出てくるはず。普段よりも警備を更に厳重にしていれば今度こそ網に掛かる」
クマ衛門的には竜の血にそんな効果があることに驚いた。
噂や伝説などでは、竜の血を浴びると不老不死になるとか言われるが、あながち根拠のない噂でもないのかもしれない。
それで大丈夫でござろうか?
だがそれでもし、呪いの効果を相殺できるのだとしても、必ず呪いをかけた犯人がしっぽを出すともクマ衛門には思えなかった。
するとスケさんは鋭い瞳で頷いた。
「だから私が自ら探し出す。この一件は私の責任で処理しましょう」
スケさんは決意に満ちた表情でそう言った。
クマ衛門は驚いてスケさんに尋ねた。
……貴殿ほどの方があの少年にそこまでしますか。
クマ衛門はスケさんが少女Bを中心としたコミュニティでまとめ役のような位置にいることを知っていた。
しかしそれでも彼は竜である。
絶大な力を持ち、その中でも頂点に位置する、生物の王者だ。
そんな彼が、たかが人間の子供一人に自ら動くというのだから信じられない。
だがスケさんに迷いはないようである。
「当然。我々はあの少年に大きな借りがある。今回の件もとばっちりだとしたら、私としても許せるものではない」
きっぱりとスケさんは断言した。
彼の言葉が、個人的なものなのか、それともファンクラブの責任者としてのものなのか、クマ衛門にはっきり区別はできなかったが、少なくとも真面目であることだけはうかがい知れた。
ならばクマ衛門としても、動かない理由はない。
むしろ、ここで動かなければここまで来た意味はないだろう。
クマ衛門はさっと自分の方針を伝えるべく筆を走らせた。
そうでござるか……ならば拙者もお手伝いいたそう。
「ほう。それはなぜ?」
同志なのでござろう? 我々は?
尋ねるスケさんにそう言ってクマ衛門は再びカードをその手に掲げた。
仮にもきちんとナンバーをもらっている。
何より、このようなトラブルを我が主が一番嫌うことは自明である。
タロー殿がいれば、このような愚考は成立さえしない。
だとすれば、これもまた太郎という魔法使いが消えたことで起こった混乱の一つだ。
クマ衛門の決意の眼差しから、完全に意図を汲み取ったスケさんは、彼の前に右手を差し出す。
「違いない。ならばともに行きましょうか」
「がう(よろしくお頼み申す)」
クマ衛門はその手をとった。
それは竜とダークエルフの正式な同盟だった。
これから、共通の目的のために頑張ろうと、少年の家に視線を向け決意を新たにしていた二人は、玄関の扉が開き、中からピンク色の髪の少女が飛び出してきたことにも、もちろん同時に気が付いた。
「ちょっといいですか!」
表情を強張らせて何かを決意したらしい少女B。
そんな彼女の表情にどこか不穏なものを感じて、クマ衛門がまず話しかけた。
どうしたでござるか?
すると少女Bは書いてある文字を読んだ後、切り出した。
「あの、呪いをかけた犯人を捜しに行くんでしょう! なら私も連れて行って!」
だが彼女の口から飛び出した言葉は、とても容認できるものではなかった。
クマ衛門とスケさんは自然と視線を合わせて、肩をすくめる。
「それはさすがに……」
「がう」
いかに人気があっても少女Bはあまりにも無力な人間の子供だ。
そんな彼女が呪いをかけた犯人探しなどという、危険極まりない事に首をつっこんでいいわけがない。
(どうしたもんでしょうか、これは?)
何とかあきらめてもらう方向で。
簡単に少女Bに見えないように会議を行う。
「私、その呪いをかけた女の人の顔を見てるの!」
「「!!」」
しかしその会議の結果はたった一言で揺るがされた。
実際、犯人の手掛かりはと言えば少年の話しかない。
もし彼女が顔を見ているとすれば、犯人探しはずっと楽になるだろう。
「いくら魔法使いさんのお友達でも顔も知らない人を探すのは大変でしょう! 絶対役に立つから!」
必死に訴える少女Bは少年を救いたいという思いに満ちている。
だがクマ衛門は、体験して知っていた。
人知を超えた存在というのは確かにいて、彼らの中に飛び込むことがいかに危険かという事を。
クマ衛門が答えに困窮していると、スケさんが動く。
近年まれに見る真剣な表情のスケさんは、片膝をついて少女Bへ問いかけた。
「――では聞かせてほしい。これから我らは旅をすることになる。旅は君の様な子供には厳しいものだ。危険な目に遭わないとはとても言えない。それでも君はついてくるのか?」
「はい!」
「なぜ?」
「私……こんなのでさよならなんてしたくない!」
即答する少女B。
クマ衛門は毛皮の下から出る汗を止められない。
さてこれをいかに、断るのだろう?
クマ衛門は、スケさんの手腕にかけた。
彼も竜の王だ。必ずや巧みに彼女を導き、安全に少年のために力を尽くすだろうとクマ衛門は思っていた。
スケさんに注がれる純真な少女の願い。
スケさんはそんな彼女の顔をじっと見つめて――。
「わかった。ならば私が君を守ろう」
かっこつけていた。
「はい! ありがとうございます!」
「がう!?」
クマ衛門は驚愕する。
「では旅支度を整えてくるといい」
「わかりました!」
喜んで旅支度を整えに行く少女B。
それを見つめる綺麗なスケさんにクマ衛門はジト目を送る。
視線に間違いなく気が付いているスケさんはじっとりと汗をかいて、だんだん綺麗じゃなくなってきた。
クマ衛門は問いをさらさらと書く。
いいんでござるか?
「な、なに……なんとかなりますって! 確かにどうやって探すか困っていましたしね!」
なるほど。ノープランでござるか。
「うっ……!」
前途多難な旅になりそうだと。クマ衛門はそっとため息を零した。
だが事の解決は急務であるのかもしれない。
少女Bの周囲は非常にデリケートなバランスで保たれている。
ほんの少しのバランスの崩壊が、とんでもない事態につながりかねない。
そんな時、バランスを外から正せる大きな力は今、不在なのである。
「がう……(これは、いろいろと急がねばならんかもしれんでござるな)」
クマ衛門は自分の懸念が現実になったことを、もちろん喜ぶことなど出来なかった。
「がう(竜ってそもそも手を洗うんでござるか?)」
スケさんとクマ衛門にとっては思いがけない混乱で的外れなことを言った。
それもそのはず。ピンク色の髪の奥からきょとんとした顔で自分達を見上げる少女こそ、クマ衛門の大目標。今ネット上で大人気の少女Bなのである。
だが混乱しようが、彼女はこの村の村娘。騒ぎ立てるなど論外だ。
ファンクラブ内において彼女と個人的なつながりを持つのは基本、タブーの一つ。
向こうから話しかけられる分はOKという暗黙の了解があるにはあるが、あまりよろしいことではない。
しかしなぜ?
彼女がクマ衛門とスケさんに話しかけてくる理由などあるわけがない。
直立する服を着た熊と屋台を引く大男は小さな少女が一人で話しかけるには抵抗があるだろう。
二人の中で幾分冷静なクマ衛門はさらさらと巻物にこう書いた。
なぜ、魔法使い殿と知り合いだと思ったの?
すると少女Bは少しためらった後こう言った。
「変わった人たちだったから……」
「「……」」
クマ衛門とスケさんはお互い複雑な表情でお互いの顔を見合わせる。
「じゃなくって! えーっと……魔法使いさんにどことなく雰囲気が似てたから!」
その言葉を否定する材料がどこにもないのが、悲しい所だった。
少女Bに案内された家の中には、ベッドに横たわる少年がいた。
「うぅ……」
クマ衛門はその顔に見覚えがあった。
彼は一時期、少女Bと噂になっていた少年だ。
少年は何かの病らしく、苦しげに呻き、額にびっしりと汗をかいている。
そんな彼の顔を少女Bは心配そうに見つめていた。
「朝からこうなの……。ひょっとして魔法使いさんならどうにかしてくれるんじゃないかと思って……」
「がう」
クマ衛門はそこではっとする。
弱った彼をスケさんに、というか、ファンクラブ会員に見せてよいのだろうかと?
変な気を起こすんじゃないかと振り返ると、スケさんは真剣な表情で彼を見ていた。
クマ衛門ははらはらしながら様子をうかがっていたが、幸いそれは杞憂だったようである。
スケさんは少女Bと視線を合わせてかがみこみ、尋ねた。
「彼は、何か言っていなかったかな? 誰かに会ったとか。話しかけられたとか」
「え? えっと、そういえば昨日、知らない女の人に声をかけられて、名前を聞かれたって」
「……名前か」
呟き、目を細めるスケさんは少年を注意深く観察して結論にいたったようであった。
「おそらくこれは――呪いだ。やられたな」
「がう!(呪い!)」
「ええ!」
驚くクマ衛門と少女B。
そんな二人にスケさんはおそらくと頷いた。
「少し待ってほしい。心当たりがあるのでね」
そう言うとスケさんは携帯電話を取りだした。
『はいカワズ』
「これはカワズ殿。いいんですよね? カワズ殿で」
『こいつで連絡を取るなら今やこっちの名の方が通りが良いからのぅ。それで? スケさん? おぬしから連絡をよこすとは珍しい』
「はい。実は知りたいことがありまして。カワズ殿は呪いについてご存知ですか?」
『うむ? まぁ多少はな? なんじゃ? 誰かが呪いにかかったのか?』
「ええ、少年が一人。一見するとただの病気の様なんですが、妙な力を感じるのです。そして前日、女性に名前を聞かれたという話を聞きまして」
『ふむ……そいつはよろしくないのぅ。呪いにも色々と種類があるが、比較的簡単でそのくせ厄介なのが、名前を使った呪いじゃよ』
「やはりそうですか」
『ああ、名前と、本人の体の一部があれば可能なものが存在するのぅ。力自体はそう強くないが対象の体力を奪い、長い事苦しませるのには向いておるかな』
「対処法は?」
『ふむ。単純に術を解かせるか、術者を倒せばそれで済む』
「なるほど。魔法での解呪は出来ませんか? 貴方はどうです?」
『ふむ。できなくはないが、意味がないかのぅ』
「どういう事です?」
『何回でも掛けなおせばよい。その手の呪いの最もいやらしい所は手軽さと相手の術者が陰険なところじゃと思う』
「……そうすると相手がわからないと解決にはなりませんか」
『そうじゃな。心得のある者にはさして怖いものではないが……嫌がらせや、弱者をいたぶるのにこれ以上向いておる呪いもあるまい。だからすんごく嫌われる類の呪いじゃよな』
「なるほど、了解しました。ではこちらでも対策を検討してみます」
『うむ。すぐに対処が必要というならわしが行ってもよいが?』
「いえ。話を聞くに、根本的に解決したほうがいい。すぐに命を奪うようなものでないなら私の方にも手はあるので」
『うむ。わかった』
電話を終えたスケさんは、軽くため息をついて、今度は熱にうなされている少年の肩をゆすって声をかけた。
「少年。聞こえるか? 大事な話だ。昨日声をかけられた相手の顔を覚えているか?」
「まって! こんなに苦しそうなのに!」
「……」
スケさんは、詰め寄る少女Bを視線だけで黙らせた。
そして忍耐強く、少年の言葉を待つと、少年はうっすらと目を開けて、スケさんに言った。
「あんたは……誰?」
「私は、魔法使い殿の知り合いだ。今君は呪いを掛けられている。だが呪いを完全に解くには、かけた相手を知るのが一番なのだ。君に名前を聞いた者がいるらしいな? つらいとは思うが思い出してくれ」
「……」
少年は戸惑っているようだったが、スケさんの真剣なまなざしを前にしてどうにか考えを巡らせていた。
「声をかけてきたのは顔を隠していたけど、女の人だった……と思う。……鎧を着てたから冒険者じゃないかな、他は、わからない」
対した手がかりではない。しかしスケさんは一通り聞き終えてから少年の頭のあたりを軽くなでた。
「そうか……。わかった。では後は任せてゆっくり休め。かけられた呪いは体力を奪う物のようだ。少しでも体力の消耗を押さえるんだ」
「……わかった。ありがとうお兄さん」
礼を口にした少年にスケさんは笑いかける。
「気にするな。感謝するなら君の友達にするといい。彼女が必死に頼まなければ、私もこんな事はしない」
そして少女Bの方を一瞥した。
察した少年は彼女を見て、けなげに笑いかけた。
「……うん。……ありがとう」
「……うん!」
少女Bに向かってそう言った少年は、また眠りについてしまった。
手を握る少女の姿を前にしてクマ衛門は己の不甲斐なさに眉間にしわを刻んだ。
考え込んでいたクマ衛門に、スケさんがちょいちょいと手招きをする。
「がう?」
そしてそっと家の外に出るスケさんにクマ衛門はついて行った。
「どうしよう……心当たりが多すぎる」
家の外に出ると、非常に深刻な顔になったスケさんは、頭を抱えていた。
「これは参った。まさか警備網の穴を抜けて、あの少年に手を出す奴が出るとは」
外に誰もいないことを確認して、スケさんは苦渋に満ちた声でクマ衛門にそう漏らした。
どういう事でござる?
「……会員ではないと信じたいが、その可能性が否定できない」
……うーむ
スケさんはものすごくばつが悪そうだ。
クマ衛門も、少女Bにまつわる激しい戦いの歴史は把握していた。
あらゆる種族を巻き込んで行われた最大の戦いは、記憶にも新しい。
スケさんは眉間を摘み、信じられないと嘆く。
「あの動乱をきっかけに、我らの結束は固まり、文化のステージをもう一段階上げたはず。いや、今はいいか。問題はどうやって呪いをかけた不届き者を見つけ出すかという事だ」
そうでござるなー。
スケさんは言う。
「この村は、常に守りがついている。特に彼女達の周辺は厳重だ。まず間違いなく警備網を突破した時点で、ただ者ではない。しかし残念ながら我らがファンクラブには、ただ者ではないものなどいくらでもいると来ている」
スケさんはびっしりと額に汗を浮かべてそう言うが、まさしくファンクラブはそんな現状である。
そしてスケさんは提案した。
「ひとまず彼の命を救う事と、待ち伏せの二つの作戦でいくべきだ。まず、私の血を彼に与えて延命を図りましょう。竜の血は生命力の塊だ。子供と言えどそう簡単に死ぬことはなくなる」
竜の血を……でござるか?
クマ衛門はごくりとつばを飲み、スケさんは頷く。
「おそらく100倍くらいに薄めて飲ませれば、あの程度の呪いに耐える力は得られるでしょう。いつまでたっても対象が死ななければ、痺れを切らせて出てくるはず。普段よりも警備を更に厳重にしていれば今度こそ網に掛かる」
クマ衛門的には竜の血にそんな効果があることに驚いた。
噂や伝説などでは、竜の血を浴びると不老不死になるとか言われるが、あながち根拠のない噂でもないのかもしれない。
それで大丈夫でござろうか?
だがそれでもし、呪いの効果を相殺できるのだとしても、必ず呪いをかけた犯人がしっぽを出すともクマ衛門には思えなかった。
するとスケさんは鋭い瞳で頷いた。
「だから私が自ら探し出す。この一件は私の責任で処理しましょう」
スケさんは決意に満ちた表情でそう言った。
クマ衛門は驚いてスケさんに尋ねた。
……貴殿ほどの方があの少年にそこまでしますか。
クマ衛門はスケさんが少女Bを中心としたコミュニティでまとめ役のような位置にいることを知っていた。
しかしそれでも彼は竜である。
絶大な力を持ち、その中でも頂点に位置する、生物の王者だ。
そんな彼が、たかが人間の子供一人に自ら動くというのだから信じられない。
だがスケさんに迷いはないようである。
「当然。我々はあの少年に大きな借りがある。今回の件もとばっちりだとしたら、私としても許せるものではない」
きっぱりとスケさんは断言した。
彼の言葉が、個人的なものなのか、それともファンクラブの責任者としてのものなのか、クマ衛門にはっきり区別はできなかったが、少なくとも真面目であることだけはうかがい知れた。
ならばクマ衛門としても、動かない理由はない。
むしろ、ここで動かなければここまで来た意味はないだろう。
クマ衛門はさっと自分の方針を伝えるべく筆を走らせた。
そうでござるか……ならば拙者もお手伝いいたそう。
「ほう。それはなぜ?」
同志なのでござろう? 我々は?
尋ねるスケさんにそう言ってクマ衛門は再びカードをその手に掲げた。
仮にもきちんとナンバーをもらっている。
何より、このようなトラブルを我が主が一番嫌うことは自明である。
タロー殿がいれば、このような愚考は成立さえしない。
だとすれば、これもまた太郎という魔法使いが消えたことで起こった混乱の一つだ。
クマ衛門の決意の眼差しから、完全に意図を汲み取ったスケさんは、彼の前に右手を差し出す。
「違いない。ならばともに行きましょうか」
「がう(よろしくお頼み申す)」
クマ衛門はその手をとった。
それは竜とダークエルフの正式な同盟だった。
これから、共通の目的のために頑張ろうと、少年の家に視線を向け決意を新たにしていた二人は、玄関の扉が開き、中からピンク色の髪の少女が飛び出してきたことにも、もちろん同時に気が付いた。
「ちょっといいですか!」
表情を強張らせて何かを決意したらしい少女B。
そんな彼女の表情にどこか不穏なものを感じて、クマ衛門がまず話しかけた。
どうしたでござるか?
すると少女Bは書いてある文字を読んだ後、切り出した。
「あの、呪いをかけた犯人を捜しに行くんでしょう! なら私も連れて行って!」
だが彼女の口から飛び出した言葉は、とても容認できるものではなかった。
クマ衛門とスケさんは自然と視線を合わせて、肩をすくめる。
「それはさすがに……」
「がう」
いかに人気があっても少女Bはあまりにも無力な人間の子供だ。
そんな彼女が呪いをかけた犯人探しなどという、危険極まりない事に首をつっこんでいいわけがない。
(どうしたもんでしょうか、これは?)
何とかあきらめてもらう方向で。
簡単に少女Bに見えないように会議を行う。
「私、その呪いをかけた女の人の顔を見てるの!」
「「!!」」
しかしその会議の結果はたった一言で揺るがされた。
実際、犯人の手掛かりはと言えば少年の話しかない。
もし彼女が顔を見ているとすれば、犯人探しはずっと楽になるだろう。
「いくら魔法使いさんのお友達でも顔も知らない人を探すのは大変でしょう! 絶対役に立つから!」
必死に訴える少女Bは少年を救いたいという思いに満ちている。
だがクマ衛門は、体験して知っていた。
人知を超えた存在というのは確かにいて、彼らの中に飛び込むことがいかに危険かという事を。
クマ衛門が答えに困窮していると、スケさんが動く。
近年まれに見る真剣な表情のスケさんは、片膝をついて少女Bへ問いかけた。
「――では聞かせてほしい。これから我らは旅をすることになる。旅は君の様な子供には厳しいものだ。危険な目に遭わないとはとても言えない。それでも君はついてくるのか?」
「はい!」
「なぜ?」
「私……こんなのでさよならなんてしたくない!」
即答する少女B。
クマ衛門は毛皮の下から出る汗を止められない。
さてこれをいかに、断るのだろう?
クマ衛門は、スケさんの手腕にかけた。
彼も竜の王だ。必ずや巧みに彼女を導き、安全に少年のために力を尽くすだろうとクマ衛門は思っていた。
スケさんに注がれる純真な少女の願い。
スケさんはそんな彼女の顔をじっと見つめて――。
「わかった。ならば私が君を守ろう」
かっこつけていた。
「はい! ありがとうございます!」
「がう!?」
クマ衛門は驚愕する。
「では旅支度を整えてくるといい」
「わかりました!」
喜んで旅支度を整えに行く少女B。
それを見つめる綺麗なスケさんにクマ衛門はジト目を送る。
視線に間違いなく気が付いているスケさんはじっとりと汗をかいて、だんだん綺麗じゃなくなってきた。
クマ衛門は問いをさらさらと書く。
いいんでござるか?
「な、なに……なんとかなりますって! 確かにどうやって探すか困っていましたしね!」
なるほど。ノープランでござるか。
「うっ……!」
前途多難な旅になりそうだと。クマ衛門はそっとため息を零した。
だが事の解決は急務であるのかもしれない。
少女Bの周囲は非常にデリケートなバランスで保たれている。
ほんの少しのバランスの崩壊が、とんでもない事態につながりかねない。
そんな時、バランスを外から正せる大きな力は今、不在なのである。
「がう……(これは、いろいろと急がねばならんかもしれんでござるな)」
クマ衛門は自分の懸念が現実になったことを、もちろん喜ぶことなど出来なかった。
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