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狼と炎の話 6

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「……なんか走って行っちゃったね、え? これ俺のせい?」

「……なんで」

 ソルスティンはふらりと椅子に寄りかかる。

 魔法使いが目を泳がせていて、ソルスティンに言った。

「なんかあの娘。ショックうけてたかな?」

「……」

「えーーーーと。じ、事情を聞かせてもらっても?」

 なぜかおどおどとしている魔法使いの問いに、ソルスティンはすぐに反応できなかった。

 動揺が大きすぎて考えがまとまらなかったが、整理する意味も含めてポツポツ話し始めた。

「あの子は――ミアは生まれつき炎をその身に宿す体質なんだ。だから人里に馴染めず、ここにやってきた。俺も人狼だからな、この体質にずいぶん苦労させられた。ミアのことも他人事と思えずに一緒に暮らすことにしたんだ。だがミアがやはり人里に憧れを持っていることも知っていた」

「……ほほう」

「だから、俺が人間になれれば、もう少し……まともに彼女と付き合えるかと思っていたんだ」

「な、なんと。あれですか。恋の魔法使い出撃せよと?」

「いや、恋とかではなくてだな。きちんとした人間関係を作れるかもしれないという意味だ」

「普通に返されてしまった」

 化物ではなく人として。話ができればとソルスティンは考えていた。

「そして、あんたの力が本物だと、俺の体で実験できたら……あわよくばなんとか交渉してミアの体質も治せればと」

 混乱のあまり密かな願望まで出てきてしまったが、魔法使いは俺に話を聴いて肩をすくめた。

「おいおい、そんなこと考えてたのかい。でもさそれってひょっとして逆だったんじゃないの?」

「逆?」

 力なく聞き返すソルスティンに、魔法使いは自信なさそうに言った。

「いや、君とあの女の子が一緒にいた理由って結局、その特別な体質がきっかけだったんじゃないかなって」

「……!」

 魔法使いの言葉で、ソルスティンは今更ながらに気がついた。

 ソルスティンが人狼であることがミアにとってここに住むきっかけだった。それがなくなってしまえば、ミアが不安になるのも無理はないことだと。

「……そうなんだろうか?」

 問い返しても答えなど返ってこないとわかっていながら、ソルスティンは尋ねずにはいられなかった。

「わからないけど、やっぱそこは人間だし。うらやましいとかもあったのかな?」

「そうかも……しれないな」

 うなだれるソルスティンに、魔法使いは言葉を探しているようだったが、不意に真剣な表情になって、ある方向に向かって目を細めた。

「あーでもまぁいいの? 飛び出して行っちゃったけど?」

「……そうだな。追いかけなくては」

「山の方に行ってたから危ないかも。随分ダッシュで向こうの方に」

 だがソルスティンは魔法使いが指差した方向にまずいものを感じて慌てて立ち上がっていた。

「!!本当か! 何処に向かっているのかわかるのか!」

「え? うんまぁ どんどん山を登ってる……」

「まずい……あっちの山は!」

 このあたりに人がいないことには理由がある。その大きな原因は、今ミアが向った火山にあった。

 火山を支配している存在は、大きな恵みをもたらすとともに気まぐれに破壊をまき散らす。

 ぎりりと奥歯を噛み締めて、ソルスティンはミアを追って走り出した。



「ひっく……ひっく……」

 ミアは泣きながら一人山道を歩いていた。

 山道をガムシャラに走り続けてもうどこを歩いているのかわからない。

 あちこち枝に引っ掛けてしまって体中痛んでいたが、ミアにそんなことを気にしている余裕は全くなかった。

「何で逃げちゃったんだろう。あたし……」

 ミアの髪は感情の高ぶりで赤く燃えていた。

 ミアはその手で自分の髪を握り締める。

 おかしな力を持っている苦しさは知っているはずだったのに、ソルスティンが治ったと口にしても喜べなかった。

 本当なら誰より先に喜ばなければいけなかったはずなのにだ。

「合わせる顔がない……」

 後から後から涙がこぼれるが、体の熱で涙も蒸発していってしまう。

 ミアは、自分は泣くこともできないのかと、ますます悲しい気分になった。

 景色は段々と岩ばかりになってゆき、森が姿を消す。

 いつの間にかミアの体にはいつも以上の熱が集まっていて、一際熱い炎になっていることに気がついた。

 そして周囲に集まった炎の精霊達が突然騒ぎ出し、ザワリと恐怖が湧き上がる。

 普通ではない反応にミアも気が付いて、体を強張らせた。

「……なにこれ」

 ミアは呆然と呟いていた。

 ミアの前に突然地面から火柱が上がったと思うと、見知らぬ声がミアに話しかけてきた。

「ハッハ! 子ウサギが迷い込んできたと思ったら、随分面白い人間じゃないか!」

「だれ!」

 経験のない事態に、ミアはうろたえる。

 火柱はミアの目の前で人の形に纏まり、赤銅色の肌を持つ男に姿を変えた。

 男は炎を纏っていたが、その力強さはミアと比べるべくもない。そしてミアには彼が人ではないと直感で理解できていた。

 この男も精霊だ。

 でも普通、人の目には映らない精霊達とは明らかに違う、もっと強いなにかである。

 ここしばらくずっと炎の精霊達が落ち着かなかったのは、彼のせいかもしれないとミアは思った。

「誰とは人の領域に入ってきておいて、妙なことを言う。本当に知らないと言うのならお気の毒だ。ふーむ……」

「……!」

 炎は品定めするようにミアの周りをぐるぐる周って彼女の髪を触る。

「お前の事は知ってるぞ? 他のやつらから話は聞いていた。炎に愛された人間がいるってな。所詮は人間だと思っていたんだが……こうして見ると悪くはない――」

 精霊はミアの炎の髪束を同じく炎の手で弄びながら、彼女の目を覗き込んで笑っていた。

「気に入った。お前、俺のところに来い」

「え?」

 ミアがその意味を理解する前に、炎はミアの体を巻き込んだ。

 炎でミアの体は傷つかない。だが大きな腕に掴まれて、ミアの体は動けなくなった。

「な、なに! やだ! 放してよ!」

「嫌だね……」

 逃げようとした時にはもう遅く、燃え上がった炎は檻のようにミアを捕らえて、どうしようもない。

「ミア!」

 今にも連れ去られるというその時、ミアを呼ぶ声で炎の動きは止まったが、ミアの方は真っ青に顔色を変えていた。

「おい……その子を放せ」

 声の主は間違いなくソルスティンである。

 ミアを追って駆けつけたのだろう。

 炎は再び人の姿を取ると振り向いた先にいたソルスティンを空から睨みつけた。

「あん? なんだお前は? 俺を炎の王だと知っての言葉か?」

「ソル……」

 ミアが呟くと、炎はそれに気がついてほほうと目を細めた。

「知り合いか? まぁいい。おい、そこの人間。こいつはもう俺のものだ、もう忘れな」

 ミアはその状況が嫌でたまらなくって必死でもがいたが、炎の腕は全く微動だにしない。

「いや! 放して!」

「馬鹿なことを……もう一度言う! その娘を放せ!」

 ソルスティンはかまわず叫んだが、その瞬間炎の王の顔色が変わった。

「こいつはもう決定だ。めんどくせぇな。……ここで灰になるか?」

 炎の王はソルスティンに腕を伸ばしてルスティンを囲む。

 一瞬で地面から炎が上がって、ソルスティンは一瞬で炎に周囲を包まれた。

「ぐっ……!」

 ソルスティンは炎の熱で顔をしかめ、膝をついた。

「ソル! やめて! やめてよ!」

 ミアは人が炎に触れればどうなるか知っていた。

 自分に触れた人間もまた。みんな傷ついたからだ。

 動悸が激しくなりミアが叫ぶと、炎の王はミアに問う。

「ん? ならお前、俺に大人しく付いてくるか? 約束するなら……そいつは助けてやるけどな?」

「……そ、それは」

 炎の王が持ちかけた取引にミアは即答できなかった。

 だが炎の王がソルスティンをさらに炎で包みながら言った言葉は、ミアにとって致命的だった。

「なんだ? 考えるまでもないことだろう? お前のその体質。人間にはちときついぜ? お前と一緒にいるってことは、あの人間にとってみれば、今の状況と変わらねぇよ。そこのところ、わかっているんだろう?」

 「……っ!」

 そんなことはないと――言えない。

 感情が高ぶっただけで、燃え上がってしまうミアと一緒にいるということは、ソルスティンが今おかれている状況と十分にダブって見えた。

 それに、もう人になってしまったソルスティンはこれ以上ミアと一緒にいる意味がない。

 ソルスティンの鍛冶師としての腕があれば人の中でも生きていけるだろう。

 もう誰とでもいっしょにいられるのに、その時ミアがいては邪魔にしかならないのはあたりまえのことだった。

「……」

 黙り込んだミアに、炎は囁く。

「ならどうすればいいか、わかるよな?」

「……わかったから。ソルを助けて」

「よし。それでいい」

 ミアはソルスティンの姿を最後に目に焼き付けて、炎とともに山に消えた。

「……ミア」

 炎から解放されたソルスティンはやけどの痛みの中、彼女の名前を呟く。

「まずい。これは非常にまずいな……」

 薄れゆく意識の中、ソルスティンは魔法使いの声を最後に聞いた。
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