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狼と炎の話 3

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「どうも。貴方が魔剣を打つっていう鍛冶屋さんですか?」

 黒いマントを羽織った男はどうやら客のようだった。

 戦士には見えないが、何者かの従者だというには、どうにも雰囲気がおかしい。

 何よりなぜこの男の髪の毛は一房だけ動くのだろうか? 

 ついつい目で追ってしまう。

 ソルスティンは不可解でならない。

「……あんたは?」

 ただそこは雑念をぐっとこらえてソルスティンが問うと、男は癖の強い髪をくしゃりと掻いてこう名乗る。

「俺は魔法使いをやっている、太郎ってものです。実は仕事の依頼があって訪ねてきたんだけれども」

「……仕事の依頼」

「そう。どうしてもあなたに頼みたいんだ。引き受けてくれないだろうか?」

「ふむ……とにかく話を聞こう」

 ソルスティンはとりあえず男を家の中に招き入れた。

 魔法使いとは、また面白い肩書の男が来たものだとソルスティンは怪しい男を観察していた。

 自分で魔法使いと名乗るくらいだから、魔法は使うのだろうが、その割に戦いに身を置く雰囲気は皆無である。

 おそらくは研究者なのだろう。ただ、そういう手合いが鍛冶屋に仕事の依頼とはなおさら珍しい。

 魔法使いを家の中に招き入れたソルスティンは彼に椅子をすすめ、自分も向かいの席に着くとさっそく交渉を始めた。

「仕事の依頼ということだが内容にもよる。魔法使いが何を欲しがっているのかは知らないが……ただの好奇心で魔剣が欲しいのならやめておくことだ」

 そしてまずはじめに、ソルスティンは一旦忠告した。

 ソルスティンが専門にしているのは、一般的に魔剣と呼ばれる類の剣だ。

 特殊な魔法を打つ剣に施す事によって、いつでも付加された魔法の効果を発揮できる。

 しかし誰でも魔法を自在に使えるようになる魔剣は危険なものだ。

 そして戦わない者には必要がないものでもあった。

 ソルスティンも鍛冶屋の端くれである、倉庫で埃を積み上げるために剣を打ちたくはない。

 しかし魔法使いだという男は、何とも不思議なことを言い出した。

「いや、魔剣が欲しいというのはその通りなんだけども、好奇心とは少し違う。魔剣についてはよく知ってるつもりだよ。実は最近、新しい金属を作ったもんで、そいつで魔剣を打ってくれる人間の鍛冶師を探してるんだ」

「……すまない。言っている意味が分からないんだが」

「あー。そうだね。見せた方が早いな」

 この男、金属を作ったと言ったか?

 意味が解らないが、世迷言なら付き合う意味はない。

 だが魔法使いがどこからか取り出した金属はソルスティンでさえ一度も見たことのない不思議な光を発する謎の鉱物だったのだ。

 そしてその石はソルスティンが思わず覗き込んでしまったほど、大きな力を秘めているようだった。

 魔法使いは言う。

「すべての魔法金属を超えた金属。命名「タロメタル」。いや、まだタロニウムとどっちがいいか迷ってるんだけど」

「いや、それは好きにすればいいと思うが」

「……そうね」

 なぜかしょんぼりと肩を落とす魔法使いだった。

 魔法使いの反応はともかく、金属の知識はある程度自信があったソルスティンは、その鉱物に興味を持った。

 魔法金属ならば何度か見たことはある。それでもこんな見ただけで寒気がするような物体は他にない。

 それと同時に目の前の相手の正体不明感が増したが、鍛冶師としての好奇心に逆らうことはできなかった。

「どうやってこんなものを?」

「いや、他の金属と比べてパラメーターをいじったり」

「ぱ、ぱら……?」

 また理解不能な言葉である。

 こちらの困惑を感じ取った魔法使いはしばらく説明を考えていたようだったが、結局あきらめた。

「あー、いやいいんだ、細かいことは。とにかくドワーフ達と共同開発したこの金属で、剣をこさえてほしいと、そういう事なんだよ。加工法は教えるから」

 そして魔法使いの口からまた聞き捨てならないセリフが出てくる。

 ソルスティンは眉間を抑えてから、魔法使いの言葉を止めた。

「待ってくれ……ドワーフに知り合いがいるならそっちに任せた方がいい。俺なんかに頼むよりよっぽどいい品ができるだろう。なんで俺なんだ?」

 ソルスティンにとってドワーフは師匠であり、育ての親だった。

 ソルスティンは子供の頃にドワーフに拾われ、鍛冶の技能を叩きこまれたのである。

 だから魔剣という特殊な剣も打てるし、人間には伝わっていない技術も習得している。

 こんな山奥でひっそりと鍛冶屋を営んでいても、十分生活できているのはそのおかげである。

 だからと言って、ドワーフに勝る腕かと言われたら、そんな自信はソルスティンにも全くない。

 本心から言ったソルスティンに、魔法使いはおやっという表情をしていた。

「そりゃあドワーフ本人達から人間では一番の鍛冶屋だって聞いたからなんだけど?」

「……本当か? ドワーフ達が?」

「そう。ホント探すの苦労したんだよ? ヒントが少なくってさ。いろんなところで聞いて回っちゃったよ。でも評判すごいね、曰く炎のことを最もよく知る鍛冶師ってね。それに頼もうと思ってる剣の用途を説明したら、そういう剣は人間種族の誰かが作った方がいいだろうってドワーフも言ってたし」

「いや、それほどではないと思うが。しかしそうか、俺の顧客から紹介されたわけではなかったんだな」

 ソルスティンは普段、人間相手に商売をしていたが、ドワーフからの紹介など初めてかもしれなかった。

 そして魔法使いの依頼は、どうにも何かドワーフが拒んだ理由があり、鍛冶師が人間である必要があるらしい。

 ソルスティンは自然と身構えた。師匠筋からの紹介であるのならば断れない。

 それに一つ引っかかるのは、ドワーフが知り合いだというのであれば、ソルスティンの事を人間と表現するのは違和感があった。

「それなら……俺にはあんまり的確な人選とは思えないが」

「なんで?」

 わかっていないらしい魔法使いに、しかたなくソルスティンは自分の正体を明かした。

「俺は純粋な人間じゃないからさ。人狼というものを知っているか?」

「うん。月を見ると変身するやつだよね?」

「ああそうだ。俺はその人狼だ。月夜の晩に俺の体は獣に変化する。そんなの人間とは言わないだろう?」

 おおよそ普通は、人狼を人間扱いはしない。

 ソルスティンさえ、実際のところはどうなのかはっきりとは判断できない話だった。

 だというのに人狼と聞いた後でも、魔法使いの表情は相変わらず、緊張感がまるでない。

 それどころか魔法使いは身を乗り出してソルスティンをじろじろと見まわしてきた。

「ふーん。ああ、確かに妙な魔法がかかっているね」

「? どういう意味だ」

「まぁ人狼化の魔法でしょこれ。なら正真正銘君は人間だよ。生粋の獣人というわけでもないわけだし」

 予想だにしていなかった反応と、セリフだった。

 ソルスティンは魔法使いから視線をそらすこともできずにただ絶句する。

「そう……なのか?」

 ソルスティンは何とか尋ねると、魔法使いは軽く頷いた。

「そうだね。ああでも、ドワーフ達は言ってなかったなぁ。何でだろ?」

「それは……さすがに人狼を紹介はしにくいだろう。この呪いは危険なんだ。満月の夜に出くわせば死人が出る」

「そうかなぁ……?」

 ドワーフ達が何を思ってこの魔法使いをここによこしたのかは知らないが、魔法使いが疑問に思っているように、何も知らせずにというのは非常識である。

 魔法使いはいまいちぴんとこない表情を浮かべてソルスティンを眺め、そして言った。

「嫌なら解けばいいんじゃないの?」

 だが魔法使いは無神経な事を言うので、ソルスティンは若干の苛立ちを覚えた。

「簡単に言うが……人狼の呪いが簡単に解けるわけがないだろう? それともあんたが解いてくれるのか?」

 だから完全に皮肉交じりのソルスティンの台詞に、魔法使いは即答した。

「え? いいよ?」

「……ん?」

「……え? だからその呪い解けばいいんでしょ?」

「何を言ってるんだ? そんな話聞いたこともないぞ?」

 長年の悩みをほとんど溜めもなく即答されて、ソルスティンは心底胡散臭げに聞き返してしまっていた。

 実際、今までいくら調べても人狼を倒す方法はあっても、それを直す方法はついぞみつからなかった。

 だがその話を聴いた魔法使いは、何かに合点がいったようだった。

「あー、ひょっとしてそういう事なのか? まぁともかくだ、どんな風に言われているかなんて詳しくは知らないけど、俺には出来る。ああ、でもタダってのもどうかと思うね。なんならこの魔剣の代金ってことでその呪いを解いてあげよう。それならトントンだろう」

「……トントンかどうかはわからないが」

 冷やかしに違いないと思う一方で、ごく当たり前のように言い切る魔法使いに期待がわいたのも事実だ。

 魔法使いは話を聞く姿勢が自然と態度に出ていたソルスティンに気をよくして、満足気に笑う。

 そしていきなり指の先をぼんやりと光らせて、ソルスティンの頭に突きつけた。

「ようやく乗り気になってくれたかな? せっかくだ今日は満月だし、丁度いい。おためしで今夜だけ魔法を解いてあげよう。それに今回作ってほしい剣は特別な剣なんだ。それなりの物を作ってもらわなきゃいけないからサービスということで」

「……そんなことまでできるのか?」

「ああ。悲願だったのなら堪能してほしい」

「おいおい今すぐか……!」

「まぁ。一時的なやつだから」

 ソルスティンもさすがにうろたえたが、あっという間に魔法使いの指先からソルスティンの体に光が染み渡る。

 魔法はソルスティンの中に痛みをもたらし、体が一瞬痙攣する。

 すべてが終わった後、ソルスティンの体の中の何かが書き換えられた感触があった。

「……なんだこれは。本当に?」

 魔法使いはいつしか膝をついていたソルスティンの目を覗き込んで、満足そうに頷いていた。

「よし。とりあえず今晩はこれで大丈夫。何度も言うけどこいつは一晩限りのお試しだから、そこのところはしっかりと理解しておいてね? 完全に解呪するのは……そうだな。次の満月にしておこう。受け渡しはその時に」

「あ、ああ……」

 得体が知れない魔法使いはソルスティンの肩を叩く。

 ソルスティンは展開に全くついていけずに、しばらく口が開いたままになっていた。
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