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はじめての……7

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「ううう……死ぬかと思った! 死ぬかと思った!」

「すみません・やりすぎました」

 しくしく泣くわたしは、どうやら死んでいないらしい。

 しかしジャスティスの障壁がまるで粘土みたいに削り取られる恐怖は筆舌に尽くしがたかった。

 結局はお互いに監視してうまくやってこいということだったのだろう。あのタロ、いつか泣かす。

 先ほど上半身が吹き飛んだ吸血鬼は今はすっかり元に戻って、ロープでぐるぐる巻きにされていた。

 流石不死、本当に死なないようだが、白目をむいているところを見ると気絶しないという事はないらしい。

 ところが吸血鬼が気絶したことで新たな問題というやつも出て来てしまった。

 完全に支配から抜け出たゴブリン達。

 彼らは解放されてしまったわけだが、暴れ出すかと思いきや、エルエルの話し合い(物理)の前に、完全に及び腰だった。

 エルエル自身の桁外れの魔力も関係しているだろうが、一瞬で軒並み血霞になりそうな圧倒的攻撃力は魔獣と言えど、恐怖を感じるものらしい。

「話し合いは大事だと・タローさんが言っていました」

「……そうですか」

 わたしが鼻水をすすり上げて思わず敬語になっていると、怯えた彼らにエルエルは頭に響く声で、勧告する。

「速やかに投降しなさい・さもなくば・こちらには武力制圧の準備があります」

「エルエルちゃん? それって話し合い違う。脅しという」

「そう・ですか?」

「うーん、とりあえず武器を下そうか? なんかみんな心臓鷲掴みにされてるみたいな顔してるし」

 エルエルがわたしの言葉に従って武器を降ろす。

 するときちんと話は通じていたのか、普通よりも大きめのゴブリンが数匹、おずおずと出て来た。

 なるほど、魔獣といえどこうやって群れているだけあって結構頭はいいっぽい。

 その中の一匹が何かを訴えている様である。

「ガブゴブゴブガブ……」

「なんていってんの?」

「とても抽象的です、意訳でも構いませんか?」

「そっちのがいいね」

「わかりました・『殺さないでくださいお願いしますゴブ』」

「……それはなんとなくわたしもわかってたね。でもなんでゴブ?」

「なんで・ここに・住み着いたのですか?」

「ゴブゴブゴブゴブ!」

「『自分達の住んでいたところに食べ物なくなった。人間食べたいゴブ』」

「ああ、結構数いたもんね、そんで彷徨ってるところをあの吸血鬼に利用されちゃったか」

 しかしなんで人間だけなんだろう?

 わたしの頭の中の隅っこの方にその原因っぽい理由が埋まっていたらしく、ぼんやりと誰かの顔が出てくる。

 そうだマオちゃんだ。あの人が魔法使ってるんだった。

 さっきジャスティスを使っていなかったら、記憶に引っかかることもなくスルーしてしまっただろう。

「な、なんで魔獣と話とかしてるんですか! やっつけてくださいよ!」

 トムは今まで端っこの方にいたが、ようやく理解できる展開になったからか声を上げていた。

「なんでって? わたし達人間じゃないし?」

「そうですね・彼らも・私達に・敵意はもうないように見えますが?」

 逆にものすごく冷静に返され、トムもすっかり戦意を喪失している魔獣相手に、どう反応していいかわからずにいた。

 大人しくしていても、勝てないものは勝てない。それは彼が一番わかっている事だろう。

「ちなみにこっちの子はどうよ? 食欲湧く?」

 いきなりそう振られてゴブリン達はトムを見やり。

「……じゅるり」

「やっぱりこいつらやっつけてくれ!」

 悲鳴を上げるトムをエルエルが捕まえると、しばらくワタワタと慌てていたが結局静かになった。

 一方、興奮しているのはゴブリン達も同じっぽかった。

「ゴブゴブゴグゴブ!!」

「『こっちだって大変ゴブ! 人間結構強いゴブ! それでもやめられない止まらないゴブ!』落ち着いてください。貴方達も・そんなに大変なら・他の物を食べられないのですか?」

 そしてエルエルは身もふたもない事を尋ねたわけだ。

 ただ質問には予想以上に効果があったらしく、ゴブリン達はきょとんとしてから、ものすごく重大な発見をしたようにしきりにコクコク頷きあっていた。

 なんだかすごく納得がいったらしい。

 わたしは密かに「マオちゃんの魔法よわっ!」と、そう思った。

「私は・ここで・水をもらわなければなりません。今後また水が必要にならないとも・限りませんので・この泉を管理する者が・いなくなっては困ります」

「そういう細かいのはこいつらじゃ無理っぽいもんね……」

「ゴブゴブゴブ!」

「『でも行くとこ・ないゴブ』」

「そりゃそうだよねー」

 ここにいるだけでも百匹以上のゴブリンなど、どこに行っても結局戦いになる事は目に見えている。

 そんなゴブリン達を、どういうわけかエルエルはじっと気の毒そうに眺めて、こんなことを言い出した。

「なら・わたしが・どうにかします」

 さすがに私もぎょっとする。いくらなんでもそいつは無理ってものだろう。

「本気ですか……エルエルちゃん?」

 わたしが恐る恐る訪ねるが、エルエルの意志は固いようだった。

「はい・ただ追い出すのも・どうかと思いますので」

 これはひょっとして、彼らに同情してしまったらしい。

 エルエルはゴブリンに興味津々のようだった。

 まさかこいつは始めてのお使いで成長したということなのだろうか? だとしても、今はしないで欲しい成長だった。

「タローさんに頼めば・大丈夫です。ついでに・水を運ぶのも・手伝ってもらいましょう」

「……そうだね! いちいち自分達で汲むのもめんどいし! タロなら大抵の事は何とかしてくれるよ!」

「えぇ~……」

 けっこう計画的なエルエルの提案に、わたしは納得した。

 そうね、単純作業めんどい。

 手伝ってもらった後は数百匹にゴブリンたちが残るけれど……まぁ何とかしてくれるでしょ後はタロが。

 割とどうにかしそうな当てがあるから気楽なもんだなぁと開き直り。トンボとエルエルは水を入れるものを用意することにした。
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