一粒の弾丸

如月エイリ

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任務

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「父ちゃ…アンちゃん。はらへった」

「チッ」

 年端もいかない子供の言葉に、少年は舌打ちした。

「はらへった」

 舌打ちを気にせずに、言葉を続ける子供に、少年はあからさまに嫌な顔をしながらも、目線は鋭く、前方で失禁する武士に銃口を向けた。

「き、貴様!」

 武士は下半身を濡らしながらも、最後の強がりを見せた。

「き、貴様のような下餞の出が」

 しかし、武士はすべての言葉を発することはできなかった。

 何故ならば…武士の顎はふっ飛び、すぐさま絶命したからである。

「うるせい」

 少年は呟くように言った後、奥歯を噛み締めた。


 鉄砲。戦国時代に種子島より伝来した火縄鉄はこの国で、数年の時を経て世界に類を見ない程発展し、最高峰の出来といわれるまでに開発が進んだ。

 しかし、その銃はその後…江戸時代末期まで進化しなかった。

 その理由として、徳川綱吉の出した――諸国鉄砲改めがあると言われている。

 徹底的に、身分に拘った江戸幕府は、百姓の狩猟用の銃の所持だけではなく、鉄の所持も禁じた。それは、一揆などを危惧したからかもしれないが…自らの平和の為に、定めた法は、日本を後退国へと戻してしまった。

 鎖国。有名な単語だが、近年…本当に、日本は鎖国していたのか、疑問の声が上がっている。

 なぜならば、長崎の出島では、オランダ人との交易がずっと続けられていたからだ。

 だからこそ、賢明な歴史学者はこう言う。

 鎖国ではなく、一部の国による独占貿易であったと。

 そして、鉄を封じた幕府が、己に対しても禁じていたのかと疑問が残る。最新鋭の技術は他に流れることなく、幕府が独占したのではないか。

 さすれば、出島に近い…島原で、民主による反乱があれほど続いた理由も理解できるかもしれない。

 先程、武士を殺した貧しい身なりをした少年が持つ銃は、彼にそぐわない…世界最高の性能を備えていた。


 江戸時代。その歴史が何故、長く続いたのか。その理由はいたってシンプルである。

 士農工商。武士を頂点にして,次に農民の身分を上にし、次に手に職のあるもの。最後に商人を下にした。この構造は、一番辛い農民を、身分が上という建前だけで押さえつけることができたのだ。

 それだけではない。現在の歴史学者や、常識者というものが語らない…もう1つの身分がある。敢えて、言葉には出さないが、幕府は…処刑などを行うもう1つの身分をつくった。

 幕府によって裁かれたものを殺す…人々。

 彼らは命じられただけであるが、刑を実行する姿を見て、民衆は…命じた幕府ではなく、彼らを憎んだ。

 そして、彼らは…家を保証され、ある種優遇された。そのことが、江戸時代のほとんどをしめた農民の反感をかった。

 このような巧みな身分制度により、江戸時代は永きに渡り、繁栄した。

 予想外の黒船という…異分子さえなければ、江戸時代はもう少し、続いたことであろう。





「やれやれ~」

 少年は拳銃で、武士の頭をぶち抜いた後、脇差しで改めて、武士の体を斬った。

 死因は明らかだが、一応約束であった。辻斬りにあったと、結果付ける為であった。

 銃での殺人は、犯人を特定させる可能性があった。

 しかし、銃程…簡単に人を殺せる武器はなかった。

 この時代に、最新式の銃をもつ少年。現代の歳ならば、まだ小学生くらいであろう。

 彼に身分はない。

 例えるならば…彼もまた、武器であった。それも、幕府が抱える武器である。

「アンちゃん。はらへった」

 そんな彼の後ろを歩く…年端もいかない子供は、まだ…武器ではなかった。

「ちょっと待ってろ!はらへったしか言えねえのかよ」

 銃を懐にしまった彼の前に、笠を目深に被った武士がどこからか姿を見せた。

「!」

 眉を寄せた彼に、武士は背を向けると、ゆっくりと歩き出した。道なき道を。

「チッ」

 軽く舌打ちすると、彼は子供の腕を掴み、武士の後を追った。

「アンちゃん、はらへった」

「…」

 彼は、子供の言葉を無視して、ただ歩き続けた。

 人影が見えなくなると、武士は足を止めた。

「次の仕事かよ?」

 彼は子供の手を離すと、肩をすくめ、

「最近多いな。その内、侍はいなくなるんじゃないのか?」

笑って見せた。

「…」

 武士は無言で笠を脱ぐと、数秒彼を見つめた後、口を開いた。

「次の仕事は、明日。お忍びで、遊郭に来る旗本の侍を始末しろ」

 そう言うと、武士は侍の似顔絵を見せた。

「わかったよ」

 ちらっと似顔絵を見ると彼は頷き、すぐに武士に背を向けようとした。

 あまり長く接触をしない。それが、決まりであった。

「待て」

 しかし、今回は違った。

 武士は、彼を止めると、こう言った。

「許しが出た。その子供に、名前をつけていいとな」

「え?」

「お前がつけろ」

 武士は、彼のそばから決して離れない子供を見下ろすと、ゆっくりと近付き、懐からあるものを取り出し子供に渡した。

「に、握り飯だ!」

 包みを開けた子供の表情が、笑顔になる。

「おっさん!?」

 握り飯を見て、彼は驚いた。

「あき。お前は、何歳になる?」

 武士は、子供を見下ろしながら、彼にきいた。 

「多分…十になる」

「そうか…」

 あきと呼ばれた少年の返事に、武士は少し悲しげな目をすると、二人に背を向けた。

「体に気をつけてな」

 それだけ言うと、武士は二人から離れた。

「アンちゃん!食べていいか?」

 握り飯を手にして、我慢していた子供に、ああとだけ言うと、あきは遠ざかったといく武士の背中を見送っていた。

 その背中が、遠い日々の背中と重なった。
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