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漂流

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ごぽごぽと音を立てて沈んで、沈んで…底が見えない闇の中に沈んでいく。

ボーッとしながら目の前を見ていて、手の体温が消えていく。
苦しくて、このまま死んでしまうのか…もう一度…死ぬ前にあの人に会いたかった。

なにかが海に落ちた衝撃を感じたが、それがなにか分からない。
こちらに泳いできて腕を伸ばす手が俺の体を引き寄せてきた……不思議と体温が少しずつ戻ってきた。

神様のプレゼントなのかな、最後に会いたい人の顔が見えた。

「うっ、ごほっ、ごほっ」

息を思いっきり吸い込んだからか、苦しくなり咳き込んだ。
息をゆっくり吸って吐いて、だんだん落ち着いてきた。

外は暗いが、月の光でほんのりと俺が今いる場所を照らしていた。
何処かの洞窟の入り口だろうか、後ろを見ると海の水が少し入ってきていたが洞窟の中までは満ちる事はないだろう。
そして俺はもう一人洞窟に人がいる事に気付いて慌てて駆け寄る。

流れついたのだろう、下半身は海に浸かっていてこのままだと体温が奪われるだけだ。
腕を掴んで引き上げて、その人の頬に触れる。
青い顔に冷たい頬に血の気が引いた。

「ゼロ!ゼロ!」

軽く頬を叩いたが、返事がない…息もしていないからこのままじゃ危ない。

生前学校で習った溺れた時の応急処置を思い出して、ゼロの顎を上に向ける。

あれは夢じゃなかった、ゼロは生きていて俺をここまで運んだんだ。
ゼロの唇に唇を重ねて人工呼吸を繰り返した…ゼロの意識が戻るまでずっとずっと繰り返した。

すると指先が微かに動くのが見えて、目蓋も震えてゆっくりと俺をその瞳に映していた。

いつものような柔らかい笑みを向けられて涙を流してゼロにしがみついた。

「…っ」

「ご、ごめんっ…そういえば兄様怪我して…」

ゼロが何処に怪我をしたのかは分からないが、あんなに血が出たんだ…無傷な筈はない。
ゼロの服を捲って腹を見ると、そこにあったのは目を背けたくなるような大怪我だった。
こうしてゼロが生きている事が奇跡のように感じた。

「積極的だな」とゼロは言っているが、早く病院に運ばないと悪化してしまう。
でも、この洞窟は陸の孤島のように海に囲まれていて道がない。

動くにしても夜の海は危険だ…ヤマト達は大丈夫だったのかな。

「兄様早く病院に行かないと!」

「大丈夫だ、傷口は凍らせればいい」

「ダメだよ!ちゃんと行かなきゃ!」

俺はゼロに怒ると、目を丸くして驚いていた。
ここはちゃんとしないとすぐに無茶をする。

本気で怒ったつもりだったが、ゼロは何故か嬉しそうな顔をして俺の腰に抱き付いてきた。
でも、良かった…ゼロがここにいて触れて…ちゃんと体温が感じられる。

ゼロの手を両手で包み込んで息を吐くと、温かくなる。

ゼロは壁に寄りかかり、俺は服をしぼると水が出てきた。

「朝には氷で道を作るから今日は野宿だな」

「兄様、腰以外に怪我は?」

「ない…エルは?」

「大丈夫、兄様が守ってくれたから」

「……悪かった、エルを巻き込むつもりはなかったんだ」

それは違う、俺が自分から甲板に来たんだ…だからゼロのせいではない。
あの黒いもやは消せたけど、今回の俺は役に立たなかった。

なにが起きたのか聞きたかったが、ゼロを休ませたかった。
帰ったら無事に帰ってる事を信じて、ヤマトに聞こう。

ゼロに寄り添うと、うとうとと急に眠気が襲ってきた。
安心したからだろうか、ゼロがいるから…目蓋を閉じた。






翌朝、ゆらゆらと揺れている中目が覚めたらゼロの顔が間近に見えた。

「にぃさま……?」

「もう少し寝てろ」

そう言われて、ゼロにお姫様抱っこされている事に気付いた。

キラキラと朝日の光に反射した海と氷が見えて綺麗だった。
海の上を歩く、何だかとても幻想的に思えた。

まるでメルヘンの国にいるような気持ちで、俺達は進んでいく。
ゼロに一人で歩けると言ったが下ろしてくれなかった。
結局街まで運ばれて、やっと地に足がついた。

なんだろうここ、王都ではない。

「兄様、ここは?」

「分からない、適当に氷を繋げたからな」

ゼロも分からない場所、ゲームにもなかったこの街は未知なる世界だった。

とりあえず医者を探して、ゼロの治療が最優先だ。

俺達は街の中を歩いて周りを見渡す。

何だか店が何処も閉まっていて、寂れたような街だった。
ちょっとゼロをこの街の医者にあずけるのが不安になってきた。
ふと、ゼロが俺の腕を掴んで引き止める。

「待てエル」

「…兄様どうかしたの?」

「血のにおいがする」

眉を寄せたゼロは周りを警戒していた。

血のにおい……人の気配はしないけど、怪我してる人がいるのかもしれない。
もしそうなら手当てしないと…きっと苦しんでいる筈だ。

すると、ボトッとなにかを落とす鈍い声が聞こえてそちらを見ると…頭にガスマスクのような防具を着けた人物がこちらを見ていた。
床には野菜が転がっていた。

「お前ら、何やってるんだ!!死ぬ気か!?」

「……え?」

「どういう事だ」

早足で俺達に近付いて腕を掴んだと思ったら何処かの小さな民家の中に押し込まれた。
床に転びそうなほど強かったから、ゼロが庇って下敷きになっていた。

ゼロは怪我をしてるんだからそんな事しなくていいと怪我の具合を確認する。

氷に守られて大丈夫なようだった。

ホッとしていたら、後ろに気配を感じて後ろを見ると俺達を民家に押し込んだ防具の人物がいた。
ゼロは俺を抱きしめて警戒していて、俺もゼロを守ろうとゼロにしがみついた。

「なんだお前、怪我してるのか?」

「……誰だお前は」

「感謝しろよ、お前らを奇病から助けてやったんだからな」

防具を外したその姿はまだ幼い顔立ちの少年が立っていた。
少年はゼロの傷口を氷の上から触れていた。

氷を剥がそうとしていてゼロは少年の腕を掴んだ。
何をしているのか分からなかった俺とゼロに少年はため息を吐いて、近くにあった救急箱を手に持ち見せた。

本当に手当てをしてくれるのか、医者にしては幼すぎる気もする。
でも寂れて誰もいない街にやっと現れた人だ、氷よりはちゃんとした手当てをしてくれるかもしれない。

「兄様、手当てしてもらって…そのままだと悪くはならないだろうけど、良くもならないから」

「……分かった」

そう言ったゼロは、傷口に手を当てると氷がだんだんと溶けていった。
傷口から血が溢れてきて、激痛に顔を歪ませていた。

ゼロの手を握り、背中を撫でる。
少年はゼロの傷口に触れて、 慣れた手つきで手当てしていく。

そういえば、奇病って言っていたな…だから街の人がいなかったんだな。
ゼロの傷の痛みが和らいだら、早めに街を出た方がいいな。
魔法使いの人間差別をなくそうとはしてるが、奇病は医者ではないからどうする事も出来ない。

「ほら出来たぞ」

「ありがとうございます、お金は…」

「いいよ、そんなもの…野菜とか食材は自分で作ってるし食べ物には困らない」

「……え、でも奇病って」

「魔法使いにしか感染しない奇病の事だ」

そうだったんだ、だから野菜とかは感染しないのか。

少年の話す奇病とは「性病」らしい。

性病といっても、特殊な病気で一般的なものではない。
その病気にかかると体が熱くなり、強制的に発情状態になるそうだ。
薬はまだなくて、体力が続くかぎり誰彼構わず襲うそうだ。

だから奇病にかかる事、奇病にかかった人に襲われる事を恐れて皆家から出てこなくなったそうだ。
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