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一章
3話
しおりを挟む一歩先に歩いて案内する清鷹、歩幅が大きい清鷹に続いてちょこまかと小鳥のように歩みついて行く美琴。エレベーターで1階に降り、アクアリウムゾーンに着くまで2人は黙っていた。
入り口について清鷹がスタッフにラウンジの利用者であることを告げると特に確認もなく2人を通してくれた。
美琴は小さな水槽達には目もくれず暗い空間の中に聳え立ち美しく発光する巨大水槽へ引き寄せられるように近づいた。
黒潮がテーマの水槽の中には大小様々な回遊魚がキラキラと舞っていた。BGMのオルゴール曲と相まって幻想的な空間が美琴を包む。
美琴はしばし周囲を忘れ見入っていた。
(宝石箱みたいで綺麗…あっ、マンタがいる。お空を飛んでるみたい。)
ふと背後からにわかにほんのり真性もののフレグランスが香り、囁くような声が美琴のすぐ横で響いた。
「マンタか…珍しいな。」
美琴は我にかえり自分の状況を思い出した。
(あっ、僕お見合い中なんだった…)
「喜んでいるようで良かった。こういうのがお好きなんですね。」
「え、ええ。ちょっと子供っぽいですよね…。僕、こういうアクアリウムとかプラネタリウムとかヒーリング系が好きなんです。アロマとかも興味あるし…」
清鷹はまじまじと
「リラックスしてもらえたみたいですね。さっきは随分と緊張していたみたいだから。」
と言って少し微笑んだ。
(あっ、笑った…)
「美琴さんとご両親はとても仲が良さそうでしたね。優しそうな方達だ。美琴さんにことをすごく大事にしているのが伝わってくる…特にお父様は…」
「父のことを褒めてくれるんですね!そうなのです。お父様は僕にとても優しくて頭もいいしかっこよくてとても尊敬しているんです!」
大好きな父親の話題を出されて、美琴ははしゃいだ。清鷹は微笑みを崩さず聴いてくれている。美琴は家族が大好きだ。
「お母様も大好きなのです。いつも忙しいんですけど、僕のところによく来て一緒に料理を作ってくれたり、刺繍を教えてくれたり。…清鷹さんのお母様はモデルさんみたいでとてもお綺麗な方ですね。」
そういえば清鷹の父親は正夫だと言っていたなと美琴はふと思い出す。
「それは、ありがとうございます。父も母も此度の縁談を喜んでいます。まさか美琴さんのような方の初めての縁談に私のようなものを選んでいただけるとは…」
「えっ…?選ぶも何も僕に縁談を申し込んでくれたのは清鷹さんが初めてですよ?」
「……」
美琴はこの歳までに両親のもとに山ほどの釣書が届いていたことなど知る由もない。側から見ればよりどりみどりの選択肢過多状態に見えただろうが、美琴を天塩にかけて育ててきた両親にとってはどれもパッとしないものばかりだった。どれも条件のいい上流家庭の子息ばかりだが、正夫となるとひと押し足りない。父親の亮介が美琴の夫となる人に求めるものはある程度の社会的地位や真摯さや堅実さが主であったが母の美月の方は何か思うところがあるのか、美琴と並んだ時の見栄えや色気、魅力といったものまで注視していた。一旦話が進めば引き返すのはあまり体がいいとはいえない事柄であるから大事な大事な美琴の夫候補を選ぶには慎重過ぎるということはない。
お見合いの前にも母は美琴にこう諭した。
「美琴さん、相手の情熱を見極めなさい。お父様は結婚はもう決まったようなものだと仰っていたけれどその瞳に美琴さんへの情熱がこもっていないようならいつこちらからお断りしてもいいのですから。」
ふわっとしたそのいい草にその時の美琴は困惑した。
「美琴さん」
ふと顔を上げると清鷹が真っ直ぐ美琴を捉えていた。
「あなたのような方の正夫となれるならば私はーーー」
ーー その時美琴は初めて清鷹の眼差しに焦がれるような熱がこもっていることに気づいた。
その後、美琴が清鷹を気に入ったため縁談はとんとん拍子に進んだ。結納も早々に済ませ結婚式までの忙しない婚約期間に入った。
義父達や他の兄達にも報告を済ませると皆一様に喜び祝ってくれた。
同じ妻を持つ者たちは例え本人達の折り合いが悪かろうが、その子供も含め「家族」というのが古来からの共通認識なのである。何年か振りに全員本宅に集まり前祝いの会として一緒に食事をとった。正夫一家が美琴のためにリビングを飾り付け美琴の好きな地中海料理を用意してくれていた。美琴は幼子のようにご機嫌だった。
普段は無口な正夫の 仙川正義は、酔いが回ってきたのか上機嫌で話をしてくれた。
「美琴さんが結婚とは、あっという間だなあ。お相手の間宮さんのお父様は、俺が帝都大学に在学していたころの先輩にあたる方なんだ。まあ、学部は違うけれどね。昔から一目置かれていたよ。」
(正義父様って帝都大学卒業してるのか。全然知らなかった。)
美琴は正義のその厳つい風貌から幼い頃はなんとなく漠然と絵本で出てくる悪者や世間でいういわゆる極道者のような印象を持っていた。今はそんなこと微塵も思わないのだが。よく笑い話にされるのだが物心がついたばかりの頃は美琴は実際正義のことを「怖い方の父様」と呼んでいたらしい。
正義は老舗の呉服屋の生まれである。呉服屋と言っても今は多方面へ展開したアパレル大手の社長を務めている。会長もまだ現役で経営に加わっているため安泰だ。順当に現在大学生の長兄の 月正が将来後を継ぐのだろう。
ふと見るともう8つの弟の道也が満面の笑みでとことこと美琴に近寄ってきて
「美琴ちゃん、おめでとう!」
と屈託なく言ってくれて美琴はあまりに可愛くて思わず抱きしめた。弟は照れ隠しにもがくふりをしている。
(月良兄様は結局何も言ってくれなかった…)
同父の兄の月良に頃合いを見て美琴の口から1番始めに婚約の報告をしたのだが、月良は父親似の顔を、その話はしてくれるな、と言わんばかりに強張らせ、
「そうか…」
の一言で終わらせてしまった。それからと言うもののいつも何処となく不貞腐れていて、この前祝いの会でも話題に触れることもなくブスッと斜に構えていた。
長兄の月正が、
「しょうがねえな、あいつは」
と呟き呆れ顔をしていた。
後日暫く経ってから気持ちが落ち着いたのか月良が美琴に
「相手のことで何か嫌なことがあったら俺に相談してくれよ」
とだけ言ってくれた。
家族は祝福ムードだし、結婚式当日やその後の新生活への手配は両家の両親がつつがなく進めてくれてはいるが、美琴は準備に忙しくなるのを覚悟した。
清鷹との距離は、相変わらずでそれとなくコミュニケーションを図ってはいるが他人行儀のままだった。結婚への準備などで会う際にもやはり清鷹はあまり笑みをみせなかったが美琴はそれを不快には思わないし、終始清鷹からは穏やかな気配を感じるのだった。
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ちょこまかと前の文章や設定を順次加筆修正しています。
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