上 下
19 / 31
6、衝動

しおりを挟む
「ずいぶん物騒だな」

「ムカついているんですよ。自分がまだ高校生ってのが。無力なのが。今は父が得をするのでしょうけど、将来は僕です。腹違いの姉の犠牲のおかげで自分が楽に得をするってのが、たまらなく嫌なんです。それに――」

 ふと樹生が唇を噛んで言葉を止めた。

「それに、なに?」
「……いえ」
「言えよ。ここまで来て、呑み込むことはないだろう」

「……そうですね。僕は……ビジネスのことはまだぜんぜんわからないけど、同族企業ってのは反対で、将来、HEホールディングスのトップは創業家じゃない人がなればいいと思っています。それも社内からだけじゃなく、日本人だろうが外国人だろうが関係なく、広く世界中から優秀な経営者を探して就かせるべきです。だから、僕が経営サイドにいなかった時、姉の犠牲は本当の意味で無駄になります」

 和眞はポケットからスマートフォンを取り出した。そしてタップする。

「京、どこにいる?」
『帰ったとこだよ』
「メシは?」
『今から作る』
「俺はこれから会社を出る。話があるからそのまま待っとけ。じゃあ」

 えーー! という非難の声が聞こえてくるが、和眞は電話を切ってスマートフォンをポケットに戻した。

「相棒で副社長をやってる池谷京だ。頭も切れるし顔も広い。けど、料理しながら酒を飲むから、料理ができた時には本人もできあがっている」

 樹はどうして和眞がいきなり京に電話をかけ、さらにそのことを説明するのかわからない様子でぽかんとなっている。それは幼さを感じさせる高校生らしい表情だった。

「君の提案に乗らせてもらう」
「え」
「璃桜を納得する良い方法がないか思案していたところだった。地獄で仏じゃないが、俺にとっては渡りに船だ。俺が必要とした時、そっちの情報を流し、指示に従って工作してくれ。いいな」

 呆けた顔をしていた樹生は、和眞の言葉を聞いているうちに見る見る表情を変え、最後には引き締まったそれになった。

「聞いていいですか?」
「ん?」
「姉とのことは遊びではなかったと思っていいんですよね?」
「ああ」
「奪う気でつきあっていたってことですね?」

 和眞は傍らに置いているジャケットを掴んで立ち上がった。

「正直に言う。最初は誘われたんだ。いつもの調子で乗った。その時は遊びだった。それなのに、いつの間にか気が変わっていた。今は本気だ。でも、華原君、これだけは言っておく。俺は璃桜を選んだけど、璃桜が俺を選ぶとは限らない。そうなるように万全を尽くだけで、成功しなかった場合は許してほしい」

「……わかりました」

 樹生はそう言うと、すっと立ち上がって深々と頭を下げたのだった。

 それから約三十分後、自宅に戻ってきた和眞は待ち受けていた京に事情を話した。最初は面白がって聞いていた京だったが、次第に渋い顔になっていった。

「相手が悪いぞ。前にも言ったと思うんだが、坂戸はうちの選挙区だ」
「だからお前に相談したんじゃないか。でなかったら、こんなプライベートなことを人に頼むかよ」
「まぁ、確かに」
「璃桜を攻めるのはだめだ。頑なで絶対にうんとは言わない。破談に持ち込むには、あっちを攻略するしかない」

 京は「だがなぁ」と口を尖らせる。

「坂戸淳也は現在父親の私設秘書を務めている。兄貴のほうは政治家になる気はないようだから、こいつが将来地盤を継ぐんだ。未来の先生様ってことだ。華原家のバックアップは喉から手が出るほど欲しいと思うぞ?」

「他に女がいるんだ。そっから切り崩せないかな」

「うーーーん、難しいだろう。その女に情報を流して思惑通り騒いでくれたらいいけど、さっさと身を引けば意味はないし、マスコミに垂れ込んだって、坂戸自身のスキャンダルじゃなくて息子だったら相手にされないと思う。そもそもこのスキャンダル、公になったら華原家のダメージも大きい」

「だよなぁ」

 はあ、と肩を落とす和眞に、京は前髪をワシワシ掻きながら天井に顔を向けた。考え事をする時の京の癖だ。

「坂戸の息子をもうちょっと調べないと策は立てられないな。せめて乗り気なのかそうじゃないのか……まぁ、乗り気だけど、それはそれこれはこれ、なんだろうけどな」
「聞くか? 本人に」
「お前が? 無理だろ、誰が答えるかよ」
「そうだよなぁ。弟に行かせるか?」
「一緒だ。義理の弟には歓迎されてないって思うだけだ」
「うーーん」

 頭を抱える和眞を横目に見ながら、もう一度前髪をワシワシしながら視線を泳がせる。しばらく天井を睨むように眺め、それから腕を組んだ。

「やっぱり、交際を続けているって女との関係がカギかもな。もし入れ込んでいるならここが泣き所になるかもしれない。唆して、女と駆け落ちさせるって手かも」
「唆して、ねぇ」
「俺の知り合いに頼めば仕事を与えてやれる。まぁ、アメリカだけどさ」

 和眞はチラリと京を流し見た。

「なぁ、和眞、ここは正面突撃してみたらどうだ?」
「正面突撃?」
「おお。お前はさ、俺みたいなその他大勢のモブじゃない。特権カードを持ってる。そのカードは存外政治家に効くかもしれない」
「どういう意味?」
「キツネになるんだよ」

 その言葉に和眞は眉間にしわを寄せ、口元を歪めた。京の言葉の意味を察したのだ。
 虎の威を借りる狐――松阪グループ創業家の跡取りという立場を利用する。

「お前が常々嫌がってる実家権威を使う。将来、松阪グループが協力するから、ここは譲ってくれって交渉する。向こうからしたら、華原グループも松阪グループも似たようなもんだが、嫁を通して実家の権威や金を引っ張るより、直接握っている松阪グループのトップと懇意になるほうが得かもしれないって思わせられたら脈はあるかもしれない。しかも親から与えられた筋じゃなく、自分が自ら得た松阪和眞の弱みならなおさら心強い」

 和眞の顔がますます嫌そうに変化していくのを京は面白がっているようで、いつの間にか笑みが浮かんでいる。

「とにかく、そいつの女がどんな感じか調べないとな。ちょっと時間をくれ。それから、金も」
「了解。頼りになるよ、策士殿」
「お互い様だ。でもまさか、あのおとなしそうな華原さんがお前を誘惑ねぇ。それでもって百戦錬磨の遊び人のお前をやり込めるんだから世の中面白いねぇ」
「言ってろ」

 呆れモードで返すものの、暗中模索かと思った璃桜との件に微かな光明が見えたような気がした和眞だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

橘 弥久莉
恋愛
 榊一久との婚約解消を決心し、ひとりホテルに残った 紫月の部屋に謎めいたメモ用紙が差し込まれていた。  そこに記された一文に一瞬でも癒された紫月は、 そのメモ用紙を持ち帰る。後日、まだ失恋の傷も癒えぬ うちに父親から縁談の話を聞かされて……。  恋に焦がれて鳴く蝉よりも・外伝的シリーズ三部作。 第一部・秋元紫月のその後。 ※この物語は「恋に焦がれて鳴く蝉よりも」の番外編です。 このままお読みいただくことも可能ですが、本編を読んで いただいた方が、より、楽しめるかと思います。 ※この物語はフィクションです。作中に登場する人物や 団体は実在しません。 ※ココ・シャネルの名言を引用していますが、没後50年 経過してるので著作権の問題はありません。 ※表紙画像はフリー画像サイト、Pixabayの画像を使用 しています。

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

拗らせ女の同期への秘めたる一途な想い

松本ユミ
恋愛
好きだった同期と酔った勢いで 一夜を共にした 恋愛が面倒だと言ったあなたに 「好き」だと言えなくて 身体だけでも繋がりたくて  卑怯な私はあなたを求める この一途な想いはいつか報われますか?

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

処理中です...