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19、誓い
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どれぐらいの時間をこうしていただろう。ようやくラムセスが顔を上げて話しかけた。
「なぜ、帰らなかったんだ?」
「あなたが発ってから、私、ここの人たちが本当に私を大事にしてくれていることを知ったの。友達も、心を許せる人もいなかった私だったけど、ここにいることを望まれて、初めて人間のよさがわかった気がした。私――なんて言うんだろう、うまく言えないけど、ここの人が好きだし、毎日が命がけで一生懸命生きているこっちの世界のほうが性に合っているような気がするの」
首を捻ってラムセスに顔を向けると、ラムセスも優しい目で見つめ返した。その瞳に沙良は限りない安堵を覚えた。子どもの頃、栄治に抱き締められ、安心した時のような、心の底から安心できるそれであった。
「カルナック大神殿の『聖なる池』に行ったのよ、ちゃんと。でもね、ラトゥタ様が推測に誤りがあったから、日を改めてやり直したいっておっしゃったの。それを聞いて――私ね、やっぱり運命だと思ったの。こここそが私の居場所なんだって思ったのよ」
「…………」
「それに……きっと自分の世界に戻っても、幸せにはなれないわ」
「どうして?」
沙良は首を小さく左右に振った。
「あなたの、その生意気でふてぶてしい姿が見られないのがつらいもの」
刹那、ラムセスが腕に力を込めた。
「痛いじゃない」
「うるさい!」
「だって痛いんだもん!」
「我慢しろ。お前が帰る帰るって喚くから、こっちは必死であきらめて、気持ちの整理をつけたってのに、戻ってきたら、なに食わぬ顔で立っていやがって! ちったぁ反省しろ!」
「ごめんね。でも、やっぱり、あなたの傍にいたかったの。本当は行くなって言われたかった。ここにいろって言ってほしかった」
「ここにいろ」
「うん」
「俺の傍にいろ」
「うん」
「俺がずっとお前を守るから」
「うん」
見つめ合い、そっとキスを交わす。沈黙をしばらく体感し、二人は再び見つめ合った。
「今度の戦争で俺は将軍に昇格した。ホルエムヘブは大将軍だ。軍で最高の位に上り詰めた。後一歩だ。俺たちの計画が着実に実行されようとしている。アイは高齢だ、そう長くない。もうじきホルエムヘブが姫を娶ってファラオになる。疫病でキリアは亡くなった。だが……連れ添った夫を王家の女に奪われるところを見ないで済むのは、キリアにとっては不幸中の幸いかもしれんな」
「王妃様も亡くなったわ。王女様たちも。誰と結婚することになるの?」
「おそらくムトノメジットだろう。王太后の末の妹だ。本当はアマルナ王家の血など引いていないが、王族はもう彼女しかいない。いずれにしても、ホルエムヘブには気の毒だが、ファラオになるんだからそれぐらいの我慢はしてもらおう。俺は勘弁被るがな」
「そうだね」
ラムセスが沙良の首筋に顔を埋めた。
「ラムセス?」
「なぁ、サーラ、結婚しよう」
「――――」
「お前も、そのつもりだろう?」
熱い感動が沙良を包んだ。だが沙良はその感動を胸に押し込め、自らの決意を言葉にした。
「あのね、ラムセス。そのことで話があるの。うぅん、お願いって言ったほうがいいかもしれない」
「なんだよ、改まって。お前の頼みなら、なんだって聞いてやるってのに」
「予定通り、サトラーと結婚式を挙げてほしいの!」
ラムセスがギョッとしたように目を見開いた。
「サトラーはそれだけで幸せだって言ってるわ。女として愛されていなくてもいいから、ラムセスの妻になりたいって。その願いをかなえてほしいのよ」
「でも……」
「私は肩書きなんていらない。あなたが私を想ってくれるだけでいい。傍にいて、一緒に生きていけるだけでいい。私は妻になりたいからここに残ったんじゃない。あなたと一緒に生きていたいから残ったのよ」
「サーラ」
「サトラーは親友だわ。同じ人を愛している大事な友達なの。私たち二人であなたを支えたい。サトラーにしかできないこともあるし、私にしかできないこともある。ねぇ、ラムセス、あなたの妻という肩書きをサトラーにあげて。私には、あなたの心をちょうだい! お願い! あなたが好き。欲しいのはあなたの心だけで、あとはなにもいらない! 私は愛だけ欲しいの!」
ラムセスは再度沙良を抱き締めた。激しく強い力で抱き締められ、沙良は苦しくなって喘いだ。だが、その痛みが心地よかった。ラムセスの背に腕を回して、彼女も力の限り抱き締めた。
「ラムセス」
「なにも言うな」
「ラムセス」
「言われても返事ができん。言葉が見つからないんだ!」
「好き、愛してるわ」
「バカ! 言うなって言ってるだろ! あぁ、俺も愛してる。サーラ、心から。お前だけだ。お前に俺のすべてを捧げる。愛してる」
「私もよ。どんなに繰り返しても伝えきれない」
互いに互いを見つめ、そっと唇を重ねる。
そして――
輝く天々の星々のもとで強くて深い愛を分かち合った。
「なぜ、帰らなかったんだ?」
「あなたが発ってから、私、ここの人たちが本当に私を大事にしてくれていることを知ったの。友達も、心を許せる人もいなかった私だったけど、ここにいることを望まれて、初めて人間のよさがわかった気がした。私――なんて言うんだろう、うまく言えないけど、ここの人が好きだし、毎日が命がけで一生懸命生きているこっちの世界のほうが性に合っているような気がするの」
首を捻ってラムセスに顔を向けると、ラムセスも優しい目で見つめ返した。その瞳に沙良は限りない安堵を覚えた。子どもの頃、栄治に抱き締められ、安心した時のような、心の底から安心できるそれであった。
「カルナック大神殿の『聖なる池』に行ったのよ、ちゃんと。でもね、ラトゥタ様が推測に誤りがあったから、日を改めてやり直したいっておっしゃったの。それを聞いて――私ね、やっぱり運命だと思ったの。こここそが私の居場所なんだって思ったのよ」
「…………」
「それに……きっと自分の世界に戻っても、幸せにはなれないわ」
「どうして?」
沙良は首を小さく左右に振った。
「あなたの、その生意気でふてぶてしい姿が見られないのがつらいもの」
刹那、ラムセスが腕に力を込めた。
「痛いじゃない」
「うるさい!」
「だって痛いんだもん!」
「我慢しろ。お前が帰る帰るって喚くから、こっちは必死であきらめて、気持ちの整理をつけたってのに、戻ってきたら、なに食わぬ顔で立っていやがって! ちったぁ反省しろ!」
「ごめんね。でも、やっぱり、あなたの傍にいたかったの。本当は行くなって言われたかった。ここにいろって言ってほしかった」
「ここにいろ」
「うん」
「俺の傍にいろ」
「うん」
「俺がずっとお前を守るから」
「うん」
見つめ合い、そっとキスを交わす。沈黙をしばらく体感し、二人は再び見つめ合った。
「今度の戦争で俺は将軍に昇格した。ホルエムヘブは大将軍だ。軍で最高の位に上り詰めた。後一歩だ。俺たちの計画が着実に実行されようとしている。アイは高齢だ、そう長くない。もうじきホルエムヘブが姫を娶ってファラオになる。疫病でキリアは亡くなった。だが……連れ添った夫を王家の女に奪われるところを見ないで済むのは、キリアにとっては不幸中の幸いかもしれんな」
「王妃様も亡くなったわ。王女様たちも。誰と結婚することになるの?」
「おそらくムトノメジットだろう。王太后の末の妹だ。本当はアマルナ王家の血など引いていないが、王族はもう彼女しかいない。いずれにしても、ホルエムヘブには気の毒だが、ファラオになるんだからそれぐらいの我慢はしてもらおう。俺は勘弁被るがな」
「そうだね」
ラムセスが沙良の首筋に顔を埋めた。
「ラムセス?」
「なぁ、サーラ、結婚しよう」
「――――」
「お前も、そのつもりだろう?」
熱い感動が沙良を包んだ。だが沙良はその感動を胸に押し込め、自らの決意を言葉にした。
「あのね、ラムセス。そのことで話があるの。うぅん、お願いって言ったほうがいいかもしれない」
「なんだよ、改まって。お前の頼みなら、なんだって聞いてやるってのに」
「予定通り、サトラーと結婚式を挙げてほしいの!」
ラムセスがギョッとしたように目を見開いた。
「サトラーはそれだけで幸せだって言ってるわ。女として愛されていなくてもいいから、ラムセスの妻になりたいって。その願いをかなえてほしいのよ」
「でも……」
「私は肩書きなんていらない。あなたが私を想ってくれるだけでいい。傍にいて、一緒に生きていけるだけでいい。私は妻になりたいからここに残ったんじゃない。あなたと一緒に生きていたいから残ったのよ」
「サーラ」
「サトラーは親友だわ。同じ人を愛している大事な友達なの。私たち二人であなたを支えたい。サトラーにしかできないこともあるし、私にしかできないこともある。ねぇ、ラムセス、あなたの妻という肩書きをサトラーにあげて。私には、あなたの心をちょうだい! お願い! あなたが好き。欲しいのはあなたの心だけで、あとはなにもいらない! 私は愛だけ欲しいの!」
ラムセスは再度沙良を抱き締めた。激しく強い力で抱き締められ、沙良は苦しくなって喘いだ。だが、その痛みが心地よかった。ラムセスの背に腕を回して、彼女も力の限り抱き締めた。
「ラムセス」
「なにも言うな」
「ラムセス」
「言われても返事ができん。言葉が見つからないんだ!」
「好き、愛してるわ」
「バカ! 言うなって言ってるだろ! あぁ、俺も愛してる。サーラ、心から。お前だけだ。お前に俺のすべてを捧げる。愛してる」
「私もよ。どんなに繰り返しても伝えきれない」
互いに互いを見つめ、そっと唇を重ねる。
そして――
輝く天々の星々のもとで強くて深い愛を分かち合った。
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