熱い風の果てへ

朝陽ゆりね

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16、戦争の幕開け

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 やがてカデシュの間際で野営していた直轄隊のテントを見つけた。蹄の音に、バラバラと兵士たちが集まってくる。

「隊長! どうしたんですか? ヒッタイトの王子を奴らの矢尻で討ち抜くんじゃなかったのですか!」

 ラムセスの副官トルテティブを筆頭に、直轄隊の面々は驚いたように沙良とラムセスを囲んだ。

「計画変更だ。明日は俺が対応する。それから誰かサーラをホルエムヘブの本隊に連れていき、身を守ってやってくれ。一人ではなく、二、三人は欲しい」

「隊長?」

「ザンナンザが死んだ。連中はサーラを血眼になって捜すだろう。ホルエムヘブの傍が一番安全だ」

 その言葉で隊員たちは状況を悟ったようだった。みなで手短に相談すると、すぐに三人の男たちが前にやって来て、膝をついた。

「サーラをくれぐれも頼む」
「傍にいるんじゃないの?」

 沙良が慌てて割って入る。ラムセスは真剣なまなざしで答えた。

「俺たちはヒッタイトの王子を迎えなければならん。その中にお前がいたら危ないだろう? 奴らの目に触れないためには、離れることが一番だ。ホルエムヘブは相当数の兵を動員してこっちに向かっている。今は俺の傍より、あいつの横が一番安全だ。わかるだろ?」

「…………」

「サーラ」
「わかるわ」

「大丈夫だ。王子が死んだ以上、連中だって一刻も早くハットゥシャに戻りたいはずだ。すぐに終わってテーベに帰れる。それまでの我慢だ」
「うん」

「よし! お前ら、頼んだぞ!」
「安心してくださいや。隊長の大事なものは俺たちにとっても大事なものだ。それが女なら尚更だ」

 親指を立ててウインクする。ラムセスは「え?」と、驚いたように男たちを見、それから慌ててなにか言おうとしたが、それを制すようにみなそれぞれの愛馬にまたがった。

「では、隊長!」

 三人は沙良を連れて走りだした。

「あいつらぁ~! からかいやがって!」

「まぁまぁ。みんなあんたを慕っているんですよ。彼女もね。さっきオレイヤが言ってました。祖母さんが星の夢を見たって」

「オレイヤの祖母さんっていったら……」

 トルテティブが一瞬鋭い目をした。

「かつてハトホルの巫女だった女です」
「……その祖母さんが、なんだって?」

「『天空の神ヌトが放った星が光を伴って落ちてきた。その星によってエジプトは変わるだろう』ってね」
「…………」

「だからオレイヤの奴、サーラをその光の星だと思っているんですよ。あんな姿の人間は見たことがない。そう思っても仕方がありません。さっきも真っ先に手を上げていたでしょ。我らが隊長のもとにヌトの星が降るなんて、こんな名誉はない、俺たちは選ばれた隊なんだってね。そんなことより、隊長、ヒッタイトのほうはどうするんです? こっちを疑ってくるのは間違いありませんよ」

「シラを切り通すしかないだろう。心配するな。本陣が迫っているのに、小隊でケンカを吹っかけることはしないさ。さっさと片づけてハットゥシャに戻りたいはずだ。どっちにしたって戦になるんだ。俺たちエジプト軍は引きながら各々の街に兵を置いていけばいい。有利に違いはない」

 そろそろ、夜が明けようとしていた。


「王子、間もなく夜が明けます。兵士がエジプト兵の姿を確認したとのことです。陽が昇れば、すぐにやって来ることでしょう。王子」

 ザンナンザ王子の側近中の側近であるサナドエルが扉の前で声をかける。

「王子?」

 サナドエルは中に入ることを躊躇していた。普段なら気にしないが、今回は傍らに女がいる。それを考慮し、遠慮していたのだ。

「おかしい。それほど熟睡なさっておられるのか? よほど、女を気に入られたのか――」
「サナドエル様、昨夜の女なら夜の間に出ていったと聞いておりますが」

 サナドエルの呟きに、張り番がおずおずと声をかけた。が、その言葉はサナドエルに衝撃を与えた。

「なに? なんと申した!」
「前任がそう申しておりました。乱れた格好でベソをかきながら走って出ていったと」

 サナドエルはわずかな時間、驚いてジッとしていたが、すぐにハッと胸を突かれたように目を見開き、部屋の扉を開いた。

「ザンナンザ王子!」

 部屋の真ん中でザンナンザが目を剥いて倒れていた。よほど苦しかったのか、両の手で喉を掻き毟ろうとしている。口の周りには、わずかな泡が残っていた。

「王子――――――――――――!」

 その体にすがりつき、サナドエルが叫ぶ。地を揺るがすような怒声に、館にいたヒッタイトの兵士たちがドヤドヤと集まってきた。

「なんということだ! なんと! 王子!」
「サナドエル様!」

「昨夜の女を捜せ! 女の足ならそう遠くに行ってはおらんはずだ! 街中をくまなく捜すのだ! なんとしても見つけて捕らえよ!」

 兵士たちが館から出ていく。そんな姿を見ることもなく、サナドエルはザンナンザの体を抱き締めて震えていた。

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